第68話「一騎打ち」後編(改訂版)

 第二十八話「一騎打ち」後編


 「準備だと?それは……貴様の首の準備が出来たということかぁぁっ!!」


 ダダッ!ダダッ!


 咆哮と同時に突進して来る二本角兜は、そのまま間合いに入ったと同時に――


 シュォン!

 シュォン!


 掲げた大小二刀を振り下ろすっ!


 ――見事だ、必殺の間合いを完璧に捉えている……


 「…………」


 が、俺は慌てること無く……

 閃く二筋の光線が辿り着くであろう終着点にて凶刃を迎え撃つ。


 ガキィィーーン!

 ギャリィーーン!


 「なっ!?」


 左右から振り下ろされた二振りの白刃をその交錯点にて、只の一刀で弾いた俺は、


 ザシュゥー!!


 「が、がはぁぁっ!」


 返す刀で二本角兜の左肩口から袈裟懸けに切り落とす!


 「尾谷端おやはたどのぉぉっ!!」


 黒仮面、山道やまみち 鹿助かすけが叫び。


 オオォォーーッ!


 ワァァァァッッ!!


 俺のわざとその結果に、城門内外の兵達が一斉に響動どよめいていた。


 ――ドサリッ!


 「…………」


 二本角兜……尾谷端おやはた 允茂のぶしげは馬上から落下した後はピクリとも動かない。



 わざは――


 相手の初動と同時に双方終息までの手順を見極め、その未来さきを完了させる……

 敵の初手剣撃以前に”其処そこ”に至り、れを待ち受けて自在に己が望む結果を創り上げるのだ。


 俺の独自オリジナル奥義は――


 ”鈴原すずはら 最嘉さいか”の奥義は最早”剣技”を逸脱した因果律への冒涜……


 我が最強の矛!それが俺の編み出した”究極の返し業オリジナル・カウンター


 ――”虚空完撃”だった



 「はっ!」


 ヒィィーーン!!


 そして俺は血塗られた刀身を鞘に仕舞う事無く、その場から愛馬を跳躍させていた。


 ――狙うは……


 「なっ!なんだとぉっ!?」


 地上に残ったおのく黒仮面男を一息に飛び越し、人馬は空中ではりつけ台の頂点と交錯する!


 ガキィィーーンッ!!


 思わず耳を塞ぎたくなるような金切り音が大気を震わせ、瞬間的に火花が散る!


 「……ぅ……ん……」


 砕けた拘束具により、支点を失った女の身体からだは重力に呑まれ落下を始め――


 ――ドサリッ!


 たわわに実った果実がれ落ちるが如く降ってくる女を、一足前に着地した俺はそのまま馬首を返して馬体の後方で受け止めていた。


 「宮郷みやざと 弥代やしろっ!後は自分で掴まれよ、死にたくなきゃ必死でなっ!」


 「……ぅ……くっ……」


 さるぐつわのままの彼女は勿論返事なんて出来無いし、そもそもその気力があるのかも確かめる暇が無いが……


 女の返事を待たずに俺は、瀕死ながら艶っぽい肢体の半裸女を後部座席リアシートに乗せた状態で、進路を尾宇美おうみ城東門に馬首を向けていた。


 ――ともかく後は速やかなる撤退を……っ!?


 直ぐにも馬を駆る予定だった俺の背筋に悪寒が走る!


 「…………」


 ――なんだ!?……この……


 「…………」


 ゾクリと背筋が凍る鋭い眼光……

 それは、正面から俺に向けられていた。


 「お前……は?」


 俺達の進路を阻むように……数メートル先に佇む独りの男。


 「…………」


 その人物は細身ながら鍛え込まれた引き締まった体つきで、

 長めの黒髪を雑にまとめた、まるで洒落っ気の無い男。


 「…………」


 両腕をだらりと無防備に下げ、腰に下げた刀は納刀してはいるが……


 ――


 それでも、見据えられた俺の肌がピリピリするほどの、危険極まりない殺気オーラまとった男。


 「…………」


 それは数多の戦場を駆ってきたから解る、決して関わり合いにはなりたくない類いの……鋭い眼光の男だった。


 「…………」


 「…………」


 さっきから男は一言も発していない。


 いや、それどころかピクリとも動かずにちらを見ているだけ。


 ――殺気の塊?……なんだ、コレは……


 俺は予想外の”化物”を前にして、数瞬、思考停止してしまっていた。


 「……う……くぅ……」


 ――ちっ!


 そして、自身の背後にぐったりとしなれかかった弥代やしろの熱を感じて我に返る。


 ――今は躊躇している時間は無い……ならっ!


 ヒヒィィーーン!!


 目前の”化物”の真価は解らない……

 が、俺は一か八か、そのまま馬の腹を蹴った!


 ダダッ!!


 途端に従順な駿馬は俺と弥代やしろを乗せ、砂煙を巻き上げ大地を蹴る!


 見事な程のスタートダッシュを見せる駿馬により景色は一気に後方へ流れ飛び、俺と弥代やしろは瞬く間に男との間合いを無くす――


 「…………」


 「…………」


 ――来るか!?それとも!?


 ダダダッ!ダダダッ!


 「…………」


 「…………」


 ――っ!


 殺気の塊のような男とは、ほんの刹那ですれ違う。


 ダダダッ!ダダダッ!


 ――

 ―


 ダダダ……


 「………………っぷはぁっ!」


 殺気の塊のような男が景色と同様に後方へ飛び去り、

 緊張で忘れていた呼吸を取り戻した俺はチラリと視線だけで一度確認していた。


 「……」


 ――馬鹿正直に見逃してくれたのか?俺にとっては好都合だが……


 俺は若干の心地悪さを感じながらも、


 ダダダッ!ダダダッ!


 ――馬を駆る!


 何故なら城門前ここは敵中も同然……


 既に豆粒になった”化物”の事は頭から振り払い、城門に向けて馬を駆る。


 ダダダッ!ダダダッ!


 ダダダッ!ダダダッ!


 ダダダッ!ダダダッ!


 ――疾走はしるっ!疾走はしるっ!疾走はしるっ!…………只疾走はしるっ!


 「…………」


 ダダダッダダダッ!


 ダダダッダダダッ!


 ――そう、只管ひたすらに馬を駆る!


 「っ!」


 そして……

 ようやっと、尾宇美おうみ城東門が馬上の俺の目前に見えてきた時だった……


 バシュッ!!

 バシュッ!!

 バシュッ!!


 ――ちっ!もうかよっ!!


 疾走する俺の脇をすり抜けて飛んで行く数本の鋭利なやじり達。


 「逃がすなっ!!我が旺帝おうてい軍の面子にかけて決して逃がすなぁっ!!」


 バシュッ!!

 バシュッ!!


 号令の主は多分、あの黒仮面だろう……

 確か山道やまみち 鹿助かすけといったか?


 おおおおおぉぉぉぉっ!!!!

 おおおおおぉぉぉぉっ!!!!


 ビュンビュンと大量の弓矢が浴びせかけられ、大地を揺るがすほどのかちどきの声と供に、遠巻きから取り囲んでいた旺帝おうてい軍が一気呵成に前進し、その包囲網を狭めて来た。


 「…………」


 因みに、現在も必死にひたはしる俺は、城門内どころかその前にも到着していない。


 ダダダッダダダッ!


 ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!


 「っ!くっ!」


 とか考えている間にも、俺の周りは矢のあめあられだ。


 おおおおおぉぉぉぉっ!!!!

 おおおおおぉぉぉぉっ!!!!


 そして、更には、地響きを立てながら、背面、左右から迫り来る大軍勢。


 ――くっ……まだか……


 ダダダッ!ダダダッ!


 おおおおおぉぉぉぉっ!!!!

 おおおおおぉぉぉぉっ!!!!


 前方以外の三方から襲い掛かって来る騎馬兵達の先頭が……

 その槍先が俺の……弥代やしろの背に届こうとした瞬間!


 ズザァァッーー!!


 後方と左右から浴びせかけられる矢の雨をくぐり、

 俺は乗馬”しゅんせい”を左にスライドさせるっ!


 「っ!」


 ――かわしたっ!……なんとか……だが!


 後方から迫る敵騎馬兵からは一時逃れたが、今度は左側から迫る騎馬兵に正面を取られていた!


 「ちぃぃっ!」


 ザシュゥーー!!


 今度は大きく右に軌道修正し、その勢いのまま前進を……


 ――


 既にすぐ直前にそびえる尾宇美おうみ城東門。


 しかし、それは……


 「……」


 ようやく辿り着いた俺達を前にしても、来る時に通った鉄扉の跳ね橋は上げられてしまい、それは通常通り外敵を防ぐ強固な壁と成っていた。


 それは勿論、俺が城門を決して開くなと言い含めていたからだ。


 「さ、さすが廉高やすたか、この状況の主君を前にしても命令絶対遵守とは……ちょっとだけ悲しいくらいだぞ……」


 ダダダッ!ダダダッ!


 顔は笑って……しかし思わず出た台詞は涙声に……俺は馬を駆りながらそびえる尾宇美おうみ城東門を見据えていた。


 「…………」


 ――さてと……後方、左右から迫る騎馬兵部隊のおかげで弓攻撃は一旦止んでいるが……


 「捕らえろぉぉ!!」


 「押し潰せぇぇっ!!」


 千を越える兵士達の群れが既に手の届く距離で俺達に迫っていた!!


 ――だがまぁ、これでいい……この状況で門を開けようものなら、乗じて敵に雪崩なだれ込まれる可能性が極めて高い……だから


 グイッ


 「はぁ……はぁ……っ!?」


 俺は馬を駆りながら自身の背中に必死にしがみつく弥代やしろの口、噛まされたさるぐつわに指をこじ入れてズラした。


 「すまないな、弥代やしろ……俺はどうやらフェミニスト失格らしい」


 息も絶え絶えの彼女に囁く。


 「……はぁ……うぅ……サイ……カ……くん……?」


 ――おぉ!流石だ、宮郷みやざと 弥代やしろ!伊達に付き合いが長いわけじゃ無いなぁ


 激しく揺れる馬上で俺の背に瀕死の体を預け、至近距離で俺の顔を見上げた彼女は包帯グルグル巻きでも俺の正体に気づいたようだ。


 「悪いな、宮郷みやざと 弥代やしろ。競馬の次は水泳大会だ!」


 ズザァァーーッ!


 「っ!!」


 今正いままさに!迫る旺帝おうてい軍からウヨウヨと伸びた手に揉みくちゃにされようとした瞬間に!


 尾宇美おうみ城東門、堀の手前で急停止した駿馬”しゅんせい”に騎乗した俺と彼女の身体からだは……


 ブワァッ!!


 「おぉっ!」


 「サ、サイ……っ!!」


 慣性の法則によって馬上から空中に、派手に放り出されていた。


 「なんだと!?」


 「飛んだ!?」


 念願の獲物を捕獲したと確信しただろう旺帝おうてい軍兵士達は一様に間抜け面を晒して見上げて……


 ――

 ――――

 ――――――――バッシャァァーーーーン!!


 そして、馬上から諸共に深い堀にダイブした俺達二人の姿は……


 常闇のような尾宇美おうみ城東門前の水底に消えていったのだった。


 第二十八話「一騎打ち」後編 END

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