第109話「動乱の幕開け」―南阿の落日―(改訂版)
第六十九話「動乱の幕開け」―
「
その奥で布を敷いただけの地ベタにドッカリと立て膝で腰を降ろした行儀の悪い女……いや、小柄ではあるが、よくよく見ると――
その”女の如き容姿の男”の出で立ちは、かなり風変わりしていた。
男にしては少し小柄な
そしてその露出した肌は、男としては白く繊細に過ぎて、まるで年頃の女性だが、華奢ながらしなやかな体つきは決して貧弱には映らず、
そんな風変わりな風体の男の後ろで、はためく長物は”
「……」
そういう特異な男の前で、風格のある綺麗に整えられた髭を生やした武将が膝を屈して頭を下げていた。
「げに早いのぉ……
長めの髪を後ろでくくって無造作に垂らし、細く上がった眉とスッと通った鼻筋、赤みの強い薄い唇の、まるで女性のような容姿で、目前に
――
君主になって三年で
女性的な容姿から、若い頃から姫武者と揶揄されてきた
慎重にして大胆、狡猾にして愚直。
王の王たる資質を備えた
「
先程の主君の問いかけに、頭を下げた家臣が応える。
「今まで戦場で
部下の説明にニヤリと上げた
「何にしろこれで我が無敵艦隊の拠点は奪われました、
「なら”
主である
「承知しました、では直ぐに我が手の者を使い……」
「
――っ!
怒鳴られ、整った髭の風格ある男……
「し、しかし、迎え撃った
主君の身を案じ、反論する
「最優先と言うたじゃろうがっ!あの人形共を、”
だがそれを押さえ込む迫力を見せる女顔の主君。
「……
この時、”
我が主は……
「
「…………」
「
未だ心の整理がつかない部下を一喝する
「は……はっ……現在の在籍数は二十八人……上は十四、下は九つだったかと」
”
それは、才能を秘めた身寄りの無い子供達を集めて徹底的に戦闘に特化した特殊技能をたたき込む養成所だ。
「残らず逃がせ」
「……はっ」
むざむざと他国に渡す愚は
「そうじゃな……
「……」
だが、その指示には押し黙る
”
その人材を護衛に当てるのは良しとして、
この窮地にこそ……
主君の最後にこそ……
――”
――
「…………
決意した眼で主を見返した
「父上、お呼びと聞きましたが……」
「っ!?」
そこに現れたのは一人の少年。
色白で赤い唇で線の細い……少女と見紛う容姿の、年端もいかぬ少年であった。
「おうっ!来たか
少年の名は
かつて姫武者と呼ばれし、
「任務……ですか?」
「そうじゃ、
「父上はお国の大事に、この
そして、口を尖らせて抗議するが……
「作戦遂行にはこの
完全に無視されて話を進められる。
「父上っ!」
シュォォーーン!
突如、無言で投げ釣りのようなサイドスローで、傍らに置いていた刀を振り回す
――まんま、釣り竿のように長くて
ビシュッ!!
「っ!?」
――ガチャリ……
少し遅れて
「ちち……うえ……」
「……」
為す術無く呆然とする少年と、傍らで目を見開く忠臣……
「こん程度で正体を無くすガキが、
シュオーーン…………チャキ!
「……」
そしてその光景を目の当たりにした
主君の嫡男である
――これで自分は断れないと
――主君の傍にて”在るべき死”を全うすることは適わないのだと
そう悟ったのだ。
「丁度ええが、
「ちっ父上っ!」
そして、
「そうじゃなぁ……
――なっ!?
突然の刃に怖じ気づき、膝立ちになったままの
武人にとっての名は重要だ。
まして一軍を束ねる将になる人物なら、一国一城を目指す
――それを……
「ち、父上……それは私が今……
震える声でなんとかそう確認する
「
――どうじゃ?じゃないっ!!
息子の名を、跡継ぎの名をそんな安易に……
――だから嫌だったんだよ……急に攻めてきた敵に戦支度が間に合わなくて……
心中で叫ぶ
未だ戦に出たことは無く、これが初陣になる。
とは言ってもこの戦は
それゆえに鎧兜、戦衣装の用意が間に合わず、在り合わせの品で補ったわけだが……
見た目が良くないから要らないと散々抵抗したにも拘わらず、供回りの兵士が海上に出ることがあればこの季節でも冷えるからと、この獣の皮でできた羽織を……
「うぅ……」
「クッ、クク……」
傍に控えたままの
よりによって……
こんなシリアスな場面で、こんな巫山戯た名を息子に送る父親……
「嫌じゃと?」
「い、猪武者などと暗喩され、
猛抗議する息子に父は更に愉しそうに笑って言い放ったのだった。
「なら
「くっ……ち、父上……ならばその名はありが……有り難く頂きましょう……しかし今はそう言う事を言っているのではありません!私も共に……共にこの
取りあえず、不承不承にも名は諦めたが、少年にも譲れないモノはある。
成ればこそ、新たにそこまで言いかけた所で……
「ご免!」
ドスゥ!
「う……は……あり……ま……?」
ドサリッ
「……」
そして、さも平然とそれを見届ける
「親子の今生の別れを台無しにして申し訳ありません」
心底申し訳なさそうにそう言う家臣に
「
「……」
「そうじゃな、時間が余り無いき、逃亡先は……」
「
「……」
そして家臣の言葉に
「……
そしてその顔は一瞬で、男の女顔は、再びニヤリと赤い唇の端を上げた。
「”亡き”父の与えてくれた名に感傷的になること無く新天地で励めると……
「あぁっ!もう止めじゃ止めっ!!
「して……
そして、主君の意志に沿う形で、再び本題に戻る。
「なぁに、”アテ”はあるがじゃ……この顛末の責任、取らぬとは言う事が出来ぬ、とびきりの男の元じゃ……」
「……」
この時、
この主はこの状況でも変わらぬと……
――慎重にして大胆、狡猾にして愚直
王の王たる資質を備えた
感慨深く主君を見上げていた。
「俺はなぁ、
「……」
「世間ではそう称えられし男と言うがじゃ……だがのぉ、実のところは……”
本人には面白く無いはずの過去話を
「
昔の
それを良く知る
「それはなぁ……
「っ!?」
その返答に
「俺自身、それには気づいておった……いいや、怖じ気づいていたともいえるがじゃ……じゃが、俺はその一言で覚悟を決めた」
「……それは」
この男が……
この自信の塊のような主がそのような弱気な事を……と。
「癪に障るち、じゃち俺では届かんなぁとは思うちょったが……それを見上げるよりもやはりのぉ……俺は”
「……」
”
少なくとも彼と永年の歳月を共にした
「
「……」
主君の顔が、場の空気が……そうさせた。
異論や、ましてや気遣いなど不要だと。
「…………じゃち……”あれ”は違う」
「?」
そして暫し沈黙する家臣に主は言う。
「あの”食わせ
「……それは」
問いながらも
「あの目は限界を認めぬ目じゃ……終焉の地に至っても先を望む破格の……”
「
「くっくく……行けよ、
それは……
”
一度
だがそれで十分の偉才にして異才。
「
それは”王覇の才”を秘めし時代の寵児の名であった。
第六十九話「動乱の幕開け」―
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