第70話「一騎当千」後編(改訂版)
第三十話「一騎当千」後編
「
形勢が一転、危うい状況に、先頭を切って馬を駆る少女の後ろに必死でついて来ていた兵士が叫んだ。
「…………」
「
ズザザザァッーー!!
何度目かの催促……そこで初めて
「挟撃されます!このままでは一気に前後左右から押しつぶされますぞっ!」
「…………」
「…………」
この状況にも、彼女の美しい
――後方を
まんまと
”
そこまでしての出陣、勿論その目的は敵、
深層での彼女の心は……許せなかったのだ。
目先の利益に目が
…………いや、それは正確では無い。
彼女は……
ワァァァァッッ!!
ワァァァァッッ!!
「…………」
ここぞとばかりに勢い付く敵軍と劣勢の自軍……
馬上から、星の大河を閉じ込めた
――許せない!
――このまま捨て置くわけには行かない!
――自分を……
「く、
「…………」
美しき葦毛の馬に跨がる、
白磁のような肌理の細かい白い肌。
白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。
整った輪郭にはそれに応じる以上の美しい
そして特筆するべきはその双眸。
プラチナブロンドの美少女が所持する
それは幾万の星の大河の
肌の色から鎧の色まで
「く、
「このまま突き進むわ」
「っ!?」
せっつく部下の声に彼女はそう応えた。
「な!?な……」
「……」
然もありなん、最初から彼女は”敵将”の首を取ることにのみ重点を置いているのだ。
だからこそのこの状況、この窮地……
織り込み済みの窮地なればこそ、このままこの戦場の敵将、
そう、
「そ、それは……」
この状況で、自殺行為ともとれる命令に、部下の兵士が言葉に詰まった時だった。
「愚かなり、
敵味方が
「っ!?」
そして敵味方無く、周辺の兵達も声の方角を見上げていた。
「なにっ!?」
逃げ惑っていた
――
その
「ぬぅぅっ!あの男ぉぉっ!!」
勇ましい事を口にした割に無様を晒した自分を平然と見下している様にさえ見える人物を睨んでいた。
声の主は……勿論、
「貴様!むねみ……」
「……
シュバ!
シュバ!
シュバ!
ザシュ!
ザシュ!
ザシュ!
「くっ!」
「うわっ!」
「
ザシュッ!
ザシュッ!
ザシュッ!
風切り音を伴いそれらは彼女の頭上スレスレを、或いは頬を
「く、
放たれた矢の内、一本が彼女の眉間に到達しようとしたが……
ガキィィィーーン!
それは閃光が一瞬で斬り落とす。
兵士は思わず首を縮こめながらも叫んだが、当の少女は殆ど動いた形跡が無いにも拘わらず矢は寸前で斬り落とされたのだ。
全く動じず、冷たく光る
結局、敵が放った攻撃は一矢たりとも彼女を傷つけるに至らなかったと言う事だ。
「…………」
馬上から、煌めく銀河の
桜色の可憐な唇をキュッと凜々しく結んで、”その男”を見上げたままだ。
「……」
――遠い……“
――
それでも愛刀”
「く、
――それは神風的特攻の意思表示
目前の敵軍を
無謀極まりない賭けだが、或いはこの少女なら身を捨ててそれを為し得る事が出来るというのだろうか……
「…………」
憎悪と決意を秘めた
「………………っ!」
そして彼女は馬の腹を
「主命に背くかっ!
「っ!?」
瞬間、放たれた
「……主……命?」
そして抜刀したままで、もう一度、城門上に立つ
「そうだ、主の真意を理解出来無いお前は蛮勇で無駄死にをする……それが主君の心中を最も痛める行為だと気づかぬか、
「っ!?」
その言葉に
それだけ、
「……
だが少女は……それでもなんとか、起伏の少ない冷たい声で反論する。
「俺が裏切り者かどうかはこの際関係無いだろう?問題は
「っ!!」
敵の口からでた”
戦場で鬼気迫る特攻を敢行してさえも、殆ど無表情だった
一瞬でカッと頭に血が上って陶器の白肌を上気させる!
「このっ!……裏切り者如きが”さいか”の名を呼ばないでっ!!」
剣の柄を握った白い手が小刻みに震え、少女の輝く銀河を内包した美しい
「そうか……だが、その俺如きでも理解出来る。たとえ差し違えで“
「うっ!?……」
――“
――それを“
悔しいが、悔しすぎるが……それでも
それは……
それが
同時に彼女の脳裏に
――
”ああ、剣を与えておいてなんだが無茶はするなよ、どうもお前は危なっかしい”
”確かにお前の腕前は最強レベルだが戦場では個の強さは絶対じゃない、そもそもお前は全然意外じゃ無く抜けたところが多々あるし、結構気分で動く……”
――
困ったような……でも、呆れながらも優しく笑う”さいか”の顔……
「…………」
――そうだよ……そう……
戦場では”所持する存在”と”切り捨てる存在”を明確に線引きして計算でき無ければならない。
――そうだ……でも”さいか”は切り捨てない、例え自分の身を危険に晒しても……
出会ってからも、
鈴原
「……」
――この身はさいかに救って貰った
――人形だった自分
――子供の頃から身の程を知って
――境遇に諦めて
――どうしようもなく受け身に、来たるべき破滅を受け入れていた自分
――でも
――でも……
――あれからは……
「…………」
「
剣を掲げたまま、突然黙り込んだ彼女に部下の兵士が怪訝そうな顔を向けていた。
――そう思えるようにしてくれたのは”さいか”
「…………そうだよ……もう、わたし気づいてる……よ」
「え?あの……
――わたしの気持ち……
――わたしの一番大切で、わたしの心を占める……
部下のせっつく声が聞こえないかの様な
「く、
「…………てったい……しよう」
「へ?」
危機的状況で呆ける上官に耐えかねた兵士の叫ぶような呼びかけに、
「あ、あの……」
急に転心する指揮官に思考が追いつかない部下を置いて、
ヒヒィィーーン!
「く、
「道を切り開くわ……わたしに続いて」
そして、そう指示を出すと彼女の馬は一気に
「お?おぉぉっ!つ、続けっ!皆続け!撤退だぁぁっ!」
オォォォォォッーー!!
「させるか……ぎゃっ!」
「うおっ!」
「がはぁぁっ!」
――来た時と同じ凄まじい剣技で!
「だめだっだめだぁぁっーー!!逃げろっ!」
「ふ、普通じゃ無いっ!
――来た時を凌ぐ戦慄の剣風で!
「ぐはぁぁーー!!」
「ぎゃぁぁっ!!」
どこか吹っ切れた表情の
――そうだ……わたしは……
この日、少女は改めて自身の心を知った。
――”さいか”と一緒にいたい、一日でも……一秒でも長く人生を供に歩みたい!
――
―
「…………」
「す、凄まじいですね……こんな退却は見たことが……」
「……」
隣で思わず漏らした兵士の言葉には応えずに、
ただそれを見届けていた”裏切り者”の男の口元は……少しだけ優しげに緩んでいた。
第三十話「一騎当千」後編END
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