第71話「最終局面へのステップ」前編(改訂版)

 第三十一話「最終局面へのステップ」前編


 「おのれぇっ!!鎧も着込まずに一騎打ちを仕掛けたのは逃げる時の軽量化ではなくこの為かっ!!」


 尾宇美おうみ城東門前に軍隊を並べ堀を覗き込む男は奥歯をギリギリと鳴らしながら唸っていた。


 黒い鎧兜姿に、額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出したあごには立派な髭を蓄えた男、旺帝おうてい八竜と呼ばれる将帥の一人である山道やまみち 鹿助かすけだ。


 「だが……慌てる必要は無い、苦し紛れだ。浮いてきたところを射れば良い」


 とはいえ、黒仮面の軍師も当然、悔しがってばかりでは無かった。


 自身が率いる騎馬兵達に水面に向けて弓を構えさせつつ、”それ”を待つ。


 「魚でもあるまいし、水底に逃げ込んでもそれは一時の…………」


 バシュッ!


 「ぬっ!?」


 巫山戯た包帯男”鈴木 燦太郎りんたろう”を追って城門の堀前で水面に向けて一斉に弓を構える旺帝おうてい兵士達の頭上から何かが飛来する。


 バシュッ!

 バシュッ!

 バシュッ!

 バシュッ!


 わぁぁぁぁぁぁっっ!!


 おぉぉぉぉぉぉっっ!!


 当然だが、旺帝おうてい軍のそんな行為を尾宇美おうみ城守備隊が指をくわえて見ている訳がない。

 しっかり閉じられた城壁の上から矢と怒声が降り注いでいた。


 「ぬぅっ!耐えろ!ほんの数分だ、包帯男ヤツの呼吸もそんなにもたないはずだっ!!」


 ガッ!

 ガキィ!

 ドスゥッ!


 金属で補強された長方形の板に、次々とやじりが当たっては突き刺さり、弾けて落ちてゆく……


 山道やまみち 鹿助かすけは後続に長方形の盾を用意させ、それを頭上に掲げてさせて即席の連続した屋根を完成させた。


 「…………」


 弓を構えた騎馬兵と自身は、その下でジッと耐える形で好機を待つ。


 「…………」


 尾宇美おうみ城の堀は幅五メートル程で、八割程度水位があり、深さもかなりありそうだ。


 バシュッ!!

 バシュッ!!

 バシュッ!!

 バシュッ!!


 ガツッ!

 ガキィ!

 ドスゥッ!


 「ぐわっ!」


 「ぎゃっ!」


 激しい矢の雨が降り注ぐ中、旺帝おうてい騎馬軍団は徐々にその圧力に押しやられて何人かが倒れ出す。


 「ふはははぁぁーっ!!貴様らの性根と同じく貧相な傘だな!そんなボロ傘ではこの比堅ひかた 廉高やすたかの弓矢は受けきれぬぞぉっ!」


 刻んだ年輪よりも遙かに多彩に顔の面積のほとんどを占める戦傷いくさきずを豪快に歪ませて、強靱な肉体の老将は城壁から笑い飛ばしていた。


 「ぐっぬぅぅ……言わせておけば、弱小国の老いぼれが!」


 継続する弓の雨に山道やまみち 鹿助かすけはギリギリと奥歯を鳴らして耐えるが、そこまでして待っても目的の人物は水面に現れない。


 「何故だ!何故浮いて来ぬ!?よもや溺れ死んだ訳では……」


 ガツッ!


 「ぎゃっ!」


 ドスゥッ!


 「うぎゃっ!」


 そうしている間にも掲げた盾の隙間から矢は兵士を襲い……

 天から無数に打ち込まれる矢の勢いに、掲げた盾ごと潰れる兵士が続出していく。


 「鹿助かすけ様っ!もうこれ以上、に留まるのは……」


 「……」


 暗い水面を覗き込んでいた山道やまみち 鹿助かすけは部下の言葉に無言で頷いた。


 如何いかに数で勝ろうとこれでは堪らない。


 「こ、後退……速やかに距離を取れ」


 そして、その後も数秒ほど未練がましく暗い水面を睨んでいた黒い仮面の武将は、口惜しそうに命令を出したのだった。



 ――

 ―


 「この尾宇美おうみ城の堀には”脱出用の水路がある”とは、確かにあらかじめ説明致しましたが……無茶をしますね、燦太郎りんたろう様」


 長い髪をアップにまとめた如何いかにも温和そうな落ち着いた大人の女性が俺に言う。


 「いや……ゼーゼー……あんなに……ハーハー……深いとこに入り口が……ゼーゼー……ある……ハーハー……とは思わなかった……」


 古風クラシカルなシルエットのロングスカートワンピースにエプロン姿、頭にはレースのヘッドドレスという、伝統的オーソドックス給仕メイドに俺は息も絶え絶えに答えた。


 「あらあら、燦太郎りんたろう様、水深五メートルは結構な深さですよ」


 それも事前にお伝えしたでしょう?と言わんばかりの笑顔で彼女は、俺に替えのタオルを差し出す。


 「ああ……サンキュ……ハーハー……」


 俺こと、鈴木 燦太郎りんたろう(偽名)は、尾宇美おうみ城司令室に戻ってきていた。


 全身水浸しで……

 禄に着替えもせず……


 司令室の椅子に腰掛けて、既に水を吸って雑巾のようになったタオルを女性に渡す俺は部屋で働く士官達の注目の的……


 「……」


 「……」


 ……では無かった。


 てか、誰も目を合わせてくれない!


 忙しいのは解るが不自然に俺から目をらし、用事がある時も用件だけ伝えて、そそくさと去って行く。


 「…………」


 ――む、無理も無いか……


 ただでさえ得体の知れない新参の”顔面包帯男”が、席を外したかと思ったらずぶ濡れで帰還……


 嫌だ……こんな上司の下で働くのは嫌すぎる!


 「うぅ……」


 俺はなんとも言えぬ疎外感の中、唯一そんな男に微笑みかけ甲斐甲斐しく世話までしてくれる給仕メイドさんに視線を戻す。


 「けど、七子ななこさん、弓矢に襲われながら瀕死の大人の女を一人抱えて潜水するってのは……結構大変なものだなぁ」


 ようやく息の整ってきた俺の言葉に、目の前の給仕メイドななやま 七子ななこはニッコリと女神の如き微笑みで応える。


 「普通死にます、ふふふ」


 「…………」


 ――いつも通り”なんて良い笑顔”なんだ……

 ――てか、その言葉でその顔は……


 俺が未だ知らぬななやま 七子ななこ潜在能力ポテンシャルに、ちょっと引き気味になっていると、彼女はタオルに続いて綺麗にロール状に巻かれた包帯を差し出してくる。


 「お顔、不快でしょう?別室で巻き直しましょう」


 微笑んだ女神は、ちょっと得体が知れない性格を除けば、実に気が利く良い女性だった。


 「ああ……けどその前にやっておくことがある」


 俺は勿論、顔にベッタリと張り付いた布がこれ以上無いくらいに気持ち悪くはあったが、それよりも優先度の高い用事があった。


 現在いま、この尾宇美おうみ城大包囲網戦において”なにより”も優先する事柄だ。


 「正門の戦況はどうだ?」


 打って変わって、真剣味を帯びた顔になった俺の質問にななやま 七子ななこは、なんとか持ち堪えていると答える。


 そして補足するように、右翼部隊、左翼部隊の準備もほぼ整ったと付け足した。


 ――正面部隊……岩倉いわくら 遠海とうみが率い十三院じゅそういん 十三子とみこが補佐する城門前防衛部隊


 ――右翼、左翼部隊は、六王りくおう 六実むつみ三堂さんどう 三奈みなが伏兵の残兵力を結集している


 ――そして敵本軍……今回の天都原あまつはら軍、いや、藤桐ふじきり軍の総指揮官、中冨なかとみ 星志朗せいしろうの動きを探る八十神やそがみ 八月はづきの別働隊


 反対側に当たる城東側の旺帝おうてい軍は、分隊指揮官である尾谷端おやはた 允茂のぶしげを失ったうえに引き続き城門を守る臨海りんかいの王虎、比堅ひかた 廉高やすたかを攻めあぐね、本隊の合流待ちだろうから暫くは動けないだろう。


 残りの七峰しちほう軍と長州門ながすど軍は、適当に受け流して放置状態だ。


 「良し良し……とりあえずは想定通りか」


 宮郷みやざと 弥代やしろを救出するための一騎打ち以外は大体想定通り……

 俺は頷いてから作戦図ともいえる遊戯ゲーム盤を眺めた。


 「長州門ながすど菊河きくかわ 基子もとこ隊が信じられない侵攻速度でこの尾宇美おうみ城北から迫っておりますが?」


 ともすれば油断しきった顔ともとれる俺の納得顔に、七子ななこがそう注意喚起してくる。


 ――長州門ながすどの”両砦”が一角、菊河きくかわ 基子もとこ。通称”戦の子”か……なるほど大した規格外だ


 俺はその言葉をさらりと聞き流し……


 「一原いちはら 一枝かずえ四栞ししお 四織しおりかねてからの手筈通り配置につかせろ」


 「はい、畏まりました」


 質問に答えない俺にも、七子ななこは全く気にする素振りも見せず、良い返事を返して頭を下げる。


 「……」


 ――全く良い補佐官だ……いや給仕メイドか?


 とにかく、出来た女であることには違いない。


 「…………長州門ながすどの”両砦”が片割れには俺が直接仕掛ける、多少荒療治だが問題ない」


 俺はそういった感じで、多少の罪悪感?居心地の悪さから、軽く補足していた。


 「畏まりました。それは心強い事です……ふふ」


 そうしてななやま 七子ななこは唇の端を緩めて微笑んだ後、もう一度深くこうべを垂れた。


 ――ほんと……大した女だ


 俺は、必要以上に自己主張をする事無く、争う事無く、自らの意図する結果を引き出すこの女性に、様々な人材を擁する俺の周りにもちょっと居ないタイプだと……本当に感心していた。


 「そうだ、そろそろ最終局面だから、彼女の準備も……」


 俺がそんな目前の給仕メイドのつむじを眺めながら、新たにそう切り出そうとした時だった。


 ザザッ!


 ザザッ!


 相変わらずの忙しさで雑然としていた司令室内の空気がガラリと変わり、

 そこに居た人員全員が背筋を正して一定方向を向き敬礼する。


 「……」


 目の前で頭を下げていた給仕メイドも、いつの間にかそれにならっていた。


 「皆、ご苦労様……戦況はどう?」


 司令室入り口に立った一人の目を引く美少女の姿。


 俺も直ぐにそちらを見て、立ち上がり敬礼をした。


 「……どうも、我が麗しの姫君。戦況は見事なまでに窮地ピンチのままですよ」


 そう言って不敵に笑う包帯男の言葉に、黒髪の美少女は一瞬だけ眉をひそめて小さくため息をいた。


 「ほんと、真面目にできない男ね……ええと?」


 瞬時に状況を察した聡明な美少女は、そう言って七子ななこを見る。


 「はい、”鈴木 燦太郎りんたろう”様は相変わらずのお方です」


 そしてわざとらしくフルネームで俺を呼ぶ補佐官ななこ


 「ふふ……」


 刹那、すっと彼女の暗黒色の瞳が細められる。


 ――ゾクリッ!


 俺を含め、その場にいる男連中……いや、女も含めて全員がその仕草に、危うい程の美しさに息を呑んでいた。


 「鈴木 燦太郎りんたろう、では子細を聞きましょうか」


 そうして希なる美姫、暗黒のお姫様、きょうごく 陽子はるこは俺に向けてうっすらと微笑んだのだった。


 第三十一話「最終局面へのステップ」前編 END

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