第79話「多事多端な日(ハードワーク・デイ)」前編(改訂版)

 第三十九話「多事多端な日ハードワーク・デイ」前編


 「星志朗せいしろう様っ!本隊第二防御陣、突破されましたっ!」


 「ぎゃぁぁ!!」


 「く、来るぞぉっーうわぁぁーー!!」


 「…………」


 混乱する藤桐ふじきり軍本隊の中、尾宇美おうみじょう攻め藤桐ふじきり軍総司令官たる中冨なかとみ 星志朗せいしろうは馬上にてその光景を眺めていた。


 「くぅっ……左翼側か右翼側には抜けられんのか!?」


 傍らで事態をなんとか収拾しようと奮戦していた側近の中年騎士だが、最早それも適わないと判断して離脱を示唆するが……


 「だ、駄目です!例の敵、遊撃隊対策のため三方に配置した重装歩兵隊が邪魔で直ぐに身動きは取れま……っ!!うわぁぁっ!」


 ――ドドドドドドドッ!!


 「と、突破っ!!突破されましたっ!最終防衛ライン!突破されましたっ!!」


 「なっ!?なんという……まるで”暴風雨”……いや、”疾風迅雷っ”!!」


 「ぎゃっ!」


 「ぐはっ!」


 「うわぁぁっ!!」


 中年騎士、堀部ほりべ 一徳いっとくが思わずそういった感想を口にするも、それに対処する間も無く……


 「き、来ますっ!」


 ――おおおおおぉぉぉぉっ!!


 ――わぁぁぁぁぁぁっっ!!


 ドドドドドドドッ!!


 盛大な地鳴りと供に”敵軍それ”は現れる!


 「”次花 千代理かのじょ”をして”雷刃らいじん”とはよくぞ例えたモノだね、これほどの敵を前にして一合も交えずの離脱は……もう無理っぽいよなぁ」


 自分の直ぐ間近で打ち倒され、蹴落とされて落馬する味方兵士達を眺めながら、整った容姿の爽やかでどことなく浮世離れした人物は、まるで他人事の様に呟いていた。


 「せ、星志朗せいしろう様!ここはこの堀部ほりべが引き受けますので、一先ず後方へ……ぐはぁぁっ!」


 「ふ、副司令っ!!」


 主君に対して言葉を最後まで伝えること無く落馬する中年騎士。


 ――だから対応が遅いって堀部ほりべ……死んでなきゃ良いけど


 「見つけたぞっ!中冨なかとみ 星志朗せいしろうぉぉっ!!」


 「…………」


 まるで帯電したような煌めく紫電の刀身……


 あの”六王 六実隊ゆうげきたい”と比べるべくもない、比べものにならない、正真正銘の強敵かいぶつ


 天才、中冨なかとみ 星志朗せいしろうの前に立ちはだかったのは”日向ひゅうが”全土に名を轟かせた女傑!かつての英傑でその人であった。


 「戦場を引き裂く雷刃らいじん、”武者斬姫むしゃきりひめ”か、お噂は予予かねがね次花つぐはな 千代理ちよりどの……」


 「おおぉぉっ!!」


 「っ!?」


 ガキィィィーーン!!


 星志朗せいしろうの口上を無視した姫武者の剣は、すれ違い様に強烈な火の花が咲いて散らすっ!


 「我が初太刀を受けきるかっ!中冨なかとみ 星志朗せいしろうっ!」


 「つぅっ!……やっぱり……強烈だね、次花つぐはな……」


 ズザァァッ!!


 「!?」


 ギャリィィーーン!!


 「くっ!」


 またも星志朗せいしろうの応えを待たずして、踵を返し再度馬を駆る女の剣が打ち込まれた。


 「勘違いするな!!我が名は”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”が一枚、一原いちはら 一枝かずえ!道理無き藤桐ふじきり 光友みつともに加担せし貴様ら有象無象がびこ現在いまこの瞬間さえも、天都原あまつはら国軍総司令部参謀長という重責を全うされる誇り高き御方、紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこ姫殿下を御護りする護国が剣っ!」


 「…………」


 これ以上無い強力無比な一撃と高らかな名乗りを受けた星志朗せいしろうは、彼らしからぬ苦い表情を浮かべてそっと馬を数歩退いて目前の女武者から距離を取った。


 ワァァァァッーー!!


 ワァァァァッーー!!


 「…………」


 改めて……

 彼の周りはあっという間の混戦、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 そして、

 ”藤桐軍総司令官じぶん”の前にはこの……歴戦の強者つわもの、”武者斬姫むしゃきりひめ”。


 ――これは……


 整った容姿のどことなく浮世離れした天才は今更思う。


 あの”遊撃隊”……

 アレの対処のために編成した別働隊は過ちだったと。


 突撃に特化した敵遊撃騎馬隊対策のため、足が遅くとも高い防御力を誇る重装歩兵並びに遠隔攻撃の弓兵を別働隊の主戦力メインに据えた。


 だがその防御の壁が逆に本隊の自由を奪うことになるとは、全くの想定外だ。


 敵の速度を殺すため左右前後に配置した”鈍重な壁”は、それでも向かって来る敵を迎撃するには十分な機動力であったが、いざ内部の本隊を動かすとなると……


 「高々三百程度の別働隊が三隊……」


 そう、その味方の高々三部隊が本隊の自由を著しく奪う。

 柔軟性を阻害する。


 再三に角度を変え、位置を変えて”敵遊撃隊アレ”につかれ続けた結果、重装別働隊はその対策のためにお互いの連携に重きを置くようになり、可能な限り半径を小さくし距離を詰めていた。


 ――勿論、それに守られる本隊四千もの兵はそれ以上に内部に封じ込まれる結果になる……


 ――何処どこかで見た光景だ、それもつい最近……


 「……」


 それは考えるまでも無い。


 先行部隊が数に劣る敵、岩倉いわくら 遠海とうみ隊にしてやられた反包囲戦術。

 大軍が身動きできない様は正にアレにそっくりでは無いか。


 取りかかる方法と、実行する規模は勿論全く異なるが……


 これは正しく、あの”大軍殺しの包囲網”戦術。


 「……」


 ――日に、同じ手に二度も引っかかった心境はどうだ?中冨なかとみ 星志朗せいしろう……


 天才の頭に、未だ相見あいまみえぬ包帯男の顔が浮かんで消えた。


 「鈴木……燦太郎りんたろう


 そして、思わずその名をボソリと呟いた中冨なかとみ 星志朗せいしろうの顔からは、この戦で初めて笑みが消えていた。


 ――それに、それだけじゃない……


 「次花つぐはな……いや失敬、一原いちはら 一枝かずえ。君はちらが本隊から重装歩兵隊を割いた事により、前衛部隊の防御力が低下した一点を一気に突破して来たという訳か?なるほど……伝士朗でんしろうの隊に為す術無く蹴散らされていたのは演技で、その実、少しでもちらに近い位置取りを……」


 シュバッ!


 整った中性的容姿の中冨なかとみ 星志朗せいしろうを前に、一原いちはら 一枝かずえは馬上で彼の軍を散々に斬り刻んであかまとわり付いた刀身を振り下ろしてその血を払う。


 「あの”ペテン師”は自らを囮に、死んでいてもおかしくない窮地に身を晒し続けた。まんまと幕を急いだ”中冨 星志朗”きさまを我が部隊の射程に誘き寄せるために……”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”が”一原 一枝いちまいめ”と”六王 六実ろくまいめ”を存分に活用し、全てのお膳立てを済ませてだ!」


 「…………」


 ――やられたのか?まんまと僕は……その包帯男に……


 中冨なかとみ 星志朗せいしろうは笑み無く”武者斬姫むしゃきりひめ”の言いたいように言われ続ける。


 「要は天才と呼ばれる貴公より、あの巫山戯た男の方が一枚上手だったと言うことだ。もう諦めよ、中冨なかとみ 星志朗せいしろう!たとえ藤桐軍きさまらが数に勝ろうとこの距離、この舞台では、我が”雷斬らいきり”から逃れることなど不可……??」


 「ふふふ……はは……」


 奪った命のあかを拭い去り、紫電の刀身を再び白日の下に煌めかせた”武者斬姫むしゃきりひめ”の”雷刃らいじん”を目の当たりにして……


 幕と言うべき口上を前にして、それでも”若き天才”は笑う。


 「……貴様?」


 「ふっ、大した”食わせ者”だねぇ、”鈴木 燦太郎かれ”は……けどっ!」


 「っ!?」


 終始緊張感の無かった眼前の男がにわかに放つ殺気に、一原いちはら 一枝かずえの覆われていない左半分の顔が強ばった!


 シュバッ!!


 一息に馬を駆って一枝かずえに向かい来る優男の剣は……


 ヒュォンーヒュヒュッーーヒュォォン!!


 初撃から次撃へ――

 信じられない軌道を描く!!


 「くっ!」


 ズバァァーー!


 一枝かずえが即座に応戦した一撃は、鋭い紫電の突きとなって放たれるが……


 ガキィィ!


 「っ!!」


 ”紫電突きそれ”が星志朗せいしろうの胸を貫くよりも速く、奇道の一撃が彼女の横腹を薙ぎ払っていた!


 ヒヒィィーーン!!


 腹部の鎧を削った一撃に、一枝かずえは体を馬体の反対側へらせて衝撃を逃がし走り抜ける!


 ダダダッ!


 ダダダ……


 一瞬の交錯の後、二人が駆る馬は各々の位置を交換して再び対峙していた。


 「アレを凌ぐんだ?……へぇ、さすが」


 「中冨なかとみ 星志朗せいしろうぉっ!!」


 素直に驚いた顔を見せる星志朗せいしろうに、一枝かずえは半ば愛馬からずれ落ちかけた身体からだを直して再び刀を構えたのだった。


 第三十九話「多事多端な日ハードワーク・デイ」前編 END

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