第64話「裏切りの代償」(改訂版)

 第二十四話「裏切りの代償」


 「本当に勝算は在るのだろうな!?その策を成功させる根拠は在るのだろうなっ!?」


 臨海りんかい軍将軍、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろによって赤目あかめ領”那原なばる城”が陥落してから二日……


 赤目あかめ領都”小津おづ”を放棄して東の僻地”那原なばる”にて臨海りんかい軍を迎え撃つと豪語していた鵜貝うがい 孫六まごろくが、その手勢ごと消息を絶ったことにより臨海りんかい赤目あかめによる戦のすうせいは決した。


 そして程なく、赤目あかめの諸将は雪崩なだれをうって臨海りんかい軍に降伏をしていった。


 「松長まつなが殿!聞いているのか?一度は降った臨海りんかいを裏切ったは良いが、我らが”鍬音ここ”で孤立するのではと、皆不安がっているのだ!」


 しかし、その流れに抗う者も確かに居る。


 赤目あかめ領土内、鍬音くわね城の廊下を早足で歩くこの二人の男、一度は臨海りんかいに屈服を余儀なくされたが、現在いまは混乱に乗じて蜂起した。


 「松長まつなが殿っ!!」


 片方の男が焦りも露わにもう一人の男にせっつく。


 「そう取り乱すな、荒井あらい 又重またしげ殿……無論、蜂起したからにはちゃんと手筈は整えてある」


 歩きながらも、その男に取りすがられる男は……

 松長まつながと呼ばれた男は、特徴的な刀傷が眉間に刻まれた痩せぽっちの老将だった。


 「手筈?それは……」


 「”戸羽とば城”の楽道斎らくどうさいには既に書状を送り色好い返事を貰っておる、それに……」


 眉間に刀傷の老将は、呆れ顔で溜息混じりに足を止める。


 「有村ありむら 楽道斎らくどうさいに?では、では!”枝瀬えだせ”の荷内にだい 志朗しろう殿は?かの御仁はなんと?」


 「…………」


 安堵の表情を浮かべたのもつかの間、直ぐに新たな疑問をせっついてくる男に、眉間に刀傷のある如何いかにも不敵な老将……


 ”松長まつなが 平久ひらひさ”は心底鬱陶しそうにしながら首を横に振る。


 「”枝瀬えだせ城主”の荷内にだい 志朗しろうは我らと供に立つ気はないそうだ……臨海りんかい王、鈴原 最嘉さいかに忠義を示すと……そう返答がきておる」


 「な、なんと……くっ……」


 「…………」


 松長まつなが 平久ひらひさ荒井あらい 又重またしげの落胆する顔を暫し眺めていたが、直ぐに口元に余裕の笑みを浮かべる。


 「なに、問題は無い。貴殿も荷内にだい 志朗しろうがそういう堅物だと知っていよう?我ら同じ赤目あかめの家人であっても、そういう風に割り切れる男では無いと……な」


 「し、しかし……なんと愚かな……赤目あかめの、いや、荷内にだい家は四十八家のひとつであるのだ!その自覚があるのか……い、いやそんなことより今は……それでは我らが計画は……」


 見る見るうちに色を無くす荒井あらい 又重またしげの顔を眺めながらも、松長まつなが 平久ひらひさの口元はそれでも余裕に角度を上げたままだ。


 「”枝瀬えだせ”は一時捨て置く、それよりも今の我らの課題は如何いかにこの赤目あかめから臨海りんかい軍を追い払うかに尽きる……違うか?」


 自信たっぷりに笑う痩せぽっちの老将に、荒井あらい 又重またしげは怪訝な顔を返す。


 「いや……しかし、”枝瀬えだせ”が呼応しない以上は、”鍬音われら”と”戸羽とば”の楽道斎らくどうさいのみで挙兵することに……それでは赤目あかめ全土を奪還するには……」


 「なに、問題ない。我らの蜂起には既に”赤目あかめ四十八家”の方々では我が主、多羅尾たらお 光俊みつとし様と他には貴殿の主、杉谷すぎや 善十坊ぜんじゅうぼう様の二家がついておる。後は厚かましくも我が領地に居座る臨海りんかい軍共を蹴散らせれば、臨海軍やつらに一度は屈服し、日和見を決め込む他の赤目あかめ諸将も動かざるを得ないだろうて……」


 「しかしっ!我らのみでは……如何いかに敵総大将の……あの小賢しい”ペテン師”鈴原 最嘉さいかが不在とは言え、”鍬音くわね”と”戸羽とば”のみでは……」


 どれだけ言葉を尽くしても不安を払拭できない荒井あらい 又重またしげに、特徴的な刀傷が眉間に刻まれた痩せぽっちの老将は……


 「荒井あらい 又重またしげっ!」


 一喝する!


 「っ!!」


 老将の突然の一喝に荒井あらい 又重またしげは思わず息を呑んだ。


 「いや、荒井あらい 又重またしげ殿……貴殿は少し思い違いをしておるぞ」


 老将、松長まつなが 平久ひらひさは激しい口調から一転、ニヤリと含んだ笑みを浮かべていた。


 「??」


 驚いたままの表情の荒井あらい 又重またしげに、松長まつなが 平久ひらひさは見栄えのしないコケた顔を左手でさすりながら今までで一番”含んだ”笑みを浮かべる。


 「この挙兵の後ろ盾は”赤目あかめ四十八家”の二家、我が主、多羅尾たらお 光俊みつとし様と貴殿の主、杉谷すぎや 善十坊ぜんじゅうぼう様……実戦指揮を執る同輩は”鍬音くわね城”の我らと”戸羽とば城”の有村ありむら 楽道斎らくどうさいに後は……」


 「……?」


 そして老将の……

 梟雄きょゆうと呼ばれし松長まつなが 平久ひらひさの”含んだ笑み”はことさら邪悪に歪む。


 「”小津おづ城”の宗三むねみつ いちである!」


 「なっ!!」


 まさかの名前……

 まさかの人物の名前に……


 荒井あらい 又重またしげは大きく口を開けたまま固まってしまっていた。


 「ハァッハッハッハァーー!!どうだ?荒井あらい殿、大いなる勝算が見えて来たであろう」


 「し……かし、それはまことの?俄には信じられぬ……」


 宗三むねみつ いちといえば臨海りんかいでも忠臣として特に名高い将だ。

 臨海りんかい領主、鈴原 最嘉さいかに絶対の忠誠を誓う側近中の側近……


 それは荒井あらい 又重またしげも承知している事実だけに、その情報は如何いかにも信じがたいことであった。


 「なんにせよ、この”鍬音くわね城”は既に我らが乗っ取ってしまったのだ。後は”戸羽とば城”の有村ありむら 楽道斎らくどうさいが同様に万事上手く進めよう、ならば我らはもう後には引けぬ……」


 「そ、それは……たしかに」


 退路を断たれた状況で、荒井あらい 又重またしげは頷くしか無い。


 「ふはは、いい加減に覚悟を決められい、赤目あかめ四十八家のひとつ杉谷すぎや 善十坊ぜんじゅうぼう様の右腕と呼ばれし荒井あらい 又重またしげよ!その名が泣くぞっ!」


 締めとばかりにそう言い、眉間に刀傷のある不敵な老将、赤目あかめ梟雄きょゆう松長まつなが 平久ひらひさは笑い飛ばしたのであった。


 ――

 ―


 ――”鍬音くわね”と”戸羽とば”で造反!


 その報は直ぐに”那原なばる城”を攻略したばかりだった久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの耳に届いた。


 「お待ちください、久井瀬くいぜ様!久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ様!!」


 純白の佳人と称される名刀”白鷺しらさぎ

 城漆の鞘が美しい刀を手に、プラチナブロンドの髪が美しい少女がその場を発とうとしていた。


 「…………なに?」


 少女は短く応えて、不機嫌そうに振り向く。


 腰まである輝くプラチナブロンドをひとつの三つ編みにまとめて肩から垂らした美少女は、それと同色で大きめの瞳を、自分にすがる相手に向けていた。


 「……え……と、このまま”鍬音くわね”と”戸羽とば”征伐に向かうのは如何いかにも尚早です!敵の陣容も不明な事が多いですし、第一この”那原なばる”の地はどうされますか!?」


 彼女の臨時副官を務める木崎きさきという士官は、振り向いて自身に向けられる少女の美しい容姿に……


 不謹慎だと思いながらも、思わずドギマギと心臓を跳ねさせながら、少女の直情的な行動をいさめる。


 「…………さいかの敵は討つ……それだけ」


 白磁のようなきめ細かい白い肌。

 彼女の整った輪郭と、それに応じる以上の美しい目鼻パーツが配置された容姿。

 白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇と……


 白金プラチナの軽装鎧を身にまとったその少女は、紛れもない美少女だった。


 「で、ですから、先ずは敵の陣容を詳しく……」


 木崎きさきは頬を赤らめながらもなんとか食い下がる。


 「”鍬音くわね城”は松長まつなが 平久ひらひさ荒井あらい 又重またしげ。”戸羽とば城”は有村ありむら 楽道斎らくどうさいが乗っ取った……それらの黒幕は赤目あかめ主家でそれの主人達、多羅尾たらお 光俊みつとし杉谷すぎや 善十坊ぜんじゅうぼうとかいう雑駁ざっぱ


 「!?」


 木崎きさきは驚いていた。


 他人に興味の薄いこの少女……


 感情表現が少しばかり乏しいこの美少女がそもそもこんな感情的な行動を取ること自体に多少の驚きはあったが、それよりもなによりも……


 自身が担当する戦場では無い敵将の名前をこうも覚えているとは……


 南阿なんあの将軍時代に、自分の義父である久鷹くたか 是清これきよの名を“これこれ?”と呼び、まとに覚えていなかったという逸話がある彼女とは思えない。


 「さいかの邪魔をする者は斬る……それだけ」


 もう一度そう言って、彼女はまたも背を向けて歩き出そうと――


 「ま、待って下さい!久井瀬くいぜ様っ!!」


 「…………」


 そしてまたも呼び止められ、あからさまに不満そうな顔で、プラチナに輝く髪を揺らせて立ち止まった。


 ――これか……つまり最嘉さいか様のためなら……って、くそぉ……やっぱり羨ましいです最嘉さいか様っ!!


 その顔を見て、木崎きさきはそんなことを思う。


 「あ、あの……つまりですね、それはまだ全容では無いはずです。これだけ周到な相手なら他に裏で糸を引く輩があるやもしれません、今暫くはこの”那原なばる城”の守りを固めてこの赤目あかめ領内の要である宗三むねみつ いち様の”小津おづ”と連携を保ちつつ、天都原あまつはら領の尾宇美おうみ城に居られる最嘉さいか様に指示を仰ぐのが宜しいでしょう」


 「…………」


 木崎きさきの的確な進言に、流石の雪白ゆきしろも足を止めたまま黙り込むが……どうもまだ不満な感じだ。


 「最嘉さいか様がこの場に居られたならきっとそう指示を出されると……」


 それ故に木崎きさきは、雪白ゆきしろの行動理由であるところらしい最嘉さいかの名を使い、駄目を押す。


 「さいかが?……うん、そういえば……さいかなら……」


 それを受け、プラチナの美少女は何やらブツブツと呟き考え込んでしまった。


 「…………解った、真琴まことの部下の木崎きさき。だったら、あなたはもっと詳しい状況を確認して。わたしは……ご飯途中だったから」


 そしてようやく考えがまとまったらしい美少女は、そういう丸投げ的な命令を出してから、彼女自身は自室に消えたのだった。


 「ふぅ……しかし」


 木崎きさきは一先ず安堵するが、疑問も湧いていた。


 「雪白ゆきしろ様、昼食はついさっき済ませたはず…………」


 あれだけ食べてどうやってあの完璧なプロポーションを維持しているのか?


 木崎きさきは”美少女という世界の神秘”に頭を捻りながらも……


 自身の仕事を進めるため、彼自身も忙しなくその場を後にするのだった。


 ――

 ―


 ――だが、それから半日も経ずに……


 状況は、急展開を迎えたのだ。


 「ほ、報告致します!依然”鍬音くわね城”は松長まつなが 平久ひらひさ荒井あらい 又重またしげが、”戸羽とば城”は有村ありむら 楽道斎らくどうさいが占拠したままで……その、”小津おづ城”は……”小津おづ”を守る宗三むねみつ いち様は……」


 木崎きさきは伏し目がちに、震えた声で報告する。


 「赤目あかめ領土”小津おづ”にて……にて、宗三むねみつ いち様……謀反……」


 「……」


 それを聞く雪白ゆきしろはいつも通り無表情で……


 報告する木崎きさきの方が動揺していた。


 「み、自らが治める領土を顧みず、議の無い戦に介入する鈴原 最嘉さいかの愚かな行為を捨て置け無い。よって、赤目あかめ領は滅びに向かう臨海りんかいから独立し、れを守護すると宣言……つまり、いち様は……つまり……」


 「この機に乗じて赤目あかめ領土を我が物とし、独立するということ……ですなぁ」


 衝撃の出来事に、ショックのあまり声が震えて言葉が出てこない木崎きさきの代わりに……

 そこに居合わせた坊主、根来寺ねごでら 数酒坊かずさのぼうが勝手に報告を引き継いだ。


 そして、その報告を”那原なばる城”の謁見広間で受けた雪白ゆきしろは……


 「…………」


 臨海りんかいの”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”こと、赤目かのちにて新たに”殲滅将軍”と恐れられし久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ

 その衝撃的な報告を、美しい容姿をイチミリも変える事無く聞いていた。


 だが、木崎きさきの……いや、他の将兵達全員の動揺は尋常で無かった。


 ――あの宗三むねみつ いち様が!?


 ――他の誰が離反しようとも、鈴原 真琴まこと宗三むねみつ いちだけはそれは無いと思われていた、鈴原 最嘉さいかの双璧が!?


 それはこの場に居る誰もが思いもよらなかった凶事、”青天のへきれき”であった。



 「まぁ、あれですなぁ……正しい進言をしたにもかかわらず諸将の前で叱責され、恥をかかされては……もありなんかと」


 ――っ!!


 空気を読まない生臭坊主の言に、その場の兵士達がにわかに殺気づく。


 「貴様に何が解るっ!!このなまぐさがっ!」


 「最嘉さいか様といち様の絆を貴様は!!」


 りんかいの将兵はいきりたつが、実際には根来寺ねごでら 数酒坊かずさのぼうの言は的を射ている……

 とは言えなくても、遠からずだろう。


 宗三むねみつ いちがその程度のことで心服する主に矛を向けるなどあり得ないと言っても、それは既に現実のものとなったのだ。


 だから半ばそれは最早、八つ当たりだと自覚していても、

 長く臨海りんかいに仕え、供に時を過ごした将兵達はその言葉を看過できなかった。


 「これは失敬……とはいえ、主君が理に沿わぬ事を選択し、自身の意見、ひいては存在そのものを軽んじたとあっては……」


 首元に大きな数珠を幾重にも巻いた坊主はいつも通り、通常の倍はあろうかという酒壺を肩に抱えた格好で、自身が作り出した殺気立つ空気の中でも平然と続ける。


 「根来寺ねごでら 数酒坊かずさのぼう殿……いち様は真面目な方なんです。そして、しっかりとした矜恃を持たれた筋の通った方、ですから皆が信じられないのも無理は無いのです」


 言葉を震わせながらも、木崎きさき枝瀬えだせ城から使者の役割を担って来たばかりの客将である坊主に答える。


 「…………真面目故に起こる悲劇もあるであろうに、」


 「か、数酒坊かずさのぼうどのっ!!」


 ああ言えばこう言う、遂に木崎きさきさえも感情を爆発しかけた時だった。


 ――ヒュン!シュバッ!


 「なっ!?」


 「お、おぉ……!」


 副官と坊主はその一閃に目を見開く。


 ズッズズ…………ガシャン!!


 そして、その光の軌跡が消失して一呼吸後、

 中央に鎮座してあった玉座の背もたれが斜めにスライドして、上半分が石床に落ちた。


 「…………」


 「…………」


 そこにいた将兵達も一瞬で言葉を無くして立ち尽くす。


 「お、おぉ……なんと刹那で鋭利な、まさにこれは”神速剣”」


 「……雪白ゆきしろ……様……」


 数酒坊かずさのぼう木崎きさきもその元凶である少女を見ていた。


 そして、には……


 「…………」


 最早”ひと”が御することができるとは思えないくらいの覇気をまとった美しいプラチナの髪の美少女が居た。


 ――細みの刀身にしなるように切っ先まで突き抜ける流麗な刀影シルエット

 ――零れ入る光を直刃すぐは刃文はもんが白く内包する白雪の刀身


 真に映える見目麗しき純白の佳人と称えられる氷の刃を抜き身に下げた美少女。


 いや、”抜き身”なのはそのプラチナブロンドの美少女自身も同様だろう。


 「斬るわ……それだけ」


 そして幾万の星の大河を内包したプラチナの双瞳ひとみに殺意をめた臨海りんかいの”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”は……


 赤目あかめ領”那原なばる”の地に降臨した。


 第二十四話「裏切りの代償」END 

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