第81話「武運対武運(パラドックス)」前編(改訂版)

 第四十一話「武運対武運パラドックス」前編


 ――尾宇美おうみ城内、北側にそびえる第三塔にて


 総司令部のある天守から少し距離のある場所に建てられたこの場所で、俺は”ある”招かれざる客と対峙していた。


 「ふっ、ふっふっふ……はっはっ、はぁはっはっはぁーーっ!!」


 自らが着込んだ鎧にさえ埋もれそうな小柄な少女が、慎ましやかな胸の前で腕を組んで、天井しか見えない程に仰け反りつつ高笑いをしていた。


 「はっはっはぁーーっ!?がっ!がは、ごほっ!……はっ……うぇぇっ!!」


 そして直ぐに少女はせて咳込み、頭の両サイドで束ねたツインテールをピョコピョコとコミカルに跳ねさせる。


 「だ、大丈夫でありますかっ!?基子もとこちゃんっ!」


 「がはっ!げほっ……って、誰が基子もとこちゃんかぁっ!!私の事は菊河きくかわ隊長、しくは基子もとこ様と呼ぶことって何度言えば……っ!がはっ!ごほほっ……」


 腰に差したどこにでもある刀が、少女の小さい身体からだには長すぎて……

 まるで串に突き刺された雀の様にしか見えない、滑稽コミカルなツインテール娘。


 そんなツインテール娘が自身の両脇と後方を囲む四人の屈強な兵士達を怒鳴りつけ……ようとしたが、咳の途中だったために再び豪快に咳き込んでしまったのだった。


 「……」


 ――クイクイ……


 「?」


 そんな如何いかにもどうでもよい風景に見入っていた俺の肘を何者かがつつく。


 「……もういい?ってもいい?」


 「…………」


 それは俺の横に控える高級なドレスを着た少女の仕業であった。


 目前のツインテール娘よりは少しばかり成長している様に見えるものの、それでも俺の胸までも無い身長の少女。


 幼さの残る顔を遮った薄布ベールの下から上目遣いに俺を覗き込み、容姿に似合わぬ物騒な台詞を吐いてきた少女の声だった。


 「いや、まだだ……というか、もう暫くは黙ってろ」


 俺はチラリとその少女に視線を移すとボソボソと命令する。


 「………………………………わかった」


 表情自体にあまり変化は無いが……


 ――ものすっっごく、不満そうなのが伝わってくるなぁ


 俺の隣に控える少女は、良く言えば大人しい感じの見た目文化系女子。

 悪く言えば……


 ――まぁアレだ、少しばかり暗めの少女?


 顔の造り自体は年端もいかない少女らしく愛らしい感じではあるが、ジトッとした三白眼の奥にある得体の知れない危うい光と、無機質な小さい口元がたまに”にへらぁ”と意味不明の笑みを浮かべるそれが、完全に彼女を精神病質サイコパシーな少女に仕上げていた。


 「…………」


 ――と言っても、現在その少女は、顔自体が薄布ベールで見えにくくなっているんだけどな


 隣の独特な少女は如何いかにも上流階級然としたドレス姿で、顔は色の深い薄布ベールで遮られている。


 ――少女の名は四栞ししお 四織しおり


 ”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”の四枚目で年齢不詳だが、どう見ても見た目は十代前半の少女。


 大人しそうで無口な少女だが、しかし確かに背筋が寒くなる様な殺気をまとった……

 懐に多数の凶器を隠し持つ暗器使いである。


 「がはっ……ごふっ……と、とにかくっ!速やかに…………っていうか、お前ら?なんて怪しい連中なのだ!?天都原あまつはらの支配階級は皆そんな可笑しな奴らばかりなのかぁ?」


 やっと咳が治まったのだろう……


 ツインテール娘、もとい!菊河きくかわ 基子もとこは、クリクリしたどんぐりまなこを興味深げにしばたかせて尋ねてきた。


 「てか、今更かよ?」


 俺は呆れてそう返すが……


 ツインテール娘がそう問うて来たのは俺の横の少女、貴婦人を装うドレス姿の四栞ししお 四織しおりを指してではないだろう。


 何故なら高貴な婦人が素顔を隠すのに薄布ベールを用いるのはそんなに変わったことではないからだ。


 「うーーーーん」


 俺達を交互に見やってツインテール娘は唸る。


 菊河きくかわ 基子もとこが”怪しい連中”と指したのは……


 俺達……つまり、顔面包帯男の俺、鈴原 最嘉さいか改め”尾宇美ここ”では鈴木 燦太郎りんたろうと、


 俺の隣……貴婦人を装う四栞ししお 四織しおりの後ろに控える侍女、


 何故かかの秘密教団の信徒が如き、顔をすっぽり覆う”黒三角頭巾”を被って控える奇特な侍女という、俺を含めた二人に対してだろう。


 「いや、気にするなよ、そんな細かい事……それより俺は鈴木 燦太郎りんたろう。この尾宇美おうみ城守備軍の指揮権を預かる……」


 「まあいいにゃっ、それよりそこの”包帯お化け”!!速やかにそこな女、”京極きょうごく 陽子はるこ”を引き渡すのだっ!この期に及んで無駄な抵抗をするようなら、ふっふっ、ハハハァァーーッ!!」


 カチャ!カチャ!


 ひっこんだ咳がおさまっても、ツインテール娘の鎧が擦れる音が続くのは……

 いつが今も、いやずっと、つま先立ちでいるからだろう。


 「ぬ……はっ……」


 カチャ!カチャ!


 「…………」


 無理に伸ばした身長と引き換えに、ピンと張り詰めた背筋からお尻とふくはぎの筋肉が緊張で張り詰めて全身がプルプルと小刻みに震えているのだ。


 「そこまでしても十センチも変わらんだろうに……」


 「だよねぇ?」


 「そうそう」


 「まったく!」


 「うんうん」


 俺の返答とも思えぬ言葉に、ツインテール娘の後ろに控える四人の屈強な兵士達が大きく首を縦に振って同意していた。


 「うっ!うるしゃぁぁーーいっ!!この”包帯お化け”!!渡すのか、渡さないのかぁーー!!」


 激しくツインテールを振り乱して怒鳴る菊河きくかわ 基子もとこ


 「…………」


 ――なんていうか……チョロいな


 占拠した敵居城の一角、そこに目的の人物が居て……

 その者達はいずれも顔を隠した不審人物揃い。


 本来ならもっと警戒してしかるべきだろうが……


 最も上等な服装の人物がきょうごく 陽子はるこであると、なんの違和感も無くあっさり欺かれてくれる。


 「におられる御方が、王位継承権六位にして天都原あまつはら国軍総司令部参謀長であられる紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこ姫殿下だと確信しているのか?」


 「ふっはっはっはっーー」


 俺の問いかけにツインテール娘は無い胸を張って高笑いし、傍に控える四人の屈強な戦士達はコクコクと頷く。


 ――信じられない程の強運の持ち主、菊河きくかわ 基子もとこ


 西の強国”長州門ながすどの両砦が一角”で、小柄で可愛らしい風貌とは裏腹に軍を率いては天性の直感と呆れるほどの強運を備え、凶悪なまでの軍の強さを誇る。通称”戦の子”……菊河きくかわ 基子もとこ


 ――その規格外の強運故に敵の誘導や擬態に引っかかる事などあるはずが無いと?


 故に”第三塔ここ”に居る俺達は本命であり、目前の貴婦人はきょうごく 陽子はるこその人に間違いが無いと……数多の経験からそう確信しているのだろう。


 「……」


 ――果たして、それは確かに真実であった!


 正直、恐れ入った。


 事前の情報通り、いや、各国が噂する以上の……


 長州門ながすど菊河きくかわ 基子もとこはある意味反則級の手駒といえた。


 その証拠が現在のこの状況だ。


 尾宇美おうみ城、北側から攻め込んで来た彼女の隊は、俺が用意した迎撃部隊の配置をことごとく避けて手薄な処を突いては突き進み……


 難なくこの塔まで取り付いたかと思うと、その後も城守備兵と不利な状況で対峙すること無く、囮や誘導に引っかかることも無く、最終目標である”きょうごく 陽子はるこ”が居るこの北塔に用意した”偽の司令部”まで辿り着いていた。


 それも、策を看破されたとか情報が漏れたとかでは無くて、ただの運……


 「こ、こっちにゃーー!!たぶん……」


 思いつき……


 「も、基子もとこさまぁーーそっちはご指示されたのと反対側ですよぉぉーー!!」


 偶然……


 「ふぁ?ふっ……わぁぁ……」


 あたふたした挙げ句、適当に駆け込んだ先が正解……


 「…………ちっ」


 俺はに至る経緯を思い出しながら、つい、密かに舌打ちをしてしまう。


 ――くっ、”策士殺しの愚者”……承知していたとは言え、なんか色々と屈辱だ!


 苦労して策を練るのとか、裏をかくのが馬鹿らしくなる程の強運。


 そして、菊河きくかわ 基子もとこ対策のために俺が”偽の司令部”を設置したこの北塔に今居るのは……


 ――包帯男おれと貴婦人と黒頭巾の侍女


 ”偽の司令部”とはいっても”京極きょうごく 陽子はるこ”本人が居るのだから、ある意味当たりだ。


 塔を制した敵兵力は、塔外からこの部屋の入り口までに三百程。

 そして、この部屋内には菊河きくかわ 基子もとこ本人を含めて二十三人。


 つまり、現在この尾宇美おうみ軍の総帥たる京極きょうごく 陽子はるこが仮に居を構えた尾宇美おうみ城北側、第三塔は完全に菊河きくかわ 基子もとこ隊に占拠されていたのだ。


 「さぁっ!速やかに京極きょうごく 陽子はるこを引き渡すのだっ!ハハハァァーーッ!!」


 目の前で勝ち誇り、無理矢理仰け反ってまで高笑いするツインテール娘に俺は……


 「わかった」


 そう応え、そっと手を差し出して隣に佇む薄布ベールの貴婦人を促したのだった。


 第四十一話「武運対武運パラドックス」前編 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る