第63話「籠城戦」(改訂版)

 第二十三話「籠城ろうじょう戦」


 「……」


 俺の鼻先にはキラリと凶暴な光を宿す切っ先がきらめいていた。


 「どういう事だ七子ななこ、このような不審者を事もあろうか姫様の寝室に潜り込ませる手引きをするとは!」


 怒声と共に女のつり上がった左目がギラリと光りを放ち、俺の隣から少し下がった位置に控える給仕メイドに視線移動する。


 鋭い眼光の左目、そして右目は……


 革製の大きな眼帯……といえるのか?


 右顔半分をも覆う程の、最早”仮面”と言えるほどの革製眼帯を装着した、奇抜な風体の天都原あまつはら軍女士官は、京極きょうごく 陽子はるこの寝室前廊下で俺と給仕メイドを睨み付けていた。


 「一枝かずえ、無礼ですよ、最嘉さいか様は我らが主、陽子はるこ様をお救い下さるためにこの尾宇美おうみの地まではるばると来て下さった偉大なるかた、空のように広く、海のように深い度量とこの戦国で並ぶ者の無い最高の知謀を併せ持たれた方です」


 殺気立った空気も一向に気にせずに、ニコニコとした笑みを浮かべたまま、本人がこそばゆくなる様な賛辞を並べて同僚を諭す給仕メイド姿の……七山ななやま 七子ななこ嬢。


 「最嘉さいか?……臨海りんかい王の鈴原 最嘉さいかか?なら尚更正気とは思えん!そのような”いかがわしい”男を姫様の寝室にとは……貴様、ほんの数ヶ月の臨海りんかい潜入任務で”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”としての心構えも、主に対する忠誠心も無くしたかっ!」


 ――いかがわしい……俺って他国ではそんな風に思われてるのか?


 「おいおい、俺はだな……」


 巨大眼帯の女士官が放った言葉に、俺は多少引っかかって不満顔で反論を試みようとしたが……


 その瞬間!


 女士官、一原いちはら 一枝かずえとやらの左目の奥に力が閃き、宛がわれていた剣先がズイッと俺の喉元に伸びる!


 ギィィン!


 俺の喉元に伸びる切っ先を、いつの間にかに直ぐ隣で抜刀した七子ななこの短刀が、間一髪で上方にらせる。


 ――うわっあぶなっ!……てか、鼻の頭をかすってったぞ、おい……


 「ここに至っても邪魔立てするか!七山ななやま 七子ななこぉぉっ!!」


 「まさか、貴女に単騎戦で勝てるとは思っていないわ……けどね、一原いちはら 一枝かずえぇっ!」


 ――うぉ!?


 俺の隣で短刀の柄を両手で握り、相手の剣先をらせた構えのままの給仕メイドは……にこやかに微笑んだままの表情で、その視線だけを戦場の瞳に変貌させていた。


 「……」


 「……」


 睨み合う二人の女。


 ”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”の一枚目と七枚目……同僚のはずの二人。


 「お、おいおい……そう殺気立つなって、人には会話が必要だぞ」


 俺は女二人のただならぬ殺気に晒され、思わず仲裁をしていた。


 ――てか、なんで俺が……


 どっちかというと”王族特別親衛隊おまえら”が話し合えよ、仲間だろうに。


 「これは……失礼致しました、最嘉さいか様の御名みなに傷を付けるが如き無礼な態度につい……」


 そう応えて七山ななやま 七子ななこはアッサリと手の短刀を鞘に戻し、給仕メイド「服の胸元にそっと仕舞う。


 「おぉ……」


 ――そんなところに入るのか!?……いや、なんていうか興味深い


 「……ちっ!」


 シャラン!


 そしてその立派な胸元を思わず凝視していた俺に、明らかに面白くないという視線を突き刺した眼帯の女……


 一原いちはら 一枝かずえとやらも、一応は手に持った片手剣を腰の鞘に戻す。


 「と、ともかくだ、えっと、一原いちはら 一枝かずえといったか?俺は陽子はるこを助けるために来た。そしてたった今、本人にも許可を貰ってきたところだが、どうだ?」


 尾宇美おうみ城にいるきょうごく 陽子はるこ麾下の天都原あまつはら軍指揮を引き継ぐこととなった俺は、今は兎に角、時間が惜しい。


 だからこうして結論だけをせっかちに求めたわけだが……


 「それを信じろと?先の南阿なんあとの戦で、貴様の臨海りんかいはドサクサに紛れて我が領土を掠め取ったも同然の……」


 「……」


 ――だろうなぁ……正常な反応だ


 「一枝かずえ、それは貴女あなたが一番解っているでしょう?姫様近くに控える事が多いこの貴女あなたなら、陽子はるこ様が最嘉さいか様にどう接しておられるか、どのように想っておられるか」


 ――そう、むしろこの七子ななこの方が珍しいといえる……


 「むぅ……だが……」


 七子ななこの言葉に一枝かずえが難しい顔で考え込んだ。


 ――なるほど……多分、これは頭で理解していても感情的な部分で割り切れていないって顔だ


 「最嘉さいか様、一枝かずえ南阿なんあ戦では他の任務で珍しく陽子はるこ様のおそばを離れておりましたが、普段は姫様のこの兵の任務を果たす”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”でも随一の忠臣です。故に今回は最嘉さいか様に問題なく協力してくれると……」


 「ちょっ!ちょっと待て!私は……確かに姫様は何故かこの鈴原 最嘉さいかなるペテン師を信頼しては……いる……いるようだが……だが……」


 平然と笑顔を絶やさず続ける七子ななこに、一枝かずえは完全にペースを握られていた。


 ――恐ろしいほどの会話スキルだ……七山ななやま 七子ななこ、家事だけで無くこんな特技もあるのか?


 中々に得体の知れない七山 七子を眺めながらも、俺もそれに乗ることにする。


 「なんなら、陽子はるこに聞いてみるか?そうすれば……」


 せっかく休んだ陽子はるこの事を考えるとそれも余り気が進まないが、こんなところで時間を浪費するわけにも行かないことから、俺は渋々とそう提案をした。


 「………………姫様は……お休みになったのか?」


 俺の顔をジッと睨みながらも、一枝かずえはそう問いかけてきた。


 「ああ、あの疲れようなら今頃はもう夢の中の住人だろう」


 俺は正直に答える。


 「…………ならいい、了承した」


 そして一枝かずえは、俺の答えにそう言うと完全に腰の剣から手を離していた。


 ――なるほど


 陽子はるこを気遣う気持ちは本物か……

 なら同じ人物を気遣う者通し、俺達は上手くやれる。


 俺は”一原いちはら かず”のその反応でそう確信した。


 「なら、話は早い。俺はこれから”ちょっとした変装”と、もうひとつばかり所用があるから……お前等は先に司令部に行って他のメンバーを集めておいてくれ」


 「変装だと?」


 俺の言葉の一部を捉え、怪訝な顔をする一枝かずえ


 「畏まりました、一枝かずえには口裏を合わせられるように説明しておきますが……」


 察しの良い七子ななこが一つの問題にはそう応えるが、もう一つの方は、流石に思い至らなかったようだ。


 「ああ、ちょっとな……報告にあった”アレ”に会ってから行く」


 俺はそれだけ言うと、既に二人の”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”に背を向けて歩き出していたのだった。


 ――多分な……今後、鍵を握るのは”アレ”との交渉だ……

 ――それなくしてはこの戦いは……


 ――

 ―



 「燦太郎りんたろう様、燦太郎りんたろう様……」


 ――!?


 暫く目を瞑っていた俺は、その声に閉じていたまぶたをゆっくりと上げる。


 「…………」


 「燦太郎りんたろう様、八十神やそがみ 八月はづきが前線に到着しました。城門前を守る岩倉いわくら 遠海とうみ様の部隊にいる十三院じゅそういん 十三子とみことも連絡がついた模様です」


 そうだった……


 俺は、”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”の十四枚目の一枚カード、”鈴木 燦太郎りんたろう”という偽名をここで名乗る少し前……陽子はるこの寝室前での出来事を思い出しながら、尾宇美城司令室ここで今後の策を頭でまとめている最中だったのだった。


 「早いな、流石、はる……姫様の最精鋭部隊と言ったところか」


 俺は七山ななやま 七子ななこの報告を受けて椅子から立ち上がると、おもむろに司令室中央に設置された大テーブルの上にある遊戯ゲーム盤に手を伸ばす。


 コトリ、コトリ……


 そして盤上のクリスタル製の駒をいくつかを動かした。


 ――ロイ・デ・シュヴァリエ


 天都原あまつはらの”無垢なる深淵ダークビューティー”、きょうごく 陽子はるこの作戦図とも言えるものだ


 「よし、これで最前線から尾宇美城司令室ここまでの連絡系統が通ったな」


 この尾宇美おうみ城から城前に展開する守備隊、岩倉いわくら 遠海とうみの部隊にいる十三院じゅそういん 十三子とみこ、そしてその先の最前線に向かわせた八十神やそがみ 八月はづき


 さらにその左右に展開していた各”伏兵部隊”に向かわせた三堂さんどう 三奈みな六王りくおう 六実むつみ……


 この戦場での情報系統の背骨は……八月はづき十三子とみこ、そして城の司令室で俺のそばに控える七子ななこと……


 つまり、センターラインを知謀と情報戦に精通した人材で通したことにより、この戦の指揮系統は最短で統一され、司令室ここからでも戦場の様子は、かなりハッキリと把握できる……はずだ。


 さっき俺は落ち込む八十神やそがみ 八月はづきにも言った、”直接戦場に居ては見えないものもある……”と、だが前戦の情報を素早く分析できるのもまた戦場……


 俺はこの尾宇美おうみの地を城を……

 ふじきりきょうごく、両天都原あまつはら軍ほどらない。


 だからこそ、”より詳細な情報”を”より正確”に、逐次更新されゆく状況を把握する必要がある。


 その為に陽子はるこの用意した城までの撤退戦の経路を、そのまま情報収集の拠点として活用させてもらった。


 「この地を知り尽くし、尚且つ優秀な”王族特別親衛隊”おまえらがいてくれて助かったよ」


 そう言った俺に、七子ななこはニッコリと笑った。


 「燦太郎りんたろう様にそう言って頂けるとは光栄です。各人には燦太郎りんたろう様から支給された”梟文ふくろうふみ”も持たせておりますし……なんというか可愛らしい連絡手段ですね」


 七子ななこはそう言いながら、この司令室にも待機させている小型のふくろうを幸せそうな顔で眺めている。


 ――動物好き?

 ――意外な……でもないか


 「後は、後方の対旺帝おうていに配置された宮郷みやざと様の軍の状況ですが……」


 そして彼女は直ぐに表情を引き締めて報告を続ける。


 ――宮郷みやざと 弥代やしろ……日乃ひの領、堂上どのうえ城での交渉以降会っていないが……


 「ああ、それは未だ詳細不明か……確かそこは」


 「はい、宮郷みやざと様には二宮にのみや 二重ふたえが補佐役として従軍しているはずですが、彼女からも未だ連絡はありません」


 「……」


 ――旺帝おうてい軍……か、確かに難敵だが……


 弥代やしろならば暫くは、なんとか凌げるだろう。


 「申し訳ありません、情報部隊を増援して対応はしておりますが、詳細な状況報告は今暫しお待ちを……」


 「いや、仕方無いだろう。少し前に届いた斥候の報告ではかなりの激戦らしいからな、混戦で情報がさくそうするのは戦場の常だ、七子ななこさんには速度より確度を重視して収集の指揮に当たってくれ」


 俺の言葉に七山ななやま 七子ななこは深く頭を下げた。


 「……兎にも角にも藤桐ふじきり 光友みつともだ。早々に正面の藤桐ふじきり軍を退けなければ、この戦はかなり厳しい事になる」


 その時、俺の意識は確実に正面の敵、大同盟の要たる男に向いていた。


 そしてそれは……


 この籠城ろうじょう戦……


 ”あかつき”の四大国家が参戦し、多くの英傑が集った希に見る大戦。


 後に云う”尾宇美おうみ城大包囲網戦”を、より大きなうねりへと迷い込ませる序章となるのだった。


 第二十三話「籠城ろうじょう戦」END

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