第92話「いつだって……」前編(改訂版)

 第五十二話「いつだって……」前編


 尾宇美おうみ城を逃れてきた俺達、京極きょうごく 陽子はるこ天都原あまつはら軍先遣隊は……


 旺帝おうてい領土”香賀美かがみ領”の香賀かが城前平原にて香賀美かがみ領守備軍の”一部”と正面衝突した。



 「愈々いよいよだな、敵は三千ちょいってところか?」


 俺の横に馬をつけた偽眼鏡くんは、そう言って正面に陣取る一団を見渡す。


 ――


 城前に整然と構える香賀美かがみ軍は横長の方陣で此方こちらと距離を取っていた。


 「まぁな、……で、敵将は伊武いぶ 兵衛ひょうえとかいう燐堂りんどう 天成あまなりの子飼いで間違い無いか?」


 俺も前方を見据えたまま応えた。


 「間違い無い。天成あまなりが側近の一人で、息子の天房あまふさの教育係で、この香賀美かがみ領の留守を守っている猛将だ」


 ――伊武いぶ 兵衛ひょうえ……”とかいう”なんて口調で濁したが、当然俺も知る名だ


 現、旺帝おうてい”八竜”の一竜にして、かつての”二十四将”が一人……

 で、最強国旺帝おうていでも武の双璧、最強の一角を担う歴戦の強者つわものだ。


 「そうか、香賀美かがみ領で敵に回った陣容は、ほぼ俺達の予想通りという事だな」


 俺の確認に、旺帝おうていの将、穂邑ほむら はがねは無言で頷いた。


 最初に、敵は香賀美かがみ領守備軍の”一部”と表現したが……

 つまりそれはこういう事だ。


 この偽眼鏡、旺帝おうていの将である穂邑ほむら はがねを使って事前に仕込んだ内部分裂工作。


 そもそもが、今、俺の横に居る穂邑ほむら はがねが主君である燐堂りんどう 雅彌みやびの為に前々から極秘裏に動いていた旺帝おうてい国内の分裂工作の内容を聞き、俺が改めてアレンジして今回利用したいと……


 尾宇美おうみ城での穂邑ほむらとの面談時に提案したのが始まりだった。


 今回の”香賀美かがみ領攻略作戦”はその時から既に俺と穂邑ほむら はがねとの間で進められていた。


 だからこそ、先んじて穂邑ほむら はがね香賀美かがみ領にこうして送ってあったのだ。


 ――

 ―


 「もともと香賀美かがみ領は雅彌みやびに好意的であった戌井いぬい 彦左ひこざという忠臣の所領だった。それを天成あまなりの奴が王位に就いてから色々と難癖をつけて取り上げ、息子の天房あまふさに与えた訳で……」


 穂邑ほむらの話では香賀美かがみ領の家臣、領民にとって天成あまなりの統治は耐えがたいモノだったらしい。


 今までに倍する重税に、軍事施設建築の強制労働などなど……数えればきりが無い。


 そして直接この地を治める天成あまなりの息子、天房あまふさ為人ひととなりは典型的な”頼りない暗君”。


 二十三歳で城主という地位を苦労なく手に入れた天房あまふさという男は、武芸よりも書物に慣れ親しみ、正義と道理の志は机上では学んではいるというが……


 政・武ともに実戦は無いに等しく、それ故か如何いかんせん決断力と指導力、なにより自信の欠如した人物であるそうだ。


 また、強引な手法で旺帝おうていを手に入れた野心多き父と違い、そんな自主性に欠ける天房あまふさは、父親の傀儡に等しく、自身が持つ価値観よりも父の命令を履行するだけの存在らしい。



 「なにより天成あまなりの妾の子であって、正妻の燐堂りんどう 房子ふさこ様……つまり燐堂りんどう家と血縁皆無な天房あまふさは、本来王となる資格は無いと家臣の誰もが納得していなかったしな」


 穂邑ほむらはそう説明すると、続いて香賀美かがみ領奪取の作戦成功率について答えた。


 「無いことも無いが……俺の提案する、”恵千えちへ身を寄せる”方法のが現実的じゃないか?」


 そう問う男に俺は答えたのだ。


 「”恵千えち”は旺帝おうていでも僻地の小領だ。そこでは陽子はるこの再起は難しい」


 俺の遠慮の無い言葉に苦笑いする独眼竜。


 そして奴は、わかったとばかりに手を上げた。


 「僻地って……”俺と雅彌ひと”の住む地をよくもまぁ……とはいえ、なら手は尽くしてみようか」


 ――

 ―


 斯くして、鈴原 最嘉オレ穂邑ほむら はがねの作戦は、あの”尾宇美おうみ城大包囲網戦”の最中に極秘裏に、水面下で進み……


 現在いま、俺たちは香賀美かがみ守備軍の”一部”とこうして対決するわけだが、



 「やはり、そのお前の主人である黄金竜姫おうごんりゅうきに好意的であったという戌井いぬい 彦左ひこざなる男の家臣達は今回俺達を手助けはしないと?」


 伝令兵に指示を出し、この戦の総指揮を任せた八十神やそがみ 八月はづきの元へ走らせ、戦の準備を着々と進めながら俺は、隣の男に軽く愚痴る。


 「彼らにも立場があるんだよ、あからさまに天都原あまつはらに加勢するのは流石になぁ……」


 「それゆえに表面上は”我関せずサボタージュ”か?……まぁ、戦後に協力さえ取り付けたなら良いけどな」


 天成あまなり天房あまふさの統治は我慢できない。


 しかし天都原あまつはらを引き入れ、もし、天都原あまつはら……陽子はるこの軍が負けることがあろうならば……


 そういう計算の元、言い逃れが出来る立場を選択したのが本心だろう。


 「彦左ひこざさんが現場にいれば、また違っただろうがな」


 穂邑ほむら はがねの言葉に、俺はもう良いと手を振って奴にも指示を出す。


 ――元城主の戌井いぬい 彦左ひこざとやらは天成あまなりに難癖つけられずっと昔に牢屋の中。これ以上は言っていても仕方が無い……


 「わかった、じゃ俺は手筈通り動くが……」


 去り際、穂邑ほむらが見せた少しだけ何か言いたそうな視線に俺は……


 「この顔面包帯か?俺は対外的には“鈴木 燦太郎りんたろう”って事になってるからな、あと後々都合も良い……」


 そう言って答えるが、どうも奴が聞きたかったのはそっちでは無かったようだ。


 「あのな……まぁ、余計なお世話かもしれんが、これは絶対に失敗できない局面だ、圧倒的勝利を迅速に見せつけてっていうな……だから”鈴原 最嘉おまえ”が総指揮を執った方が……」


 独眼竜の懸念に俺は、”ああ、そう言う事か”と納得する。


 確かにこの戦いは絶対に勝利しなければならない。


 作戦の都合上、圧倒的に、しかも敵の追撃が不明な現在は迅速に。


 「ほんと余計なお世話だな、総指揮は八十神やそがみ 八月はづきだ。問題ない!お前は下らない事を考える暇があったら自分の任務をこなせ」


 俺はそう言って邪険に、旺帝おうていの独眼竜を追い払ったのだった。


 「……」


 確かに”穂邑 鋼やつ”の言うことも理解わからんでもないが……


 最前線で直接指揮をれる人間は、現状では俺と十三子とみこの二人だけだから仕方無い。


 自分の身を守れ、ある程度以上の個人的武勇と混戦での的確な戦術眼を併せ持つ戦場げんばの将は結構貴重なんだよ!


 ……というか、”人材不足それだけ”でも無い。


 八十神やそがみ 八月はづきという少女は、後方で全体を把握して適所を計れる人材だ。


 あの少女は、この先で幾つもの経験と優れた人物による的確な指導を受け、そしてそれに培われるはずの”自信”さえ伴えば十分に化ける逸材だと……俺は見ている。


 「…………」


 ――多分……な?


 第五十二話「いつだって……」前編 END

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