第78話「武者斬姫 参」前編(改訂版)

 第三十八話「武者斬姫むしゃきりひめ 参」前編


 「”しんのうせん”が議題だと?」


 自家の紋章を施した華麗な白いマント姿の男は、部下の言葉を不機嫌そうに確認する。


 「はい、今回の臨時招集はそう言う内容になるかと、確かな筋からの情報です」


 目の前で不機嫌そうに椅子の肘掛けに頬杖を着いた男、尊大な態度の主人に答える家臣は、小太りで頭髪にチラホラと白髪の交じった、やや草臥くたびれた感じの冴えない中年男だった。


 「……対象は”陽子はるこ”か?」


 「!」


 その尊大な主、藤桐ふじきり 光友みつともという男はそう続け、それを聞いた中年の家臣は驚いた表情を見せる。


 「兼時かねときよ、別に大した推理では無い。にも”京極きょうごくの家”が考えそうなことだ……叔父貴おじきにも困ったモノだな、未だ王位への野望を捨てきれぬとは」


 「そ、それは……」


 主君の言葉に兼時かねときと呼ばれた中年家臣は返答に窮した。


 藤桐ふじきり 光友みつともが言うところの叔父貴おじきとは、この国、天都原あまつはら王弟おうていたる”京極きょうごく 隆章たかあき”を指す言葉で、王太子である光友みつともの叔父にあたる人物である。


 「子女である陽子はるこに”内親王”でなく”親王”を画策するあたり、次代の王位を狙っているのは明らかだろう?」


 「で、ですが、陽子はるこ様は未だ十一になったばかり、それに女子によるしんのうせんは前例がありません、流石に王弟おうていたる京極きょうごく 隆章たかあき公でもそれが通るとは……」


 兼時かねときは元々自身が報告した情報であるが、その内容には未だ半信半疑であった。


 「京極きょうごく家の跡取り、”憲章のりあき”と”健章たけあき”は現在いまは領地を良く治めていると聞くが、奴等は学生の頃から戦術学や兵学、教練はごく平凡だったからな、この乱世では次代の王として俺には遙かに及ぶまい」


 「そ、それは確かに……殿下は隆章たかあき公のご子息とは確かご学友でしたな」


 「学友?……ふっ、別に憲章のりあきが二つばかり上の学年で健章たけあきが一つ下だっただけだ」


 光友みつともは中年家臣の言葉を鼻で笑う。


 「それよりも陽子はるこだ、アレは確か九歳で予科を修了し現在は本科の……」


 「いえ、去年には本科の全課程も修了されたそうです。それも他者を全く寄せ付けないほどの成績を残し、その年の首席で……」


 「……ほぅ」


 兼時かねときは主人の機嫌を損ねないように恐る恐る答えるが、これには光友みつともは何故か満足そうに口端を上げていた。


 因みに”予科”とは通常教科に基本の政治学などを含めた課程で、通常は高校までで習得し、”本科”とは更に高度な政治学や戦術論、軍政学、戦史などの高度な学問を指し、通常は大学、大学院で修学する項目に相当する。


 「やはり俺の対抗馬を用意するなら陽子はるこしか無いと踏んだか……確か陽子はるこ憲章のりあき健章たけあきとは腹違いの妹になるのだったな?」


 「はい、母君は”旺帝おうてい”の燐堂りんどう家から嫁がれた後添えの陽南子ひなこ様で……」


 きょうごく 陽子はるこの母は政略結婚で嫁いできた東の大国”旺帝おうてい”の王、燐堂りんどう 真龍さねたつの娘であり、京極きょうごく 隆章たかあきにとっては後添えであるが、れっきとした正妻であった。


 「だったな……なら俺の推測は先ず間違い無いだろう。叔父貴おじき京極きょうごく 隆章たかあきの狙いは、娘である陽子はるこに俺や憲章のりあき達と同じ親王格を与え、王位継承権をさせること……」


 そう言い放った光友みつともの双眸は、敵らしい敵の登場に爛爛と輝く。


 「あの裏工作に長けた叔父貴おじきの事だ、今回の会議で俺が反対に回っても結果は変わらぬよう算段を整えているだろう」


 「むむぅ……で、では殿下!?」


 「ふっ……」


 主君の説明で事態を完全に把握した中年家臣、兼時かねときの渋い顔に当の光友みつともは笑う。


 「殿下、殿下はどのように……」


 ――コンコンッ!


 兼時かねときがその真意を問おうと口を開きかけた時だった。

 その場に渇いたノック音が響き、続いて一人の剣士が入ってくる。


 「……あ、阿薙あなぎ殿?」


 長めの黒髪を雑に纏め、鋭い眼光を宿した男。阿薙あなぎ 忠隆ただたかだった。


 「主よ、ご命令通り”次花つぐはな 千代理ちより”の身柄を確保致しました」


 「っ?」


 兼時かねときは無愛想な剣士が発した言葉の意味が解らず、思わず主君である光友みつともの顔を見る。


 「そうか……で、次花つぐはな 千代理ちよりは抵抗をしたか?」


 しかし光友みつともはそれが当然だというように頷くと、続いて質問した。


 阿薙あなぎ 忠隆ただたかは主の問いかけに無言で首を横に振る。


 「そうか」


 「で、殿下、次花つぐはな 千代理ちよりの確保とはいったい?」


 短いやり取りをする主君と剣士に、遂に耐えかねた兼時かねときが内容をせっつく。


 「ああ、”あの女アレ”には”句拿くな国”の重臣、次花つぐはな 臆彪むねとらから引き渡し要求が来ていたのだ」


 「っ!!」


 その答えに兼時かねときの顔色はサッと変わる。


 確かにその話は聞いている……が!


 ”あかつき”南西の大島”日向ひゆうが”を制した柘縞つしま 斉旭良なりあきらが率いる句拿くな国。


 その句拿くな国が征服した咲母里さきもり国の家臣で、当時行方不明であった次花つぐはな 千代理ちよりの引き渡し要求が、現在は斉旭良なりあきらの重臣となった彼女の夫、次花つぐはな 臆彪むねとらから再三に渡って藤桐ふじきり 光友みつともの元へ届いていた事だ。


 「し、しかし……殿下はそれを拒否し続けていたのでは?」


 兼時かねときは悪い予感しかしない。


 「ああ、だがな、”あの女アレ”は思ったより使えぬ。役に立たぬ駒は持っていても仕方がないだろう」


 そういう光友みつともの言の通り、次花つぐはな 千代理ちより藤桐ふじきり 光友みつともに降ってから数ヶ月、さしたる働きを見せることも無かった。


 抜け殻のような彼女は既にかつての”武者斬姫むしゃきりひめ”の面影はイチミリも無かったのだ。


 「し、しかし、一度庇護下に置いておいてそれは仁義に……」


 納得がいかないという顔の兼時かねときに、主君たる光友みつともは”まぁ待て”とばかりに言葉を発した。


 「当面の敵たる”七峰しちほう”は大したことが無い、目に付く人材も無く、ただ規模が大きいだけの狂信国家だ……ならば次に障害になるのは”長州門ながすど”だろう?」


 「殿下?」


 「”長州門ながすど”は強いぞ!あの”覇王姫”は中々の別格だ。それの対抗手段としては”句拿くな”との連携が望ましい……なら今のうちに多少のよしみを通じておいて損はあるまい」


 目の前の尊大な主君には、本州西の大国”長州門ながすど”を、その更に西南の島”日向ひゅうが”の覇者である”句拿くな国”とで挟撃するという戦略が既に心中に在るというのだ。


 だとしたら、それは何という行動力、何という自信。


 兼時かねときは改めて自らの主君に驚嘆する。


 「なんと、そんな先のことまで……」


 「戦略とはそう言うものだ。とはいえ、あの女は武人としては正直、期待外れだったが、女としてはそれなりに情も交わした。俺とて思うところが無いわけで無いが……これも戦国の世の常だ」


 言葉の通り、光友みつとも千代理ちよりを何度もしとねに呼び出し逢瀬を重ねていた。


 英雄色を好むと言うが、光友みつともははたして千代理ちよりを女として、そう扱っていた。


 「叔父貴おじきには叔父貴おじきのやり方があるだろうが、誰が相手でも俺が天都原あまつはらの王位に就くのは変わらんし、俺が見るのはその先だ……国の重鎮が雁首揃える今回の席は俺にとっても丁度良い、その場で主導権を握り、この藤桐ふじきり 光友みつともが将来の奴等の主であるという事実と、今後の天都原あまつはらの方針を示してやるには持って来いだ!」


 ――なんと言うことだろう


 ――この御仁は……国の重鎮が揃う場で、現在最も勢いがあると思われる、日向ひゆうがを制した句拿くな国との同盟を提案し、そこで自らが手に入れた”ちより”を示すことによって、その後の”対七峰しちほう”、”対長州門ながすど”戦という大戦の主導権を完全に掌握するおつもりか……


 用意周到というより臨機応変……


 非情というより無情……


 藤桐ふじきり 光友みつともの発想力と行動力はまさしく”いびつな英雄”そのものだと。


 仕えて久しいが改めて思い知る主君の器の大きさに、中年家臣、かしわら 兼時かねときは改めて恐れ入ったのだった。


 第三十八話「武者斬姫むしゃきりひめ 参」前編 END

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