第62話「十四番目の男(ワイルドカード)」後編(改訂版)

 第二十二話「十四番目の男ワイルドカード」後編


 「つまりだ……菊河きくかわ 基子もとこなる希有な人物はそういった類いの異才で、尚且つ予測不能の軌跡を放つ矢でもあるわけだ。確実に的に当たるという非常に厄介な」


 「…………」


 場は、何を今更と、知れたことを……と言わんばかりの冷たい空気で、

 自業自得とはいえ、俺は自身が作りだした白けた環境と無言の視線によるプレッシャーの中、話を続けていた。


 「そうだなぁ、言うなれば菊河 基子アレは”策士殺しの愚者”と言えるか」


 「…………」


 平然と話を続ける俺の心中は……


 ――うぅ、”王族特別親衛隊みんな”の視線がいたい


 「だから”さま”はまぁ、置いておくとして、それなりの準備を……」


 「だから!最大限に警戒すべきは長州門ながすどの両砦が一角、菊河きくかわ 基子もとこの軍ですっ!」


 ウダウダと話す俺に、とうとう堪りかねたのか八十神やそがみ 八月はづきが割って入る。


 ――おおっ!た、助かった……


 俺は心底そう思った。


 折角お膳立てした会議を寒い冗談で冷えさせてしまった俺にとっては……


 というか、


 ”信じられない程の強運、異能、そんな理不尽級な輩と相対するなら……適当な”さま”が必要だ”


 これはあながち冗談では無いのだが……


 兎に角、この冷え込んだ流れを変えるのには好都合!


 ナイスツッコみだ、八十神やそがみ 八月はづきっ!


 八月はづきは俺を認めないが故に落ち度を追求しようと口を開いたのだろうが、それはむしろ俺にとっては持論を続ける機会になる。


 「じゃぁ聞くが、”予測不能な矢”をどうやって”策”に嵌める?」


 「うっ!?」


 八十神やそがみ 八月はづきは言葉が出ない。


 言うまでも無く、”予測不能な矢”とは、常識外れの強運に守られたたら放題の菊河きくかわ 基子もとこだ。


 「突破力が異常な部隊を正面切って止めるのにどれだけの兵を費やすんだ?」


 そして俺は、俺の非を追求しようとした相手を逆に、立て続けに質問攻めにする。


 「ぐっ!……そ、それは……主力部隊で包囲して……」


 八十神やそがみ 八月はづきは、俺の多少意地悪な手法に面白みの無い……もとい、真っ当な解答を返すのがやっとだ。


 「藤桐ふじきり軍、旺帝おうてい軍、七峰しちほう軍、長州門ながすど軍の連合軍に対して、我が軍は寡兵だ。高々数百のいち敵部隊と消耗戦をしてどうする?」


 「……ぐっ……くぅぅ」


 全く反論できない、くせっ毛のショートカットにそばかす顔の少女は、悔しそうに唸って俺を睨むだけだ。


 ――だろうな……


 あの部隊の特異さは、菊河きくかわ 基子もとこたら故に所持する異常なほどの判断力と、有り得ないレベルの強運を装備した突破力、回避力……そんな反則チートな相手に、通常の戦闘では大軍を要しても大打撃を喰らうだろう。


 「答えられないのか?」


 俺は少女が回答を返せないのを理解しつつ催促する。


 「それは……でも、それは貴方も同じでしょう、鈴木 燦太郎りんたろう……強運あれには姫様の策さえ通用しなかった、たとえ多少の被害を出そうとも数で抑えるしか……」


 ――よし、そうくるな、そうくるしかない、模範解答だ……なるほど、俺も通常の戦闘なら、そういった方法をとったかもしれない


 けどな――


 「現在いまは一兵とて無駄に出来ない状況だ、よって最初の指示通りアレには好きにさせる!」


 「しょ、正気ですか!?この尾宇美おうみ城が陥落しては元も子も……」


 八月はづきの信じられないという声に、俺は包帯から露出した口端を静かに上げる。


 「…………予測不能な矢も必ず当たるとなれば予測できる」


 「はっ?」


 一見矛盾した俺の言葉に、八十神やそがみ 八月はづきだけでなく他の四人の女達も目を丸くした。


 「つまりだ……どんな素っ頓狂な”軌跡”を辿ろうとだ、”当たる”矢は的へと辿り着く」


 「なっ!………………あっ!」


 そして続きを聞いた八月はづきは、驚きで一瞬固まったが……少しして何かに気づいたように多少間抜けに口を開く。


 「……」


 ――なるほど……八十神やそがみ 八月はづき……確かに叡智のかけを内包した少女だ


 俺はそんな、くせっ毛のショートカット少女を見て密かに頷いていた。


 「どういうこと?八月はづき


 真面目そうな女、六王りくおう 六実むつみが問いかける。


 「…………的の真ん中に当たる矢は、その直前には全て同じ軌道に集約されるという……ことです。つまり、どうなるか予測できる状況にした”奇蹟”は……予測できる”軌跡”は既に”奇蹟”では無いと言うこと」


 「あっ!?」


 「ふぁ?は?あれれ……そういえば」


 真面目そうな槍戦士、六王りくおう 六実むつみが目を丸くし、緊張感の欠けた三つ編みの剣士、三堂さんどう 三奈みなが”あぁ”と大きく口を開ける。


 ――予測できるようにした”軌跡”は既に”奇蹟”では無い……か、上手いこと言うなぁ


 俺は変な事に感心していた。


 「ですが……ですが、それには相手をこの尾宇美おうみの城の喉元まで引きつける必要があります……あの精強な隊を姫様のお近くまで……」


 ――ああ、そうだ……これは危険を要する方法だ……だが


 「これが一番確実だ、そしてそれを叩くために俺は数では無く武人らしく”武”を以てアレに対峙するつもりだ」


 「…………」


 今度の俺の言葉は、八十神やそがみ 八月はづきに理解出来たろうか?


 いや、それは意地が悪いな……


 俺の言い方が……ちょっとだけ意地悪だ。


 俺は補足説明を要するつもりは無いとばかりに、自信の籠もった瞳で策士の少女を見据えていた。


 「……う……あ」


 八十神やそがみ 八月はづきは困った顔で俺を見る。


 ――そりゃそうだ


 理解出来なくとも、こんなに論破された直後でその本人に自信満々で見据えられたら、これ以上の反論など……


 代替え案の無い者が反論など……

 理論的な反論が出来ないが故に口が挟めない。


 ”策士”故のジレンマだろう。


 そして俺がこの少女を多少虐めたくなるほどに……

 この八十神やそがみ 八月はづきは興味を惹かれる素材であった。


 「鈴木……燦太郎りんたろう……貴方は一体どうやって……」


 策の全容までは話さない俺に、”一から十までご教授下さい”とは言えない八十神やそがみ 八月はづきはそれ以上食い下がれない。


 「異論は無いな、なら今後の方針は……」


 そして俺はこのまま押し切る為に駄目を押そうとするが……


 「問題……ある……長州門ながすど七峰しちほうはそれで良くても……」


 感情の乏しい声がボソリと響いた。


 「……」


 これは……計算外だ。


 ――まさかこう言う人物が口を挟んでくるとは……


 俺は全く”予想外ノーマーク”であった少女に視線を向ける。


 ――四栞ししお 四織しおり


 ジトッとした三白眼で俺をジッと睨むなんだか無口で小柄な……

 しかし確かに殺気をまとった、多分、懐に多数の凶器を隠し持つ暗器あんき使いの少女。


 「問題?それはどの辺だ?四栞ししお 四織しおり


 「……」


 自分から待ったをかけておいて、その物騒な少女は当然の様に俺の質問を無視スルーした。


 「おい、四栞ししお……」


 「ああ、そうだ、問題があるぞ!正面の藤桐ふじきり軍と背面の旺帝おうてい軍を主力で抑えると言うが、姫様の戦術で戦場に散った各部隊をどうやって集結させるか……鈴木 燦太郎りんたろう如何いかにするつもりだ?」


 最早、貝になった暗器あんき使いの少女に代わって、仮面の如き革製の大きな眼帯で右顔半分を覆った奇抜な女が言葉足らずの四栞ししお 四織しおりの言葉を継いでいた。


 ――一原いちはら 一枝かずえか……


 ななやま ななとの前交渉で俺に協力するとはしていても、俺が今回立てた作戦内容には納得がいってないとばかりの表情かおで、一枝かずえは俺を睨む。


 「ああ、それは簡単だ」


 だが、そんなのは計算内だ。

 俺が計算外だったのは”四栞ししお 四織しおり”という人物個人の予想外な行動に関してだけ。


 「なに?」


 「……」


 難なくそう答える俺を、一枝かずえ八月はずきが睨み……


 「それはどういう……」


 「ほぅほぅ?」


 六実むつみ三奈みなが興味深げに俺を見る。


 「……」


 因みに、ななやま 七子ななこは事の終始で微笑みを絶やさずに俺のそばに控えている。


 「だから簡単だって、それははる……いや、陽子はるこ姫様が配置した”十面埋伏”はだな、はなからこの城へ撤収する最短経路に配置されているからだ」


 ――っ!?


 俺の言葉に、八月はづきのみが一瞬、作戦テーブル上の”盤面遊戯ロイ・デ・シュヴァリエ”を見直して、そして直ぐに絶望に沈んだとも表現できる瞳で下を向き、


 彼女を除いた四人はそのまま、イマイチ理解出来ないという顔であった。


 「だから、つまりだな……藤桐ふじきり軍と旺帝おうてい軍に対しては、最終的にそういう戦術を採れるようにだ、元々”伏兵”の配置はこの城から逆の八の字に……」


 逆の八の字……つまりトーナメント表を逆さまにしたように、遠い戦場の部隊から後方をお互いに確保し合いながら最後はこの城に集結できるように、陽子はるこの用いた伏兵部隊は配置されていたのだ。


 「貴様……それを姫様から」


 一原いちはら 一枝かずえが俺に、”陽子はるこ様から聞いていたのか?”と言わんばかりに睨んでくるが、


 「いや?そんなのこの盤面を紐解けば解るだろう」


 と、俺は当然の如く盤面を指さす。


 「ぬぅ……」


 「うう……」


 「ふわぁっ!?」


 「……」


 俺の指摘に四人の"王族特別親衛隊プリンセス・ガード”は唸り、くせっ毛でそばかす顔の少女、八十神やそがみ 八月はづきは下を向いたまま、更に瞳に闇を落とす。


 ――俺の言ったことは真実だ


 あかから強行軍で尾宇美おうみに辿り着いた俺は、それほど急いで駆けつけた俺は、陽子はるこの部屋でも退室後のかずとの一連のやり取りでも、そんな時間的余裕は全く無かったのだ。


 「……く……うぅ……」


 そして、やはり八月はづきは悔しそうに視線を落としたままだ。


 憧れであろう”無垢なる深淵ダーク・ビューティー”の立案した策を、本当の意味で理解したのが自分で無くぽっと出の”いかわしい男”では、策士としての誇りが痛く傷ついたのだろう。


 「いや、そう気を落とすなよ八十神やそがみ 八月はづき、直接戦場に出ていては見えないこともある」


 「う、うう……」


 俺はいたたまれなくなって慰めたつもりだったが、少女の反応を見るに、それは余計なお世話であったようだ。


 ――難しいなぁ……はぁ


 俺はそう感じつつも今頃は夢の住人であろう、暗黒の美姫を思い浮かべていた。


 ――しかし、まぁ……なんというか……


 ――相変わらず抜かりの無い女だよ、無垢なる深淵ダークビューティー様は……


 俺はひとしきりそう感心してから、気持ちを切り替えて目前の女達を眺めてから告げた。


 「納得いったなら、これより迎撃防衛からろうじょう防衛戦に転ずる、皆、俺に力を貸して欲しい!」


 第二十二話「十四番目の男ワイルドカード」後編 END

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