第95話「悪運を拾う男」(改訂版)

 第五十五話「悪運を拾う男」


 ギャリィィーーン!!


 「くぅぅ!なんでこんな所で奇襲を受けるかなぁぁっ!」


 ガッ!


 三つ編みの女は大声で不満を叫び、剣で受けた相手の攻撃を押し返して――


 ドカァッ!


 追い打ちに、蹌踉よろめいた相手の腹を蹴り飛ばすっ!


 「はしたないわよ、三奈みな……剣士たる者がそのような振る舞い!」


 ザシュ!

 ザシュ!


 目前の兵士達を二人次々と突きやって退けながら、スラリとした長身に凜とした佇まいで長い黒髪を簡易的に後ろで束ねた槍使いの女が同僚の戦いぶりに意見していた。


 「そぉ?でもコレって下にちゃんと履いてるしぃ、別に構わないんじゃないかなぁ……とっ!」


 ズシャッ!


 そして意見された三つ編みの女剣士は、自らのスカートの裾を空いた左手でヒラヒラと摘まんでは翻し、その間にも襲い来る敵兵を利き腕の剣で切り倒す。


 「下着が見えるか見えないかの話じゃ無いのよ、三堂さんどう 三奈みな!これは女としての最低限のつつしみ……」


 「見えるか見えないかは重要だよ、六王りくおう 六実むつみ。私はねぇ、やっぱそういう所は惚れた男の子だけに捧げたいもん」


 そして悪びれることなくそう答える三つ編み女剣士に、槍使いの女は呆れて溜息をついた。


 「はぁ、貴女はいつもいつも緊張感の欠片も無い……」


 ドスゥ!


 「そうかなぁ?でもちょっといいよね?ね?」


 ザシュッ!


 「?」


 主語不在の三堂さんどう 三奈みなの言葉に六実むつみは首をかしげる。


 「だ・か・らぁ、あの鈴木……じゃなくて鈴原すずはら 最嘉さいかくん!」


 「なっ!?」


 そして剣士から出た名前に槍使いの女は思い切り戸惑っていた。


 「このっ!」


 「死ねっ!」


 ――っ!?


 すっかり戦闘がお留守になった二人にそれぞれ兵士が襲い掛かる!


 トスッ!


 「うぎゃっ」


 トスッ!


 「ぎゃふ!」


 しかし二人に襲い掛かった兵士達は寸前で胸に十五センチほどの大きさの鉄製両刃手裏剣……所謂いわゆる苦無クナイ”を生やして、仰け反って倒れていた。


 「二人とも、戦闘中に私語が多いですよ、ふふふ」


 いつの間にか二人を見下ろすように、馬車の荷台上に立つ一人の女性。


 その女の出で立ちは……


 下ろせば長そうな髪をアップにまとめた如何いかにも温和そうな落ち着いた大人の女性。


 古風クラシカルなシルエットのロングスカートワンピースにエプロン姿、頭にはレースのヘッドドレスという、鎧の類いを一切身にまとわない伝統的オーソドックス給仕メイド


 それは……戦場には全く似つかわしくない給仕メイド姿の女だった。


 だが、両手に新たな”苦無クナイ”を一本ずつ握り、馬車上にスカートの裾を揺らめかせる彼女の立ち姿は美しく整っていた。


 「七子ななこぉ……」


 「ちょっ、私をこの”単純三つ編み”と同列にしないで!私は……」


 二人は戦闘中にも拘わらず後背の頭上を見上げて反論する。


 「はいはい、お話は後でね……それより今は」


 ジャキ!

 シャキン!


 給仕メイド女が見下ろす地上には未だ多くの敵兵が剣を抜刀し、自分達を囲んでいる状況が見えていた。


 「だねぇ……」


 三堂さんどう 三奈みなが剣を構え、


 「解っているわ」


 六王りくおう 六実むつみが槍を突き出す。


 「…………」


 ――しかし……それにしてもどうやって藤桐ふじきり軍がこの尾宇美おうみ城離脱部隊に待ち伏せを?


 まさか事前に察知され、伏兵を用意されたとは思えない。


 ならば、この藤桐ふじきり軍の部隊は?


 馬車の荷台上から戦況を見渡した七山ななやま 七子ななこは、そういう疑問を抱いていた。


 ギィィンッ!


 「七子ななこぉ?」


 ドシュッ!


 「七子ななこどうしたの?」


 目の前の敵を蹴散らしながら、二人は馬車上で動かない給仕メイドに疑問の声をかける。


 「なんでもないわ……ふふ、でもそうね、鈴原すずはら 最嘉さいか様は王族特別親衛隊プリンセス・ガードの中では私が一番先にお側に仕えたのですから、その辺を忘れないで貰えると良いのだけれど……」


 そして、心中に残る不安を隠して給仕メイド微笑わらう。


 「ぬっ、七子ななこもかぁ、くぅっ!燃えてくるねぇ!」


 「ちょっ、私はなんとも思って……ねぇ、聞いてる?ちょっと二人ともっ!」


 行軍中の山中で突如強襲され、戦闘になった渦中で……


 王族特別親衛隊プリンセス・ガードの三人娘による”女子会的世間話ガールズトーク”は、敵兵を容赦無くなぎ倒しながら続いたのであった。


 ――

 ―


 「…………」


 藪の中からその光景を、強襲を受ける一団を覗う男が居た。


 ――アレは確か”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”とかいう王族専属の……”無垢なる深淵ダーク・ビューティー”専属だと噂の部隊なのか?


 その男は基本的には締まりの無いニヤけ面。


 だが状況を観察する鋭い眼光は、それに反して戦士そのものだ。


 「藤治朗とうじろう様、そろそろ本隊を突入させては如何いかがでしょうか?」


 そして彼の後ろに控える一人が、その後方に百以上の兵士達を待機させて鼻息も露わに尋ねてくる……


 ――が、


 「いいや、まだだ……もうチィとばかし護衛兵達を引き離してからだ」


 ニヤけ顔だが眼光の鋭い男、祇園ぎおん 藤治朗とうじろうはやる部下を制した。


 「しかし、要人の馬車を護る相手は今や数十人、この機会を置いては……」


 慎重すぎる上官に部下は異議を唱える。


 「あの目立つ三人の女なぁ……あれは”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”とかいう王族直属の親衛隊だ、奴等は一人一人が中々の手練れだと聞く、ここはもう少しばかり引き離してから俺ら本隊は突入する」


 「”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”!?じ、実在する部隊なのですかっ!?」


 目前の混戦にて群がる兵士を蹴散らし奮戦する女三人を確認し直した部下の男は、目を見開いてそう聞き返すが……


 「…………」


 祇園ぎおん 藤治朗とうじろうはそれに答えること無く、自身もその中の一人に視線を集中させていた。


 ――近衛このえ 冬香とうか……よりによってあの女が居やがるとは……やっかいだな



 祇園ぎおん 藤治朗とうじろうの部隊はあの尾宇美おうみ城攻防戦の序盤にて先鋒隊として攻勢を仕掛け、迎え撃った京極きょうごく 陽子はるこが用意した”十面埋伏”の策にて敗走し、命辛々いのちからがらに見当外れの森へと逃走した。


 そして森を彷徨う事、数週間……


 いな祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは半ば意図して身を隠していた。


 京極きょうごく 陽子はるこ尾宇美おうみ城軍からは勿論、味方の藤桐ふじきり軍からさえも行方を眩ませていた。


 ――栄えある天都原あまつはら”十剣”が一振り、祇園ぎおん 藤治朗とうじろう


 元々彼は天都原あまつはら軍では総司令部参謀長である紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこの麾下に配属された将軍であった。


 が、情勢を見て王太子、藤桐ふじきり 光友みつともが有利であると判断すると直ぐにそちらに鞍替えした。


 そして藤治朗とうじろうかつて自身が剣の腕を磨いた中冨なかとみ流剣術道場の現在の最高師範であり、今回の尾宇美おうみ城大包囲網線の総司令官である中冨なかとみ 星志朗せいしろうに取り入って、一番槍の大役をゲットしたまでは良かったが……結果はあの通りだった。


 今更、京極きょうごく 陽子はるこ陣営に戻る事など出来ようも無く、かといってこの為体ていたらくでは藤桐ふじきり軍に戻っても出世の道からは完全に外れたも同然……


 そう判断した祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは今後の方針を決めかねて、自部隊ごと姿を眩ませていたのだったが、そこで彼は思いも寄らない幸運に巡り会う。


 そう……尾宇美おうみ城を放棄して待避して来た敵軍……


 それも守備の手薄な中頃の部隊を偶然にも発見したのだ。


 馬車の上等さや護衛の数、更にこの状況……


 偵察した限りは、どうやら尾宇美おうみ城から落ち延びてきた支配階級……

 つまり王族の護衛部隊だと推定できる。


 となれば……


 ――やまいに伏せる天都原あまつはら王、藤桐ふじきり 光興みつおきか”無垢なる深淵ダーク・ビューティー京極きょうごく 陽子はるこいずれか……


 「なんて幸運だ……なんてついてるんだヨ、俺様は!」


 祇園ぎおん 藤治朗とうじろうの作った感のあるニヤけ顔は、今回ばかりは本当の意味で笑いが止まらない。


 ――どちらにしても光友みつとも殿下への手土産としては最上級だが……


 藤治朗とうじろうは考える。


 この際、京極きょうごく 陽子はるこの方がより愉しめるのでは無いかと。


 どうせ首謀者で王位継承権を所持する京極きょうごく 陽子はるこを捕らえた後は、敵の陣営は瓦解する。


 ――どうせならあの希有な美少女、絶世の美姫……


 何時如何いついかなる時も気高く、他人を見下した冷静で冷徹窮まる極上の美貌クールビューティーのご尊顔を虜囚の屈辱と羞恥で歪ませ、屈服させてみるのも悪くない。


 「いや、悪くないどころか……想像するだけでたまらん!」


 今回命令が下されたのは、第一に藤桐ふじきり 光興みつおき王の奪還。


 次いで首謀者たる京極きょうごく 陽子はるこの捕縛か命。


 戦の大義が、病弱な王を良い事に天都原あまつはらの国政を我が物にする総参謀長を粛正するというのである以上、体裁的には王の保護が第一に来るが、実際は……


 王太子、藤桐ふじきり 光友みつとも殿下と紫梗宮しきょうのみや京極きょうごく 陽子はるこの権力闘争。


 それも光友みつとも殿下による一方的な言いがかりで始まった……だ。


 故に真の第一目標は政敵である京極きょうごく 陽子はるこ姫の抹殺!


 ――なら捕縛した上で俺がある程度”雑”に扱っても文句は出まい?


 高貴な出自の高慢なお姫様を尋問という名目でなぶるのも悪くない。


 どんな高潔な人物であろうと、上流階級だろうと、その身分を失っては唯の人間。


 ――俺等と変わらないなぁ


 祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは思わずニヤリと笑う。


 祇園ぎおん 藤治朗とうじろうという男は相手の権力にのみ仕えるのであって、

 落ちぶれた相手なら王族に対する畏怖や忠誠心など抱く男では無かったのだ。


 ――なんと言っても、あれほどの美女で高貴なる血筋の御令嬢を俺がどうこうできるなんてもう生涯無いだろうからな


 と、邪心を抱いた藤治朗とうじろうだったが……


 「どうも”あの女”はなぁ……」


 だが実際、祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは混戦を眺めながらも未だ動かず、唯々ただただ頭をポリポリとかいていた。


 「藤治朗とうじろう様?あの馬車上で指揮を執る給仕メイドに面識が?」


 それを不審に思って問いかける部下に祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは苦笑いする。


 「あれはな、近衛このえ 冬香とうか……ああ見えて光友みつとも殿下の遠縁である近衛このえ家の娘だ」


 「なっ!?あの近衛このえ伯爵家の御令嬢!?」


 「まぁな……で、八年前は軍籍に身を置いていて、まぁ、俺の同期な訳だが、まさか正体が”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”の一人だったとはなぁ……」


 藤治朗とうじろうの告白に部下は絶句して、馬車上の給仕メイドを再確認する。


 「あれは中々にやっかいな女だぞ……腕が立つ上に、いや、それよりも色々と厄介な女だ……出来れば直接は相手をしたくないが……」


 祇園ぎおん 藤治朗とうじろうの隊は数週間の逃走劇で数を減らしたとは言え、未だ数百人規模だ。


 対して目前の王族護衛部隊は、彼が数度にわたる強襲を慣行したことにより分散し、既に馬車付近の兵力は七、八十という有様だった。


 「藤治朗とうじろう様、しかし如何いかに手練れといえども、この数でし囲めば……」


 ――


 「…………確かにな、そうだな…………やるか」


 部下の進言に明らかに乗り気で無いながらも、それでも圧倒的優位なこの状況。


 棚ぼた的に訪れた、人生起死回生の機会を失うわけには行かなかった。


 「その……一つ聞いても?」


 長考の末、ようやく決心をして支度をする藤治朗とうじろうに部下は好奇心から恐る恐る聞く。


 「なんだぁ?」


 「あの……”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”……近衛このえ 冬香とうか嬢と藤治朗とうじろう様はどういった関係で?」


 「あ?そうだなぁ……」


 戦闘準備前のこんな状況で”興味本位ゴシップ”かよ……と藤治朗とうじろうは呆れたが、別に隠すほどのことでも無いと彼はアッサリとこう言った。


 「昔な、押し倒そうとして……殺されそうになった」


 「は?」


 余りにも露骨で下品な答えに部下は呆気にとられる。


 「だぁかぁらぁ……あれ、見た目はかなり”いい女”だろ?けど中々なびかないんでな、手っ取り早く押し倒してモノにしようとしたんだが……それで殺されそうになった」


 「と、藤治朗とうじろう様……」


 「二度ほどな」


 「二度っ!?」


 近衛このえ家と言えば伯爵家、軍籍で同じ職場にいたとはいえ、その令嬢に手を出すとは……


 部下も呆れるような、とんでもない事をサラリと口にした天都原あまつはら十剣、祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは刀を肩に担ぎ上げて馬に跨がっていた。


 「さぁてと、美女が出るか、王様がでるか……どっちにしても出世の駒には違いない、ボーナスステージだってな!」


 軽率なニヤケ面にやけづらの剣士は馬上から合図を出して背後に潜んでいた部隊を率い、ご機嫌に馬を駆って戦場へと躍り出たのだった。


 第五十五話「悪運を拾う男」 END

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