第72話「計算と感情」後編(改訂版)

 第三十二話「計算と感情」後編


 赤目あかめ領土内、小津おづにほど近い山中で――


 「追っ手は今のところ見えません!このまま那原なばる城へ撤退するのに問題はないかと……」


 夜闇の中、手負いの将兵を引き連れて山中を移動する臨海りんかい軍の姿がそこにあった。


 「…………だめ、那原なばるには戻らないわ、それじゃ遠すぎるから」


 今後の方針を確認する部下に、白金プラチナの髪が美しく輝く少女が無表情に返す。


 「し、しかし、久井瀬くいぜ様……それでは?」


 疑問を口にする部下に対し、弱々しい月明かりでも充分に分かる”希な程に美しい顔立ちの少女”は答えた。


 「尾鷹おだか城に入るわ、あそこはまだ臨海りんかいの勢力内、そこで一旦態勢を整えてから明日もう一度……」


 今の今まで戦っていた小津おづ城という戦場に最も近い尾鷹おだか城を指名し、再戦を渇望するプラチナブロンドの美少女、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ


 彼女は無闇な特攻を反省はしたが、小津おづ城に潜む輩の討伐自体は決して諦めていなかった。


 ――尾鷹おだか城の兵力を統合し再編して、今度は用意できる万全の態勢を以て敵に当たる!


 彼女はそう決意していたのだろう。


 「で、では早速、尾鷹おだかに伝令兵を走らせて……」


 ザッ……ザザザッ!!


 ――っ!?


 その時だった!


 近くの草むらが不意に揺れ、そこから複数の気配が闇に姿を現す。


 「て、敵か?」


 ――


 兵士達に緊張が走り、彼らは心持ち頭を低く草木に潜ませてを注視していた。


 「……」


 そして隊の指揮官たる久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろは、馬上にて腰の剣に手を添える。


 ――失態だった……


 敵の追撃は必要以上に警戒していたが、その分”伏兵”には意識が薄れていた。


 雪白ゆきしろ白金プラチナ双瞳ひとみが僅かな月明かりを取り込んで光り、臨戦態勢にて指示待ちで待機する部下達を馬上から見据えながら、自身も腰を落とし構える。


 ザザザッ!ザザッ!


 ――数は……多い?


 感じる気配から、二、三百?

 いや、ヘタをすると……


 シャラン!


 雪白ゆきしろが月下で白刃を抜き放ち、同時に彼女の部隊もタイミングを合わせて闇中の軍に一息で討ち入ろうとした瞬間だった!


 「久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ!!剣を収めなさい!私は最も偉大にして最高に素敵な鈴原 最嘉さいか様のおそばで誰よりも信頼を頂く従僕、鈴原 真琴まことです!」


 「っ!?」


 プラチナブロンドの美少女は振り下ろす寸前だった剣をピタリと止め、彼女の兵士達も突撃の号令が中断された事によって寸前で踏み留まった。


 ――ガサガサ……ザザザッ


 直ぐに草間から現れた軍団の先頭に立つ人物に、雪白ゆきしろと兵士達は視線を集中させる。


 「……」


隊の先頭にて、馬上から雪白ゆきしろ達を見据えている人物は……


 清楚で可愛らしいながら、大人っぽさも感じさせる黒髪のショートカット少女。


 キッチリと正した軍服姿の少女と彼女が率いる隊は戦闘の実習訓練と思えるほどに綺麗に整列して現れ、それはそのまま”その少女”の性格を表しているといえた。


 「真琴まこと様っ!鈴原 真琴まこと様ですか!!」


 「おお!!味方だ!味方が駆けつけてくれたっ!」


 そして、確認を済ませた数瞬後……


 敵中で散々に追い回され、生きた心地もしないという状況を続けてきた久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの隊は、大いに沸き立ったのだった。


 「…………こと


 「ええ、そうよ、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ。私は貴女を探してこの山中に来たのよ」


 薄暗い月明かりの下、馬上からお互いに見つめ合う二人の少女。


 「そう……なら丁度い、合流して小津おづ城に再戦を……」


 だが雪白ゆきしろだけは、助かった安堵というよりは時を得たという顔だ。

 これで直ぐにでも戦場に取って返せると言った意味で鈴原 こととの合流を歓迎していた。


 鈴原 最嘉さいかに付き従って尾宇美おうみに向かったと思われていた鈴原 真琴まことが、未だ赤目ここに居ることなどには微塵も疑問を向ける事無く、そう口にする視野の狭さだ。


 「…………」


 真琴まこと雪白ゆきしろの申し出に首を横に振った。


 「裏切り者を野放しにする?さいかの敵は斬らない?」


 あからさまに整った顔立ちを不満顔にして頬を膨らますプラチナブロンドの美少女。


 「現状を最嘉さいか様にお伝えするのが先よ、私は先走った貴女を連れ戻しに来たのよ」


 「それじゃ遅い、さいかは尾宇美おうみで大変、だからこっちはわたしが……」


 雪白ゆきしろはどうあっても再戦を果たしたい様だ。


 それは鈴原 最嘉さいかへの想いから来るものなのだろうが……


 「久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ、明日は何曜日?」


 頑として諦めない雪白ゆきしろ真琴まことはそう尋ねる。


 「…………」


 無言で睨む雪白ゆきしろに、真琴まことはヤレヤレと言った顔で説明を始めた。


 「金曜日よ、明日は世界が切り替わる。そうすれば情報は容易に共有できるわ、それに”近代国家世界あっちがわ”でなら最嘉さいか様と直接お会いしてお話も出来る……さらに」


 「裏切り者の……宗三むねみつ いちにも直接問い糾せる?」


 そしてようやくそう応えた雪白ゆきしろ真琴まことは頷いた。


 「”近代国家世界あちら”では死は終わりでは無いわ、最嘉さいか様の負う心の傷に相応する……いえ、百倍する苦痛を味わわせてからでも遅くない!」


 そう言った鈴原 真琴まことの大きめの瞳は僅かに細められ、普段の彼女に似つかわない暗い闇がその瞳の奥で揺らめいた。


 「…………」


 それを確認したであろう白金プラチナの騎士姫は白いあごをコクリと縦に動かした。


 「わかった、”近代国家世界あっち”では真琴あなたが殺して。その後で……”戦国世界こっち”で本当に殺すのはわたしだから」


 そしてプラチナブロンドの美少女が所持する銀河ほしの瞳が冷たく煌めく。


 おぼろげな月光だけが照らす薄暗闇の中で……


 馬上にて向かい合う二人の少女は、その見目麗しい容姿からは想像も出来ない物騒な会話を氷の瞳で交わす。


 「うっ……」


 「ゴクリ……」


 彼女たち、おのおのが率いて来た兵士達は……

 そんな空間で、息をするのもはばかられる雰囲気にただただ固まっていたのだった。


 「尾鷹おだかに……準備をして」


 久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろは今日中の再襲撃を諦め、改めて自分の隊にそう命じる。


 「はっ!はいぃぃっ!!た、ただいまっ!!」


 少女達の物騒な会話を聞いていたであろう雪白ゆきしろの部下の男は、裏返る声と共にコイル発条バネの様に弾けた。


 「?」


 続いて、古典的な漫画にでも出てくる”ポンコツロボット”の如き、ぎこちない敬礼をしてから撤収作業に移る部下を、プラチナブロンドの美少女は不思議そうな瞳で見ていた。


 「えぇと……悪いのだけど、向かうのは尾鷹おだか城では無くて戸羽とば城で準備して」


 周囲がピリついている元凶が”雪白と真琴じぶんたち”であると、理解出来ない天然モノの雪白ゆきしろとは違い、ちゃんと空気を察した真琴まことが申し訳なさそうに告げる。


 「うっ!!ほほぉぉーーいっ!ガッテン、し、承知でありますっ!!はいっ!戸羽とば城!!”戸羽とば城”ですね!了解!戸羽とばきま……いえ、戸羽とばへ行きましょう!!」


 再びコイル発条バネの如く跳び上がった雪白ゆきしろの部下は、今度は真琴まことに不格好な敬礼を返してから慌てて兵士達に指示を出す。


 「皆の者っ!”戸羽とば城”へ進行だ!命が大事なら、怠りなく迅速に準備しろっ!!」


 「は、はっ!」


 「ひぃぃっ!!」


 ワタワタと慌ただしく動く兵士達……


 「…………」


 その様子を眺める黒髪ショートカットの少女は、”はぁ”と溜息をいていた。


 ――つい雪白ゆきしろの雰囲気に乗せられてしまったが……


 部下の前だ、少し言葉を選んだ方が良かった……と。


 真琴まことは感情を抑えきれなかった自分を反省していた。


 「真琴まこと?……なぜ、戸羽とば城へ?」


 「……」


 そして、周囲の状況も、ことの心中も、全く理解できない白金プラチナの美少女は事も無げにそう問いかけてくる。


 「小津おづ城に近いのは確かに尾鷹おだか城だけど、そもそも私は最嘉さいか様の命を受けているのよ。尾鷹おだか城に兵を引き連れて潜伏し、赤目あかめ領土内で起こるかも知れなかった謀反を未然に防ぐ様にと……密かに周辺の監視をしていたわ、それが最嘉さいかさま”直属”で”側近”の私が共に”尾宇美おうみ”には向かわなかった理由よ」


 「さいか……が……」


 雪白ゆきしろは美しい白金プラチナの瞳にあからさまに不満な色を見せる。


 「ええ、最嘉さいかさまの特命よ」


 その様子に満足げに頷く真琴まこと


 ことにとってその言い方は意図したもの。

 雪白ゆきしろと自分、どちらが鈴原 最嘉さいかに近しいのかにこだわった言動だった。


 「それで戸羽とば城の楽道斎らくどうさいを反乱を起こす前に抑えることには成功したわ……」


 とはいえ……ことは役目を全うできたとは言い難い。


 当時の状況では反乱が起こる可能性含め、もし起こるとしたら何処でどういった反乱が起こるのか?


 黒幕は十中八九、鵜貝うがい 孫六まごろくだろうが、赤目領土内げんちで実践する首謀者は誰なのか?


 などなど、あの時点で対応するには情報も兵力も足りないだらけだった。


 故に後手に回ったのは仕方が無い。


 仕方が無いが……


 ――まさか、宗三むねみつ いちが……


 「…………」


 雪白ゆきしろに説明しながらも、ついついそこに思考が戻ってしまい自然と眉間に皺が寄ってしまう少女。


 だが、彼女は意識してそれを直しながら出来るだけ落ち着いた口調で雪白ゆきしろに説明を続ける。


 それは雪白ゆきしろというより彼女の部下達、りんかい兵士達に必要以上の不安を抱かせない為だ。


 「それで、戸羽とば城へ向かった後の事だけど……」


 「……さいかが……そう……真琴まことに……わたしには何も……さいかは……」


 「?」


 しかし、白金プラチナの少女は少女で、真琴まことの説明など聞いていない感じで、なにやら独りブツブツと呟いていた。


 「ええと、聞いてる?久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ……」


 「ら、楽道斎らくどうさい戸羽とば城を既に支配下に置いたと、そう報告が入っておりましたがっ!?」


 少女達の会話に割り込んだのは先程の発条バネ男……


 真琴まこと雪白ゆきしろの会話が耳に入っていた雪白ゆきしろの部下だ。


 「…………あれは擬態よ、私が尾鷹おだか城に兵を率いて潜伏していたのも極秘事項だし、その後に”戸羽とば城”の楽道斎らくどうさいによる決起を未然に防いだ事実も表向きは伏せ、捕虜にした楽道斎らくどうさいには反乱が成功したように装わせてあるわ。小津おづの反乱軍共は孤立しているのよ!」


 無粋に割り込まれた形ではあるが、ここまで話した以上もうこの場で隠す必要も無い。


 相変わらず反応の薄い雪白ゆきしろからことは視線を移し、その場の兵士達に向けて宣言する。


 ――敵を欺くために味方にさえ隠していた真琴まことの作戦行動


 そしてその作戦は今も続行中である。


 「おおっ!それは!」


 「うぉぉ」


 結果で言えば、反乱自体を未然に防ぐのは不可能だった。


 しかし少しでも敵が減るのは好ましいことに違いない。


 小津おづ城の宗三むねみつ いちが裏切った事で大きなショックを受けていた兵士達にとっては、どのような形でも吉報は吉報。


 この状況下でそれは”小さな希望の光”であった。


 「ともかく、私の主力部隊は現在いま戸羽とば城に在るから、そこに一旦集結して……」


 「わかった、”戸羽とば城”にいこう!」


 兵士達を眺め説明を続けることに、割り込んだ雪白ゆきしろの声が重なった。


 ブルル……


 そして――


 僅かな月光さえも取り込んで光輝くプラチナブロンドの髪をなびかせた姫騎士は、馬首を返して背を向けた。


 「…………」


 その後ろ姿を見送る黒髪ショートカットの少女。


 ――ああなるほど、これは自分だけ仲間はずれ……


 ――いいえ、”鈴原 真琴わたし”が最嘉さいか様から任せられていた作戦が”久井瀬 雪白じぶん”には告げられていなかったという不満……いえ、嫉妬


 「……ふっ」


 鈴原 真琴まことは、雪白ゆきしろの向けられた背を眺めていたが、そう理解したと同時に馬上にて心持ち胸を張った姿勢になり、あかい唇には僅かに笑みが浮かんでいた。


 ヒュオンッ!


 「ひゃっ!あ、危ないですよっ!!久井瀬くいぜさまっ!」


 それを知ってか知らずか……

 いな!背中を向けていたから知らないはずであるが……


 プラチナブロンドの美少女が、少し離れた位置で白刃を無駄に空に閃かせる。


 ヒュヒュンッ!


 「で、ですから危ないですってぇっ!!なんっかもうヤダぁぁっこの部隊ぃぃっ!!」


 げっこうおぼろな夜の山中で――


 複雑な想いを胸に秘めた少女達の事などよしもない”発条バネ男”の叫び声だけが、情けなくも悲しく木霊していた。


 第三十二話「計算と感情」後編 END

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