第89話「走為上計」後編(改訂版)

 第四十九話「走為上計そういじょうけい」後編


 「確かに”臨海軍おれたち”が動いたことにより、臨海りんかい領土内を通っての”蟹甲楼かいこうろう”への行軍は至難になったが……」


 そうだ、臨海りんかい領土内が内紛で不安定な現在いま、それは避けるべきルートだろう。


 「それよりも俺が提案するのはもっと安全であり、の地は経済が豊かで外敵からも頑強。さらには支援する強力な味方も常備できる、現時点で考え得る限り最高の場所だ!」


 俺はこんな状況でさえ愉しそうに”鈴原 最嘉おれ”を試す暗黒の美姫に対し、ちょっとばかり意地になって秘策を披露していた。


 「……」


 「……」


 で、結果だが……


 自信を持って放った俺の言葉を聞いた皆の反応は……視線は明らかに白けていた。


 ――うっ!


 皆の顔を観察するに……


 そんな新興宗教か通販番組のような眉唾モノの売り文句で誰が信じるかと!


 そういう表情かおだ。


 ――


 「それは……その”領土ばしょ”を最嘉あなたが攻め取って私に提供してくれると言うことかしら?」


 流石に周りの反応を考慮……したかどうかは解らないが、麗しの暗黒姫様は如何いかにも上から目線で尋ねてくる。


 「あ、ああ、大体そんな感じだ」


 「……」


 「……」


 そして、そう答える俺にまたも周りは同様の反応を示す。


 ――


 「…………いいわ」


 「ひっ、姫様っ!!こんな怪しい勧誘に!」


 「そうですっ!これは典型的な”美人局つつもたせ”の手口……」


 ――おいおい、信用無いなぁ……てか、”美人局つつもたせ”って八十神やそがみ 八月はづき、お前そんな言葉どこで覚えて……


 「ふふ、良いのよ……問題ないわ」


 「ですがっ!」


 俺を見て微笑する主に、それでも食い下がる右側に巨大な眼帯の女。


 「最嘉さいかが私に無償で奉仕するのも、見返り無くせっせと貢ぐのも、昔からこの男のDNAに刻まれた習性だから」


 ――おおーーいっ!


 ――なに”しれっと”俺を生物学的見地から貶めてくれてんのっ!?


 「で、ですが……その、ならば、その胡散臭い”待避場所”とやらくらいは事前に確認を……」


 ――言いたい放題だな……いつ


 「そうだな、えっと八十神やそがみ 八月はづき、お前言ったよな?そもそも何処どこに逃げるというのか?天都原あまつはらを追われて行く宛てなど無い……と」


 俺は一原いちはら 一枝かずえの失礼な言動は完全に無視スルーして、別途、異を唱えていた相手に問いかける。


 「う……はい」


 突然指名され、八月かのじょは慌てていた。


 さっきまでは俺の採った防衛策に興味津々だった彼女も、俺の提示する逃亡先にはどうも懐疑的なようだ。


 ――これだけ実績を示しても……思った以上に信用無いな、”鈴原 最嘉オレ


 天都原あまつはら陣営にとって、それほど前回の南阿なんあ戦での臨海りんかい、いや、鈴原すずはら 最嘉さいかの成した事は色々とアレで……まぁ俺は相当鬱陶しい存在になったと言う事だろう。


 ――くっ……はるの……天都原あまつはらの勝利に大きく貢献したのになぁぁっ!!


 俺は正直、ほんの少しだけ傷ついたが……そうも言っていられない。


 「いや、るんだよ、それが……灯台もと暗し?てな、そういう場所が」


 気を取り直してそう宣言する。


 「……」


 だが、八十神やそがみ 八月はづきは……

 それでもイマイチ想像が及ばないのだろう、黙り込んでしまう。


 「……」


 ――ま、まぁいい、これで最初に異論をぶつけてきた三人の内二人は論破?した


 ――後は……


 俺は最初に異論を唱えてきた内の三人目……最後の一人に視線をやる。


 「……で、最後にお前だ、一原いちはら 一枝かずえ。”陽子はるこ天都原あまつはらの姫様だ、その姫様が何故なにゆえに逃げ隠れする理由があるか!”だったな?」


 革製の、最早、仮面といえるくらいの大きな眼帯で右顔半分を覆った奇抜な風体。


 しかし、露出した左半分から見える顔は細く涼しい瞳にキリリとした口元という、如何いかにも勝ち気な美人。


 ”あかつき”南西に浮かぶ島”日向ひゆうが”、かつてその北部一帯を支配下に治めた”咲母里さきもり”国の”軍神”と恐れられし次花つぐはな 秋連あきつらが娘で、父にも劣らぬ武名を誇る”武者斬姫むしゃきりひめ”、次花つぐはな 千代理ちより……


 改め、現在は天都原あまつはらの”無垢なる深淵ダークビューティー”に仕えし”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”が一枚目エース一原いちはら 一枝かずえだ。


 「ああ、その通りだ」


 一枝かずえは他の二人の時とは違い、堂々たる態度で俺を睨む。


 ――さすが……”格”が抜きん出ているな


 成る程と、改めて感じ入る。


 俺が幼少の頃に伝え聞いた戦国名将の中でも尊敬する人物の一人、”軍神”、次花つぐはな 秋連あきつらの娘というのは伊達で無いと、俺は少し心を踊らせていた。


 「後にも先にも落ち度の欠片も無い、陽子はるこ様の何処どこに逃げ隠れする理由があろうか!?」


 「…………」


 ――りとて……今は攻略の三人目、か


 「詐欺ペテン師風情が、どう取り繕おうとも真実は動かぬ!」


 「それは……理屈が逆だ一枝かずえ陽子はるこが現在の状況に陥ったのは大国、天都原あまつはらの姫様だからだ!あの王太子、藤桐ふじきり 光友みつともをも脅かす有力な王位継承者だからだ!」


 「…………」


 「落ち度があるか無いかなんて関係無い。の”歪な英雄”が相手ならば採るべき対処は採る!それだけだ!!」


 「ふん、詐欺ペテン師らしい言いようだな……貴様が言うの”歪な英雄”と御同類の”臨海へんきょうの英雄”、鈴原すずはら 最嘉さいかよ!」


 ――!


 その言い方に、俺では無く……


 陽子はるこの後ろに控える、この場の王族特別親衛隊プリンセス・ガードで唯一着座していない給仕姿メイドの女、七山ななやま 七子ななこの瞳が色を変えていた。


 ――


 素人でも分かるほどの、ちょっとシャレにならない殺気が漏れ出ている。


 静かにざわつく場……


 俺がこの地に到着したばかりの時、陽子はるこの部屋の前での一幕……


 下手をするとあの時の、”一枝かずえ”VS”七子ななこ”の再戦リターンマッチかと!?場は殺気だったが……


 「言葉が過ぎますね……一枝かずえさん、それから御前ですよ、理解わかりますよね?」


 すかさず、銀縁フレームの眼鏡をかけた美女が”武者斬姫むしゃきりひめ”をいさめ、


 そして――


 明らかに十三院じゅそういん 十三子とみこが台詞の後半は、七子ななこに向けたものだった。


 レンズの奥の瞳で、主君の後ろにて物騒な殺気を放つ七子ななこを牽制していたのだ。


 ――こわっ!


 先程の言をちょっとだけ訂正!


 ”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”でも明らかにこの”三人”は別格だ!


 「ふふ……最嘉さいか、続きを」


 そして……


 比肩しうる存在が想像すら出来ない氷の如き美貌、京極きょうごく 陽子はるこ白氷はくひょうの肌に一際映えるあかい唇が薄くほころぶ。


 ――


 そうだった。忘れてはいけない。


 この異質なる逸材達、棘を仕込んだ三輪の生華せいか達を従える、この”暗黒の美姫”こそが才色兼備な乙女達の頂点。


 「お、おう……だからこそ、それだから俺は行くべき場所だと、会うべき相手だと思っている」


 そんな感じで、完全にペースを暗黒姫に握られた俺は、もうそろそろこの論争に終止符を打ちたいと考えていた。


 「……なにを?……言っている?お前は……」


 課程の説明をすっ飛ばした俺の結論に、眼帯の武者斬姫むしゃきりひめは眉をしかめて俺を見る。


 「別に……至極真っ当な事を言ったまでだ。こんな場所で虜囚になるよりも、陽子はるこにとって誇りを全うできる道があると」


 ――ならばれだ!


 ――”一原 一枝おまえ”はこの結論の前では”ぐうの音”も出せないだろうが!


 「す、鈴原すずはら 最嘉さいか……お前は……」


 ――だろうな、呟いた一枝かずえのその先は聞かなくても解る


 そうだ、俺は、俺達は……


 京極きょうごく 陽子はるこの事を、なにを置いても第一に考えている。


 その認識の共有だけ出来ればそれで良いだろう?


 「ぬ……ぬう」


 武者斬姫むしゃきりひめが反論の術を持たぬ”切り札”を場に出した事により、れにて一原いちはら 一枝かずえ反論ターンは終了!


 パンパカパーーン!!


 紆余曲折の後、三人全員の論破終了、お疲れ様です!


 「皆、解ってくれたか?それなら、結局行き先はだな……」


 ――まぁな、正直、納得には程遠いだろうが……


 他に妙手が考えつかない面々と、”陽子はるこの為だ”という話しになると黙らざるを得ない一枝かずえは神妙な顔つきで俺の最終的な解答を待つしか無い。


 「いわ最嘉さいか、貴方にまかせるから」


 俺の解答を最後まで聞かず、暗黒のお姫様はアッサリと頷いた。


 「ひ、姫様!?」


 「そうです、大切なおんを他国の……行き先も確認せず、他国の人間に委ねるなど……」


 当然の反応とは言え、相変わらずなんて非道い言われようだ俺。


 「ふふ、そうね、最嘉さいかは……」


 ――でもって、そこの”可愛い少女プリティガール”!!


 ――可愛らしく笑ってる場合ですか?フォロー、フォローしろよっ!!


 「……」


 ガタッ!


 そんな中、一原いちはら 一枝かずえ王族特別親衛隊プリンセス・ガード達を代表するように立ち上がる。


 「状況は……承服いたしましょう。ですが、ここまで来て!ここまで皆で戦って来た成果をこうもあっさり覆す……全く未練無く”敗北”を認める意気地の無い男の言葉がどこまで信用に値するか?行き先を聞き出してから判断しても遅くは……」


 ――さすが一原いちはら 一枝かずえ、”武人”らしい考え方だ……


 俺は自然と口元がニヤリと歪む感覚を感じていた。


 流石だよ、本当に……とは言っても、勿論”褒め言葉”では無いけどな。


 成果?皆で一生懸命頑張ってきた?


 結果に対応できなければ”それら”は本当に無価値な徒労に成り果てる。


 大局の前で勝ちだの負けだの……阿呆らしい。


 ――そんな”仲間ごっこ”や”自己満足”なんぞが戦の趨勢を左右するかよっ!


 少々苛立った俺が……


 「一原いちはら かず……」


 これまでと同じように反論しようとした時だった。


 「……」


 「っ!?」


 そっと、俺にだけ解るように視線を送った暗黒の姫は……静かに言葉を発する。


 「そうね、”王族特別親衛隊あなたたち”もよく知っておくとよいわ。この男……鈴原すずはら 最嘉さいかはね……ふふ、”負けっぷり”がすごく良いのよ」


 あでやかなあかい唇を綻ばせた少女のどこか愉しげな言葉、そしてその表情には……


 天都原あまつはら王国、王位継承第六位、紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこの人生を左右する決断になるだろうに……


 「ふふ」


 一切の不安の欠片さえも無かったのだった。


 第四十九話「走為上計そういじょうけい」後編 END

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