第91話「黄金竜姫」(改訂版)

 第五十一話「黄金竜姫おうごんりゅうき


 ――本州東部を統べる大国”旺帝おうてい


 ”あかつき”でも天都原あまつはらに次いで二番目の歴史を誇る大国は、領土の広大さと軍事力では最大を誇り、多くの優秀な人材をも抱える自他共に認める”最強国”であった。


 遙かいにしえ、”あかつき”全土を治めていた天都原あまつはら国の地方有力豪族のひとつであった燐堂りんどう家が主家である天都原あまつはら王家に反旗を翻し、その基盤であったあかつき東部に新たな国家を建国する。


 旺帝おうていを建国した燐堂りんどう家は、自らの出自を四方の海を統べる”龍神王”の子孫と表明し、海の上に島国”あかつき”を生んだ”国生みの神々”の末裔を名乗る天都原あまつはら王家よりも古く、格式の高い血統だと喧伝した。


 それが現在にまで権勢を誇る東の大国、”旺帝おうてい”建国のあらましだった。


 そして長きにわたる戦の末、群雄割拠の歴史の渦中で……


 現在から十七年程前に、戦国史の始まりであった二大国家は歴史上でも希な融和的雰囲気であった。


 天都原あまつはら旺帝おうてい、二大国の終わりの見えない争いの結果、それに派生するように各地に乱立した国家群……


 益々混乱する”あかつき”の歴史にあって、二大国家はお互い矛を一旦収める事でその収拾を図ろうという気運が高まっていたのだ。


 ――あかつきに住む全ての民の為に?


 ――恒久的な平和のために?


 残念なことに、それはいずれも否だった。


 ”あかつき”の収拾……


 つまりは”天都原あまつはら”と”旺帝おうてい”以外の国家をお互いが併合し、その後に改めて二大国にて雌雄を決しようという、お互いの算段であったのだろう。


 物事の善悪は兎も角……


 そういう野望を秘めた二大国は、期間限定の和平を結ぶためにお互いの王家同士の婚姻関係を模索する。


 候補は……天都原あまつはら王、藤桐ふじきり 光興みつおきの弟である京極きょうごく 隆章たかあきと、当時の旺帝おうてい王、燐堂りんどう 真龍さねたつの次女、陽南子ひなことの政略結婚であった。


 くして二国間の仮初めの同盟は締結されたのだが……

 不幸な事にそれは長くは続かなかった。


 どちらが先に約定を破ったのか?

 それは今更論じても意味の無いことだ。


 最初からお互いが利する為、野心をはばからない二国で締結された”限定的”な同盟関係。


 そんな”ぎ”の”その場凌ぎ”……その程度の代物が長続きなどする訳も無かったのだ。



 ――そうして時は流れ……


 旺帝おうていでは急死した燐堂りんどう 真龍さねたつ王の長女の娘、雅彌みやびが王位を受け継ぐ事となった。


 燐堂りんどう 雅彌みやび、当時十四才の少女が最強国の王となりえた理由……


 旺帝おうてい王、燐堂りんどう 真龍さねたつは終ぞ男子には恵まれず、真龍さねたつの三人の娘達はそれぞれ夫を取り、そのうち二人は子を授かってはいたが、それでも男子は生まれなかった。


 長女の”雅子みやこ”と燐堂りんどう家の遠縁に当たる”佐守さがみ 克因かつより”との娘、燐堂りんどう 雅彌みやび、十四才。


 宿敵、天都原あまつはらの王弟に嫁いだ次女、”陽南子ひなこ”の娘、京極きょうごく 陽子はるこ、十二才。


 三女の”房子ふさこ”に至っては、燐堂りんどう家代々の家臣である穴戸ししど 天成あまなりを婿に迎えたが子を成すことは無かった。


 こうなると、残るは”女王”の即位という方法が議論される様になるが、旺帝おうていで女王が誕生する条件は”戴冠時に未婚”で無ければ成らないという仕来しきたり。


 それは王政に燐堂りんどう家以外の血筋が影響力を及ぼすのを排除するために守られてきた決まり事だ。


 燐堂りんどうの血を引く未婚の女性が女王と成り得、次代の後継者たる子を成す時は、相手の男は一切の政治、軍事に関わらないことを制約して王都の中で生涯を送る事となる。


 それは言ってしまえば権力から一切隔離された”種馬”になるという事だった。


 それだけして、そこまでして、東の大国、旺帝おうてい燐堂りんどう家に王権を集中させてきた歴史がある。



 以上の事から――


 当時王位を継ぐ資格があるのは二人。


 そしてその一人、京極きょうごく 陽子はるこは敵国である天都原あまつはらの王族でもあることから除外され、結果的に燐堂りんどう 雅彌みやびが若干十四才にして後継者に選出された。


 それは消去法的対処と見られても仕方の無い選出方法であったが、実際、旺帝おうていの多くの臣民にとっては決してそうでは無かった。


 燐堂りんどう 雅彌みやび……彼女は当時十四才。


 彼女の素質はその時点で既に多くの臣下に高く評価され、人となりも広く人民に慕われていたからだ。


 物事の道理に明るく、聡く、公明正大。


 そして日夜、人の上に立つ者としてその努力を怠らない真面目さとこころざしの高さを持つ高潔な人物。


 ”天は二物を与えず”……それは彼女には当てはまらない格言である。


 そして天が彼女に与えたもうた最高の恩恵は、それらの才が霞むほどの恩恵。


 それは――


 旺帝おうてい国内はおろか、”あかつき”随一とまで噂される彼女の美貌。


 彼女は未だ十四才という幼さにして、流行はやりの吟遊詩人に”あかつきの至宝”とまで詠われし美姫であったのだ。


 ――東の都に竜が生みし至高の秘宝有り


 ――神代かみよの宝剣、いにしえの王国が遺産、悠久たる山河の息吹……そのいずれもが彼女と比肩しうることあたわず


 ――華と佇み、鳥と奏で、風と舞い、月と輝く……


 ――叡智の双瞳ひとみは混沌の渦中に在りて、混沌に犯されぬ至高の黄金鏡が煌めき


 ――の姫は神々が生み出したる最高の芸術品


 ――の姫こそ神々をも超越こえし黄金の竜の美姫


 ――果たして人々はの姫を”黄金竜姫おうごんりゅうき”と慕いたもう、称えたもう……


 東方あずまがた見聞録、第五章 ”竜生の地”、”閉月羞花へいげつしゅうか 黄金の竜姫” 篇から抜粋。



 ――

 ―


 そっと白く繊細な指が触れ、男の鼓動は跳ねた。


 「……」


 「ほら、こっちの方がずっと良いわ」


 少女の手にはごく普通の眼鏡。


 素っ気ないデザインの、用をなさない伊達眼鏡があった。


 「あのな……何度も言っただろ、それが無いと落ち着かないんだって」


 「そうだ、ちょうど良いわ、ほらこれ?」


 男の抗議が聞こえない様子を装って、微笑んだ少女はそっと眼鏡をテーブルに置いて男との距離をつめる。


 「うっ……近い!近いって!」


 少女は美しい黒髪を、耳の辺りで指で掻き上げ、そっと形の良い耳朶みみたぶを男の顔に寄せる。


 「……」


 途端に寸前まで騒がしかった男は黙り込み、じかに漂う少女の良い香りと、白いきめ細かい肌にゴクリと生唾を……


 「ってぇぇっ!!絶対わざとだろぉぉっみやぁっ!!」


 叫んだ男に、少女は”くすくす”ともう一方の指先で口元を押さえて笑っていた。


 「あのなぁ、みや……俺は忙しいんだ。これからちょっくら”尾宇美おうみ”まで行かないといけない、雅彌おまえに会いに来たのも出発の挨拶にだな……」


 ドクンドクンと落ち着かない鼓動を悟られぬように、右目が義眼の男、穂邑ほむら はがねは幼馴染みの少女に抗議をする。


 「このピアス、誕生日にはがねがくれた物よ、似合ってる?」


 男の抗議を全く無視したまま、形の良い耳朶みみたぶに光る小さな赤い宝石のピアスを見せる少女。


 「…………」


 白い首筋からうなじ、そして華奢な肩へと続く流麗な曲線美……


 「…………すごく……似合ってる、可愛い」


 穂邑ほむら はがねは簡単に降参した。


 というより、彼がその少女に対抗できるすべなどはなから存在しない。


 それは幼少時からの二人の関係そのもので、彼はその関係を心地よいと思いさえすれ、否定しようなど考えたことも無かったからだ。


 「……うん、ありがとう」


 そして黒髪の少女はそっと頬を染めて、桜色の唇を綻ばせる。


 燐堂りんどう 雅彌みやびにとっても、穂邑ほむら はがねという幼馴染みには特別な想いがある。


 こうやって、からかうようにして甘えてみせるのも彼が唯一の相手だ。


 「こうくん……気を付けて、もし命の危険を感じたなら無理をせずにこの”恵千えち”に帰ってくるのよ」


 雅彌みやびはそう言ってそっと彼の頬に触れる。


 穂邑ほむら はがねが自分のために四大国家が乱れる戦場、”尾宇美おうみ”へと出立する日、こうやってたわむれて見せたのも、決して彼からの誕生日プレゼントを身につけた自分を今まで話題にしてくれなかった幼なじみへの抗議だけではない。


 はがねを心配するその一言が言いたかったが為……


 とはいえ、穂邑ほむら はがねへの呼び方が昔に戻っている辺りは、そういう抗議も勿論あったとはいえるのだが……


 「あぁ、分かってる、無理はしないって」


 「……」


 そう言って笑う幼なじみの顔を、見つめる少女の瞳。


 その少女の美貌が極めつけは双瞳ひとみ


 澄んだ濡れ羽色の瞳の波間に時折揺れるように顕現する黄金鏡の煌めき。


 神々しいまでに神秘的な双眸があまりにも印象的な彼女の”魔眼”。


 「……こうくん」


 「心配性だな、みやは」


 ――無理はしない


 そう言っていても穂邑ほむら はがねは必ず無理をするだろう。


 穂邑ほむら はがね燐堂りんどう 雅彌みやびの為にはどんな無理も犠牲も命さえ厭わないのだと、少女はっている。


 ――


 それは微笑む目前の幼馴染みの右目……


 僅かに鈍い光りを放つ義眼が、その昔語りが証明していた。


 燐堂りんどう 雅彌みやびにとってそれがなにより嬉しくて……なにより心配な事実。


 「はがね……」


 美しき黄金の龍姫が愛しい男性を呼ぶ声から、いつの間にか甘い響きは消えていた。



 「じゃ、行ってくる」


 そういう視線を察したのだろうか?


 穂邑ほむら はがねはそう言ってテーブルに置かれたままであった自身の伊達眼鏡を手に取った。


 「あ……」


 雅彌みやびは短い声を上げる。


 「楽しみにしてろみや、良い知らせを持ち帰るから」


 そうして幼なじみは眼鏡を装着した。


 「眼鏡……無い方が良いのに」


 少しだけ拗ねたように呟く少女に……


 「言ったろ、俺はコレがないと落ち着かないんだよ」


 彼は仕方無いだろう?と優しく笑って背を向けたのだった。



 旺帝おうてい領土内、僻地の小領、”恵千えち”にて――


 十二歳で軍籍に身を置いて僅か二年足らずで”旺帝おうてい二十四将”に選ばれし偉才。


 かつて”独眼竜”の異名で知られた隻眼の穂邑ほむら はがねは……


 そうして四大国家の陰謀渦巻く戦場へと身を投じたのだった。


 第五十一話「黄金竜姫おうごんりゅうき」END



(あとがきとか補足とか)


 前々からちょこちょこと本作中に顔を出していた

 穂邑 鋼くんと名前が出ていた燐堂 雅彌ちゃんですが

 今回以降、本格的に参戦します。


 二人の関係など本作ではそこまで詳しく展開しないかと思いますが、

 気になるという方がいらっしゃいましたら是非、彼らが主人公の他作品

 「黄金の世界、銀の焔」を読んで頂けたら嬉しいです。



 「黄金の世界、銀の焔」は本作を執筆する為に書いた派生作品ですが、世界観などは

 かなり違います。

 そこは……なんというか今後の展開のネタバレになるのでアレですが、

 まぁパラレルワールド的なモノと思って頂けたら幸いです。


 本作より随分前に完結した作品ですが、今回「黒×白@ChangeTheWorld」にて、

 本格的に「黄金の世界、銀の焔」のキャラが登場するということで、

 番外編を書いていこうと思いました。


 前作終了時の少し後、でコンパクトな話にしようと思ってますが、

 どうなるかは解りません(汗)


 読んで頂けたら嬉しいです。

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