第70話「一騎当千」前編(改訂版)

 第三十話「一騎当千」前編


 「うぉぉっ!退け、退けぇぇーー!」


 ズザザザザァァーーーー!


 戦場にひしめく兵士の塊が大きく左右に割れた。


 ドドドドドドドッ!!


 出来上がったばかりの一本道を、あしの馬と白金プラチナの閃光が駆け抜けるっ!!


 「な、なんだっ!?」


 「うわっ!」


 「い、いくさおとっ!?」


 ドドドドドドドッ!!


 「……」


 真っ二つに裂けた敵軍のなかを”神代の予言者モーゼ”が如きに、馬を駆るプラチナブロンドの美少女。


 と輝きを放つ光糸を三つ編みに束ね、美しく後方へ向け靡かせる少女は、白金しろく閃く銀河の双瞳ひとみで、一陣の疾風かぜとなった自身の先に獲物を見据える!


 「うぉっ!?なっ?なっ!!ひぃぃっーー!!」


 獲物ターゲットであるところの陣中が将、赤目あかめ荒井あらい 又重またしげは馬上で悲鳴を上げた。


 一応、右手に剣をかかげはしているが……その腰は完全に引けているのだ。


 小津おづ城前の平野で激突した久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ率いるりんかい軍一千と荒井あらい 又重またしげ率いるあか軍三千。


 しかし予想を遙かに超える”閃光将軍”の突破力に、荒井あらい 又重またしげあか軍の中でも宗三むねみつ いちの兵である一千がいち早く戦闘を回避し、左右に避け……いや、逃げる。


 結果だけから言えば……無理矢理に陣形前方に押しやられていた宗三むねみつ いちの隊は、敵将の少女を見過ごしたのだ。


 ダダダッ!ダダダッ!


 馬を駆り迫る純白しろき閃光!


 「き、貴様らぁっ!宗三むねみつの……やはり裏切って……」


 荒井あらい 又重またしげは恨めしそうに叫ぶが、そうでは無い。


 臨海りんかい殲滅せんめつ将軍、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの部隊を前にして、迎撃部隊として立ちはだかった”宗三 壱の隊かれら”は良く戦っていたのだ。


 状況に十分納得していない状態で、数日前まで敵であった赤目あかめの将の軍の中に編成され、あまつさえ、味方であった久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの軍と殆ど無理矢理の形で正面に押し出されて戦わせられる。


 そんな理不尽な状況の中でも、隊長である宗三むねみつ いちを信じて命令に忠実に従っていた。


 実際、ここまでの戦いは宗三むねみつ いちの隊から組み込まれた一千の兵が殆どの戦闘を押しつけられていたのだ。


 元は同じ臨海りんかい軍同士……そういう思いは雪白が率いる隊の兵士も同じ。


 お互いに混乱状態で、未だ割り切れない二つの軍は無意識に精彩を欠き、ダラダラと茶番に時間を費やす事になった。


 ――それにごうを煮やした彼女が……


 ――殲滅将軍、りんかいの”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”が……


 見目麗しきプラチナブロンドの美少女は、戦場にあっては屈指の剣士!

 その久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろが単騎にて敵将の首を狩りに出撃たのだ!!


 「退け、退けぇぇー!!でないと首と胴体が生きたまま離れる事になるぞぉっ!!」


 この時、一千の宗三むねみつ隊を率いていたのは副官、温森ぬくもりだ。

 

 彼は目を血走らせて叫び、雪白ゆきしろの通り道に当たる場所にいた麾下の兵達が一も二も無く逃げ出してゆく。


 ダダダッ!ダダダッ!


 「……」


 臨海りんかい軍の兵士達は知っていた。


 いや、りすぎていたのだ。


 戦場における”久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ”の恐ろしさを!


 そして、宗三むねみつ いちの副官、温森ぬくもりの指示で早々に道を空けた宗三むねみつ隊はともかく、判断の遅れた赤目あかめ兵達は……


 「うわっ!」


 「ぎゃっ!」


 「ぐはっ!」


 すれ違い様の一瞬で、見えない刃ともいえる閃光に雑に薙ぎ払われて……


 「ぎゃあっ!」


 「がはぁぁっ!」


 「ひぃぃっ!」


 白金の閃光が通った直後に、爆竹が弾けるが如く連続で首が宙を舞った。


 「わぁぁーー!」


 ザシュ!


 「たすけ……ば、ばけものぉぉっ!!」


 ズバァッ!


 ダダダッ!ダダダッ!


 「……」


 美しき白金プラチナの乙女は、その容姿からは想像も出来ない恐怖となって只々獲物ターゲットに向かって無人の野を駆けて行く。


 ザシュ!


 「あ、荒井あらいさま!?……がはぁっ!」


 「ちぃ!この……役立たず共め!」


 そして荒井あらい 又重またしげは、自分の部下を盾に使いながら必死に後退……いや、脇目も振らず逃げ出していた。


 「あ、荒井あらいさまぁぁーー!」


 「ま、又重またしげさーぎゃぁぁっ!!」


 部下を捨て置き、一目散に逃げる大将に赤目あかめの兵達も習って蜘蛛の子を散らす!


 「ぎゃぁぁっ!!」


 「ひぃぃっ!」


 秩序の欠片も無い、回避でも後退でも無い、闇雲なる逃走……


 両軍が実際に槍を交えて数刻も経たずに――


 数に勝るはずの赤目あかめ軍は散々な醜態を晒していたのだった。


 ――

 ―



 「…………」


 小津おづ城からその一部始終を無言で見下ろす人物が居た。


 「個の武勇は時として倍する兵を凌駕する、忠告はしただろうに」


 ――”一騎当千”……只独りにて千もの兵士に匹敵する武勇!


 ――そんなものは比喩だ、戦場では実際にそんな夢物語ファンタジーはありえない


 そう言う者も居るだろう。


 しかし……


 希ではあるが、百人に匹敵する武勇を誇る英傑は存在する。


 そして戦場において、


 ――”百人分の武力を所持する個人”と、”百人の兵士”の武力は同列では無い


 ――百対百


 単純な数字比べでは同戦力であるが、個と集団ではその運用も効果も全く別物だ。


 たとえば、一人に同時に斬りかかれるのは精々三人から五人で、百の武力を持つ豪傑に五人程度で勝てる道理が無い。


 たとえば、百人の兵を手足の如く扱い、一矢も乱れぬ運用を行うのは至難の業だが、それが個人なら造作も無い。


 なんといっても身体からだを動かす本人なのだから。


 統率力、判断力、機動力、等々……


 傑出した武勇は脅威であり、なによりそんな化け物が戦場に存在するという事象は、味方に与える希望という士気上昇と、敵を蝕む恐怖心による士気低下という、甚大な影響を及ぼす事だろう。


 「なればこそ、百の兵力と同等の英傑は千の兵に匹敵する……ましてや久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの武勇は百どころでは無い……」


 宗三むねみつ いちは呟くと、視線を混戦からその向こう側……戦場の後方に移した。


 「惜しむらくは、それでも尚、寡兵である上に、この地の利を理解していないと言うことか……」


 いちの視線の先、戦場の後方でチカリとなにかが光った。


 ――


 ウォォォォッッーーーー!!


 ワァァァァッッーーーー!!


 直後、大軍による叫び声が辺りに響き、槍や剣を打ち鳴らす金属音がその場の大気を震わせる!


 騒音の正体は勿論、軍隊だ。

 小津おづ城の裏手から密かに出陣した兵が新たに一千程。


 それが、主力の荒井あらい 又重またしげが率いる隊三千と、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの隊一千が正面からぶつかる戦場を二手に分かれて迂回し、後方に回り込んで挟撃することに成功したのだ。


 編成は――


 久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ隊の左右後方に各五百……


 突出しすぎた久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろが不在で混乱する軍の後方を見事に攪乱かくらんし、欲しいままに蹂躙していた。


 「一騎当千……確かに脅威だが、戦場での主役はあくまで集団戦だ。決着を急ぐ余り、個の武勇に傾倒しすぎたのがあだとなった」


 宗三むねみつ いちは独り、そう言い捨てると、厳しい眼差しのまま部屋を出て行ったのであった。


 第三十話「一騎当千」前編 END

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