第73話「麒麟児と神童」後編(改訂版)

 第三十三話「麒麟児と神童」後編


 ――藤桐ふじきり軍本陣から、前方に展開する味方の惨状を眺める若い将官が感想を発する。


 「うわぁ性格悪いなぁ……というか、えげつないね、ねぇ?」


 まるで他人事のように笑って隣の中年騎士にそう言う、この軍の最高指揮官。


 「いや、笑い事では……」


 中年騎士は困り顔でそう返すが、


 「そう?あの程度で混乱するようじゃあ、預かった光友みつとも殿下の”北伐軍”も噂程じゃな……」


 「星志朗せいしろう様っ!!」


 不用意な事を口走ろうとする主に、中年の家臣は珍しく声を荒げていた。


 ――多国籍軍で包囲した城攻略戦


 その発起人である天都原あまつはら国王太子、ふじきり 光友みつともの代理を務め、この城大包囲網戦の中心的指揮を執る最高司令官の中冨なかとみ 星志朗せいしろうに対して諫めるのは彼の副官である中年騎士、堀部ほりべ 一徳いっとくだ。


 「なんだよほり、いちいち五月蠅うるさいな……」


 「自重されよ、若先生!お家の大事にかかわわりますぞ!!」


 「……ちぇっ」


 珍しく引くことのない中年騎士の眼光に星志朗せいしろうは拗ねたような表情になる。


 副官、堀部ほりべ 一徳いっとくは、中冨なかとみ流剣術道場では亡き父の門下で星志朗せいしろうには年の離れた兄弟子に当たり、幼少よりの世話役でもあった。


 それ故、この飄々とした天才にしても、”若先生”と言う呼び方をする時の堀部ほりべ 一徳いっとくは本気も本気だと身に染みていたからだ。


 中冨なかとみ家は名門だ。


 天都原あまつはらでは知らぬ者の無い名の通った武門の家系。


 だが、だからといって王太子たる藤桐ふじきり 光友みつともを揶揄するか如き言は軽率の極み、ましてやこの軍の大部分はその藤桐ふじきり 光友みつとも殿下から預けられた北伐軍の一部だ。


 何処どこの”いびつな英雄”の目と耳があるやも知れぬ状況ではもっての外といえる。


 この中冨なかとみ 星志朗せいしろうという人物は、確かに武芸と軍略、つまり軍事的才能に限れば大したものだ。


 生粋の軍人家系である歴代中冨なかとみ家のゆうの中でもズバ抜けた存在だろう。


 だがその分……こう言った脇の甘い部分があるのも事実で、政治的な話題や駆け引きにはむしろ疎いとさえ感じられる事が多々ある。


 堀部ほりべ 一徳いっとくという中年家臣はつくづく思う。


 王家の血を引く天才、きょうごく 陽子はるこ姫の才は凡百の及ぶところではない。

 だが、紡ぎ出される神算鬼謀は文字通り”鬼策”……


 状況によっては敵だけで無く味方の事情さえ顧みることが少なく、効率的に血の通わぬ氷の知略を操り勝利を得る。


 怒りや恨み、焦りという悪感情に囚われずに善悪無く淡々と機械の如き正確さで策を実行する様は、純粋無垢にして恐怖の闇。


 それ故に敵だけで無く味方にまで畏怖されたひめの称号が、”無垢なる深淵ダークビューティー”なのだ。


 ――そう考えれば、天才故の欠落……そういうものが在るのかもしれない……と


 ――いや、現在はそんなことより優先させねばならぬ事がある!


 堀部ほりべ 一徳いっとくは頭を軽く振って主を改めて見る。


 「そ、それよりも星志朗せいしろう様、事態の収拾を……」


 「解ってるって……僕もね、やられっぱなしは嫌だからね、まぁそれが例え予測済みの結果でもなぁ」


 窮状での打開策をせっつく部下に、星志朗せいしろうは笑った。


 「よ、予測済みですとっ!?」


 そして堀部ほりべの驚きは当然だろう。


 この状況を読んでいた?


 ならば何故……


 普通ならそう驚くだろう。


 「”おおよそ戦いは正を以て合い、奇を以て勝つ”ってね……なるほど、けど、それはこっちも同じだよ包帯男くん。”兵は詭道なり”ってね」


 中冨なかとみ 星志朗せいしろうは独り呟いてから、近くにかしずいた兵士になにやら耳打ちをする。


 「はっ!直ちに合図を!」


 そして、その兵士は直ぐに足早に何処かへと向かって行った。


 「せ、星志朗せいしろう様?いったい何を……」


 軽く混乱する堀部ほりべ 一徳いっとく中冨なかとみ 星志朗せいしろうは……


 「なにね、あの包帯グルグル指揮官?あれを一寸ちょっとばかり、からかってやろうと思うんだよねぇ。まぁ、彼が僕の期待以下なら死んじゃうかもしれないけどね、はははっ」


 そう言って、血生臭い戦場で悪戯っ子のように笑ったのだった。



 ――

 ―


 ――奇しくも……中冨なかとみ 星志朗せいしろうの言った通り、”尾宇美城正門前せんじょう”は大きく動き始める!


 「ぐわぁぁっ!!」


 「と、突破っ!突破されましたぁぁっ!」


 藤桐ふじきり軍の別働隊が僅かに出来た間隙を縫って”尾宇美おうみ城正門前守備軍本隊”……

 つまり、”俺の居る陣営”まで肉薄してきたのだ!


 「どこだっ!戦場で女子供の下働きに勤しむ包帯男というのはっ!!」


 俺直近の守備隊を造作も無く蹴散らしながら走り寄る一軍の将は……


 「我が名は中冨なかとみ 伝士朗でんしろうっ!女の尻に隠れてないで出て来いよ、鈴木 燦太郎りんたろうとやらっ!!」


 通った鼻筋と鋭く切れ長の目……


 体格良く剣を上段に構えて寄せ来る偉丈夫は、赤銅色の肌と燃えるような赤いたてがみの見事な竜馬に跨がって俺を名指しする。


 「…………」


 ――完全にやられたな……


 俺は馬上にて、蹴散らされる護衛兵達を眺めながらそう思っていた。


 敵の伏兵が通ってきたのは六王りくおう 六実むつみの隊が今の今まで布陣していた配置ところだ。


 ――そうだ、敵は……敵将、中冨なかとみ 星志朗せいしろうは、“この期”をこそ待っていたのだ!


 俺が何らかの手を講じ、乱れた陣形の間隙を縫う……

 いや、その道を逆に辿れば本陣まで辿り着けると。


 「ぐわぁぁっ!!」


 「ぎゃぁっ!!」


 とはいえ……こうも易く護衛兵士達を蹴散らして迫り来る一団は……

 特にあの将たる男の剛勇ぶりは……


 「”切り札”を持っていたのはお互い様ってか……」


 馬上から迫り来る砂煙を眺めて呟く俺の背中には、久しぶりかもしれない……

 この熱い戦場で、否が応でも死の感覚が研ぎ澄まされる、冷たい汗が流れていた。


 「ぎゃっ!」


 「ぐはぁぁっ!」


 「お、お逃げ下さいっ!鈴木様っ!!」


 「…………」


 俺は馬上にて動かない。


 「鈴木 燦太郎りんたろう様っ!!」


 ――いや、だからもう遅い……だろ


 ダダダ!!…………タッ……


 俺の目前には――


 「…………」


 「…………」


 既にその偉丈夫が乗馬する竜馬上で、獲物を見据えるらんらんとした眼光を向け立っていたのだ。


 「貴様が……鈴木 燦太郎りんたろうか?」


 鍛え抜かれた五体に鬼気迫る武辺のつらだましい


 四方は……その武辺者が麾下の兵で囲まれている。


 ――比率にして敵兵、七に対して味方、三……というところか


 俺は無言で周りの状況と目前の男を分析していた。


 「答えろ、貴様が……」


 「ああ、そうだ。俺が鈴木 燦太郎りんたろうだよ」


 そして、一呼吸後に応じた俺は、そのまま腰の”小烏丸こがらすまる”の柄に手を触れていた。


 ――

 ―


 天都原あまつはら中冨なかとみ 星志朗せいしろう臨海りんかいすずはら 最嘉さいか


 かつて”神童”と呼ばれし”天才”と、辺境の小国で”りん”と評判だった”食わせ者”


 二人の偉才がぶつかり合う戦場は、まだまだ予断を許さない状況であった。


 第三十三話「麒麟児と神童」後編 END

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