第66話「城壁の外」後編(改訂版)
第二十六話「城壁の外」後編
「で、どうだ……
俺は
「おぉ若、ご覧あれ!あの
長年戦場で培い実戦経験値、
その体躯と同じく実戦で使い込まれた無骨な重装鎧を
――我が
分厚い顔面に刻んだ年輪よりも遙かに多彩に面積のほとんどを占める
片方の目はその一つにより永劫に開くことが無い。
「
俺は城壁下で少し距離を取って陣取る
「問題ありませぬな、
俺の父の代から仕える宿将、
”
「そうか、それでその後の奴等の動きだが……」
ガーーンッ!
ガーーンッ!
ガーーンッ!
――っ!?
俺がそう問いかけようとした瞬間だった。
「この期に及んで城に
馬上で叫ぶのは……
黒い鎧兜姿に額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出した顎には立派な髭を蓄えている、年の頃なら四十代半ばといった男だ。
「ぬぅ、
「
俺は、それを城壁上から共に見下ろしていた老将が槍を手に乗り出そうとするのを右手で遮って抑える。
「若!?」
――ったく、俺の四倍以上も生きててこの血の気の多さだよ……
俺は呆れつつも、老将に頷いて見せてから城壁下の黒仮面に返礼してやることにする。
「我は
――おおおおぉぉぉぉっっ!!
俺の啖呵に城壁上の
「ふん、言うでは無いか、鈴木
黒仮面男は馬上から俺を見上げて負けじと”
――黒仮面のお前に言われたくないなぁ……
と即座に反論したくもあったが、なんとなく不毛な議論になりそうなので言い返すのは止めた。
「まあ良い、我は
そして黒仮面男、
ズズ……
――なんだ?
ズズズ……
辺りに巨大な石臼を引くような低い音が響き、二頭の馬に引きずられて来たのは、台形の木枠の上に一本柱が建つ建造物……
「っ!?」
俺は目を見開いて”それ”を見下ろしていた。
「おのれぇぇっ卑劣なっ!!」
俺の隣では老将が、怒りの余り握る槍がギリギリと音を立てて
ズズズ……
多分、急ごしらえで組まれた木製の台座。
その上に人胴程の直径をした丸太が柱として建ち……
つまり、それは船の帆を下ろしたマストを思い浮かべるような形?
「……」
――いいや、もっと的確な表現を俺は
ズズズ……
そしてソレは定位置に……
城壁から見下ろす俺達から”一番よく見える”であろう位置で停止した。
――
「……う……ぅぅ……」
木製柱に縛り付けられた……半裸の女から呻き声が漏れる。
「
俺は意識せずにもそう呟いていた。
「…………は……うぁ……」
太い柱に細い両手首を万歳した形で固定され吊り下げられた虜囚。
裸足の足は台座に着くか着かないかの爪先立ち状態で、プルプルと痙攣しているのが遠目にも分かる。
「……う……は……」
鎧と衣服を剥ぎ取られたであろう裸身を包む上下の下着は、元の色が判別できないほど血の赤に染まりこびり付いていた。
――
白い裸身全体が
「…………」
――そう、俺は”コレ”のもっと的確な表現を
――そう、これは……
「……はぁ……あ……ぅぅ……」
――
「……」
恐らく戦いに破れ、負った傷の治療も満足に受けられぬまま”そうされた”のであろう。
――何のため?
そんなのは決まっている。
この場でこの敗残の姿を衆人観衆に晒し、その後は散々に犯して見世物にして殺す……
降伏せずにあくまで戦い、敗れればこうなる。
「ふ……くっ……うぅ……」
痛みからだろうか、それとも屈辱からか……
自決防止のための
――ザワワッ!!
騒然となる
無理も無いだろう、敵の狙いは
”
こうも惨めな姿を晒し、この後はもっと悲惨な状況を与えられ、苦悶の内に死を迎えるであろう。
そして兵力に劣る守備軍の唯一といえる
この利を捨てきれない
「…………」
俺は何も考えることは無い。
――当然だ……
この”
策士として、いや、戦場に身を置く者として……
それは当然すぎる常識中の常識。
「う……ぅ」
――ゴクリッ
城壁下で女を囲む
そんな獣じみた視線の数々。
鮮烈な赤と既にドス黒く変色した血痕に
大きく隆起した胸とくびれた腰、爪先立ちで震える足先まで……
「…………」
――策士は常に冷静で取捨選択ができ無いと話にならない
それに”武人”である
「若……どうされますか」
「……」
老将の問いかけは一応の確認だ。
形式だけ……
戦場に長らく身を置く
策は”
「……す」
――だから俺は……
当然の如くそう行動する。
「す……”鈴木
――っ!?
一瞬で、その場は静まりかえった。
俺の言葉、行動……この場は”それ”を理解出来なかったのだろう。
「な、なにぃっ!?」
――ザワワッ!?
一呼吸置いて、一斉にざわめく城壁の内外!
獣の目をしていた兵士達も、今の視線は城壁上の俺に釘付けだ。
「…………ちっ」
俺は少しばかり策士としての自分に失望はしたが……後悔はせずに済んだ。
そして続けて、眼下で
「俺が負けたら開城してやるよっ!!……ただし」
「……っ!?」
あまりに大胆すぎる俺の発言に、距離があるにも
俺の耳には眼下で黒仮面がゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「ただし、俺が勝ったら”20秒”だけ俺の好きにさせろ!」
「…………は?……な、何を?……鈴木
戦場の常識……
それは過酷な環境だからこそ許される日常の非常識……
敵兵士を鏖殺する刃を躊躇無く振るい、大局のためなら平常心で味方を見殺す。
――だから、
――だからこそ俺は……それを…………んだんだ……
眼下の
ある少女の顔が浮かんでいたのだった。
――
そう……だから、
「だからこそっ!その”選択肢”を捨てるのが俺の原点なんだよっ!!」
無謀と言うより、最早、意味不明の啖呵を切る俺の横にて――
父亡き後に俺を育てたとも言える老将の……
歴戦の
僅かだけ柔らかくなった気がした。
第二十六話「城壁の外」後編 END
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