第94話「撃破」 後編(改訂版)
第五十四話「撃破」 後編
「ぐ……はっ……」
――まんまとしてやられた
今から思えば、
「ぐ……」
「見事だ、鈴木
「ぐ……う……」
「あの距離、あの一瞬でよくもよくも防いだっ!」
「ふ……せい……だだと?……ぐはっ……押さえ込んで威力を……へら……すのが……関の山……だった……がはっ……」
青息吐息で返す俺の背は散々な状態だ。
「
「……」
想像もしたくないが……
「そうかよ……だが……なっ!」
「むっ?」
俺は背中から広がる痛覚を飲み干し……
――ぐ、ぐぐぐぅぅ!!
奴の背後で役立たずに垂れ下がった、サボリ魔の我が右腕に力を込めてゆく。
「なに?」
「ぐ……はっ……ぬぅぅ」
脊髄を縦に通り抜ける激痛と手先まで伝わる痺れ……
それに抗いながら、五本の指に神経を通わせて、愛刀”
「この期に及んで何をかを?……だが、成る程、それも戦場の在るべき姿だ!ならば我とて貴様が死するまで微塵も弛めぬぞっ!」
――ぐぐっ!
「
バキバキィッ!
「がはっ!」
これは……
愛しい女を抱きしめるかの如き熱烈な抱擁は、背骨を砕き昇天させる死の抱擁。
俺の背骨はバキリッバキリッと枯れ木を踏みしめる様な音を連続して発し、直接触れられ圧を加えられている背中の刃傷からはドバドバと大サービスで血が溢れた。
――
この状況下でさえ、油断なく、怠りなく、俺を殺しにかかる。
既に役割を終えた槍から手を放し、今度は両手を俺の背後でガッシリと組んで、一気に引き寄せて締め上げるっ!
「ぐっはぁぁっ!」
……ガランッ!
所持者が
「死ねい!
バキィバキィバキィィッ!
「がはっ!」
そして奴の背中越しで握り続けていた僅かな望みを託していた愛刀……
ズルッ……
――離れた
「
バキバキィッ!
”トドメ”とばかりに渾身の力で背骨の破壊にくる
――
ドシュッ!
「な……んだと!?」
俺は……
俺の右手は……
奴の背に刃を深々と突き立てていたのだった。
「がっ……はぁぁっ!」
グッグググッ……
十字傷の顔面を苦悶に歪める
「こ、小僧……どうやって?……その
「……」
――その
――到底?
刀を握った俺の右手は奴の背中越し……
そしてその腕は奴の脇で挟まれ締め上げられている。
例え渾身の力を込めようと、刀の刃渡りから考えるとこの距離では刺すことも斬ることも出来ない。
肘を押さえられ、可動域を制限された俺の右腕では僅かに角度をつけられる肘と手首だけで作る半径では刀の刃を相手の背中に突き立てるには距離が足りないのだ。
グリッ……
「ぐはっ!」
今度は
「ふ……ふん……刀が長すぎるのなら短くすれば良い……だけだろ?」
俺は出血と背骨へのダメージで青い顔になりながらも、ここぞとばかりに言い返す。
「ぬぅぅ……小僧ぉぉ……」
斬り口は一刀のみだが、角度良く背中から心臓に達する寸前だろう。
――つまり致命傷だ!!
「お、お互い背中が甘い……な……オッサン……」
背中に受けた十文字槍の刃傷……
これは結構深いが、咄嗟に左脇で押さえて威力を半減させたから致命傷とまではいかない。
”
これも途中で反撃する事により致命傷は回避したから、精々背骨を少々傷めて
後は……右手の平?
俺からは相手の体で遮られて見えない右手は少し切れて血が滲んでいるだろう。
――何故?
それは単純な理由だ。
手首を返して一度、宙に
「ぐぅぅ……無茶をしよる……小僧ぉ……ぐっ……指が飛ぶとは……思わなんだか?」
そう、俺は締め上げられて苦しさから
斬れる長さの刀剣に変化させたのだ!
「”
どんな鋭利な刀も……そういう造りだ。
躊躇無く握り、後は握力で微動だにしないように固定する。
「……」
――とはいえ、完璧にとは中々いかないものだ
俺は見えぬ右手の傷が疼くのを感じながら、そう思っていた。
――まぁな……だがこの状況でなら多少、
「く……ははっ」
そして笑う俺と、
「がはっ!ぐほぉっ!……は……はっ……」
再び血を吐く
奴は大きく肩を上下し、鮮血の混じった息を出し入れしながらも……
俺を掴んだ両腕は放さない。
「致命傷だぞ?
俺の問いかけに、顔面に大きく十字傷を刻んだ男の厚い唇は朱に
「これほどの男が無名だと!?……は……くははっ!……ぬはははっ!!」
グッ!
そして背中から斜め上に突き上げるように突き立った一撃を意に介すること無く、再び俺の背骨を圧迫して締め上げる!
バキバキィッ!
「ぐはっ!……しょ、正気か?オッサン……その体で……常識ってモノが欠落……」
「
ギリギリと……俺の脊髄を圧迫する怪力は致命傷を受けても全く揺らぐことが無い。
「……くっ……この……魔人」
俺は意識が何度か遠のき、刃を握る五指に力が抜け……
――てのっ!
「ぬっ!」
俺は魔人に連結された部位を起点に逆の”くの字”に、背面へと反り返り、粉砕の憂き目に遭う脊髄の存在は忘れることにした。
――上等だってのっ!
この瞬間、俺の意識が存在するのは魔人の背中越しにある五指だけだ!
例え”
ズッ……ズズズ……
お互いに切っ先を突き刺してしまえば……
それは即ち”
バキバキィッ!
ズッ……ズズズ……
「ぬっぐぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「ぐっおおおぉぉぉぉっ!」
――但し、壁に脳髄をぶちまけて突き抜ける事を厭わない馬鹿者が勝利するなぁっ!!
――
―
獣を越えた雄叫びが応酬され、それはただの意地の張り合いとなる。
資質や才能など微塵も必要無い。
技や経験も関係無い。
それはただの意地の産物。
命を賭した意地の極致。
――
―
俺達二人の原始的な殺し合いに固唾を呑むばかりになっていた。
「ぬぅぐおぉぉっーー!!」
「くぅぅっ!!」
手負いの背中をガッシリと握られた男の両腕に締め上げられ、開いた刃傷から血だけで無く肉が
――あ……案外と砕けないモノだなぁ……人体?
俺は自分でも意外なほど他人事に……
我が人体の神秘なる、学童図書のような題材に感心を寄せていた。
「ぐぬぅぅおぉぉっ!!鬼子めっ!」
吼える魔人に擂り潰された状況の俺は
「……で?……お前の神秘はどんな程度だよ?
ズブゥゥッ!!
――そして……
俺が目下興味津々の”人体の神秘”巻の弐……
”魔人(オッサン)編”を無邪気に探求する。
「ぐっ!がはぁぁっっーーーー!!」
一息に突き上げられた
――
――心臓へと到達した
今度こそ……
今度こそ致命傷だ。
「……」
これでこの戦はお終い。
「ぐっ……ぬぅ……うぅぅ…………」
俺の背を圧迫していた”両腕”がビクンと大きく痙攣した後、それはズルリとずり下がる。
「…………鬼……子……が……やりおる……」
そして、自身で体勢を維持できない男は、抱き合う俺にズッシリと体重を分け与えて来る。
「
ブシュ!
俺は”
グラリ……
「生憎、俺に男色の趣味は無いんでな……」
――チャッ
ザシュッ!
馬上から崩れ落ち行く敵将の首を一閃……
俺は握り直した
――これも……武人の本願かよ、
――
―
オ……オオオオォォォォッッーーーー!!
ワァァァァツーーーーー!!
途端に周囲を埋め尽くす程の、敵味方からの歓声と悲鳴が響き渡り、
それは三百六十度のサラウンドの波で俺を包み込む。
「鈴原……鈴木
急いで駆け寄る一騎の馬には、銀縁眼鏡のキリッとした美女……
「……」
俺は力なく左手を挙げてそれに応える。
「
落ち着いた
「……」
だが……まぁな、それだけ俺が見た目から重傷と言うことだろう。
俺は秘書風の美女が駆る馬に”
――それが戦場での勝者のケジメだと……
最後に一度だけ、命のやり取りを演じた相手に視線をやって周りを見渡す。
「
サッと右手に握った愛刀”
――
―
こうして……
実際、楽な戦とは言い難かった……
少なくとも戦っていた兵士達はそう感じたろうが、全体的には……
朝遅くに始まった一連の戦いは昼過ぎには終結。
対する
第五十四話「撃破」 後編 END
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