第87話「王覇の英雄」(改訂版)
第四十七話「王覇の英雄」
鈴原本邸”
「アルト、
少し癖のある燃えるような深紅の髪、ただ
「ありません、では、以降は別途用意しておりました”
白い肌、白い髪……不自然な希薄さの女性、”覇王姫”が懐刀として名高い”白き砦”、アルトォーヌ・サレン=ロアノフが応え……
「委細承知……」
「時間は?」
意見を
「はい、あと十五分ほどあります」
直ぐにアルトォーヌが答え、それにペリカは頷いた。
「しかし……それにしてもあの”
外交担当、交渉術では百戦錬磨の怪僧である
本当にあの様な得体の知れない相手と”交渉”して良いのかと。
さきほど一応の納得はしたと応えたが、最後の最後に
「狂人?まさか……ふふ……あの男の瞳を良く見た?反応していたでしょう」
――っ!
椅子に座して目前のテーブルに両肘を置き、美貌の前で組んだ白い指先越しに紅蓮の姫が放った答えに、その前に控えて立つ二人の部下は言葉を失う。
この
「想像を絶する痛みは確かに感じていた、それなのに眉一つ動かさないあの精神力……ほんとう、思っていた以上に”
――瞳孔反射……外から、または内からの刺激により起こる人体の反応だ
”無痛症”なんていう肉体的欠損でも無く、”狂人”なんていう精神的欠損でも無い。
正気を保った正常な人による、発狂レベルの苦痛の克服……
それは人の辿り着ける領域なのだろうか……と、”
「しかし、あんな……あのような
「
ペリカ・ルシアノ=ニトゥの言葉に二人の部下は驚きを隠せない。
この姫が……これほどの主人が……
ここまで他者を、他国の王を手放しで評価するなど未だかつて無かった事であったからだ。
「徳で世を治める”王道”と力で世を支配する”覇道”……鈴原
”白き砦”の軍師、アルトォーヌ・サレン=ロアノフはコクリと息を呑む。
「…………さぁ?それはどうかしら、ただ単に惚れた男に
「可能性は消せないと?」
今度は怪僧、
「ふふふ、どうかしら?……でも、あの胆力、あれほどの苦痛を自らに与え、ものともしない精神力には流石の
そうして、
「そろそろ行きましょうか、”王覇の英雄”との”
――
―
「う、うわぁぁっ!!ひぃぃっ!!」
胆力も精神力など毛ほども無く、俺は泣き叫んでいた!
シャキィィーーン!!
”白い一閃”がバランスを崩す俺の左手付近を走る!!
「わぁぁっーー!」
ドスンッ!
喚きながら後方へ尻餅を着き、目前に立ちはだかった
「…………」
そして、相変わらず無表情な
細みの刀身に
それは俺が
真に映える、見目麗しき純白の佳人……
”戦国世界”と同じように”近代国家世界”でも同様の品を造らせた俺は、それを今回彼女に与えて”対、覇王姫”の切り札としていたのだが……
「……あ?……これ?」
俺は無様に尻餅を着いたまま、自らの左手を見た。
――
自らの所業により、手の甲を刃に貫かれていた俺の左手は……
ポタリポタリと未だ血が滴ってはいるが、突き破っていたはずの短刀は俺の手の甲より上はポッキリと無くなっている。
「は、はい、ご苦労様です、ゆ、
そう言ったお団子女子が俺の前に膝を着き、呆けたままの俺の左手を両手で優しく取ってから手の平側に突き出た短刀の柄を握った。
「お、王様……少しだけ我慢……し、して下さいね」
そして、控えめにそう言うと……
グッ!…………ブシュッ!
「くっ!」
俺の手の平から、見事な思い切りで”その異物”を抜き取っていた。
「…………」
そうだ……何のことは無い。
そう、奴等が去った直後に俺は――
――
「いっーーってぇぇっ!!痛い!いたーい!マジ勘弁してくれっ!わぁぁーー!!助けて
床を転げ回り、助けを求めて泣き喚いていた。
――
思い返せばかなり……恥ずかしい状態であったと自負している。
ゴロゴロゴロゴローーーー
ゴロゴロゴロゴローーーー
――っ!?
見苦しくも地ベタを右へ左へ転がり回っていた俺は、何かに当たって停まる。
「…………」
そこには腰の刀に手を添えて立つ、見目麗しくも恐ろしい
「……」
「うっ……」
「……」
「う、うわぁぁっ!!ひぃぃっ!!」
――
―
てな感じで、ここに状況は戻ってくる訳だが……
「はい、お、王様……一通り終わりました……ざ、ざっと診たところ……腱や筋、骨は避けてますし、痛み止めも注射しましたので……た、多少疼くとは思いますが……」
――そうだろうな……
――そういう風に貫いた
俺はそういう”危ない箇所”を避けて、自らの左手を串刺したのだった。
そして、貫いたのが”左手”というのもミソだ。
もし、あの手段でも相手が退かず交渉が決裂……
「……」
その為に”利き腕”は避けたのだ。
「こ、”
――それも計算済みだ
――あと、付け加えるならば、この場に名医を置いたのも計算だった
”近代国家世界”では傷どころか死さえもリセットされ、逆に”戦国世界”での傷や死は近代国家世界にも適用される……
「に……しても、
俺は包帯を巻かれ、首から吊られた治療済みの左手を眺めながら感心する。
我が
特務諜報部隊、通称“
それも”とびきり”凄腕の外科医である。
というか、彼女は元々そっちが本業であったが”ある一件”以来、彼女の並々ならぬ情報系能力の才を知った俺が口説き落として軍に引っ張ってきたという経緯がある。
「い、いいえ……そんな……で、ですが王様、ああいった行為は……」
彼女の医術を称える俺の言葉に照れつつも、
「解ってるって、しません、もうしません……はは……」
「…………」
職業柄?よく瀕死になる俺は、彼女のお世話になることも多いからか、この
「そ、そうそう!流石といえば、雪ちゃんだよな、よくあの状況を冷静に見ていられたな、さすが
「う……うぅ……うっ……さ、さいかぁぁーー!」
先ほどまで冷静そのもの!というか、俺の手を貫いた短刀を抜きやすくするために短くカットしてくれる余裕まであったかに見えた少女の……
「いや……なんで?痛いのは俺だと思うん……だ……おぉぅ!?」
――ドサァッ!
そして呆気にとられた俺に、その
「だ、だって……血が……さいかの手に穴が空いて……血がいっぱい……いた……いよね?……さいか……さいかぁぁーー!!」
白い陶器の頬に次から次へと水滴を零して、俺の胸の中で泣き続ける美少女、
正直、滅茶苦茶可愛い。
「……」
――いや、ほら……普段からのギャップというか……な?な?
一体誰に言い訳をしているのか?
俺は心の中でそう繰り返しながらも、震える少女の背にそっと大丈夫な方の右手を回した。
「うっ……ひくっ……さいか……血とまった?……ひくっ……いたくな……い?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
俺は応えながらも、これだけ心配してくれる少女の事を憎からず想う。
「左手……だいじょ……ぶ?……”りょこう”……”ふぐ”……いける?……ひっく……」
「…………」
――えと……気の……せいか?
なんだか、ちょっとばかり趣旨の違う言葉が混じっていたような……
「…………」
――いやいや、流石にそれは聞き間違……
「さいか、安心して……お箸持てなかったら、”さいかの分”はわたしがちゃんと処理するから……ごちそうさま!」
――って、無いぃぃっ!!
「俺は右利きだぁーー!!ってか、
「え、えぇーー!?」
「ええっ!じゃないっ!大体お前は……他人の金で食う気満々のくせに、その相手のご馳走まで狙うってどういう了見だっ!普通は”はい、あーーん!”とか大サービスするのが人道……いいや、美少女キャラの努めだろうがっ!!」
俺は怒っていた!多少意味不明発言を交えて怒っていた。
そう、感動が肩すかしだった分、余計に俺は腹が立っていたのだ!
「ま、まぁまぁ……お、王様も……ゆ、
「ちっがぁぁーーうっ!!」
「きゃ、きゃっ!」
「ぶぅぅっ!!」
怒り心頭!叫ぶ俺に、
――なんだその不満げな顔は!……それじゃお前がフグだろうが!!
――くっ、また腹立ってきた!
「ひっ……お、王様……う……」
「い、いひゃい!いひゃい!ふぁいふぁーーひゃめて!!」
怯えて部屋の隅で小さくなるお団子女子を尻目に、フグ少女の柔らかい頬を大丈夫な右手で摘まんで極限まで引っ張る俺……
「こ、怖いです……王様……ぼ、暴君ですぅ……」
「いひゃい!いひゃ……」
「……」
室内はまさに”
「…………ええと……ちょっと席を外した間に……どういう状況なの?」
そして、部屋の入り口にはいつの間にか……
目の覚めるような紅い髪を困惑気味に掻き上げ、紅蓮の
第四十七話「王覇の英雄」END
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