第39話「雪白と新しい名前」前編(改訂版)

↓久鷹 雪白のイラストです↓

https://kakuyomu.jp/users/hirosukehoo/news/1177354054892613273


 第三十九話「雪白ゆきしろと新しい名前」前編


 「雪白ゆきしろ様のご実家、久鷹くたか家の属する所領は支篤しとく北東部”羽山浦わさうら領……直近の主従関係は、羽山浦わさうら領主、山名内やまなうち 数砥かずと殿でがすが……山名内やまなうち南阿なんあの古参にして大領主、それが今回あっさりと天都原あまつはらに寝返ったことに久鷹くたか家当主の久鷹くたか 是清これきよ殿は大変プンプンご立腹らしいとかー」


 包帯男はそう言いながらも、チラリチラリとあからさまに俺と雪白ゆきしろの反応をうかがってくる。


 「それで?」


 俺はそんな奇人の態度を受け流して先を問うた。


 「ですからぁ、どうやらぁ、そもそもこの寝返りを仕掛けた天都原あまつはらに対する復讐としてですにゃ、天都原あまつはらと敵対する宗教国家”七峰しちほう”に内通の動きが在るとか、無いとか?」


 ――”七峰しちほう”とだと?……

 ――しかし、南阿なんあ七峰しちほうも長らくの敵対関係だ、それを今更……


 「……ですにゃ、だから、久鷹くたか家が山名内やまなうちを見限って元の南阿なんあでは無く七峰しちほうに取り入るお土産として、特別格別のご馳走をプレゼントフォーユー!」


 俺の表情から考えを読んだ包帯男は説明を更に進める。


 「……つまり、近隣に名を轟かす烈将、”純白の連なる刃ホーリーブレイド”を差し出すと密約を……か」


 そして負けじと言う訳では無いが、献上されるその”ご馳走”とやらを言い当ててみる。


 「ピンポーンピンポーン!!大正解!ボーナスポイント五百万点で臨海りんかい王様が一気にトップに躍り出ましたにゃー!!」


 出鱈目な台詞とウンウンとオーバーリアクションで頷きながら、はしゃぐ包帯男……幾万いくま 目貫めぬき


 「確かな情報か?」


 しかし俺は無視をして情報のみを問い糾す。


 「ウホッ?」


 「……」


 終始巫山戯た幾万いくま 目貫めぬきに対し、俺の顔は真剣だ。


 この情報の真偽如何によっては、この包帯男の生死を判断するくらいに。


 「本当で……がすよ、鈴原すずはら 最嘉さいか様。貴方が”大切な者”のためならどんな非情にもなれる御方だと重々承知しての情報提供ですよ」


 「……」


 ――急に真面目な口調になりやがって……


 とはいえ、俺の冷ややかな視線にビビった訳ではないだろう。


 ――此奴こいつはそんなタマじゃない


 俺は何故か初対面のはずの奇妙な包帯男に対し、感じたことの無いくらいの圧力プレッシャーと、得も言われぬ違和感をヒシヒシと感じていた。


 ――妙だ、前にどこかで?……いや違うな……この”既視感デジャヴ”さえ成立しない違和感……


 目前の人物が俺の中で、頭の片隅で……

 情報と記憶が繋がりそうで繋がらない、この感覚……


 「情報は保証しますでがすよ、ええ、この?……この?……おお!この首をかけてぇぇ?」


 包帯男はペタペタと首や頭を触っては、布の間から露出した両の眼をクリクリと光らせていた。


 何の意味があるのか、トコトン趣味の悪い自己主張パフォーマンスだ。


 「……」


 ――とはいえ、

 ――本州中央北部の宗教国家”七峰しちほう”と……か


 「久鷹くたか 是清これきよ七峰しちほうの代表である”神代じんだい”に通じたのか?」


 俺は理解出来ない自身の中の違和感は取りあえず捨て置き、話を進める。


 「いえいえいーえ!そんな傀儡かいらいではなくって、七峰しちほう中央を牛耳る壬橋みはし 尚明しょうめい……俗に言う、ゾクゾクにゅうにゅう?壬橋みはし三人衆の長兄に取り入ったようでがすよほぉ」


 ニヤニヤと細めた二つの眼で俺の質問に巫山戯た口調で正確に答える幾万いくま 目貫めぬきは妙に愉しげだった。


 「ちっ……」


 調子が一々狂う相手に、俺はペースを握られがちで面白くない。


 「壬橋みはし 尚明しょうめい……か」


 ”あかつき”にある大国の一つである”七峰しちほう”は宗教国家だ。


 その名の通り七体の神を主神に崇める宗教だが、中心的な役割は”神代じんだい”と呼ばれる巫女が代々行うことになっているらしい。


 宗教国家ではあるが、元々は他信仰に口出しすることも無く自国防衛以外に武力行使することも無かったが、近年は隣接国に対し積極的に侵略行為を繰り返している。


 そして、その元凶とも言われるのが”壬橋みはし三人衆”と呼ばれる一族だった。


 ――現在の”神代じんだい”である……確か”六花むつのはな てる”といったか?

 ――その少女を傀儡かいらいにして国政を欲しいままにする俗な連中だと聞いているが……


 壬橋みはし 尚明しょうめいは三人衆の長兄で、最も七峰しちほうで影響力を持ち、他の二人の弟達より一歩抜きん出た存在だという。


 ――成る程、我が臨海りんかいの”七峰しちほう”方面責任者、神反かんぞり 陽之亮ようのすけからの情報とも合致するな


 「確認はすみましたでがしょうか?最嘉さいか様」


 ――!?


 なんてタイミングだ。

 まるで俺の頭の中での整理がつくのを待っていたかのような計ったようなタイミング。


 「どうですかにゃぁ?」


 「……」


 俺を眺めながら恐らくは包帯の下でニヤけ面を見せる奇人。


 「…………なら、尚更、今日話し合おうと思っていた案件を進めるべきだな」


 俺はそんな包帯男を無視して雪白ゆきしろを見た。


 「雪白ゆきしろ、お前にも思うところはあるだろうが、お前には実家を捨てて貰う」


 突然こんな事を言われても戸惑うばかりだろうが、どうも猶予は無さそうだ。

 悪いが雪白ゆきしろには無理矢理にでも従って貰うしか無い!


 「うん、わかった」


 「いや、感情的な事もあるだろう……が!」


 ――そうだ!これ以上雪白ゆきしろが下らない陰謀に利用されない為にも、俺の手元に居る内に臨海りんかい国の家臣筋と養子縁組を施して、今後の彼女の安全を確保する……


 「いや、口で言うほど簡単なことではないだろう……ほんと!猫の子を受け渡すようなやり方で悪いが今は時間が無い、だが、ここは了承してくれ!」


 「うん、いいよ」


 「…………」


 「…………」


 ――あれ?


 ――なんか……噛み合ってない!?


 「だから、いいよ、さいかの好きにして」


 白金プラチナのお嬢様はそう言って事も無げに頷いていた。


 「えっ!い、良いのか?そんなあっさり!?」


 「?」


 驚く俺の顔を眺め、ぱちくりと美しい白金プラチナの瞳を瞬かせる少女。


 「うん、だって久鷹くたかの家って一度しか行ったことないし……”これこれ”?とか年寄りの顔も憶えてないから」


 ――”これきよ”だっ!是清これきよっ!!

 ――顔どころか養父の名前も憶えてないぞ!おまえ……


 「そ、そうか……」


 南阿なんあが誇る”純白の連なる刃ホーリーブレイド”こと閃光将軍、久鷹くたか 雪白ゆきしろの移籍は猫の子を貰うよりずっと簡単イージーだった。


 ――だが……春親はるちかめ、雪白ゆきしろをかなりぞんざいな扱いにしていたという証拠だ!


 養子縁組も適当、只の便宜上で、雪白こいつを兵器としてしか見ていない。

 俺の心中は複雑だ!複雑だが……けど……今だけはそれは好都合でもある。


 「お、王様、久鷹くたか……いえ、雪白ゆきしろさんの受け入れ先ですが、な、なにかと情報の固まった臨海りんかいの古参よりも、ひ、比較的新しく臣下に入った家の方が後々辻褄も合わせやすいかと……」


 花房はなふさ 清奈せなの適切な進言に俺は頷く。


 確かに、緊急避難的な処置だし、ドサクサに紛れさせた方が手っ取り早いか。


 「そうだな……じゃあ、名前の発音も似ているし日乃ひの領、那知なちの”草加くさか 勘重郎かんじゅうろう”とか良いか……もって、痛てっ!お、おい……痛たたっ!!」


 「お、王様?」


 俺の突然の悲鳴に花房はなふさ 清奈せながおっとりした瞳を丸くする。


 「……」


 何食わぬ顔で坐したまま、テーブル下で俺のすねをゲシゲシと蹴ってくる雪白ゆきしろ


 「おっおい!」


 「……」


 指摘されても、純白しろい少女の端正な顔は澄ましたままだ。


 ――ちっ……あの顎髭男は嫌だと……そう言う事か?


 「そ、そうだな……痛て!……なら……痛てて!……くそ、解ったって!ならいっそ作るか?」


 ――!?


 半分ヤケになった俺の言葉に、花房はなふさ 清奈せなが更に目を丸くする。


 「作る?お、王様?」


 「いや、家をだよ、新たに家臣を」


 俺がすねを撫でながら補足すると、清奈せなは”マジですか!?”という顔で俺の顔を凝視し、壁際に控えて立つ給仕メイドの女性達は、声こそ出さないもののお互い目を合わせて変な顔をしていた。


 「……」


 雪白ゆきしろは……コクリコクリと無表情に頷く。


 「お、王様……それは、さ、流石に……」


 ――み、皆まで言うな清奈せなさん……


 色々面倒臭いから新参の家と養子縁組させようと考えたのにこれじゃ本末転倒、余計に仕事が増えたうえに中々に他の家臣達を納得し難いだろう。


 久鷹くたか 雪白ゆきしろの為だけに新たな知行を与え、家を興す……破格な待遇は依怙贔屓えこひいきと不満が出ることは想像に難くない。


 「王様……」


 ――だが!


 「まぁ、あれだ……俺は独裁者だから問題ない!」


 ――っ!!


 そして俺の言葉にその場の全員が目を皿のように丸くしていた。


 約二名を除いて……


 「ふひゃひゃひゃふひゃひゃっひっっひっひぃぃーー!」


 そして変な間の出来た空間に、なんとも奇妙な声が響き渡る。


 「……」


 ――こいつ……


 つまり例外の二名の内一人……包帯男、幾万いくま 目貫めぬきだった。


 因みに例外のもう一人は白金プラチナのお嬢様である。


 「いえ、失礼、臨海りんかい王があまりにも愉快で痛快なのでつい、おおっと!誤解なさらずに、これは賛辞ですよ!褒め称えておるのですよ!」


 俺を笑うかのような不遜な態度に七山ななやま 奈々子ななこが向けた鋭い視線、だが”ミイラ男”はしれっと言い訳する。


 「包帯男おまえに褒められてもなぁ……」


 微妙な雰囲気をこんな珍妙な男に救われたとは思いたくないが……

 まぁ結果オーライだろう。


 「いやいや、そう言わず……私に良い案がありますですよ、雪白ゆきしろ様の家名候補、とびきりのお名前が……」


 そして、そう言って包帯男、幾万いくま 目貫めぬきは……


 あらかじめ周到に用意していたかのような”ある故事”を俺に提示したのだった。


 第三十九話「雪白ゆきしろと新しい名前」前編 END

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