第61話「最嘉と陽子」後編(改訂版)

 第二十一話「最嘉さいか陽子はるこ」後編


 「…………」


 「ふふ、変な顔」


 ようやく目が慣れてきたのか、うっすらとした暗がりでお互いの輪郭と、少しは表情が読み取れるほどの距離の二人は微妙なお見合いをしていた。


 「いつから気づいてたんだ?」


 不満顔で彼女の上からそっと離れた俺はベット脇に立つ。


 「さぁ?でも、気づいた”きっかけ”は声?その後は匂いかしら?」


 黒髪の美少女は、少しだけ乱れた衣服を正しながら上半身を起こして、ベットに腰掛ける様な姿勢で俺を見上げていた。


 「…………」


 ――声はともかく……”匂い”って、お前はワンワンか?


 俺は、わざわざ声色まで変えた”茶番””をアッサリ見抜かれたことに多少なりとも不満であった。


 幼稚な悪戯いたずらを看破されて面白く無い、逆恨み気味な俺は……


 ――


 そのまま部屋のあかりをけに燭台まで移動した。


 「…………どうして……来たの?」


 「…………」


 そして背を向けた俺に少女は真面目な声調トーンでそう問いかける。


 ――ボゥ


 火を灯した途端に部屋には幾ばくかの視界が戻り、俺と彼女はその距離でそっと見詰め合う。


 「最嘉さいか……」


 申し訳ばかりの柔らかい光の中で俺に向けられた彼女の瞳が……


 対峙する者を尽く虜にするのでは無いかと思わせる美しい眼差しでありながら恐ろしいまでに他人ひとを惹きつける”奈落”の双瞳ひとみが……


 今回ばかりは頼りなげに揺れていた。


 「……」


 「……」


 きょうごく 陽子はるこから尋ねられた疑問……


 ――だが、俺はその解を考えない


 何故なら、今の現在いままで……


 陽子かのじょと出会ってから今まで、俺にはその必要が無かったからだ。


 「理由……そんなものが必要か?」


 そして俺が当然のように発したその言葉に、暗黒の少女は……


 ”無垢なる深淵”と呼ばれる冷酷無比らしい天都原あまつはら国の総司令部参謀長殿は……


 「…………ううん」


 と、少しだけ白い頬を朱に染めてから俯いてしまった。


 「と、とにかく……」


 多少の気恥ずかしさを内包しながらも、部屋に明かりを灯すという動作を一つ処理し終えた俺は、再びベッドのへりに腰掛ける陽子はるこに近づいて……間近でその顔をじっと見る。


 「…………」


 久しぶりの陽子はるこの顔。


 「…………な、なに?」


 あまりに俺が凝視したためか、ちらも気恥ずかしさからか、いつもとは雰囲気の違う陽子はるこは瞳をらせがちにそう発した。


 「いや、なんていうか、少しやつれたか?はる……無理を……」


 「っ!?」


 俺がそう感想を述べるや否や!

 彼女はらせがちだった視線を顔ごとババッとそむけてしまった。


 「さ、最嘉さいかが……来るとは思ってなかった……から」


 そしていつもと違う、余裕の無い声でボソリと答える。


 「…………そうか」


 ――こういうところだ!


 普段の俺に対する態度が態度だけに……

 たまに見せるこういう”乙女”なところが俺的にはたまらなく可愛い!


 「えっと……あれだ、つまり、暫くは俺がなんとかもたせるから、はるは少し休め」


 「…………」


 「陽子はるこ、今は俺を頼ってそうしろ」


 俺は”尾宇美おうみ”に来た理由も、これからどうするつもりなのかも、全部省いて陽子はるこにそう告げる。


 ――鈴原 最嘉さいかのする事なら、きょうごく 陽子はるこにとってそれで充分だから


 「無理だわ……他国の王である最嘉さいかが、例え仮でも天都原あまつはらの指揮を執るなんて将兵が納得しない。それにあの一件以来……貴方の事を良く思わない人間は、この天都原あまつはらにも多いのよ、そんな相手がこの状況で突然自分たちの命を左右するなんて事を……」


 「その辺に関しては策がある。俺がはるからお墨付きを貰って、取りあえずは素性を隠して天都原あまつはら国軍の指揮権を仮行使するという算段だ」


 俺は陽子はるこに皆まで言わせなかった。


 ――きょうごく 陽子はるこの考える事なら、鈴原 最嘉さいかにとってそれで充分だ……と思っていたのだが……


 「……」


 自信に満ちた俺を、暗黒の美姫は訝しげに見ていたのだった。


 「えと……あれ?」


 ――とは言え、陽子はるこの心配は俺にも理解出来る


 臨海りんかいは元々天都原あまつはらの属国扱いのような小国であったから、そんな輩に如何いかに総参謀長で王位継承権をもつ陽子はるこの命だからと、国の重鎮たちがおいそれと従うにはプライドが許さないだろう。


 ましてや、俺はほんの少し前にこの天都原あまつはらから日乃ひの護芳ごほうを掠め取った張本人だ。


 だからこそ俺は、素性を隠し、総参謀長閣下であるところのきょうごく 陽子はるこ配下の隠し球、謎の軍師として登場するつもりだったのだ。


 「最嘉さいか……」


 「大丈夫だって、そういった偽装者?謎の人物的な役回りの奴には心当たりがあってな、今回はいつを参考にしてみようと……」


 「でも、これは天都原あまつはらのお家事情で……」


 「はるっ!」


 あくまでも色好い返事を返さない陽子はるこに、柄に無く俺を気遣い、遠慮をする陽子はるこに……


 「ぁ……」


 俺はベッドのふちに右手の平を沈めた中腰状態になって、そこに腰掛けた陽子はるこの顔の前にぐっと自分の顔を寄せた。


 「……」


 「……」


 正面から目と目が絡み、吐息が感じられるほどの距離で俺達は……


 いや、俺は……


 ガバァッ!


 「きゃっ!」


 おもむろに両手を広げたかと思うと、今度は性急にその両手を閉じ、彼女を思いっきり抱きしめていた。


 「…………」


 そんな俺の横暴に……

 ベッドのふちに腰掛けたままで、俺の腕の中で、微動だにしない暗黒の美少女。


 暫しの沈黙の後、彼女は身を委ねたままで零す。


 「……嬉しいわ……でも、私の話はまだ……」


 ――話?


 ――”天都原あまつはらのお家事情”ってやつだろう……


 今更だな……

 今まで散々俺をこき使ってきて……ほんと、いまさらだ。


 ――けど……


 それは本当にこの”尾宇美城大包囲網戦たたかい”が不味いと言うこと。


 下手に手を出せば”りんかい”如き小国は只で済まない?


 それは勿論だ。


 だが、そんなのは今までだって飽きるほどあった。


 つまり今回はそれとは別の意味で不味いと言うこと。


 ”国家の存亡”、”命の危険”……うんぬんというよりも、この先の俺の野望……


 初めて陽子はるこに会ったときに見抜かれた、当時は俺の中でさえ固まっていなかった俺の本願……


 それを潰してしまうくらい……


 ――”危機的ヤバイ”状況


 「最嘉さいか……だから」


 ――まぁな、”あかつき”の四大国家を同時に相手にするのだからそれも頷ける


 ――”命の危険”うんぬんより……か


 確かに”人生には命よりも優先する事がある”という考え方が、まことしやかに語られる。


 俺にはそういう考え方が正解なのかどうか正直、未だ至ってはいない……が、


 ――感じている


 「はる……」


 ”この瞬間いま”、こうすれば……

 肌のぬくもり、甘い香り……そして僅かに上下する胸と零れる吐息まで……


 そのとき俺は自身の腕の中にて、見知った暗黒美少女の存在を確かに感じていた。


 ――だから俺は……


 「はる……生きていてくれてよかった、陽子はるこ……」


 想いを込めて抱きしめる!


 「ぁ……」


 他には何も無い!何も要らない!


 ”鈴原 最嘉おれ”にとって大切な存在もの……


 いちこと、雪白、それにりんかいの皆に……


 そして……きょうごく 陽子はるこ


 この瞬間が俺の真実だ。


 そしてこの真実の連続こそが……俺の生きる糧!鈴原 最嘉さいかの人生!


 「……」


 その瞬間、少女の身体からだから緊張は溶け、俺の腕の中でゆっくりとゆっくりと脱力して……少女はいつしか無防備にその身を預けるようになっていた。


 ――

 ―


 そうしてどれだけ経ったのだろうか。


 1時間か……それとも数分程か……


 きっと俺達はその感覚が麻痺していただろう。


 「……」


 やがて少女はそっと俺から離れて完全にベッドに上がり、シーツを雑に引き上げて丸くなり俺に背を向けた。


 「……寝るわ」


 その動作の間、陽子はるこは一度として俺には目を合わせようとせず、くるまったシーツから覗く耳は朱に染まっていた。


 「……」


 俺はその”繭”のようになった少女の背中をシーツ越しに眺めてからクスリと笑う。


 「ああ、そうだ、委任状は用意してきたから、お前の印章を……」


 そもそも寝ろと、休めと言ったのは俺だった。

 勿論、陽子かのじょ身体からだを気遣う気持ちは今も同じだ。


 だが俺は、もう一度だけ……

 滅多に見ることの出来ない、こんな殊勝で可愛らしい陽子はるこの顔を見たいと……


 意地悪くそう尋ねていた。


 「…………」


 一度だけ、彼女を覆ったシーツがピクリと反応したが……


 結局、恥ずかしがり屋の”繭”はそのままこう言った。


 「しょ、書棚にある赤い背表紙の本の奥に……隠し扉があるから……」


 第二十一話「最嘉さいか陽子はるこ」後編 END

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