第87話「王覇の英雄」(改訂版)

 第四十七話「王覇の英雄」


 鈴原本邸”要人客専用室ゲストルーム”……

 長州門ながすど陣営の控え室にて――


 「アルト、慧景えけい……わたくしはそういう感じで交渉を進めるつもりだけれど、異論は?」


 少し癖のある燃えるような深紅の髪、ただ一度ひとたび目見まみえただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の瞳で勝ち気そうな、抜きん出た美貌を際立たせる美女が目の前に並ぶ二人に異議を問う。


 「ありません、では、以降は別途用意しておりました”交渉用ネゴシエーション”の計画プランに切り替えます」


 白い肌、白い髪……不自然な希薄さの女性、”覇王姫”が懐刀として名高い”白き砦”、アルトォーヌ・サレン=ロアノフが応え……


 「委細承知……」


 したたかな外交能力で覇王姫からも重宝がられる怪僧、安芸国あきぐに 慧景えけいが続いて頷いた。


 「時間は?」


 意見をまとめた紅蓮あかき姫は、会談の再開時間を確認する。


 「はい、あと十五分ほどあります」


 直ぐにアルトォーヌが答え、それにペリカは頷いた。


 「しかし……それにしてもあの”臨海りんかい王”、小賢しいペテンを弄する智将タイプと聞き及んでおりましたが、アレは交渉術としてはあまりに異質、かといってはかりごとと云うには荒唐無稽……拙僧には”狂人”の類いにしか見えませなんだが……」


 外交担当、交渉術では百戦錬磨の怪僧である安芸国あきぐに 慧景えけいは言う。


 本当にあの様な得体の知れない相手と”交渉”して良いのかと。


 さきほど一応の納得はしたと応えたが、最後の最後にあるじに確認をする。


 「狂人?まさか……ふふ……あの男の瞳を良く見た?反応していたでしょう」


 ――っ!


 椅子に座して目前のテーブルに両肘を置き、美貌の前で組んだ白い指先越しに紅蓮の姫が放った答えに、その前に控えて立つ二人の部下は言葉を失う。


 この紅蓮あかき姫はあの異常な状況下で、そこまで冷静な観察をしていたのか……と。


 「想像を絶する痛みは確かに感じていた、それなのに眉一つ動かさないあの精神力……ほんとう、思っていた以上に”化物けもの”だわ」


 ――瞳孔反射……外から、または内からの刺激により起こる人体の反応だ


 ”無痛症”なんていう肉体的欠損でも無く、”狂人”なんていう精神的欠損でも無い。


 正気を保った正常な人による、発狂レベルの苦痛の克服……


 それは人の辿り着ける領域なのだろうか……と、”あかつき”有数の戦士、闘姫とうきペリカ・ルシアノ=ニトゥは感嘆しているのだ。


 「しかし、あんな……あのような虚仮威こけおどしなど……」


 あるじの言葉に尻込みしながらも、僧はなんとか反論を試みるが……


 「虚仮威こけおどし、奇策……転じて、緻密な作戦立案と臨機応変な外交手腕。なによりあの胆力と”支配者の資質カリスマ”……あの男は邪道にして正道を歩む英雄かもしれないわね」


 ペリカ・ルシアノ=ニトゥの言葉に二人の部下は驚きを隠せない。


 この姫が……これほどの主人が……

 ここまで他者を、他国の王を手放しで評価するなど未だかつて無かった事であったからだ。


 「徳で世を治める”王道”と力で世を支配する”覇道”……鈴原 最嘉さいかは、それを両立させる稀代の英雄だと、ペリカは言うの?」


 ”白き砦”の軍師、アルトォーヌ・サレン=ロアノフはコクリと息を呑む。


 「…………さぁ?それはどうかしら、ただ単に惚れた男にわたくしの”魔眼”が曇っているだけかもしれないわ……けれど」


 「可能性は消せないと?」


 今度は怪僧、安芸国あきぐに 慧景えけいが真剣な顔で問うてきた。


 「ふふふ、どうかしら?……でも、あの胆力、あれほどの苦痛を自らに与え、ものともしない精神力には流石のわたくしも脱帽したわ」


 そうして、あかい石榴の唇を上げて妖艶な美女は立ち上がる。


 「そろそろ行きましょうか、”王覇の英雄”との”交渉場せんじょう”へ!」



 ――

 ―


 「う、うわぁぁっ!!ひぃぃっ!!」


 胆力も精神力など毛ほども無く、俺は泣き叫んでいた!


 シャキィィーーン!!


 ”白い一閃”がバランスを崩す俺の左手付近を走る!!


 「わぁぁっーー!」


 ドスンッ!


 喚きながら後方へ尻餅を着き、目前に立ちはだかった白金プラチナの悪魔を見上げる俺。


 「…………」


 そして、相変わらず無表情な白金の双瞳プラチナ・アイで俺を見下ろす、見事な”白い抜き身”を手に持った美少女。


 細みの刀身にしなるように切っ先まで突き抜ける流麗な刀影シルエット、零れ入る光を直刃すぐは刃文はもんが白く内包する白雪の刀身。


 それは俺が雪白ゆきしろのために、旧知である出入りの刀鍛冶に打たせた逸品だ。


 真に映える、見目麗しき純白の佳人……鉾木ほこのき 盾也じゅんや・作、名刀”白鷺しらさぎ


 ”戦国世界”と同じように”近代国家世界”でも同様の品を造らせた俺は、それを今回彼女に与えて”対、覇王姫”の切り札としていたのだが……


 「……あ?……これ?」


 俺は無様に尻餅を着いたまま、自らの左手を見た。


 ――


 自らの所業により、手の甲を刃に貫かれていた俺の左手は……


 ポタリポタリと未だ血が滴ってはいるが、突き破っていたはずの短刀は俺の手の甲より上はポッキリと無くなっている。


 「は、はい、ご苦労様です、ゆ、雪白ゆきしろちゃん……で、では後は私が……」


 そう言ったお団子女子が俺の前に膝を着き、呆けたままの俺の左手を両手で優しく取ってから手の平側に突き出た短刀の柄を握った。


 「お、王様……少しだけ我慢……し、して下さいね」


 そして、控えめにそう言うと……


 グッ!…………ブシュッ!


 「くっ!」


 俺の手の平から、見事な思い切りで”その異物”を抜き取っていた。


 「…………」


 そうだ……何のことは無い。


 長州門ながすどの奴等が一時的に去った後、俺は”治療”を受けていたのだ。


 そう、奴等が去った直後に俺は――


 ――


 「いっーーってぇぇっ!!痛い!いたーい!マジ勘弁してくれっ!わぁぁーー!!助けて清奈せなさんっ!痛いよぉ!たすけてぇぇーー!!」


 床を転げ回り、助けを求めて泣き喚いていた。


 ――


 思い返せばかなり……恥ずかしい状態であったと自負している。


 ゴロゴロゴロゴローーーー


 ゴロゴロゴロゴローーーー


 ――っ!?


 見苦しくも地ベタを右へ左へ転がり回っていた俺は、何かに当たって停まる。


 「…………」


 そこには腰の刀に手を添えて立つ、見目麗しくも恐ろしい白金プラチナの姫騎士の姿。


 「……」


 「うっ……」


 「……」


 「う、うわぁぁっ!!ひぃぃっ!!」


 ――

 ―


 てな感じで、ここに状況は戻ってくる訳だが……


 「はい、お、王様……一通り終わりました……ざ、ざっと診たところ……腱や筋、骨は避けてますし、痛み止めも注射しましたので……た、多少疼くとは思いますが……」


 ――そうだろうな……


 ――そういう風に貫いた


 俺はそういう”危ない箇所”を避けて、自らの左手を串刺したのだった。


 そして、貫いたのが”左手”というのもミソだ。


 もし、あの手段でも相手が退かず交渉が決裂……あまつさえ戦闘になろうものなら?


 「……」


 その為に”利き腕”は避けたのだ。


 「こ、”近代国家世界こちらがわ”での傷は、一度、”戦国世界あちらがわ”に戻ると無くなりますので……お、応急処置ですが……」


 ――それも計算済みだ


 ――あと、付け加えるならば、この場に名医を置いたのも計算だった


 ”近代国家世界”では傷どころか死さえもリセットされ、逆に”戦国世界”での傷や死は近代国家世界にも適用される……


 「に……しても、何時いつ見ても鮮やかなものだなぁ、さすが清奈せなさん、”ブラッ○ジャッ×”もビックリの名医だよ」


 俺は包帯を巻かれ、首から吊られた治療済みの左手を眺めながら感心する。


 我が臨海りんかい国が誇る情報収集のエキスパート。

 特務諜報部隊、通称“蜻蛉かげろう”隊長、花房はなふさ 清奈せなのもう一つの顔は医者だ。


 それも”とびきり”凄腕の外科医である。


 というか、彼女は元々そっちが本業であったが”ある一件”以来、彼女の並々ならぬ情報系能力の才を知った俺が口説き落として軍に引っ張ってきたという経緯がある。


 「い、いいえ……そんな……で、ですが王様、ああいった行為は……」


 彼女の医術を称える俺の言葉に照れつつも、清奈せなさんは珍しく怒った口調で、だが、いつも通り俺に説教を始めようとする。


 「解ってるって、しません、もうしません……はは……」


 「…………」


 職業柄?よく瀕死になる俺は、彼女のお世話になることも多いからか、この花房はなふさ 清奈せなにはちょっとばかり弱かった。


 「そ、そうそう!流石といえば、雪ちゃんだよな、よくあの状況を冷静に見ていられたな、さすが臨海りんかい終の天使ヴァイス・ヴァルキル!この程度の修羅場は馴れっこ…………おぉぉっ!?」


 花房はなふさ 清奈せなの説教をかわそうと話題を変えた俺は、直ぐにその軽はずみな行動に後悔する。


 「う……うぅ……うっ……さ、さいかぁぁーー!」


 先ほどまで冷静そのもの!というか、俺の手を貫いた短刀を抜きやすくするために短くカットしてくれる余裕まであったかに見えた少女の……


 白金プラチナに輝く白い銀河がその表面を一杯に覆った涙で”ぐにゃり”と歪んで、直ぐにぽろぽろと溢れ出させていた。


 「いや……なんで?痛いのは俺だと思うん……だ……おぉぅ!?」


 ――ドサァッ!


 そして呆気にとられた俺に、その白金プラチナの美少女は飛び込んできた。


 「だ、だって……血が……さいかの手に穴が空いて……血がいっぱい……いた……いよね?……さいか……さいかぁぁーー!!」


 白い陶器の頬に次から次へと水滴を零して、俺の胸の中で泣き続ける美少女、雪白ゆきしろは……


 正直、滅茶苦茶可愛い。


 「……」


 ――いや、ほら……普段からのギャップというか……な?な?


 一体誰に言い訳をしているのか?

 俺は心の中でそう繰り返しながらも、震える少女の背にそっと大丈夫な方の右手を回した。


 「うっ……ひくっ……さいか……血とまった?……ひくっ……いたくな……い?」


 「あぁ、もう大丈夫だ」


 俺は応えながらも、これだけ心配してくれる少女の事を憎からず想う。


 「左手……だいじょ……ぶ?……”りょこう”……”ふぐ”……いける?……ひっく……」


 「…………」


 ――えと……気の……せいか?


 なんだか、ちょっとばかり趣旨の違う言葉が混じっていたような……


 「…………」


 ――いやいや、流石にそれは聞き間違……


 「さいか、安心して……お箸持てなかったら、”さいかの分”はわたしがちゃんと処理するから……ごちそうさま!」


 ――って、無いぃぃっ!!


 「俺は右利きだぁーー!!ってか、河豚ふぐは無しだって言ったろうがっ!」


 「え、えぇーー!?」


 「ええっ!じゃないっ!大体お前は……他人の金で食う気満々のくせに、その相手のご馳走まで狙うってどういう了見だっ!普通は”はい、あーーん!”とか大サービスするのが人道……いいや、美少女キャラの努めだろうがっ!!」


 俺は怒っていた!多少意味不明発言を交えて怒っていた。


 そう、感動が肩すかしだった分、余計に俺は腹が立っていたのだ!


 「ま、まぁまぁ……お、王様も……ゆ、雪白ゆきしろちゃんも照れ隠しだよね……ね?……ですから、新婚旅行は次の……き、機会を待って……」


 「ちっがぁぁーーうっ!!」


 「きゃ、きゃっ!」


 「ぶぅぅっ!!」


 怒り心頭!叫ぶ俺に、清奈せなさんは怯え、雪白ゆきしろはブーイングをして膨れる。


 ――なんだその不満げな顔は!……それじゃお前がフグだろうが!!


 ――くっ、また腹立ってきた!


 「ひっ……お、王様……う……」


 「い、いひゃい!いひゃい!ふぁいふぁーーひゃめて!!」


 怯えて部屋の隅で小さくなるお団子女子を尻目に、フグ少女の柔らかい頬を大丈夫な右手で摘まんで極限まで引っ張る俺……


 「こ、怖いです……王様……ぼ、暴君ですぅ……」


 「いひゃい!いひゃ……」


 「……」


 室内はまさに”混沌カオス”と化していた。


 「…………ええと……ちょっと席を外した間に……どういう状況なの?」


 そして、部屋の入り口にはいつの間にか……


 目の覚めるような紅い髪を困惑気味に掻き上げ、紅蓮の焔姫ほのおひめが供を引き連れ佇んでいたのだった。


 第四十七話「王覇の英雄」END 

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