第39話「雪白と新しい名前」後編(改訂版)
↓久鷹 雪白のイラストです↓
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第三十九話「
「良かったのか?あれで本当に……」
”
そんなわけで現在ここに残っているのは俺と
そう、二人きりで
――コクリッ
品の良い甘みがそのまま微かに香る上質な紅茶に一口、淡い桜色の唇をつけながら彼女は頷いた。
「いや、でもなぁ、あの名はなぁ、ちょっと自虐が過ぎるというか……」
「ううん、あれでいい。だってその方が忘れないで済むもの」
「忘れない?」
「……うん」
「……」
「……」
――カチャリ
タイミングを計ったように、同時にティーカップを置く二人。
「うん、あの時……”
「……」
「”
「
「……
目の前の少女は終始柔らかい表情で……でも真摯な瞳の色で……
「全部本当だった、うん……すごいよ、さいか……全部ほんとうに駄目なわたし……だから嬉しかった……あのね……あの……」
あれから今まで……お互い特にあの時の話題には触れなかったけど……
それはなんだか二人の暗黙の了解のような、俺としてはそこに触れるのは不味いような……なんとなくそういう感じだった。
「あのね……さいか……」
頬を染めながら必死になんとか心の内を言葉に形作ろうとする少女は見ていて少し辛い。
それはきっと彼女にとって良い兆候なのだろうが、それでもそれはまだ彼女には早くて……少し前まで心を閉ざし人形を演じてきた少女にとってそれは大変な……
「
――俺はこう思う。済んだことは……乗り越えたことはもう、無理に振り返らなくても良いだろうと
だから俺は、気づいた時にはそんな言葉をかけていた。
「う……ん……そうだね」
そう応えた彼女は……
桜色の唇をふっと弛めて同意したものの、少し残念そうに
「……」
俺は……
間違えたのだろうか?
――俺は
「…………クスッ」
――そして
自らの未熟に顔を曇らせて悔やむ俺を見詰めていた白い銀河を少し細めた
「わたしね……わたし、さいかのそういうところ…………すごく……好き」
「!?」
そして
「……あ……えっと……」
見事な不意打ち……
これが戦なら俺は為す術が無かったろう見事な攻撃に、俺は間抜けな顔で思考停止していた。
「……………………ことばにしない方が……よかった?」
そして白磁の如き滑らかな肌を少し朱に染めて、
「い、いや……それは……」
――き、気まずい……気まずい……気まずすぎるって!!
「別に……あれだ、その……嬉しいといえばだな……あれだし……」
――これは不味い、駄目なやつだ!
解っていながらも流される俺がいる。
「……それに……ね、もっと以前……わたしが”
「あ、あれは、お前の剣に細工をしていたからな……」
話題が少し変わり、内心ホッと胸をなで下ろす俺。
「そうだよ、でも、さいかは最初からわたしを斬る気は無かった……そして叫んだんだよ…………”約束だ!”って」
「約束?」
――言ったな……うん言った、でもあの言葉は……
今までで一番嬉しそうにそういう彼女を前に俺はちょっとばかり困惑していた。
「うん、嬉しかった!数学教えてくれるって、学園で面倒見てくれるって……あんな時でさえ、わたしとの何でも無い日常の約束を大切に思ってくれていることが凄く嬉しかった!」
「…………うっ」
やはりかっ!と……そしてなんて幸せそうな顔をするんだ……と俺は固まる。
目前で恥ずかしげに俯く幸せそうな少女は……今の俺には眩しすぎる!
「……」
そして、俺は口が裂けても言えないだろう……
あの時俺が咄嗟に叫んだ”約束”という本当の言葉の意味とは……
俺が
”おまえ、憶えとけよ、いつか絶対、同じように縄で縛ってひーひー言わせてやる!”
っていう台詞の事で、俺があの窮地に強がって叩いた軽口だったなんて……
「えと……あのな」
「うん、なに?」
麗らかな昼下がり、柔らかな日差しに包まれて”はにかむ”
「……」
一瞬、意を決した俺だが……
――死んでも言えないっ!!
「……いや、なんでもない」
――決めた!!俺は決めたぞっ!!お互いのため墓場まで持って行こう!!
「……」
「……」
俺はそう心に誓い、そして二人の会話は少しだけ途切れた後、僅かに落ち着かない様子で白い銀河の瞳を泳がせた少女は再び口を開く。
「…………さいか、えっとね、元々わたしが
「は、はぁ?」
予期せぬ方向に話題が変わり、俺は少し間抜けな相づちを返していた。
「だから……さいかの聞きたいって言ってたこと……」
要領を得ない俺の
「あ……」
――”俺が聞きたいのは、交戦相手の情報収集にどうして”
確かに……俺が
「今度の対
「……」
この少女が……
この天然白色少女が……こんな感情の入り乱れた複雑な
――こんなどうにもならない寂しさを持て余した切ない笑みを……
――ちっ!
俺は納得いかない!
「……そうか、だが”
だが、
俺は……こんな風に別の質問しか出来ないだろう。
「わたしのね、代わりは幾らでもいるの……だから……でもそのおかげで、”
――代わり?
――”
「潜入先がね、
「そうか……」
彼女がそれを過去の
「
騒ぎ立てることじゃないけど……
――くそっ!……ある程度推測はしていても、実際に本人からというのは……
「
当の本人がそう言って終わらせた過去に部外者の俺が憤るお節介……
「でも、さいかが……いなければ……わたしは人形のままだった、人形のまま生きるまねごとをして人形のまま壊れていった……と……思うの」
「……」
「だからね……わたしは、ただの
一番最初の質問に、恥ずかしげにそう答えた少女に俺は……
「……」
――ビックリだ……
――正直、心底驚いた
――こんなにしっかりしていたのか……
考え無しの天然白色美少女という認識を完全に改めていたのだった。
「……」
いや、しかしよくよく考えなくても俺と
「ゆ、
「ぁ……」
思わず熱くなる俺の視線に、白磁の様に繊細な肌の頬を朱に染める少女。
「立派だな
「は、はぅっ!?……そ、それはっ……」
良い雰囲気の中、意図的にそれを壊す俺の言葉。
「えと……それは……あう……」
「……」
――またしても……俺は誤魔化した……な
「さ、さいか!」
彼女は混乱し、慌てた為かつい立ち上がってしまい……
――ガシャン!
その時軽くテーブルに足をぶつけてしまい、紅茶のカップを床に落とした。
「あっ!」
「おっ!?」
それを止めようと手を伸ばして
そしてそんな彼女を支えようと咄嗟に乗り出す俺だが……
ズキィッ!
――ぐっ!?……よりによってこのタイミングで……
俺の右膝は持病とも言える鈍痛で力が抜けていた。
「きゃっ!?」
「うわっ!」
――ドサッ!
結果……俺たち二人はもつれ合うように、重なり合って床に倒れたのだ。
「…………てて……大丈夫か?……ゆき……」
俺が上で。
「…………」
上下に重なり合って密着する
「さ……いか……」
吐息が触れるほどの距離で桜色の唇が動く。
ーーくっ……なんだ……これ……?
「う……さいか……」
俺の下で蠢く良い香りの物体。
――”わたしね……さいかのそういうところ…………すごく……好き”
「……」
――こんな時に……いや、この状況だからか?
さっきの
「さいか?」
熱を帯びて鈍く輝く
密着した彼女の
「どうしたの?……さいか」
そして……すぐ近くで……甘い……香りと……吐息……
「ゆき……しろ……」
――駄目だ……俺に抵抗する術は無い……
「……」
「さいっ!……ぁ」
俺の手はゆっくりと……
そう、ゆっくりと、一際に触り心地の良さそうな隆起した彼女の胸の曲線に伸び……
「駄目……だよ……さいか」
「っ!!」
二人の密着した
下から俺の胸に沿った彼女の手のひらには、弱々しいまでも確かに俺を押し返す力が籠もっていた。
「あ……う……」
そこで俺は我に返った。
他ならぬ
「……あ……えっと……わ、わるかった……その……」
そうだ……ちょっと”好き”って言われたからって……
短絡的すぎるだろ!
大体、ただ雰囲気に流されてなんて……
「あ……あの」
「……」
下からの声に再び至近で絡み合う視線。
「あ、ああ、悪かった。俺がどうかして……」
俺は謝罪の言葉を述べ、直ぐさまにその体勢から退こうと……
「あ、あのね……」
「?」
して、途中で止まっていた。
――なんだ?ちょっと
「あ、あのね……
――嫌じゃない?なにが?
至近距離から
でも確かに視界に俺を捕まえた状況で……
「今日は……ね……あんまり可愛いの……
「…………」
「…………」
――えぇぇと……なんだ?…………その、可愛いの?着けてない?
咄嗟に彼女の言葉の意味を美味く理解出来なかった俺は、そのままの体勢でもう一度、下に横たわる少女を見る。
「……う……うぅ……」
そして、これでもかと頬を染めて瞳をそらす乙女。
「……」
――
――今日は……可愛いの……(だから何を?)
そのまま俺は思考する。
「……」
――嫌じゃ無い?……(押し倒されたのが?)
――可愛いの
「……」
――えーと……
「ふむ……」
そして俺はようやくある結論に至る。
「って?……え、えぇぇーーーー!!」
「!?……さ、さいか?」
少女に覆い被さった状態で大声を上げる俺。
俺の下の少女はビクリと
「おまえ、それって!いや、それって!!」
「ぁ……あぅ……」
俺の言わんとすることが解ったのだろう。
改めて真意を確認する俺に
――しまった!
ちょっと露骨すぎた……よな?
「いや……あの……」
そして申し訳ない顔で見下ろす俺に、
「………………………………ばか」
第三十九話「
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