第83話「停雲落月」後編(改訂版)

 第四十三話「停雲落月ていうんらくげつ」後編


 裏切りの報いとして――


 真琴まことの策を採用したならば、敵中に孤立したいち赤目あかめの奴等にくびり殺されるだろう。


 常道から言えば、主君を裏切るような恥知らずには当然の結末だと言える。


 言えるが……


 「…………」


 ――なら、何故にいちはそんな無謀な反乱を……


 「問題は残った赤目あかめ残党の反乱軍ですが、そこは私と久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの隊で対処を……」


 真琴まことは黙ったままの俺に進言を続ける。


 「最嘉さいかさまは此方こちらの事はお気になさらずに、先ずは尾宇美おうみ戦に専念頂ければ……」


 「…………」


 俺の方の状況をおもんぱかっての真琴まことの言葉だが、俺はそれを聞き流していた。


 俺の頭の中は、この時も未だ宗三むねみつ いちに対する未練が頭をもたげ……


 ――俺が皆の前でいちの進言を無下にしたから?


 ――宗三むねみつ いちに恥をかかせたから謀叛を起こした?


 いや断じて無い!!


 それは確言できる!


 俺といちの間でその程度のことは障害にならない。


 成るはずが無い!


 それは立場が逆であっても同じだ。


 数多の戦場を共に駆け抜け、華麗なる勝利も、泥にまみれた惨めな敗走も……


 俺といちはどんな苦境も困難もくぐり抜けてきた兄弟同然の間柄だ。


 「…………」


 ――過去の在る時に俺の父である鈴原すずはら 大夫たいふが言い放った言葉がある。


 「貴様は身の程をることを覚えよ、多少の才に恵まれたぐらいで身の丈に合わぬ高みを目指した馬鹿共が、その不釣り合いな高さ故に無惨にちて無様な骸を晒すのをわしは腐るほど見てきたのだ!」


 それは……当時、僅か十四歳で立て続けに戦手柄をたてた俺に対し、家臣の前で戒めて君主の威厳を示そうとした父がはかりごとの一環だったのだろうが……


 当時の浅はかな俺はこう答えた。


 「理想高く、飛べば飛ぶほどに代価として酷い重傷を負うというのなら……俺が地ベタに晒すものは何も無いでしょうね。原型を留めない程に砕け散った肉片では誰も察しはつかないでしょうから」


 ――それほどまでに、誰も為し得ないほどに高く至れる!


 誰も、父さえも自分の器を計れていない。


 鈴原すずはら次期当主、次代の臨海りんかい王、鈴原すずはら 最嘉さいかまさしく昊天こうてんへと羽ばたく鴻鵠こうこくであるのだと!


 そんな絶対の自信を抱いていた俺は、それを周りを気にせず口に出来るほどにのぼせ上がっていたのだ。


 そして、身の程をわきまえない生意気な若造の言葉は、当然の如く王である父の怒りを誘発し……


 「貴様如き、クチバシの黄色い小僧が、王の前で大層な寝言を……っ!?」


 ――ザッ!


 臨海りんかい王である鈴原すずはら 大夫たいふが吼え、家臣は肩をすくめて縮こまる!!


 そんな殺伐とする空気の中、歴戦の武勲を所持する諸将さえも緊張に固まる空気の中、一人の若者が歩み出た。


 「お待ちください、王よ」


 宗三むねみつ いちは臆すること無く自ら歩み出ていたのだ。


 「最嘉さいか様が誰よりも高く飛ばれるのなら、従者である私はそれを地上を這いずり回ってでも必ずや受け止め、くだされる天罰を代わりにこの身に刻みましょう。何故なら、そのためにこそ、宗三むねみつ いちという人間は存在するのですから」


 そして、鈴原すずはら 大夫たいふと居並ぶ諸将の前で、微塵も揺るがぬ瞳でそう宣言する。


 「ぬ……ぬぅ……」


 怒りの機先を潰され、低く唸る臨海りんかい王、鈴原すずはら 大夫たいふ


 ――くだる天罰を代わりにこの身に刻む


 それは、俺が受けるべき罰をその身に受けるという意思表示。

 主が至らないのは側近である自分の罪だと訴える。


 次期当主とは言え、諸将の眼前でつくばるように……

 年下の従兄弟いとこである俺に対して卑屈なほどにかしずいいてみせる宗三むねみつ いち


 主君の為ならば何時如何いついかなる時にあっても、命どころか誇りさえもなげうつ事が出来ると……言葉通り、地ベタを這いずって泥を噛んで、”鈴原 最嘉オレ”を守る家臣。


 その姿勢に――


 他の重臣、宿将達も言葉を出せず、厳格で非情な王たる鈴原すずはら 大夫たいふまでもが俺を裁くことを諦めざるを得なかったのだった。


 ――

 ―



 「…………」


 「最嘉さいか……さま?」


 その時、俺の手は……


 俺自身意識しない状態で、自然と真琴まことの言葉を遮るようにかざされていた。


 ――そうか……


 俺は自身が無意識でした、その行動に納得する。


 ――これは俺の意思なのだ!


 「最嘉さいかさま……あの」


 ――それがただの感傷であっても、


 ――あり得無い希望的観測を未だ望んでいる結果であっても、


 ――俺は……


 かざした手で真琴まことの進言を中断させた俺は、縮こまったままのいちの副官にスッと視線を移す。


 「ひっ!ははっ!」


 突然の指名に体を硬直させた温森ぬくもりは、そのまま頭を地面に貼り付ける。


 ――そうだ……


 この時、ただの一つも定まっていなかった俺の心は決まった!


 反乱に対する対処は?


 仮に無事、事が収まったとしても、謀叛人への処罰は?


 ――どうすべきか?


 それが未だ曖昧でも、


 少なくとも、現在いま、俺の取る行動は決まったのだ!!


 「…………ふっ」


 俺は本当に納得する。


 ――そうだな、今更だった……


 俺は動揺のあまりか、一番大切な始まりを失念していたのだ。


 ――俺の原点は”それ”だったよな…………嘉深よしみ


 「…………」


 真琴まことが向ける心配そうな瞳を余所に、俺は温森ぬくもりを見据えて言葉を発する。


 「温森ぬくもり……真琴まことの予測通り、いち赤目あかめ軍内で孤立しそうになったら、お前は部下を出来るだけ説得していちの元に残るように動いてくれ」


 「っ!?」


 青い顔で平伏していた中年は、思いも寄らぬ言葉に顔を上げ俺を凝視する。


 「……あ、あの……それは……?」


 「最嘉さいかさまっ!それはっ!!」


 意味が解らないという中年男と、サッと顔色を変えてなにか意見しそうになる少女を、俺は再び手を上げてとどめていた。


 「いちの処分がどうであれ、敵に裁かせてやる訳にはいかないだろう?」


 「そ、それは……ですが、それだと……」


 真琴まことには不安があるようだ。


 ――久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろが先走ったという小津おづ城攻めの再現……同士討ちの可能性か


 「とりあえず俺が行くまで小津おづ城は攻めるな、包囲して時間を稼いでくれれば良い。赤目あかめ反乱軍の首謀者は俺が尾宇美おうみで死ぬとたかくくっているんだろうが……」


 「尾宇美おうみはどうなさるおつもりですかっ!!幾ら最嘉さいかさまでも、とてもそんな余裕は無いのではないですかっ!?」


 それは流石に下策だと……


 最早、火種とは言えぬ炎を放置同然にする甘さは身を滅ぼすと……


 俺の信頼する腹心は食い下がってくる。


 「そうだな……なにしろ”あかつき”本州四大国家が揃い踏みだ、局地的勝利を数度勝ち取ったところで戦況は揺らぐはずも無いな」


 「ならばっ!」


 真琴まことは珍しく俺に反論を続ける。


 赤目あかめ領内の”処理”を効率的に進めるべきだ、任せて欲しいと懇願する。


 ――だが、それはつまり……宗三むねみつ いちを効率良く、敵の手で処分させるという事


 膝を折ったままで、再び俺ににじり寄って必死にすがる少女の真剣な瞳。


 勿論、真琴まことだっていちを案じていない訳じゃ無い。


 俺と同様に真琴まこといちとは兄妹同然に育って来た。

 幾つもの困難と死線を共にくぐり抜けて来た従妹いとこで戦友だ。


 なにしろ、宗三むねみつ いちとの付き合いの長さで言えば鈴原 真琴まことは俺よりも長いのだから……


 「最嘉さいかさまっ!!」


 ――真琴まことにこんな嫌な事を言わせ無ければならないのは……


 「……」


 ――全て俺の未熟が招いた結果だ!


 俺の我が儘のせいで……


 俺がもっと上手く事を進めていれば……


 いちをこんな窮地に追い込むことも無ければ、真琴まことにこんな嫌な役を負わせる事も無かった。


 「真琴まこと……尾宇美おうみの方はなんとかする」


 俺は自分の不甲斐なさを嫌と言うほど認識し、そしてそれがあっても……

 いや、それだからこそ、決断したのだ!


 「し、しかしっ!」


 「大丈夫だ……”戦国世界あっち”で歯が立たない相手なら”近代国家世界こっち”でなんとかすれば良い」


 「最嘉さいか……さま」


 無理矢理に余裕の笑みを作った不格好な男を見上げ、

 そんな馬鹿な男を、自身の大切なもの全てを置いても心配する少女は……


 ――泣いているんだ……ずっと……なのに俺には、俺の為には……


 「忙しくなるぞ、明日……いや、もう今日か?とにかくする事が山ほどある」


 だから俺は、歪で見るに堪えない笑顔でも継続して続けた。


 「最嘉さいかさま……謀叛は例外なく死罪です……宗三むねみつ いちは……」


 先ほどまでとは全く違う……

 小さい声で……震える声で……少女は呟く。


 真琴かのじょ外装メッキを剥ぐのは俺の本意では無い。


 それが俺の為にまとった装甲なら尚のことだ。


 「解っている。神ならざる人の身が国を治めるには法は曲げるべきでは無い……して軍隊は規律無くしては成り立たない」


 けれど、俺の決意は変わらない。


 ――裁くのは……俺だ


 ――他の誰でも無い……いちに対する責任を負うのは鈴原すずはら 最嘉さいかでなくてはならない!!


 「…………」


 少女は黙りこんで……そして悲しみを孕んだ瞳で小さく頷く。


 「真琴まこと温森ぬくもり……お前達にはより困難な指令を出すことになるが、今まで通り俺を支え、我が臨海りんかいに尽くして欲しい」


 「も、勿論です!最嘉さいか様、臨海りんかい国の為にこの非才の身を捧げます!」


 俺の言葉に、ひざまずいたままでいた中年は”ハハァー!”と更に頭を低くして応えた。


 ――真琴まことは……


 「…………」


 深く深くこうべを垂れたまま、無言で頷いていた。


 ――そうだ……真琴まことには返事を聞くまでも無い事だ


 鈴原すずはらの呪いで家族の全てを失った……

 殺し尽くした俺にとって……


 ”鈴原すずはら最後の呪いの残りカス”……鈴原すずはら 最嘉さいかに家族と言える者はこの鈴原すずはら 真琴まことと……


 「…………」


 俺はギュッと拳を握る。


 ――宗三むねみつ いちだけなのだから……


 第四十三話「停雲落月ていうんらくげつ」後編 END

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