第89話「走為上計」前編(改訂版)
第四十九話「
ツカツカツカ……
若い男が足早に歩み寄り、そして俺の前でピタリと止まる。
「こっちの用事は大体済んだ。
声の主は若い男……
俺や
「ん、どうした?……あぁ、これか……」
そして男は俺の不躾な視線に気づいたのか、胸元から味気ないデザインの眼鏡を取り出してそれを装着する。
「義眼だよ、ちょっと色々あってな……と、それよりも用事があって来たんだが」
男の装着した眼鏡は恐らく伊達眼鏡だ。
近くで見ると気づく者は気づくであろう右目の”義眼”と、その目尻に残る小さい傷跡を誤魔化すためのアイテムだろう。
「おい?聞いてるのか、俺は男にジッと見つめられる趣味は無いんだが」
「そんなのは俺にだって無い、俺だって愛でるなら可愛い女子……」
俺は作業中の手を止めて、偽眼鏡男に応じる。
「例えば」
「おぅ、例えば……」
そして俺は直ぐさま不快な嫌疑を払拭し、相手の男もそれを受けてほぼ同時に口を開いた。
「
「
――っ!
「ぬ、ぬぅぅ」
「ちっ!」
俺達はお互いの理想をぶつけ合い、そして暫く無言で睨み合う。
そうそう、この男の名は
「お前、眼鏡の度数、変えたらどうだ?独眼竜!」
「ばーか、これは伊達だ、視力が悪いのはお前だろ、
「……」
「……」
――ぬぅぅ!なんて失礼な男だ、この
確かに
お茶の子さいさいだ!
「”
――ちっ!独眼竜め……俺の心の声と同じような台詞を……
まぁいい、どちらが真実かは直ぐに結果は出る事だ。
この後すぐに……
そう、
――
―
「正気なの?城を捨てて逃亡などと……ここまで来て血迷っている場合では無いと思うけど?」
「それも……ですが、そもそも
「問題外だ!
――あーはいはい、大体こうなるって解ってたよ……ほんと
ちょうど一週間前の深夜、世界が近代国家世界に切り替わる前夜、
俺は”
というか、火急の指示を出したのだった。
で、結果は先の通り、反論の嵐だった。
ならばと、司令室中央に設置された大テーブルの上にある
「正気か?だと、なら明日以降、世界がもう一度この”戦国世界”に切り替わった時に四大国の連合軍は間違いなく一斉包囲を行ってくるだろうが、それにこっちはこの寡兵でどこまで抗えると?逆にお聞かせ願おうか、
――先ず一人目……
「それは……私の仕事では無い。策を構築するのは貴方の……」
スラリとした長身に凜とした佇まいで、長い黒髪を簡易的に後ろで束ねた女が少し口籠もってから論点を逸らした解答をし、俺は内心ニヤリとほくそ笑んだ。
「なら、方針は脱出だ!策を構築するのは参謀である俺の仕事なんだろ?」
「うぅ……」
してやったりの俺の言い回しに、
――誘導気味に言質を取っての反論……少し意地が悪かったか?
「まぁな、
俺は険があった言い方に少々反省し、改めてフォローの説明を入れつつ、チラリとご大層な椅子に座る”暗黒の美姫”に視線を投げた。
「……そうね、でもその無理のある籠城戦初期の段階で
豪華に
「それは……なるほど」
「だから
――
「ああ、そうだ。
「大軍に包囲されていては逃げる事さえ至難だ。ましてや正直足手まといの病弱な王や一般の人員を多数引き連れてなど問題外」
――
自らの国の王を足手まとい扱いされ、少しだけ視線に険しさが出る面々だが、それでも俺の言いたい事が段々と理解出来てきたようだった。
「だから……だから
瞳に澄んだ叡智を内包した少女、
――やはり……
「そうだな……因みに多国籍軍だからこそ、お互いに功を焦り、序盤で未だ連携のとれていない状況につけ込めるかってのが、数に劣る
今回俺が打ち出した策には納得していないが、それでもここまでの結果として功を成した作戦に興味津々、熱心に学ぼうとする少女に俺は捕捉してやる。
「そこまで……織り込んで……」
「行動と心理は一体だ。実際の戦では常に敵の、味方の心理を頭に置いて策を構築する」
「…………」
一連のやり取りで何故か少し頬を赤らめた少女は数秒、俺をジッと見詰めてから再び言葉を発した。
「では!では……包囲網を小さく狭めさせたけれど、それでも敵に与えた警戒心で限界の一線は越えてこないようにさせる事に成功したのも全て
「ち、ちょと……
少し興奮気味になる少女に
「大軍に大きく網を張られたら脱出は困難です、でも、でも、それが小さい網なら?
しかもそれが一定時間は動かないとなれば……これは全て”
くせっ毛のショートカットにそばかす顔の少女は、
――ほぅ……既に俺の仕込んだ策の意味を捉えたか
「まぁな、これで上手く隙を見て城から抜け出す事さえ出来れば、敵軍の後方は手薄で一気に安全圏まで離脱できる」
俺は”
――そうだ、
ざわざわ……
ひそひそ……
予測もしていなかった
そして、それに呼応するべき緊急の指令に室内はざわめいていた。
――無理も無い……か
こんな
しかも心証が良くない
だから俺は説得しやすい名前を出す事にする。
「で、
「っ!」
――
「
彼女の名前を呼ぶ時、馴れ馴れしいとばかりに
「…………」
それを受けた、大国
無言で、
およそこの世の存在全てを無価値に貶める美貌の少女は俺を見据える。
「姫様が?この男と同じ事を……」
「本当ですか?
そして
ゴクリッ……
――唇……白い肌に映える
俺はそれが柔らかくて甘い事を知っている。
何度か触れた、触れられた……彼女の唇の感触を想い出して胸が熱くなる!
「…………」
――ちっ!ずるいな……お嬢様
「ん!んん、コホン……姫殿下、参考までにご教授願いたい」
だから俺は皆の前で確認する。
俺の意見では納得しない面々を説得するために……
――クスッ
「っ!?」
暗黒の美姫は
俺に向け……自身の部下に手こずる俺を見て……確かに
――くそ!誰のために俺が……相変わらず良い性格だよ、お嬢様
ひとしきり俺の困り顔を堪能しただろう美姫は、その可愛らしい唇をゆっくりと開く。
「ええ、そうね……でも
――っ!
悪戯好きの暗黒姫のその一言で、俺の思惑とは少し違う方向へ……
彼女の部下達が俺に向ける視線は更に厳しいものに一変していた!
――おいおい……言い方っ!言い方気をつけようねっ!ね!
「う……あ、ゴホン……えと」
俺はたじろぎながら
あくまで俺の口から説明しろと……この暗黒のお嬢様は仰っているのだ。
――わかったよ……ならっ!
「”
俺は答えを披露する。
「なっ!?」
「か、
「あの……
俺が自ら推測する
「ふふっ」
暗黒の美姫の瞳は愉しそうに細められる。
さも、
――”よく出来ました!”
と言わんばかりに細められたのだった。
第四十九話「
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