第100話「二人の美姫」前編(改訂版)

 第六十話「二人の美姫」前編


 「京極きょうごく 陽子はるこです、本日は遠路遙々”我が居城”までお運び頂き感謝致しております、方々の来訪を歓迎します」


 俺の前で優雅に微笑む、一分いちぶの隙も無い佇まいの美姫。


 ――天都原あまつはら王位継承権第六位、紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこ


 腰まで届く緑の黒髪はゆるやかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的なあでやかなあかい唇に終始余裕のある笑みを浮かべている。


 ――さすがはる……大物っぷりが半端じゃない!


 彼女以外全てを無価値に貶めるほどの美貌を所持する暗黒の美姫は、何時如何いついかなる時も堂々としていた。


 「燐堂りんどう 雅彌みやびです、お気遣い感謝致します。こちらこそ”従妹いとこ”である陽子はるこ殿とはこうしてお目にかかれる機会をかねてより願っておりました、それが叶って嬉しく思っております」


 ――対して”旺帝おうてい”前女王、燐堂りんどう 雅彌みやび


 艶のある長く素直な黒髪がなんとも美しく、軽く会釈した時に眉にかかった前髪がサラサラと流れ輝いて優雅にゆれる。


 透き通った透明感のある肌と整った輪郭、可憐で気品のある桜色の唇。

 高貴さと清楚さを兼ね備えた比類ない容姿の美少女だ。


 「……」


 その旺帝おうていが美姫の返事を聞き、ピクリと美しい眉を動かす我が暗黒姫。


 ――あっ


 その時俺は一瞬で察した。


 燐堂りんどう 雅彌みやびの発した”従妹いとこ”という言葉が、京極 陽子かのじょの神経にさわったのだと!



 ――”従妹いとこ”……ねぇ


 きっと陽子はるこには”いとこ”という言葉の響きのままで無く、それは”従妹じゅうまい”という文字列で聞き取ったのだろう。


 実際、旺帝おうてい燐堂りんどう 雅彌みやび陽子はるこより二歳年上でそれは紛れもない事実だが……


 従妹じゅうまい……妹、つまり”目下めした”であると聞こえたワケだ。


 俺はチラリと、目前の陽子はるこを通り越して正面の美しき竜姫に視線をやった。


 「……」


 ――なるほど……


 どうやら俺の見る限り、”燐堂りんどう 雅彌みやび”はそういう意図を微塵も抱いていないだろう。


 言葉の通り、運命により敵国同士となった離れ離れの血を分けた身内……

 その陽子はるこにこうして平和裏に会えたのが素直に嬉しいのだ。


 ――たく……はるの勝ち気な性格にも困ったものだ


 ――自分だって最初の挨拶の時に”我が居城”とか”かました”クセになぁ……


 つい数時間前まで旺帝おうてい領土だった香賀美かがみ領、その旺帝おうていの前女王を前にしてだ!


 新たに”新制天都原あまつはら国”を名乗る京極きょうごく 陽子はるこの新たなる居城、香賀かが城の一室にて、その歴史に残る会合は行われていた。


 出席者は……


 新制天都原あまつはら国方、三名。


 あるじたる京極きょうごく 陽子はること臣下の一原いちはら 一枝かずえ十三院じゅそういん 十三子とみこ


 正統旺帝おうてい方、三名。


 あるじたる燐堂りんどう 雅彌みやびと臣下の穂邑ほむら はがねとあと一人、目つきのすこぶる悪い少女……


 ――そして……そのどちらの勢力でも無い俺だ。



 「……では、条約の手続きを」


 ごく簡単な挨拶が済んだところで、俺同様に陽子はるこの後ろに控えていた”王族特別親衛隊プリンセス・ガード一原いちはら 一枝かずえが促し、二人の美姫があつらえられた席に着く。


 「……」


 ――まぁそれはともかく、これほどの美姫達が……ねぇ


 間違い無く”あかつき”を代表するであろう東西の美姫がこの香賀美かがみ領都の堅城、香賀かが城に会する奇蹟。


 俺はその眼福といえる光景に、自らが画策した結果とはいえ心中で小さくガッツポーズをしていたのだ。


 ――ナイス俺!グッジョブ!


 「……」


 「……」


 そして対面で……


 ”黄金竜姫”と呼ばれし旺帝おうてい前女王の後ろに控え、俺同様に締まりの無い顔の穂邑 鋼バカと視線を合わせてお互いに頷き合っていた。


 ――”さっきの勝負、今回は引き分けだ”……と


 甲乙つけがたい美貌の二人。


 陽子はること張り合える美女がこの世にいるとは……


 俺はそんな感想を抱きつつ、条約文書に目を通す”黄金竜姫”をここぞとばかりにマジマジと見ていた。


 「……」


 ――澄んだ濡れ羽色の双瞳ひとみ


 その宝石の中で波間に時折揺れるように顕現する黄金鏡の煌めき……

 神々しいまでに神秘的で印象的な双瞳ひとみの美少女だ。


 ――間違い無い


 大方の予想通り、旺帝おうていの黄金竜姫、燐堂りんどう 雅彌みやびは……


 ――”十戒指輪クロウグ・ラバウグゆかりの姫。序列一位、”黄金”の双瞳ひとみを所持する魔眼の姫だ!


 「……条約内容は理解しました」


 燐堂りんどう 雅彌みやびは文書に落としていた美しい濡れ羽色の視線を上げ、正面の陽子はるこに告げる。


 「京極陽子わたしが治める”新制天都原あまつはら”と燐堂 雅彌あなたが治める正統なる”旺帝おうてい”……この二国の同盟をもってお互いの敵に対峙する。これを了承して頂けたと思っても良いのかしら?」


 陽子はるこは表情を変えずに正面の”黄金竜姫”を見据えていた。


 「……」


 「……」


 一瞬、絡み合う”黄金”と”暗黒”の双瞳ひとみ……



 漆黒のそれは、一言で言うなら”純粋なる闇”

 恐ろしいまでに他人ひとを惹きつける”奈落”に沈む暗黒の双瞳ひとみ



 黄金のそれは、澄んだ濡れ羽色の波間に時折揺れるように顕現する黄金鏡の煌めき。

 神々しいまでに神秘的で印象的な”黄昏”に染まる黄金の双瞳ひとみ


 不世出の美姫二人による至宝の双瞳ひとみの共演。


 その一瞬、場は静かなる緊張感でまるで時が止まったかのようであった。


 「ええ、異存はありません」


 「そう……」


 唯々向き合って座っているだけなのに……なんて美しい空間なんだ。


 俺も、その他の者達も多分同様にその場に憧憬の視線を……


 ――ガッ!


 「うぉっ!」


 ”あかつき”屈指の美姫二人の共演に水を差すかの如き無粋な悲鳴が響く!


 ――っ!


 ――!?


 そして、俺の上げた無様な悲鳴は悪い意味で場の人々の注目の的だった。


 「うっ……いや、あの……」


 皆の視線が痛い……

 いや、何故このような事態になった?


 それは……


 ”黄金竜姫”の美しく整った桜色の唇がそっと動いて肯定を示し、その仕草に思わず見蕩みとれていた俺は……すね辺りを何者かに蹴り飛ばされたのだ!


 ――そう、何者か……


 「……」


 大仰な椅子に腰掛けたまま、何食わぬ顔で背後に立つ俺のすねを器用に襲った暗黒の美姫。


 ――ぅっ……


 この場の状況と空気では、俺は真犯人の名を上げることも出来ず、痛みにすねを押さえることも出来ない。


 「……あの?」


 「後はこの”鈴原 最嘉バカ”が説明を行います」


 整然とした姿勢で座ったままの恐ろしい美少女は、不思議そうな顔をする黄金竜姫と旺帝おうていの面々にニッコリと微笑んでそう言ったのだった。


 ――あ、悪魔め……


 「鈴原……様?方々に早く説明を」


 恥ずかしさと痛みと……


 俺は憎々しい視線を目前に鎮座した暗黒姫の後頭部に向けていたが、同じく陽子はるこの後ろに控えていた一原いちはら 一枝かずえがお構いなしで早くしろとせっついてくる。


 ――ちっ……誰にもバレずにこんな器用な事が出来るなんて陽子おまえは白鳥かよ!?


 ”白鳥”……優雅に泳ぐ美しき鳥の代表たる白鳥も、水面下ではバタバタとヒレの足を忙しなく動かしているという……


 「鈴原様!方々がお待ちです、お早く!」


 「……っ!」


 更に俺を急かす、顔面の右半分をほぼ全て隠した巨大眼帯女。


 女は一応これが正式な場所だと言う事で、他国の王たる俺に様付けで言葉の上では丁寧に対応してはいるが……


 「……」


 しかし俺はしっかり聞いていた。


 ――”貴様、早くしろっ!首から上が無くなるぞ!”


 と……


 その女が物騒な脅し文句を小声で囁いたのを。


 「す・ず・は・ら・さ・まっ!!」


 「うっ!解ったって……はぁ……」


 俺はなんだか色々と諦めて項垂れ、そのまま陽子はるこの後ろからズイッと前に出た。


 「……」


 二人の美姫が挟むテーブルの横に、これ見よがしにケンケンで進み出るが……


 「ふっ……」


 京極きょうごく 陽子はるこはそんな俺を美しく整ったあかい唇で嘲笑っていた。


 ――この……意地悪い笑みさえこんなに可愛く無ければ!……くそ……


 「ま、先ずは自己紹介だが、俺は鈴原すずはら 最嘉さいか臨海りんかいの王で今回のこの同盟の発案者だ」


 心中複雑ながら、確かに話を進めないといけないと、若干左右のバランス悪く立って自己紹介した俺に、二人の美姫だけでなく場の全員が注目する。


 「取りあえず現状、京極きょうごく 陽子はるこ殿は事実上、天都原あまつはらの中枢を握った藤桐ふじきり 光友みつともという敵を抱え、燐堂りんどう 雅彌みやび殿には旺帝おうていを乗っとった燐堂りんどう 天成あまなりという討つべき敵が在る」


 ――


 場の面々は沈黙で肯定を返していた。


 「そして”あかつき”でも一番と二番の大国を向こうに回して戦うという選択肢を両人が選んだ時点で、この同盟は成るべくして成ったものだといえる……つまり」


 俺はテーブル上に”あかつき”全土の地図を置き、そしてその中央辺りを指差した。


 「“あかつき”本州、西に主な版図を持つ”天都原あまつはら”と、東に絶対的な拠点を構える“旺帝おうてい”。この二国を分断する中央の位置……その北部に京極きょうごく 陽子はるこ殿が治めるこの香賀美かがみ領が在り、南部の半島には燐堂りんどう 雅彌みやび殿が治める恵千えち領が在る。そして……」


 俺は”あかつき”本州の中央部、東西の大国が睨み合う境界線の南北に存在している二人の美姫が治めし領土の間を指し示すっ!


 「我が臨海りんかいはその間を縫って目下もっか旺帝おうてい”領土内に進行中だ!」


 ――


 俺の言葉を受けて難しい顔で地図を睨む面々だが、やがて黄金竜姫の後ろから一人の男が半歩ほど前に進み出る。


 「つまり……紫梗宮しきょうのみや殿と我が旺帝おうてい、更には貴公の臨海りんかい軍との三国同盟という形で先ずは旺帝おうていに相対すというわけか」


 言葉の主は旺帝おうていの独眼竜、穂邑ほむら はがねだ。


 「しかし……それはつまり大国二国の挟撃に晒されるという事でもあるのでは無いだろうか?東西から押し寄せられたら如何いかに三国同盟とて戦力的にひとたまりも……」


 更に、一原いちはら 一枝かずえが地図をジッと見詰めたまま、思案顔で異議を挟んだ。


 「……なるほど、尤もな見解だ」


 俺はそんな二人の意見を受け、地図上の指をそのまま西の天都原あまつはらへと動かした。


 「だが、俺の予測では天都原あまつはらは当面動かないだろう、何故ならその”利”が無いからな」


 「……」


 「むぅ……」


 俺の言葉に二人は微妙な表情を見せながらも反論はしなかった。


 「なら、話を続けるが、天都原あまつはらと……」


 「まてぇぇーーいっ!」


 ――っ!?


 そのまま説明を継続しようとした時だった、穂邑ほむらの隣にいる小柄で目つきの悪い少女が小さい身体からだを仰け反らし、俺を睨み上げながら前に出て来たのだ。


 第六十話「二人の美姫」前編 END

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