第74話「中冨兄弟」(改訂版)

 第三十四話「中冨なかとみ兄弟」


 シュバッ!シュバッ!


 「ちっ!」


 側面から飛来する矢をかわすために馬上で体を捻りつつ、俺は馬を操る!


 「覚悟ぉぉっ!!」


 「っ!」


 ガギィィィーーン!


 矢の雨を避けた先にて、待ち構える敵騎兵の刃を”小烏丸こがらすまる”で弾く俺。


 「そっちだ!囲めっ!!」


 「おぉぉっ!!」


 ――ちっ!次から次へと……


 俺は矢と敵騎兵をやり過ごしたのも束の間、再び左前方から迫り来る新手の刀をすれ違い様に受け流す。


 ギァリギャリギャリィィーー!!!!


 削り合う二本の刀身から火花が散った直後……


 ザシュッ!


 「ぐはぁぁっ!」


 俺は敵兵を地面に斬り落としていた。


 「おのれぇぇっ!!」


 ズドォォッ!!


 一部始終を間近で見ていた別の騎兵が、血の匂いに興奮して槍を突き出すが、それをスピードが乗る前にガシリと左手で掴んだ俺は……


 「なにぃっ!?」


 ドサァァッ!


 そのまま槍を引き落とし、敵兵を馬上から引きずり落とした!


 ダダダッダダダッ……


 動作を止めること無く、直ぐさま俺の駆る馬はその場を離れる。


 「…………」


 まだまだ敵兵は健在だ。

 新手が密集して来る前に場所を移動して……


 ドスゥゥーー!


 「っ!!」


 その場を離脱しようとした俺の背後から不意に突き出された鋭い一刀!


 「くっ!!」


 それが俺の肩当てに突き当たり、勢いを持て余した切っ先は跳ねてそのまま、やや上方へれた!


 ヒヒィィーーン!ヒヒィィーーン!!


 「っ!このっ!!」


 俺は馬上で前のめりに体勢を崩しながらも、衝撃が伝わって暴れる馬を必死に抑え、なんとか落馬をこらえた。


 そして次手警戒のため、後方へと馬首を反転させた。


 「……」


 「ほぅ……中々にしぶといな、鈴木 燦太郎りんたろうとやら」


 俺を背後から串刺しにしようと試みた男と対峙する形で睨み合う。


 「…………」


 ――最初に睨み合ったときも思ったが、男の全体像は荒々しいイメージだが通った鼻筋と鋭く切れ長の目は……意外に美男子である


 「鈴木 燦太郎りんたろうよ、多勢に無勢……いいや、この俺相手にでは半端な武勇は命取りだぞ、無駄な足掻きは止めてばくにつけっ!」


 上背のある引き締まった肉体の男。


 馬上で剣を上段に構える偉丈夫は、大いに俺を威嚇しながら”降伏勧告”とも取れる言葉を俺に放ってはいるが……


 「……」


 「ふん?どうした、鈴木 燦太郎りんたろうよ?」


 挑発的な笑みを浮かべた男の猛々しい表情は、とても相手に降伏を促しているとは思えない。


 「死ねぇぇっ!」


 「おおぉぉっ!」


 ――ちっ!


 ガキィィィーーン!


 ズシャァァ!!


 「ぎゃっ!」


 「うぎゃっ!」


 そうしている間にも襲い来る二人の敵兵達!


 俺は右手の愛刀”小烏丸こがらすまる”を一閃、返す刀でほぼ同時に二人を斬り伏せてから、再び目前の男を睨んでいた。


 「ほぅ、その”武”……半端で無いな?”包帯男”」


 引き締まった肉体の厳つい男は、その一部始終を感心したように眺めていた。


 ――荒々しいイメージだが意外と美形……そういえばいつ、さっき”中冨なかとみ 伝士朗でんしろう”と名乗ったよな?


 中冨なかとみ?……中冨なかとみ 星志朗せいしろうの縁者だろうか?

 確か弟が居ると聞いているが……


 「どうした?俺の顔に何かついているのか、それとも恐ろしくて声も出ないかぁ!?」


 「…………」


 その時俺は思っていた。


 中冨なかとみ 星志朗せいしろうは確か現在二十五歳、中性的な容姿のかなりの美男子だと聞く。


 対して、この中冨なかとみ 伝士朗でんしろうとやらは……


 ――どう見ても三十過ぎの荒くれ者だよなぁ?


 「観念するならそう告げよ、だぁが……」


 「?」


 「は騒がしい戦場だ。その上、俺は今日……どぉ・うぅ・もぉっ!!耳の調子が悪くてなぁ?」


 ニヤリとイヤラシい笑みと白い歯を見せる男は、どうやらはなから降伏を受け入れる気が無いらしい。


 「…………形だけの降伏勧告かよ」


 「ん?どうした?……返答も無く、えものも捨てないなら、そろそろしまいにするぞ?鈴木 燦太郎りんたろう


 そして、さても楽しげに馬上にて剣を掲げた。


 ――ちっ!野蛮人め、お前はその気しか無いだろうがよ……


 俺とて降伏なんぞ欠片も頭に無いが、少しばかり腹が立つので言い返してやることにする。


 「中冨なかとみ 星志朗せいしろうは……色男だと聞くが?弟でも似ないものだなぁ」


 「……」


 俺の不躾な一言に、明らかに尋常では無い色を見せる男の両のまなこ


 「……ははっ……はははっ……上等だ!この”包帯男いろもの”がっ!!」


 口からは乾いた笑い声……全く笑っていない目で男は掲げたままの刀をガチャリと縦軸に半回転……


 チカッ!!


 「っ!」


 廻して握り直し、ちらに刀身の腹を向けた。


 刹那に陽光を反射した銀刀は、輝く玉を散らして弾け、俺の視界を一瞬だけ完全に奪う!


 ダダダッ!


 ――と、同時に、男は馬を駆って一足飛びに間合いを詰めるっ!!


 赤いたてがみの見事な馬……

 竜の如き風格の馬を駆り、瞬く間に空間を平らげ、至近から獲物に刃を振り下ろすっ!


 ガキィィィーーン!!


 しかし、男の剣は俺の体を両断することは適わず……


 激しい金属音を響かせて弾かれ、元の位置近くに戻っていた。


 「っ!?……貴様!?」


 「……」


 ――残念だったな……くらまし?そんなのは俺の知る戦場じゃ”ざら”だ!


 俺は愛刀、小烏丸こがらすまるを水平に構えたまま、刀身の上から敵に不敵な視線を投げかけて笑って見せてやる。


 「鈴木……燦太郎りんたろう!」


 睨む男に俺は笑みのまま発する。


 「は騒がしい戦場だったっけ?……なら、”星志朗おにいちゃん助けてー!!”って、叫んでも届かないなぁ?」


 「あっ?……き、貴様ぁっ!!」


 途端に、目に見えて不機嫌を通り越して殺気立つ男の眼光。


 「…………」


 ――そうか、やはりな……立派な兄を持つと色々大変だ


 俺は男のあまりにも予測通りの反応に、少し興醒めだ。


 ――この中冨なかとみ 伝士朗でんしろうという男、剣の腕は兄に匹敵するとの噂だが……


 天都原あまつはら国重臣で、国内最強と称えられる中冨なかとみ流剣術道場最高師範である兄。


 剣技は超一級品、軍内では”天都原あまつはら”十剣”という誉れ高い立場の兄。


 剣をとっても、戦略家としても、天才と称えられる兄の常に下風で働く弟。


 ――実際、この尾宇美おうみじょう攻めも藤桐ふじきり軍総司令官を拝命している中冨なかとみ 星志朗せいしろうの麾下にあるようだしな……


 俺は圧倒的有利な立場で狩りを愉しもうとした男に、お返しとばかりに”そういう男”の劣等感コンプレックスわざと刺激して笑ってやったのだ。


 容姿端麗と聞く兄とは造りが似ていても正反対、厳つい顔の伝士朗でんしろう


 それは、常に厳めしい表情をしているのだろう事と、あと”老け顔”?


 境遇から察するに、今までも色々と苦労したんだろう……なぁ?


 ――と、つい、男の人生に思いを馳せていた俺を現実に引き戻したのは……


 「このぉっ!!た”包帯男いろもの”がっ!!」


 烈火の如く顔を赤らめた”その男”の怒声だった。


 「っ!?」


 怒れる男は剣を掲げて一気に馬を跳躍させるっ!


 「い、今だっ!!伝士朗でんしろう様に続けっ!!」


 「か、覚悟ぉっーー!!」


 それが合図になったとばかりに……


 俺の周りを取り囲んでいた敵騎兵達も、血の匂いがふんだんに纏わり付いた武器を手に手に掲げてわらわらと襲い来るっ!!


 「……」


 ――ちょっと挑発を返されたらこれだ……剣の腕は大したモノだが単純だな


 積年の劣等感がそうしたのか、不機嫌な眉間の皺と、鍛錬に没頭した証の大小の傷……そして大柄で鍛えられた体躯が目前で躍動する!


 「それだけの努力を刻んだ自身なら、兄がどうかなど関係無いだろうにっ!」


 ギィィィーーン!!


 跳躍した竜馬上から打ち下ろされる強烈な一撃を受けた俺は、そのままの力の流れを利用して相手の懐に入ろうとする……が!


 ――っ!


 俺の駆る馬の足は予想に反してとどまり、一瞬遅れで前に出る。


 ――押し込まれた?完全に受け流せなかったか!?


 すれ違い様に終わらせようとした俺の目論見は外れ、ただ二頭の馬がすれ違う結果となっていた。


 「ぬぉぉっ!!鈴木 燦太郎りんたろうぉぉっ!!」


 直ぐさま振り返り、猛獣のような咆哮を上げる男。


 「やぁぁっ!!」


 ギィィィーーン!


 「死ねぇぇっ!!」


 ドスゥゥーー!!


 その間にも左右から躍りかかって来る敵騎兵二騎を斬り捨て、俺も振り返りつつ、藤桐ふじきり軍の猛獣に備えて剣を構え直した!


 目前には兄への劣等感コンプレックスをからかわれ怒り狂う”獣”!


 「……」


 ――そんなじゅうめんを晒すなって……


 俺は先程の打ち込みを受けて若干痺れる右手を意識して思う。


 ――俺が認めてやるよ、中冨なかとみ 伝士朗でんしろう。お前自身が得た”剣術もの”はホンモノだよ!


 「鈴木 燦太郎りんたろうぉぉぉっ!!」


 そして、襲い来る獣にピタリと切っ先を向けて、俺は状況を再確認する。


 「前には猛獣、周りには相当数の敵兵、近くの味方は結構な劣勢……」


 正直、頭が痛くなる状況だ。


 ――詰んだ……天才、中冨なかとみ 星志朗せいしろうにしてやられて詰んだ状況に見える


 「……」


 ――だが


 ――そろそろ”あれ”の頃合いだ


この絶体絶命の窮地にして、包帯の下で俺の顔はどんな表情だろうか?


 そんな場違いな事を考えながら俺は剣を振るう!


 ――まぁ、どっちにしても今は耐えるしか無い、なんとかたせられれば……


 「頼むぞ、八枚目……あと俺の見る目!!」


 ある事に望みを託して――


 ”尾宇美ここ”では”鈴木 燦太郎りんたろう”と名乗る包帯男は……


 ギィィィーーン!


 ガキィィィーーン!!


 前後左右、忙しく剣の火花を散らしながら、再び猛獣の檻へと馬を駆ったのだった。


 第三十四話「中冨なかとみ兄弟」」END

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