第38話「最嘉とミイラ男」(改訂版)

↓京極 陽子&久鷹 雪白のカットです↓

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 第三十八話「最嘉さいかとミイラ男」


 九郎江くろうえ城での召集会議が行われる一週間ほど前の話だ。


 ――同城の一室……


 「日向ひゅうがの覇者”句拿くな”、本州西部を治める”長州門ながすど”、そして本州中央南部を支配する”天都原あまつはら”……伊馬狩いまそかり 春親はるちかは、海を隔て”南阿なんあ”と隣接する全ての国境から兵を撤退させました」


 少しオドオドとした態度で、可愛らしい女性が報告をする。


 臨海りんかい軍、特務諜報部隊……通称“かげろう”の隊長、花房はなふさ 清奈せなだ。


 彼女は丸く愛嬌のある瞳とおっとりした口元が特徴の、長い髪を後頭部で団子に纏めた可愛らしい女性だ。


 ――可愛らしい……


 といっても俺よりも結構年上で、見た目では判断しづらいが彼女は確か今年で二十五歳になるはずだったか?


 「……」


 俺は久しぶりで直に顔を合わせる花房はなふさ 清奈せなを見ながら、頭の中で状況を整理する。


 島国”あかつき”は四つの大島と千を超える小島からなる列島だ。

 支篤しとくはその中でも四番目、つまり大島の中では最も小さい島になる。


 その支篤しとくを支配していた南阿なんあは今回の一連の戦いで領土の半分を失った。


 南阿なんあの国主である伊馬狩いまそかり 春親はるちかが隣接国から全ての兵を撤収させたという事は、つまり暫くは国力増強に専念するということだろう。


 「当分の間は警戒レベルを下げて問題なさそうだな……清奈せなさんの特務諜報部隊かげろうには引き続き南阿なんあの潜入諜報活動を継続してもらうけど、規模は縮小しよう」


 ――もぐもぐ


 「あ、あの……私は?」


 「ああ、清奈せなさん自身には別の特務地の指揮に移って貰う、南阿なんあに戻り次第、現地で部隊から後任を選別してくれ」


 ――もぐもぐ


 「わ、解りました」


 ――もぐもぐ


 ――もぐもぐ……


 「で……お前だ」


 俺たちが結構真面目な会話をしていた横の席で、独り”もぐもぐ”と……

 じゃなかった、”黙々もくもく”とカルボナーラを頬張る食いしん坊剣士、久鷹くたか 雪白ゆきしろ


 「?」


 「いや、キョトンとしたいのはこっちだって!……せっかく雪白おまえの為に南阿なんあの密偵部隊隊長で、我が臨海りんかいが誇る情報収集のスペシャリスト、清奈せなさんに来てもらっているのにお前は只管ひたすらにご飯、ご飯かよ……」


 ――もぐもぐ……


 「わた……ひの?」


 ――食べながら喋るなよ……行儀が悪い


 「最初にそう言っただろ?お前の今後のために色々と決めることがあるって」


 「もぐもぐ?」


 「たから食べるのやめろって……ってか”擬音で応えるってどんな特技だ!?」


 ――たく、このお嬢様は……



 俺は臨海りんかい軍特務諜報部隊隊長、花房はなふさ 清奈せなを他の諸将に先んじて九郎江くろうえに招集した。


 それは彼女が長らく南阿なんあ方面諜報活動責任者であって、俺からの指示を側近の宗三むねみつ いちを通じて受け、現地で情報収集に励んでいてくれたからだ。


 当然、南阿なんあの秘密兵器である”純白の連なる刃ホーリーブレイド”の調査も”諜報活動それ”に含まれていた。


 こう見えて花房はなふさ 清奈せなは情報収集に関して非常に有能で、今回の戦でも大いに役立ってくれたのだ。


 「もぐもぐ……わたしは……”おいしいお昼ご飯があるぞ”って聞いたから……来た?」


 そんな俺の考えを汲み取る事の無い純白しろい少女は相変わらずカルボナーラを口に運ぶ手は止めない。


 「確かにそうも言った。しかし、その前の俺の話は全く聞いていなかったのか?」


 そうだ。俺は九郎江くろうえ城に帰還したばかりの花房はなふさ 清奈せなと、当事者である雪白ゆきしろを交え、南阿なんあから変則的イレギュラーに引き抜いてしまった形の”純白の連なる刃ホーリーブレイド”こと久鷹くたか 雪白ゆきしろの今後の取り扱いについて話し合う予定だった。


 そもそも”話し合い”の席を食事会にしたのだって、長期任務から久しぶりに帰郷した清奈せなのことを考え、労う意味も込めて美味い昼食を摂りながらと……


 ――もぐもぐ、もぐもぐ……


 「くっ……この食いしん坊め、確かに七子ななこさんの料理は美味いが……」


 全くマイペースの白金プラチナ姫を憎々しげに見て呟いた言葉に、壁際に控えた給仕メイド女性がペコリと頭を下げる。


 ――七山ななやま 奈々子ななこ


 これまた日乃ひの那知なち城から引き抜いた人物で、今回の”食事会”一切の準備を任せた我が臨海りんかいの有能な給仕メイド長だ。


 「雪白ゆきしろは晴れてわが臨海りんかいの将軍になったことだが……気がかりな事が無いとは言えない。今後、面倒ごとに発展するかも知れないと考えると、それを放置は出来ないだろう」


 忌々しい”忘れん坊さん”のために、わざと説明的に、もう一度今回の案件を口にする俺。


 ――もぐもぐ


 ――こ、こいつ……


 「そ、それなんですが、実は帰還する道中で、それに関する情報を持つと主張する人物が王様に会いたいと……」


 ――清奈せなさんに接触?正体不明の人物が?


 今回の招集はそこそこ極秘裏なんだが……

 彼女を臨海りんかいの重臣と知っての行動なのか?


 「だれだ?」


 俺はきな臭いなと思いながらも確認する。


 「は、はい、身柄は押さえて……あ、あります」


 ――おお、ナイスだ!おっとりしていてもやることはやる、流石だ!


 「九郎江ここへ?」


 俺は更に詳細を聞く。


 「は、はい、監視の下で、い、今は別室に待機させてあります」


 「……」


 ――花房はなふさ 清奈せながそう判断したと言うことは、とりあえず実害は無いということか


 「わかった、会おう」


 俺の返答待ちであった花房はなふさ 清奈せなが頷いて、壁際に控えた給仕メイド長の女性に目配せをした。


 「畏まりました」


 七山ななやま 奈々子ななこは綺麗に頭を下げてからドアの方に赴き……


 カチャ


 扉を開けて、外に控えていた彼女の部下である給仕メイド達になにやらボソボソと伝えていた。



 暫くして――


 給仕メイド長、七山ななやま 奈々子ななこの部下である三人の給仕メイド達が”ある男”を囲むようにして部屋に入って来た。


 「お待たせ致しました、此方こちらが……」


 「やぁ!やぁ!貴方が鈴原すずはら 最嘉さいか?へぇ、思っていたより若いねぇ!」


 奈々子ななこが説明する言葉を遮り、馴れ馴れしい口調で無遠慮に前に出ようとする謎の男……


 「っ!?」


 「!?」


 ――ザザッ!


 「う、うわっ!!な、なにするんだい、子猫ちゃんたちぃぃっ!!」


 即座に周りを固める給仕メイド達に押さえ込まれ、喉元にナイフを突き付けられるという、入ってくるなり騒がしい男。


 「申し訳ありません、ご主人様。ご指示あるまで妙な行動は控えるように伝えていたのですが……」


 恐縮して俺に深々と頭を下げる七山ななやま 奈々子ななこ


 「いや、良い。この者が勝手に喋りだしただけだし、奈々子ななこさんやその部下達には落ち度はないだろう」


 「……偉大なる御方おんかた最嘉さいか様。あぁ空のように広く海のように深い度量。ですが失態は失態、このような事になるなら、やはり当初の予定通り、簀巻すまきにして引きずって来た方が……」


 ――いや、怖い!怖いって!!


 この七山ななやま 奈々子ななこと言う女性……


 那知なち城の草加くさか 勘重郎かんじゅうろうの下に居たのだが、先の戦いで臨海りんかい軍の世話を担当してくれ、その際の手際の良さに感心した俺が是非にと、渋る顎髭男を説得して引き抜いた逸材だ。


 器用で気が利き、真面目でよく働くうえ、主への忠誠心も高い。


 理想の給仕メイドといえるが、しかし、その真面目さ故か……

 ちょっと融通が効かないというか過ぎて過激なところがある。


 「そ、そうか?……まぁ今回は大目に見てやれ、それから拘束も解いてやってくれ」


 「……かしこまりました」


 ちょっとだけ不満そうに正体不明の来訪者を一瞥した奈々子ななこは、すぐに部下の給仕メイド達を離れさせる。


 ――まぁな、ここには俺以外に雪白ゆきしろも居ることだし、相手は当然丸腰だ。問題ないだろう


 「……」


 しかし改めて見るその男は……


 特に変わった格好はしていない。

 少し厚手の旅人用の物ではあるが普通の平服姿。

 体格も平均的な成人男性ほどであるし、特に目立った殺気なども纏っていない。


 只人ただびとだ……ただ一点、顔をグルグル巻きの包帯で覆っていなければ……


 「えーと、その顔のことは聞いても差し支えないのか?」


 「?」


 俺の問いかけに、ぐるぐるに巻かれた包帯から僅かに除く二つの目がキョトンと瞬く。


 「お、王様、その者は過去に顔に大怪我を負って人にはとても見せられない状態らしいです……その、あの……害が無いかは確認済みですので……」


 花房はなふさ 清奈せなが慌てて俺に説明する。


 ――なるほど、顔に大怪我ね……


 胡散臭いが、花房はなふさ 清奈せなが確認済みというなら何も問題は無いだろう。


 「わかった、ならそのままで良い。で……ええと、俺にどんな用だ?ミイラ男に知り合いはいないと思うが」


 「あ、ありがとうございます王様、はい、こ、この者は……」


 「あぁイイ男だね臨海りんかい王。中々ハンサムだし……俺の若い頃によく似ているよ」


 ――!!


 唐突に、またも妙に”馴れ馴れしいフレンドリーな”言葉を発する懲りない包帯男に、菜々子ななことその部下に再び殺気が宿る!


 「そうか?だがアンタに似ていても嬉しくはないなぁ……」


 俺は奈々子ななこ達を左手で制し、問題の人物を凝視していた。


 「……」


 真正面から俺の目を見返し、ゆっくりとお辞儀する包帯男。


 ――中々どうして……たいしたタマだな


 正体不明男、俺にはその男の包帯の下が”ふっ”と笑った様な気がした。


 「申し遅れた、我が名は幾万いくま 目貫めぬき……しがない旅の歴史学者です。以後お見知りおきを」


 「歴史学者?」


 「はい、旅の歴史学者でガスよ……どこの国の者でも無い、農民でも商人でも兵士でもない、全くもって時勢に関与しない自由人アイム・フリーダム傍観者バイスタンダー!……ですから歴史嗜好者アナザー・ワンと名乗っても良いですかにゃあ」


 ――なんだ?急にふざけた口調?いや、そもそも存在自体が巫山戯ふざけた上に妙に希薄な、それでいて無視できない……


 俺は相手の態度に不快な感情を隠せない奈々子ななこ達を抑えつつ、オロオロする花房はなふさ 清奈せなと相変わらずマイペースでカルボナーラを頬張る雪白ゆきしろを見……


 「……って!雪白ゆきしろっ!お前それ俺の昼食だろっ!?」


 久鷹くたか 雪白ゆきしろは俺の注意が包帯男に逸れている間に俺の昼食にまで手を出していた。


 「もぐもぐ?」


 「だから擬音で反応……ええいっ!そんなことはどうでもいい!俺のデミグラスハンバーグっ!!」


 「?」


 「不思議そうな顔してんじゃねぇ!この”泥棒猫白ねこしろ”がっ!!」


 「……」


 「……」


 「うっ……」


 ――な、なに?皆その視線は……


 いや別に勢いだって……

 お、俺だって”泥棒猫白ねこしろ”って、面白いと思って言ったわけじゃ……


 思わず出た俺の寒い言葉と共に、一気にアウェーな空気になる室内。


 「いや、つまりな……」


 俺は取り急ぎ言い訳を探る。


 「ちょっとなに言ってるのかわからない?ねこしろ?」


 しかし、それを許さない非情な白金プラチナ姫。


 ――こ、この女ぁっ!自分は棚に上げて”しれっ”とダダすべりの俺の揚げ足取りをっ!!


 「その猫白ねこしろさんでガスが……」


 そして追い打ちとばかりに、新参の幾万いくま 目貫めぬきなる奇人が何の前触れも無く横入りしてくる。


 「しつこいわっ!このミイラ男、お前なに便乗して……」


 「いえ、ですからぁ……その雪白ゆきしろさんの事ですが、ちょっとばかり不味いことになってるでガスよ……ええ、非常に不味い感じでしょうよ……うにゃー」


 「はっ?」


 「?」


 間抜けな顔で固まる俺。

 俺のハンバーグを頬張りながら首をかしげる純白しろい美少女。


 「……」


 そしてそれを固唾をのんで見守る面々……


 「ですからぁ、久鷹くたか 雪白ゆきしろ嬢の実家が、あーなってこーなって、さぁ大変っ!君ならどうする?」


 「…………はぁぁぁっっ?」


 第三十八話「最嘉さいかとミイラ男」END

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