第100話「二人の美姫」後編 (改訂版)

 第六十話「二人の美姫」後編


 「何を勝手に話を進めているっ!保証は?そんなあやふやな根拠でお嬢様を危険に晒すなんて事は出来ないっ!天都原ヤツらにとっては私達を滅ぼせるというのが利益になるじゃないか!」


 「真那まなっ!」


 俺に食ってかかる目つきの悪い少女をあるじたる燐堂りんどう 雅彌みやびいさめる。


 他の二人と違い、少々感情を抑えきれない様子の乱暴な口調の少女。


 それもこれも主人たる黄金竜姫を慕ってのことだろうが……


 「うぅ……すみませんお嬢様」


 ――しょんぼり項垂れる少女の名は……確か、吾田あがた 真那まな


 前髪をキッチリと眉毛の所でそろえたショートバングの髪型。


 小柄な体型であどけなさの残る顔立ちの少女は、客観的に見て可愛らしい部類に入るはずだが……


 重度の近眼の様に眉間に皺を寄せた表情のおかげで、それとは対照的な無愛想で目つきの悪い少女という印象が強烈に残る。


 そして、どうやら彼女は主君の護衛も兼ねた侍女という立場らしい。


 「お前が出てくると色々ややこしくなるから黙ってろ」


 「五月蠅うるさい、穂邑ほむら はがね!貴様に言われる筋合いは無いっ!」


 「……」


 ――言われてみれば確かに、この目つきの悪い少女からは”武”の匂いがする……が


 「吾田あがた 真那まな、おまえなぁ……」


 「なんだ?インチキ機械人形が無い今の貴様が私とやるのか?穂邑ほむら はがね!!」


 「科学をインチキっていうな!この小娘」


 ――あと、穂邑ほむらとの関係は良好で無いらしい


 「小娘だとぉぉ!私の方が年上だっ!大人の色気ムンムンの……」


 「はぁぁ?寝言は寝て言えよ、吾田あがた 真那まな


 遂には取っ組み合いを始める二人。


 「……おいおい」


 俺は場も弁えずじゃれ合う旺帝おうていの二人を横目に、構わず説明を続ける事にしたのだった。


 「天都原あまつはら旺帝おうていは不倶戴天の敵同士だ、それも数百年もの因縁のある……お互いの利益のため仮初めの協力関係を持ったことは過去に何度もあっただろうが、それが長く続いたためしはない。今回もその例に漏れることは無いだろうし、旺帝おうていが疲弊するならそれを一番に歓迎するのは他の何処どこでも無い”天都原あまつはら”だろう」


 ――そうだ、天都原あまつはらの王になるのがあの”歪な英雄”藤桐ふじきり 光友みつともなら……

 ――その参謀が”妖怪”鵜貝うがい まごろくというなら……尚更だ!


 あの野望の塊でしたたかな男達なら、最大の脅威である旺帝おうていを弱体化させる可能性があるならば、俺達のような小物はある程度見過ごすだろう。


 最早、失脚同然の陽子はるこや内乱に苦慮する我が臨海りんかい……

 それに辺境の小勢力である黄金竜姫などは既に有名無実の張り子だと。


 実際、俺達がこの先、旺帝おうていを追い詰めることがあったとしたならば、初めて再び脅威と見なされる訳で、現時点では既に表舞台から降りた脇役。


 むしろ、最強国”旺帝おうてい”相手に少しは暴れてくれよ……

 と、影ながら応援さえされる立場だ。


 「……」


 自分で考えていて多少情けなくなる話ではあるが、

 つまり俺の戦略の基本設計は、相手のそういった思惑を利用する形で進めるものだった。



 「天都原あまつはら旺帝おうてい、二大国家の間に私達三国でくさびを打ち込み分断するというわけね……確かに有効と言えるわ」


 予想外の少女の乱入で、少しトッ散らかっていた場に、暗黒の美姫による澄んだ声が通る。


 「そうだ、この機に俺達は精々せいぜい勢力を伸ばし態勢を整える」


 俺は陽子はるこの言葉に頷いてから周りを見た。


 「……確かに、それが一番現実的ですね」


 黄金竜姫、燐堂りんどう 雅彌みやびが形の良い白いあごをコクリと振って頷き、その場の他の面々もそれに続いた。


 流石さすが……他国にまで名の通った稀代の名策略家、”無垢なる深淵ダーク・ビューティー”の京極きょうごく 陽子はるこ様だ。


 ――詐欺ペテン師なんて呼ばれる鈴原 最嘉さいかなんかとは説得力が違うなぁ


 同じ策を披露しても、その影響力の歴然とした差に俺は心中でうんうんと頷く。


 「そうね……私に異存は無いわ」


 そして、その稀代の名策略家、”無垢なる深淵ダーク・ビューティー”の京極きょうごく 陽子はるこ様は可愛らしくも妖艶なあかい唇の端をそっと上げて微笑むと俺に応えて助け船を出す。


 ――お心遣い痛み入るねぇ……


 はるは現状や俺の心情などはお見通しで、前向きポジティブな意見だけを切り取って述べてその場を綺麗にまとめて見せたのだ。


 「俺も異存は無いが……俺達の恵千えち勢は、紫梗宮しきょうのみや殿が治める香賀美かがみ領や鈴原が治める臨海りんかい領に比べて遙かに少領だ、明らかに見劣りする以上は早々に恵千えちに隣接する旺帝おうてい領土、”那古葉なごは”を平定したいと思うのだが、協力は……」


 「無論する。同盟国の強化は今現在の急務だからな」


 穂邑ほむらの言葉に即答する俺。


 というか、元々から旺帝おうていの独眼竜こと穂邑ほむら はがねとは、そこまで話し合っていたからだ。


 今回の天都原あまつはら国内のゴタゴタ……


 そこから京極きょうごく 陽子はるこを助け出すのを手伝って貰う代わりに、黄金竜姫の身を守るために旺帝おうてい内で屈指の領土、”那古葉なごは”を手に入れる手伝いをする。


 ――そういう約束だったのだ


 「けど、お前……臨海領内じぶんのところはどうするんだ?それどころじゃないんじゃ……」


 「四日だ」


 ――?


 穂邑ほむらの心配に即答した俺を皆が一斉に見る。


 「明日世界が”近代国家世界あっち”に切り替わって、更に”戦国世界こっち”に戻ってきたら、四日で片をつける。その後に”那古葉なごは”攻略の援軍の算段をつけるから、お前こそ用意周到済ませておけよ」


 「……」


 決定事項のように自信満々な俺の言葉に周りは黙り込み、穂邑ほむらは苦笑いして頭をかく。


 「まぁな、鈴原 最嘉おまえならやりかねないか……りょーかい、じゃぁ……」


 「”りょうかい”じゃないだろっ!?ばか?バカなのかお前らは!そんな簡単に事が運ぶなら大軍は要らない!こんな詐欺ペテン師のまやかしに乗ってお嬢様の……ぶっ!ふご、ふごぉぉ!!」


 再び俺と穂邑ほむらを交互に指さして騒ぎ立てる目つきの悪い少女だが、その声は後ろから穂邑ほむらによって羽交い締めにされて途中で途切れる。


 「きっ……ふぁ!きしゃま……ふぉっ……」


 「ええい、お前は駄々っ子か!…………すまない、鈴原続けてくれ」


 小柄な割にバイタリティー溢れる少女、吾田あがた 真那まなはもうなんだか解らない形になって暴れていた。


 「と、とにかく、再び”戦国世界”に切り替わってから四日目以降、つまり、さらに次に”戦国世界”に切り替わった時点から此方こちらは準備に取りかかるが、それで良いだろうか?」


 改めて確認する俺の問いかけ先は穂邑ほむらで無く、最高責任者たる燐堂りんどう 雅彌みやびだ。


 「……」


 ――美しい……美しすぎる濡れ羽色の瞳


 その宝石の中で波間に時折揺れるように顕現する黄金鏡の煌めき……


 ――おぉっ!


 やはり魔眼の姫の双瞳ひとみは魂をも魅了する神魔の双瞳ひとみだ。


 「ええ、鈴原 最嘉さいか様、よろしくお願い致します」


 「……ふぉ……お、おじょうふぁ……まぁーー!!」


 美しき主君の言葉に、まんま暴れ馬だった目つきの悪い少女はガックリ項垂れ……


 穂邑ほむら はがねは散々に引っ掻かれた傷跡の残る顔に安堵を見せる。


 そして、肝心の京極きょうごく 陽子はるこは……


 「……」


 その光景を坐したままで腕を組んで眺めていたが、顔色を覗う俺と目が合うとそっと視線を外した。


 「そうね、私達もできる限りの支援は用意しましょう……とは言っても、今回は軍事的には役に立ちそうも無いけど……」


 そしてあかい唇をそっと開き、暗黒の美姫は至って冷静クール従姉いとこを見て言った。


 ――まぁなぁ、現状で陽子はるこ達、香賀美かがみ勢が兵を出せないのは仕方が無いだろう


 今回の戦で疲弊した陽子はるこの軍はとても出兵などままならないし、元々の香賀美かがみ領軍は、旺帝おうてい本国の報復を警戒して自国領土を離れられないからだ。


 「……感謝します、陽子はるこ殿」


 それらを十二分に察した燐堂りんどう 雅彌みやびから送られた謝辞に、陽子はるこは頷いてみせるだけだ。


 ――なんだかなぁ……


 俺はどうも”しっくり”こない従妹同士に多少のじれったさを感じ、ついお節介をする……


 「えと、あれだ、”様”とか”殿”とか取りあえず止めにしないか?俺達は歳も近いことだし、当分は一蓮托生の仲な訳だし……」


 そう言ってチラリと穂邑ほむらを見る。


 「ん?……ああそうだな、俺も鈴原の事は鈴原と呼び捨てだしな」


 独眼竜は即座にそう機転を利かした応えを返し、賛同の意を見せた。


 「……そうです……そうね、陽子はるこ殿は……陽子はるこさんとは従妹いとこ同士なわけだもの……えっと、陽子はるこさんでよろしいかしら?」


 俺や穂邑ほむらの提案に素直に応じた燐堂りんどう 雅彌みやびの問いかけに、暗黒の美姫は……


 「……」


 「……」


 「……」


 「ええ、お好きなように……雅彌みやびさん」


 俺と穂邑ほむら燐堂りんどう 雅彌みやび……その他数人の視線に押し切られ、陽子はるこは渋々とそう答えていた。


 「ええ、ありがとう!陽子はるこさん」


 そして旺帝おうていの黄金竜姫、燐堂りんどう 雅彌みやびは本当に嬉しそうに微笑んだのだった。


 ――か、可愛いな……


 陽子はることはまた違う……

 純粋でど直球な笑顔に、思わずドキリと心臓が跳ねる俺だったが……


 「最嘉さいか……」


 ――っ!


 小声で俺の名を呼ぶ陽子はるこに更に大きく心臓が跳ねた!


 「……え……と……コレは違う」


 よりにもよって、陽子はるこの前で他の女に視線を奪われた俺は、慌てて言い訳が頭を錯綜するが、どうも勝手が違う?


 「後で私の部屋に来て……最嘉あなたが”香賀美このち”を立つ前に話しておきたいことがあるのよ」


 そうして、俺にしか聞こえない小声で、俺の危惧する内容とは全く違った言葉を囁いた京極きょうごく 陽子はるこの静かなる漆黒は何時いつになく真剣だった。


 第六十話「二人の美姫」後編 END

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