第67話「釣り合わない条件」(改訂版)

 第二十七話「釣り合わない条件」


 ――宮郷みやごう領主代理、宮郷みやざと 弥代やしろ……


 女性としては高めの身長と豊満な身体グラマラス・ボディ、薄くあかい唇と少し垂れ気味の瞳が年齢以上に色っぽい、終日だるげな空気をまとった俺より五つほど年上の女だ。


 俺の所領である”臨海りんかい”のお隣、”宮郷みやごう領”を治める領主の娘であり、その宮郷みやごうの将軍でもある彼女は――


 深紅の弓を用いた戦闘スタイルでは”紅の射手クリムゾン・シューター”の異名を持つほどの弓の達人であり、

 両手に愛用の細身剣レイピアを握らせれば”紅夜叉くれないやしゃ”の二つ名で恐れられる狂戦士バーサーカーだった。


 「ワタシが代表を続ける理由?…………一番能力のある者が責任を持つ、それだけよ」


 在る時に戦場で、俺がなんと言うこと無くした質問に対する彼女の答えだ。


 宮郷みやごう領主、つまり彼女の父は健在で腹違いの兄も二人ばかり居るという事から、女だてらに武器を持ち先頭きって戦う彼女を、宮郷みやごうの領主代理として政治の全般までこなす彼女に、俺が野次馬的な興味からなんとなく交わした会話だった。


 そして、それから何年か後……


 「宮郷みやざと 弥代やしろ?ああ、あの失礼な無気力女か……あれの家にはろくな人材が無くってなぁ、戦でも政治的な駆け引きでも決断できる人間がいない」


 「いない?領主も兄もいると聞いたぞ」


 「領主?ああ、親父と兄貴らか?あれは駄目だ、語るに値せん!どんな話を持ち込まれても日和見主義というか優柔不断で何度も領国を滅ぼしかけたと聞くな」


 「……」


 弥代やしろとは俺よりも付き合いの長い日限ひぎり領主で”圧殺王”こと熊谷くまがや 住吉すみよしはそう言った。


 ――日和見主義?


 ――違うな……


 弥代やしろの”宮郷みやごう領”や住吉すみよしの”日限ひぎり領”……さらに俺の”臨海りんかい領”はどれも小国だ。


 大国”天都原あまつはら”と最強国”旺帝おうてい”の狭間で右往左往する小国群のひとつ。


 たった一つの選択ミス、至らぬ判断で国が滅び領民は生活基盤、ヘタをすると命を失う。


 その重責から逃れたいが為の優柔不断、日和見主義……


 彼らは、只単に領主として、自身が生まれ持った運命から逃げ出しただけだ。


 「……」


 ――だから……か


 ”一番能力のある者が責任を持つ、それだけよ”


 宮郷 弥代かのじょは言った。


 俺が知りうる情報では、それまで……

 14まではただの少女だったと、小国のお姫様だったという彼女は……


 家中の誰もが”国家の重責それ”から目をらす中、唯独ただひとりそれを背負って只管ひたすらその身に武芸を刻み、”宮郷みやごう”の為に理不尽を背負い続けた。


 思えば――


 盟主国である天都原あまつはらに敗色濃厚の戦に駆り出されても、義理の無い臨海りんかい討伐に出兵させられても、挙げ句、危険極まりない俺の暗殺指令や交渉を指示されても……


 弥代かのじょは黙々とそれに従ってきた。


 ――全ては宮郷みやごうのため


 だるげでやる気のない女?


 ――はは、どこがだ?……彼女は……宮郷みやざと 弥代やしろは……


 ――他の誰よりも”領主”を全うしているじゃないか!


 俺はそれらを知った……


 そして現在いまに至るまで、数々の戦場を共にし、それを知っている。


 終始にいてだるげで、人を食った態度で、俺は正直ちょっと苦手だが……

 誰よりも……そう、実は俺が知る誰よりも真面目な……


 つまり鈴原 最嘉オレが何を言いたいかというと、だ。


 ――”宮郷みやざと 弥代やしろ”はこんな場所でこんな死に方をするべき女ではない!!


 ――

 ―



 「若……本当にお一人で敵中に行かれるのか?出来うるならこの老体も……」


 俺がいつも愛用している簡易的な鎧を外して”一騎打ち”の準備を整えている最中、何度も比堅ひかた 廉高やすたかは槍を片手に握った状態でそう声をかけて来る。


 「何度も言っただろ?現在いま、俺は天都原あまつはら軍の将帥、”鈴木 燦太郎りんたろう”だと」


 「ぬぅ……」


 老将は話の内容はそうでは無いと、不機嫌な顔を俺に返すが……


 「あれは俺が不利でしか無い条件を突きつけたから旺帝おうてい軍も受けた、受けざるを得ない状況になったんだ。そこに他国まで勇名の通る廉高おまえを連れて行っては反故にされるだろうが」


 「し、しかし”20秒”とは……敵中にて、そんな露程の時間では、若自身が逃げ帰る事もかないませぬぞ!」


 臨海りんかいの誇る”王虎”比堅ひかた 廉高やすたかの心配は”事後それ”であって、メインである”一騎打”ちにおける鈴原 最嘉さいかの負けは、想像だにしていないらしい。


 「お、王様、宜しいですか?……ち、調査の結果、王様が七山ななやまさんから説明を受けたと言われた通りでした。も、問題ありませんです……」


 オレの横で納得とは程遠い仏頂面をする比堅ひかた 廉高やすたかの影から、少しオドオドとした態度で可愛らしい女性が報告をしてきた。


 「そうか……急で悪かったが流石、清奈せなさんは仕事が早いなぁ、助かる」


 人物の名は花房はなふさ 清奈せな


 我が臨海りんかい軍特務諜報部隊、通称“蜻蛉かげろう”の隊長だ。


 「い、いえ滅相も無いです……ですが少し深いので、その……き、気を付けてく、ください……」


 花房はなふさ 清奈せなは丸く愛嬌のある瞳とおっとりした口元が特徴の、長い髪を後頭部で団子にまとめた可愛らしい女性だ。


 とはいえ、”可愛らしい”といっても俺よりも結構年上だ。

 見た目では判断しづらいが、彼女は確か現在いま……二十五歳だったはず。


 「承知している、それより……」


 俺は赤目あかめ領の”枝瀬えだせ城”を出て途中”戸羽とば城”で兵を補充しつつ、この”尾宇美おうみ”の地を目指した。


 そして、同時進行で臨海りんかいの本拠地である”九郎江くろうえ城”を守護していた比堅ひかた 廉高やすたかに千ほどの兵を率いて合流するように命令した。


 その際、”九郎江くろうえ”にとどまり各地に散らばる諜報員からの情報を取りまとめていた花房はなふさ 清奈せなにも、麾下の隊員を幾人か連れて同行するように指示を出したのが……


 清奈せなさんが現在いま、”尾宇美ここ”にいる理由だ。


 臨海りんかい軍の情報部門責任者、その道のスペシャリストである花房はなふさ 清奈せなを手元に置いたのは、勿論不慣れなこの地の情報をより正確に手に入れるためでもあったのだが、他にも俺が起こした行動により起こりうる臨海りんかい領土内各地の不安定な状況をいち早く手に入れる為でもある。


 「は、はい、なんでしょう……か?」


 俺の言葉に清奈せなが恐縮しながら聞き返す。


 俺は丁度良かったので、一騎打ちの準備をする僅かな時間の間に、花房はなふさ 清奈せなと彼女の部下を使って七山ななやま 七子ななこから入手済みであった”尾宇美城このしろ”の情報に対する裏付け調査を任せていて、それは今の会話通り特に問題は無いようだ。


 しかし、俺の彼女への依頼はまだ続きがあった。


 「ああ、それと……俺の方の事が済んだら後を頼みたい。これは”清奈せなさん個人”にだ」


 臨海りんかい軍特務諜報部隊、通称“蜻蛉かげろう”隊長、花房はなふさ 清奈せなにでは無く、花房はなふさ 清奈せなという個人の能力に……だ。


 「わ、わかりました……です!……せ、精一杯頑張ります!」


 俺の顔を見て、およそその先が解ったのだろう。

 彼女ははじけたように背筋を伸ばしビシリと俺に敬礼していた。


 「……」


 ――いつも一生懸命なのは良いが……少し疲れるなぁ


 俺は苦笑いを返しつつも、再び隣で難しい顔をしたままの我が臨海りんかいが誇る”王虎”、比堅ひかた 廉高やすたかに向き直った。


 「廉高やすたか、けどな、それ以上の条件を突きつけたら、旺帝ヤツらが受けるか厳しいからなぁ……」


 俺は花房はなふさ 清奈せなとの会話が一段落付いた事により、少しれていた比堅ひかた 廉高やすたかとの会話に内容を戻す。


 「しかし……20秒とは……」


 俺が負ければ開城する。


 俺が勝っても旺帝軍やつらはほんの20秒沈黙をするだけ……


 どう見ても釣り合わない条件だ。


 そもそ旺帝軍ヤツらの一連の行為は後詰めの本隊軍が到着するのを待つ時間稼ぎだろう。

 つまりその間にも俺達、城門守備軍に休息を与えない為だ。


 その間に守備兵の士気をできうる限り落とそうと、宮郷みやざと 弥代やしろの公開処刑を行おうとしている。


 あわよくば、そのままこの東城門を落としにかかる算段かもしれない。


 だから、旺帝おうてい軍にとっては”一騎打ち”なんて受けても受けなくても良いのだろうが……


 勝てばこの場の指揮官の俺まで虜囚に出来き、開城された城に労せず入城できる。


 ――つまり本隊の援軍を待たずして一番楽に当初の目的を達成できる!!


 また、俺が負けたにもかかわらず約束を破って城門が開かれない場合も、指揮官が討ち取られた上に見苦しい嘘を吐いた守備兵達こちらの士気はドン底まで下がるだろう。


 仮に旺帝おうてい側が”一騎打ち”に負けたとしても……


 たった20秒間、俺の行動を見過ごすだけ。


 そんな僅かな時間で逃げ切れない俺は、改めて捕らえられて宮郷みやざと 弥代やしろも予定通り公開処刑される。


 一見、どう考えても旺帝おうてい側には不利な条件が見当たらない取引だ。


 ――だからこそ乗ってきた


 「廉高やすたか、馬は10秒一寸ちょっとでどれだけ走れると思う?」


 「……ぬぅ?」


 俺の質問に豪胆な老将は傷に埋まった眉を寄せる。


 「精々……150から200メートル程か」


 そうだ……そんなものだろう。


 そして、それでは城に戻ることはおろか、上手くしても城門前までが限界。


 まして弥代やしろを助け出せたとしても、二人乗りでとなると……


 「若っ!矢張りここはこの廉高やすたかがっ!」


 無茶が過ぎる行動に、比堅ひかた 廉高やすたかは再びズイッと前に出ようとするが……


 「わ、若っ!?」


 俺はその老将を鬱陶し気に右手を上げて制していた。


 「まぁな、なんとかなるさ……それより廉高やすたか、俺が出陣たら城門は閉ざして決して開くな」


 「っ!?」


 気を揉む老将に答えらしい答えを返さないで、更なる困難を言いつける俺。


 「…………」


 「…………」


 俺と父のような存在の老将は――


 暫く無言で視線を交わす。


 「…………どう……あってもやり遂げる顔ですな」


 「……まぁな」


 ――さすが廉高やすたか……俺の事がよく理解わかっている



 そして俺の前に、りんかい軍の馬番が一頭の馬を引いて来る。


 ブルルゥッ!


 張りのあるでんしなりある四脚しきゃく、額の流星が凜々りりしい栗毛が映える良馬だ。


 「お前は……確か”しゅんせい”だったっけ」


 ヒヒィィーン!


 返事のように馬がいなな


 「はは……”しゅんせい”、悪いがちょっと死地に付き合って貰うぞ」


 俺はあいぼうの名を呼ぶと跨がった。


 「最早、言いますまい……若、ご武運を!」


 「あ、あの頑張ってください……お、王様っ」


 カコッ、カコッ……


 二人に見送られ俺は城門に向かう。


 「…………」


 ――日はまだ高い……”一騎打ちこれ”はまだ、今日という日の序盤に過ぎないだろう……


 長い一日を予測しつつ、俺は巨大な鉄扉越しに敵がひしめく平原に馬首を向けた。


 ガコンッ!!


 数人がかりの兵士がゴツい留め金を外し――


 ギ……ギギ……ギィィィーーーー


 厚い厚い大扉がゆっくりと降りて――


 ガッガァァーーン!


 濛々と舞う砂埃を伴って天下の堅城、尾宇美おうみ城の堀が対岸に着岸した瞬間、それは鉄橋と成り蛮勇の士を死地へ歓迎する。


 ――


 ヒヒィィーーン!!


 躊躇など微塵も無い!

 視界が開けたと同時に俺は”しゅんせい”の腹を蹴った。


 「軽くひねってくる!」


 そう言葉を残し、俺の駆る馬は一気に開いた城門の先へと風を切ったのだった。


 第二十七話「釣り合わない条件」END

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