第80話「籠鳥恋雲」(改訂版)
第四十話「
「油だ!ええい
「おい!そこは空けておけよ、俺達が
光の差し込まない地下の闇、幾つもの
「
他の者達に指示を出していた士官らしき男が、時計を確認していた少女に問いかける。
「そうですね、既に”
くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな少女は、そう答えて石造りの天井をチラリと見る。
「しかし……地上は既に
心配そうな士官の顔に少女はフッと口元を緩める。
「その点は心配在りません。事が成ればこの第三塔はパニックになるでしょう、その混乱に乗じる形で我が隊ぐらいは十分に脱出できる……あの”鈴木
部下に安心を与えながら、少女はふと思い出す。
この
――
―
「本当に貴様を護らなくて良いのか?……多分、死ぬぞ」
「ははっ……適当にで良いよ、後は自分でなんとかする」
革製の大きめな眼帯で右顔半分を覆った少し奇抜な風体の女武者、
「…………」
そして――
その二人のやり取りを前に、私は独り考え込んでいた。
――この緊張感の無い包帯男、鈴木
それを聞いたとき、私の頭の中は未知の衝撃に揺さぶられ、その後に色々と常識的な事が崩れていった。
端的に言うと私の感想は……
独創的で既知の範囲外、でも綿密に組み上げられた……”とんでもない策”。
正直、自分には考えもつかない神算鬼謀ともいえるが、荒唐無稽にも思われる。
――だけど……
だけど、これが成功するのなら、現状の兵力差さえもなんとかなるかも知れない……かも?
「無理です、司令官たる貴方に危険が大きすぎるし、
でも、現実に私の口から出たのはどれも否定的な言葉だった。
「そうか?けど元”十剣”たる
「それはいったいどんな根拠で?どういう理由ですか!?」
必要以上に食ってかかる私に……
しかし、その包帯男はしれっと言ってのけたのだ。
「俺はな、
「…………」
――驚いた……
――なんですかそれ……どんな根拠……
「おお、そうだ!……それから最初の一手は俺が指示するが、その後の事はお前に任せる」
「…………は?」
私は我が耳を疑った。
――任せる?……なにを?
「だ・か・ら、指示だよ、作戦指示……
そう言って
「…………」
強引に持たされた”それ”を呆然と見る私。
「
「知ってますっ!それくらいっ!!……て言うか、そんな高度な判断、少しでもタイミングがズレれば全滅……いいえ、そもそもそんな才能は私にはっ!!」
私は必死で抗議していた。
――それはそうだ……
軍師を目指し、”
「おまえ策士だろうが?希有なる天才軍略家、
「っ!!」
なんということの無い顔でそう言う包帯男に、私は頭に血が上った!
「私には無理ですっ!!現にこの”
「…………」
「…………」
つい取り乱して叫ぶ私……
気がつくと二人に……
会議室のテーブルを囲んで腰掛けた、鈴木
「……ぅ」
――だって……仕方無い……
私は軍師に憧れてここまで来たけど……
頑張ってきた、一介の村娘から姫様直属の”
頑張ってきたけど……
到底……未だそんなレベルには至っていない。
――そんな私が
――尊敬する姫様の未来を左右する様な大事の判断なんて
「で……だ、
「って、聞いてるの!?鈴木
動揺する私を無視して一枝さんに話を進める男にツッコんだ時……
――っ!!
本当に瞬きする合間にでも移動したかの如き魔法の動作で、猛烈に抗議する私の間近まで近寄っていた。
「……う」
「…………」
――ち、近い!近い!近いぃぃっ!!
てか、なんでこの男、座ったままでそんな機敏に動けるの?
武術素人の私には全く反応できない身のこなし……
そんな動きに私は固まる。
「……ほぅ」
そして同じく座ったままの
「俺はな……」
――だ、だから近いって!……これじゃ息も……く、唇さえ触れそうな……
「俺は出来ない奴に仕事は振らないって言っただろ?
「っ!?」
――緊張で固まっていたはずの私の
ピクリと反応した。
「…………」
「…………」
奇妙でしか無い風体の包帯男の顔……
グルグル巻きの包帯から露出した彼の瞳が……
「ぁ……」
凄く綺麗に輝いて……
ガタッ!
――っ!?
突然席を立った
「取り込み中かもしれんが、私は行く……そろそろ準備にかかる必要があるしな」
そう言って部屋のドアに向かう
「そうか?じゃあ作戦決行までの間、戦線を維持しといてくれ」
包帯男は相変わらず緊張感の無い表情と声で、その背に軽く手を上げて見送っていた。
「…………」
――うう……気まずい……
のは……私だけだろうか?
「そうだ……
普段はそういった言葉に無縁な武人……”
「か、
当の本人は自分の言葉が照れくさかったのか、再びそそくさと背を向ける。
「まぁ、最悪その”包帯男”が死ぬくらいだ……ふふふ」
そして今度こそ部屋を出て行く背中越しに聞こえた声は、私も初めて聞くような少し楽しそうな声色だった。
「おいおい……」
私が失敗したら死ぬだけの”包帯男”、鈴木
「この戦……
そして、微塵も疑うことの無く不敵に笑った包帯おと……鈴木
「…………了解……致しました」
私には生涯忘れられないものとなった。
――
―
「
その報告に私は現実に引き戻される。
「分かりました、では私たちは時間まで待機します」
自分の指揮する隊に待機命令を出してから、私は再び岩で出来た天井を見上げた。
「……」
――そして、あの男は見事にやってのけたんだ……
東門で迫り来る
そして、ここ北塔では、噂に高い
――”それを叩くために俺は数では無く武人らしく”武”を以てアレに対峙するつもりだ”
――”数”では無く”武”……
――てっきり個人技の”武”だと推測していましたが、まさかその類いの”武”だとは……
よくよく考えれば、”罠の効かない”相手を個人戦闘に持ち込むことは出来ないだろう。
だからこそ、鈴木
彼の言う策を結局、推測できなかった私に、相変わらず小さい
あの包帯男は、呆れ気味に笑いながらも最終的には胸中にある策の全容を話してくれた。
――でもそれって戦術なの?
――聞いた”
そして、本来なら緊張が張り詰める作戦寸前の状況で、それを思いだした私は今更、頭を悩ませていた。
「…………」
――まぁ……どちらにしろ戦術とか作戦という代物の範疇ではないでしょう……ね
結局、結論の出るはずもない事柄に、私はフッと脱力していた。
「本当に……未知の感覚です」
鈴木
”
――あくまで私の感覚で、憶測でしかないけれど……
それは悪く言えば泥臭い。
けれど、より実践的で臨機応変。
――いいえ……彼の構築する策はもっと自由で既存の枠に囚われない
「……」
――そう、
――そうです!
彼の紡ぎ出す戦術を表現するピッタリの言葉は……
――”変幻自在”にして”虚々実々”
勿論、生まれ持った才能もあるのだろうけど、決してそれだけでは無い!
彼を形作る大部分はきっと”これまで生き抜いてきた経験と決意”……
そんな”
”
――私にはそう感じられる!そんな気がする!
「…………」
幼少の頃、古くさい風習ばかりの貧村を出たくて一生懸命に学問に務めた。
――”女なんかに”
何度も何度も諭され、押さえ込まれ……時には殴られて育った。
――”村から出たってお前なんかが上に行けるかよ!どこのお偉いさんにも召し抱えられるわけがないだろうが!”
――”
「…………」
不意に
――”見上げて手に入る視界は小さいわ、そこに立ってこそ周りに世界は広がるの”
それはある書物で感銘を受けた言葉。
だから、その場所を目指した幼い頃の私。
けれど直ぐに世界の広さに圧倒され……到底適わない才能を知って……
「…………」
でも、”
私が見るのは世界じゃ無い……それはきっと”私自身”
必死に修めた学問に囚われず、
知識はそうして自分に溶け込んでこそ本当に自分の世界になる。
「枠から……解き放そう!!”
――ドクンッ!
私の胸は確かに高鳴っていた。
ーートクン、トクン……
この先も知れぬ状況下で。
仕える主君が窮地を乗り越えようと戦っている最中、当然、私自身も粉骨砕身奔走する瞬間にも。
――わたしは……
必死の努力の末に、憧れの主君から与えられた”
――私はきっと、”
澄んだ叡智が見て取れる少女の瞳は眩しいほどに煌めいて、自然と胸の前でギュッと握られた拳には、強く強く力が込められていたのだった。
第四十話「
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