第82話「前夜」後編(改訂版)

 第四十二話「前夜」後編


 「八月はづきっ!この男は事もあろうか”あんな危険な場所”に姫様をっ!陽子はるこ様を連れ出し、信じられぬ事に長州門ながすどの両砦、菊河きくかわ 基子もとこ対策の囮として利用したのだぞ!!」


 ――うっ!……やはりそれか


 信じられない強運の持ち主、菊河きくかわ 基子もとこ対策のためとはいえ、大将である陽子はるこを戦場も戦場、最前線に連れて行くなんて俺の策がこの堅物女に知れようモノなら……


 だから正門前戦いの後、俺は一原いちはら 一枝かずえには偵察隊を率いて七峰しちほう軍の挙動を監視するように命令を出して一時この尾宇美おうみ城から遠ざけたのだが……


 ――たく、この忙しい時にタイミング悪く帰って来るとは……


 露見ばれればこうなると、ある程度予測していた俺は内心頭を抱えていた。


 「八月はづきっ!」


 「一枝かずえさん……あれは作戦の一環です、そのことは姫様もご承知の上だと聞かれてませんか?」


 仮面のような大きな革製眼帯から露出した左側の顔、鋭い左目で睨み付ける”武者斬姫むしゃきりひめ”の眼光にも、一歩も退かない八十神やそがみ 八月はづき


 「貴様……八月はづき……」


 「…………」


 睨む対象が俺から”澄んだ叡智を秘めた瞳の少女”に移った一枝かずえだったが……


 「そこまでよ、一枝かずえ八月はづきも」


 “辻斬り女”が開いたままのドアから時間差で続いて姿を現したのは……


 腰まで届く緩やかにウェーブの掛かった美しい緑の黒髪と白く透き通った肌。

 それと対照的なあでやかな紅い唇が印象的な超美少女。


 その奇蹟とも表現できる美少女が所持する漆黒の瞳……


 対峙する者をことごとく虜にするのでは無いかとさえ思わせる、恐ろしいまでに他人ひとを惹きつける”奈落”の双瞳ひとみを煌めかせた少女。


 「姫様!」


 「陽子はるこ様!」


 会議用の大テーブルを囲んでいた面々は即座に立ち上がり、司令室に居たそれ以外全員もその少女に向き直って敬礼する。


 ――紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこ


 大国、天都原あまつはら王弟おうてい京極きょうごく 隆章たかあきの第三子であり、十七歳にして天都原あまつはら国軍総司令部参謀長を勤める才女で、大国、天都原あまつはらにあって王位継承第六位の王族でもある少女。


 その登場に、俺に代わって睨み合っていた二人は……


 「はっ!」


 「はい、姫様!」


 一原いちはら 一枝かずえは直ちに刃を鞘に戻して、八十神やそがみ 八月はづき共々に背筋を正して敬礼していた。


 「…………」


 結局、俺だけがなんだか出遅れて……


 ――


 ドア付近からゆっくりとあくまで優雅に、此方こちらへ向かって歩いてくる暗黒のお姫様を間抜けに眺めていたのだった。


 「……」


 「……」


 一歩、一歩……俺の方へと歩を進める陽子はるこ


 「…………」


 「…………私の知らない間に、随分と八月はづきに気に入られたようね?……最嘉さいか


 ――トクンッ!


 すれ違い様のふわりと香る彼女独特の甘い香りに俺の心臓が小さく跳ねる!


 そして、俺にだけ聞こえるようにそう囁いた暗黒の美姫は……


 「っ!」


 ごく自然に、ギュッ!とヒールのかかとで俺の足の甲を踏みつけて行ったのだった。


 「くす……」


 微笑する紅い唇……闇黒あんこく色の膝丈ゴシック調ドレスに薄手のレースのケープをまとった極上の美少女。


 「…………」


 相変わらずの暗黒コーデとその態度……


 ――おいおい……


 すっかり”侍女姿”から着替えて普段の陽子はるこの姿だし、髪も完全に渇かして、自分だけ身支度バッチリじゃないか!?


 俺は北塔でのダイブの後、陽子はるこにも直ぐにこの司令室に来てくれと頼んでいたのだが……


 着替えは兎も角、そこまで完璧に仕上げてたら確かに遅れる訳だ。


 「なにかしら?燦太郎りんたろう


 「…………いや別に」


 ずぶ濡れの俺や四栞ししお 四織しおりの姿と陽子はるこの姿を交互に見比べ、なんだか納得いかないままの俺は……


 ――”この、ずるっめっ!!”


 とは、口が裂けても言えないわけで……


 代わりに”なんでもないデスヨ”と、首を横に振っていた。


 「そう?ならいいわ」


 そして京極きょうごく 陽子はるこは、七山ななやま 七子ななこの用意した特別高級そうな椅子に腰掛ける。


 「あ……えっと、だな、話を戻すと……」


 色々と悶々とするものはあるが……

 取りあえず一枝かずえの脅威が無くなったのは幸いと、俺は本題に入ろうとするが……


 「…………」


 再び座した面々内の一人が、スッと手を真っ直ぐに掲げていた。


 それは俺の正面に座る女、スラリとした長身に長い黒髪を簡易的に後ろで束ねた六王りくおう 六実むつみだ。


 「なんだ?」


 彼女の性格を現す綺麗な挙手だが……

 俺は嫌な予感がしつつも指名する。


 「先ほど一枝かずえが口走った”すずはらさいか”とは……もしや臨海りんかいの?」


 ――うっ!


 「あーー!!やっぱりぃっ!!私もそう思ったよぉっ!!」


 三堂さんどう 三奈みなが”おぉっ”と勝手に立ち上がり、


 「えっ?えっ?えっ?」


 八十神やそがみ 八月はづきがオロオロとする。


 「……ふぅ」


 「あらあら……」


 十三院じゅそういん 十三子とみこ陽子はるこの背後に立って控えたままの七山ななやま 七子ななこがお互いに視線を絡ませてから二人して”仕方無いですね”という意味の笑みを浮かべ、


 「クッ……クフフ…………」


 四栞ししお 四織しおりは……よく解らない。


 「……ふん!」


 というか……この件の張本人である一原いちはら 一枝かずえは不機嫌にそっぽを向いたままだ。


 ――くっ、誰のせいでこうなったと!?


 「…………」


 司令室内で忙しく働く者達も含め、俺に向けられる視線は”鈴原 最嘉そのな”を聞いて、勿論好意的という類いでは無い。


 とはいえ、この状況では誤魔化すのは最早無理だろうし、時間の無駄出しか無い。


 ――なにより”俺達が置かれた状況いまげんざい”は時間が最も貴重だから……


 「……はる


 覚悟を決めた俺の視線に、暗黒の美姫はそっと形の良い白いあごを僅かに縦に動かす。


 俺もコクリと頷いて応じてから、スゥッと息を吸った。


 「そうだ……俺は臨海りんかいを治める、鈴原すずはら 最嘉さいかだ」


 ――ざわっ!


 流れから……そこにいる皆が頭では大体予測していたとは言え、流石に本人からの言葉に場は控えめながらざわめく。


 ――臨海りんかいの?


 ――どのつらでこの天都原あまつはらに!


 司令室内がいやでヒソヒソと聞こえてくる感想はそれぞれだが、大凡おおよそ非難に近い。


 「やはりそう……”鈴原 最嘉あなた”はどういった意図で我らにちょっかいを……」


 「待ちなさい六実むつみ鈴原すずはら様が”尾宇美城勢わたしたち”を大いに助けてくれたのは事実でしょう?ならその言い方は少し礼節を欠くのではないかしら」


 「あははっ、でも、日乃ひの護芳ごほうを掠め取ったのもこのひとなんだよねぇ……」


 生真面目な六王りくおう 六実むつみがストレートに俺を問い詰めようとし、十三院じゅそういん 十三子とみこがそれに異を唱えて正し、そして三堂さんどう 三奈みなが茶化す。


 「…………」


 八十神やそがみ 八月はづきは相変わらず無言で俺の顔を凝視し、


 「……く、くふふ」


 四栞ししお 四織しおりは”にへらぁ”と……やはりよく解らない。


 「…………」


 この状況……どうやって迅速に収めようかと思案する俺だったが、


 「もう良いでしょう?最嘉さいかはここまで良くやってくれたわ。この期に及んで些末な過去の恨み事で大局を誤る愚か者は私の臣下にはいない……そうでしょう?」


 ――!!


 一際造りの良い椅子に優雅に腰掛けた美姫の言葉がその場をいとも簡単に支配した。


 ”王族特別親衛隊かのじょ”達は銘々が言葉を控えて姿勢を正す。


 「おお……」


――良く躾けているな……


 というか、単に陽子はるこへの絶対的な忠誠心のたまものか?


 何もかも解決!という訳では決して無いが、口火を切った張本人である一原いちはら 一枝かずえ含め、司令室そのばの全ての者が、敬愛する主の一言で一応の納得を示したようだ。


 心なしか、俺へ向けられていた視線も少しだけ和らいだような気もする。


 「それより最嘉さいか、貴方から皆に話すことがあるのでしょう?それも今日中に」


 そして陽子はるこは、更にそう言って話を進める。


 「…………」


 流石……天都原あまつはら国軍総司令部参謀長にして”無垢なる深淵ダークビューティー”と称えられる紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこ様だ。


 何も言わなくても、いや、そもそも今回の戦に用意した策の行き着く先ははなから俺と同じだったって事だ。


 「今日中……ですか?」


 十三院じゅそういん 十三子とみこが銀縁眼鏡を直しながら壁掛け時計を確認し、その他の者達も自然とその視線を追っていた。


 ――時計の針は午後八時二十三分……


 日付が変わるまで四時間を切っていた。


 ――ああそうだ……”近代国家世界あっち”側に切り替わる前に、今日中に、俺は……俺達はやっておくことがある!


 「……」


 「……」


 どちらともなく視線を交わす俺と陽子はるこ


 ついさっきの言葉から、陽子はるこも最初からそういう方向の結末を想定してこの戦いに挑んでいたというのは理解わかる。


 ――なら……


 俺は大きく頷いてからテーブルに座す面々の顔を眺めて、口を開いた。


 「これから、この戦の”落としどころ”を説明する!」


 第四十二話「前夜」後編 END

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