第42話「蝙蝠の城」(改訂版)

 第二話「蝙蝠の城」


 「最嘉さいか様、それで那伽なが領主、根来寺ねごでら 顕成けんじょうの使者は枝瀬えだせ城へ?」


 「ああ、根来寺ねごでら 数酒坊かずさのぼうか?そうだな半日ほど前に向かったみたいだが……首尾は……どうかなぁ?」


 俺は目前の、赤目あかめ領、戸羽口とばぐちから帰還したばかりの宗三むねみつ いちに答えた。


 「それよりどうだ?神反かんぞり 陽之亮ようのすけの”闇刀やみがたな”は役に立っているか?」


 俺の問いかけに、目前の真面目そうな男は頷く。


 「はい、流石は神反かんぞりさんが鍛え上げた特殊工作部隊”闇刀やみがたな”です。戸羽口とばぐちに侵攻する前日に”例の場所”を確認して参りましたが、既に準備は整っているようでした」


 宗三むねみつ いちの報告に俺も頷く。


 臨海りんかい軍、特殊工作部隊隊長、神反かんぞり 陽之亮ようのすけの部隊は、敵への諜報活動と敵勢力の調略、破壊工作を主とする特殊部隊だ。


 機知に富み、行動力に優れ、人心掌握に精通した神反かんぞり 陽之亮ようのすけという男が自ら鍛え上げた特殊工作部隊は臨海りんかい軍内では”闇刀やみがたな”と呼ばれ、情報収集を主とする花房はなふさ 清奈せなの特務諜報部隊”蜻蛉かげろう”と並ぶ、臨海りんかい国の内助の功を担当する重要な部隊だった。


 「ところで捕らえた敵の将、千賀せんが 千手せんじゅとか言ったか?そいつは……」


 そして俺が新たにいちにそう問いかけた時だった――


 「最嘉さいかさまっ!!鈴原 真琴まこと、ただいま我が君の御許おんもとへ帰参…………っ!?」


 陣幕を勢い良く捲り上げ、黒髪ショートカットの美少女が意気揚々と入って来る。


 「って……!!なんでいちが私より先に最嘉さいかさまのお近くに戻ってるのよっ!!」


 「……」


 宗三むねみつ いちに捕虜の詳細を確認しようとした時、鈴原すずはら 真琴まことは颯爽と現れたのだ。


 「くっ、ぜ、ぜったい私が先だと……一番乗りだと……」


 ――おいおい、一番乗りもなにも、真琴おまえいちしかいないだろうが……


 なにがそんなに悔しいのか?

 普段は優秀でキッチリとした性格の常識人である鈴原 真琴まことは、俺の事となると相変わらずであった。


 「……失礼しました、我が君。鈴原すずはら 真琴まこと、”嶌麻しまあさ”よりただいま帰還致しました」


 いちを睨んでいた視線を俺に向け直し、改めて深々と頭を下げ挨拶する真琴まこと


 「ああ、ご苦労だったな……まぁあれだ、真琴まことには”あれの設置”を頼んでいたからなぁ……いちより後になったのは仕方無いだろう」


 俺は右手を挙げて真琴まことの挨拶に軽く応えると、フォローしていた。


 「は、はい!最嘉さいかさま、完璧にこなしました!良い感じの物が揃いましたよ」


 途端に瞳をキラキラさせる真琴まことに、俺はウンウンと頷いてみせる。


 「なぁぁにが”良い物”だ!ケッ!戦の行軍の最中に石拾いなんか始めるとは……臨海りんかい軍は童子わらしかそれとも間抜けの集まりかよっ!」


 ――!?


 聞き慣れない声に、俺といちは声の方を確認する。


 「チッ、臨海軍よそもの共が……」


 荒縄でグルグル巻きに縛られた仏頂面の男が、陣幕の直ぐ入り口で二人の臨海りんかい兵士に挟まれてひざまずかされている。


 成人男子としては身長は低い方だろう。


 しかし、拘束された荒縄からのぞく大胸筋、上腕二頭筋の異常な発達、短く屈強そうな首……


 筋肉達磨という表現がぴったりと当てはまる小男だ。


 「あれが……嶌麻しまあさで捕獲した富士林ふじばやし家臣、望月もちづき 不動丸ふどうまるとやらか?」


 頭に浮かぶ該当の人物名を挙げた俺は、目の前のショートカットがよく似合う黒髪美少女に尋ねる。


 「はい、最嘉さいかさま……すぐに黙らせますので」


 ニッコリと微笑んで応えた少女は、自身の腰の後ろ辺りに装備した二本の特殊な形状の短剣に手をかけながら、陣幕入り口の小男の元へ歩み出す。


 「おいおい、”前鬼ぜんき””後鬼ごき”は物騒だろ!」


 俺は慌ててそれを止めていた。


 ――前鬼ぜんき”そして”後鬼ごき”とは……


 俺の側近、鈴原 真琴まことが扱う二本の短剣で、持ち手の端が輪っかの形状になった、近接戦闘に特化した特殊短剣だ。


 「そうですか?承知致しました、我が君」


 直ぐさま足を止め、振り向いて俺に一礼する真琴まこと


 「……」


 ――真琴まこと……その微笑みが余計に怖いって……


 「我が君の寛大なお心に感謝しなさい下郎、さぁ、ひれ伏しなさい」


 直後、その笑顔を一転させた美少女は、拘束された小男を冷たい瞳で見下ろし、そして両脇の兵士に目配せする。


 ガシッ!


 「ぐっ!ぐぅぅぅ……」


 真琴まことの合図で兵士達に両端から押さえつけられ、強制的に地面にひれ伏す形になる小男。


 「……」


 こんな感じで、俺に暴言を吐く様な輩に対しては、多少やり過ぎ感のある真琴まこと


 「それで、最嘉さいか様、先ほどのお話の続きなのですが……」


 それに多少呆れていた俺に、いちは宙ぶらりんになっていた話をを継続させた。


 「あ、ああ、そうだったな……えっと、そうそう、捕虜となった敵将、東雲しののめ家臣、千賀せんが 千手せんじゅと……そこで潰れてる富士林ふじばやし家臣、望月もちづき 不動丸ふどうまるとやらは、どうやって捕虜にした?」


 「どうやってですか?」


 「それは……」


 少し要領を得ない俺の問いかけに、いち真琴まことはぱちくりと目を見合わせる。


 「はい、私の方は……千賀せんが率いる東雲しののめ軍が戦闘に敗北した後、速やかに降伏しましたが」


 「こちらも同様です、敗北した後はあっさりと降りました」


 いちに続いて真琴まことも答える。


 ――なるほど……


 那伽なが根来寺ねごでら 数酒坊かずさのぼう曰く……

 ”あめ千手せんじゅ”と”鉄岩てつがん不動丸ふどうまる”との異名を持つ赤目あかめきっての忍頭……闘将がねぇ……


 「最嘉さいかさま?あの……」


 「ああ、解った、大体な」


 俺は不思議そうな顔のままの真琴まことにそう応えると、未だ地面に張り付いたままの小男、望月もちづき 不動丸ふどうまるとやらを兵士達に命じて向こうへ連れて行かせた。


 「なんにせよ、そろそろ”枝瀬城むこう”から動きがあるだろうなぁ……」


 そして、目前に並ぶ二人の側近、宗三むねみつ いちと鈴原 真琴まことに向かって俺はそう呟くのだが、その後間もなく――


 枝瀬えだせ城城主、荷内にだい 志朗しろうから全面降伏を了承したと告げる使者が、臨海軍おれたちに入城を求めて来たのだった。



――


 険しい山越えを経て赤目あかめ領土へと続く二つの山道、”戸羽口とばぐち”と”嶌麻しまあさ

 臨海りんかい側から赤目あかめ領内に攻め入るルート上の最初の難関である。


 そしてこの二つのルートを押さえた先に存在する”枝瀬えだせ城”

 赤目あかめを取り仕切る”四十八家”のひとつ、荷内にだい家の荷内にだい 志朗しろうが守護する城だ。


 「約定をたがえるおつもりか!荷内にだい殿っ!」


 枝瀬えだせ城内、謁見の間にて――


 数人の兵士に押さえつけられた僧侶が一人。


 一段高い主座の前に立つ初老の男に、尋常ではない剣幕で詰め寄っていた。


 「そう言われるな、数酒坊かずさのぼう殿……わしとて苦しい立場なのだ」


 白髪頭の髪を後ろで束ねた初老の男は、自身にくってかかる坊主を覇気の無い困り顔で眺めて答える。


 「しかし!荷内にだい殿!貴殿は確かに約束された筈ですぞっ!力を示せれば、今の四十八家による赤目あかめの支配に異を唱えると……新たなる力でこの赤目あかめの再編と再生をと……」


 何も納得できないと、坊主は更に食ってかかる!


 「解ってくれぬかよ、数酒坊かずさのぼう殿……わし其方そちと同じ仏徒として今は赤目あかめでは……大国”旺帝おうてい”から圧力を受ける赤目あかめ領内では、七神道しちがみ信仰に敵対する異教徒として他の四十八家からの疑いの目を向けられておるのだ」


 「なれば、それこそがっ!それこそが、荷内にだい殿が立ち上がった理由では無かったのですかっ!」


 「……」


 白髪の男が眉間には更に深い溝が刻まれ……


 その男、この城の主である”荷内にだい 志朗しろう”は、完全に目前の僧侶から目をらしたのだった。


 「この坊主を……根来寺ねごでら 数酒坊かずさのぼうを拘束して牢へ放り込んでおけ!」


 「に、荷内にだい殿っ!!」


 途端に両脇から兵士達に腕をひねり上げられ、捕縛される根来寺ねごでら 数酒坊かずさのぼう


 数人の赤目あかめ兵士によって連行されていく僧は、未だ何かを叫び続けていたが、そのうちそれも聞こえなくなり……


 場には命令を出した荷内にだい 志朗しろうと、その前に片膝を着いて控える黒装束の男、あと数名の護衛兵だけになっていた。


 「軒猿のきざる……これで我が荷内にだい家が四十八家のひとつとして、二心無いと解ったであろう」


 難しい表情でそう言い放つ荷内にだい 志朗しろうに、黒装束の男はスッと音も無く立ち上がった。


 「承知……この後は我が主の提示した策を用い、赤目あかめの頭領の一人として恥ずかしくない戦果を」


 ――口元を黒い布で覆った、如何いかにも忍びという装束の男


 所作には一分の無駄も無く、音どころか僅かな空気の乱れさえも無い。


 それは、唯立ち上がっただけだというのに、この男の会得した体術が尋常で無いと言う事を物語っていた。


 「……」


 黙って頷く”枝瀬えだせ城主、荷内にだい 志朗しろう


 「臨海りんかい王、鈴原 最嘉さいかは中々の策士だという噂、しかし我が主の策はそれをも凌駕する事は必定……疑うこと無く完遂されれば何の憂慮もありませぬ。この事、ゆめゆめ忘れ無きよう……」


 会話の内容にそぐわぬ抑揚のないトーンで淡々と話す忍びの男。


 「承知しておる、わしとて赤目あかめ主家の一人だ、抜かりは無い…………ぬしの主君、鵜貝うがい 孫六まごろく殿にそう伝えよ、赤目あかめ四十八家が一氏、荷内にだい 志朗しろうは、臨海りんかい王、鈴原 最嘉さいかの首級献上を以て身の潔白を証明するとなっ!」


 「……」


 荷内にだい 志朗しろうの啖呵……しかし”軒猿のきざる”と呼ばれた忍びは微動だにせず佇んでいた。


 「まだ何かあるか?……軒猿のきざる


 流石に苛立った口調になる荷内にだい 志朗しろうに、軒猿のきざるは静かに頭を下げた。


 「…………いえ、ご武運を」


 軒猿のきざると呼ばれた忍びはそう応えると、その場から影のように静かに姿を消した。


 ――

 ―


 「ふん、言われんでも解っておる……信仰を蔑ろにした儂にはもう、これしか道は無いのだからな……」


 黒い影が消えた枝瀬えだせ城、謁見の広間――


 白髪初老の人物はそう呟くと、残った数名の護衛兵に目配せして人払いをした。


 「…………」


 そして人の気配の無くなった場所で……


 他人により”策略”が既に幾重にも整えられた枝瀬えだせ城、謁見の広間で……


 四十八家の一氏、枝瀬えだせ城主の荷内にだい 志朗しろうはゆっくりと主座に腰を下ろす。


 「我が家の存亡は……鈴原……最嘉さいか……の……首……か」


 何時いつしか”氷”になった男の眼光は……鈍く光っていた。


 第二話「蝙蝠の城」END

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