第43話「虎穴」(改訂版)

 第三話「虎穴」


 枝瀬えだせ城城主で赤目あかめ四十八家の一氏、荷内にだい 志朗しろうが出した降伏の条件は三つ。


 ひとつ、領民、城内の兵士の安全を保証すること。


 ひとつ、城主である自分とその一族に寛大な処遇を約束すること。


 ひとつ、入城の際には捕虜となった東雲しののめ家臣、千賀せんが 千手せんじゅ富士林ふじばやし家臣、望月もちづき 不動丸ふどうまるを連れて入城すること。


 「……」


 俺は降伏した荷内にだい 志朗しろうの居城、枝瀬えだせ城へ向かう馬上で考えていた。


 ――前の二つの条件は極めて普通だ


 ――そして最後の一つは……捕虜の二名を旧知である荷内にだい 志朗しろうは説得できるという


 最前線で戦う赤目あかめきっての猛将である両名なら、赤目あかめ内の情報、増強される戦力面、どれをとっても臨海りんかい軍の力になるはずだからと……


 「一応、筋は通っているな……」


 俺はここまでで感じたいくつかのと合わせて更に思考する。


 「…………………………」


 ――なるほどねぇ、中々に……練られている


 およそ裏で誰が糸を引いているかは察しが付くが……


 ――やはりな、面白い、受けて立とうじゃないか

 ――そういう戦いもまた俺の望むところだ!


 俺が馬上にて、そんな結論に達した時だった。


 「鈴原さまぁー!こちらです!鈴原 最嘉さいかさまぁぁーー!!」


 ――!?


 臨海軍おれたちが行軍する前にポツンと立った人影が一つ。


 俺はその叫び声で思考中の意識を進行方向前方に戻していた。


 「……」


 前方の道脇で、ボサボサ頭髪の頭上で手を大きく左右させる人物。


 質素な袈裟に質素な草履履き、そして使い古したボロボロの刀を腰に差した、極々有り触れた男……


 「”あれ”は……見た顔だな」


 「はい、那伽なが領主が使者である根来ねごでら 数酒坊かずさのぼうの部下で川辺かわなべ 太郎次郎たろうじろうという男です、最嘉さいか様」


 馬上から前方に向け眼を細める俺の呟きに、そっと馬を寄せてきた宗三むねみつ いちが答えた。


 ――ああそうだ、そうだった。あの生臭坊主が連れていた男……


 そんな確認をしている間にも距離は縮まり、行軍の中心付近に居る俺がそこを通る時には、その人物は道端でひざまずきボサボサ頭髪のこうべを垂れていた。


 「出迎えご苦労だったな川辺かわなべ 太郎次郎たろうじろう、首尾はどうだ?」


 いちの手助けで思いだしたばかりの男に、馬上から俺は問いかけた。


 「お任せ下さい!数酒坊かずさのぼうが万事うまく説得致しておりますはずです」


 顔を上げ、もう一度ボサボサ頭でお辞儀した男は上機嫌に口を開く。


 「そうか、よくやった……で?」


 「…………で?」


 話が終わっていないと続ける俺に、キョトンとする川辺かわなべ 太郎次郎たろうじろう


 「城の様子はどうだ?ざっと見て兵数はどんなものだ?配置は?あと……」


 暫し軍を止め、不思議そうな顔の男に次々と質問する俺。


 「は、はぁ……それは……先ずは……で……」


 俺の質問に戸惑いながらも、ボサボサ頭で袈裟姿の有り触れた男、川辺かわなべ 太郎次郎たろうじろうは律儀に一つ一つ答えていった。


 ――

 ―


 そして暫し……


 枝瀬えだせ城から来たばかりの男が知りうる情報を洗いざらい聞き出した俺は……


 やはり一つの結論に達する。


 「そうか……大体解った、大義だったな」


 「はぁ、ありがとうございます……」


 川辺かわなべ 太郎次郎たろうじろうはそう言いつつも、俺の行動に対して要領を得ない顔だ。


 「では、行くか」


 だが、そんなボサボサ頭男の疑問に一々説明する義理も意味も俺には無い。


 俺は隣で控えていたいちに、再び行軍の命令を出す。


 「あっ!あのーー」


 再び馬を出す俺に、小走りですがるように走り寄って来るボサボサ頭男。


 ――っ!


 すかさずいちとは逆側に併走して控えていた真琴まことが腰の短剣に手をやった。


 「真琴まこと


 俺は大丈夫だと真琴まことに目配せし、息を切らしながら走る男に尋ねた。


 「なんだ?お前は休んでいて良いぞ、後からゆっくり来れば」


 「い、いえ、ご一緒します、しますとも!数酒坊かずさのぼうからもそう命を受けておりますので……」


 「そうか?」


 はぁはぁと息を切らせすがる男に俺は頷いた。


 「ち、因みに……はぁはぁ……鈴原様……はぁ……入城するのはこれだけで?」


 「ああそうだ」


 「はぁ、こ……これだけ?……はぁ、はぁ……ざっと見て百も無いと思いますが……はぁはぁ!」


 「…………真琴まこと


 「はい、我が君」


 「この鬱陶しい男に馬を」


 隣でこんな鬱陶しい感じで着いて来られたら落ち着かない。


 真琴まことは一度、足下のボサボサ頭男を睨んだ後で、俺に良い返事をしてから部下に馬を用意させる。


 「あ、ありがたき幸せ……で、あの……」


 男は礼を言いつつも、相変わらず汗まみれの鬱陶しい顔でしつこく疑問を投げかけてくる。


 「……大方の兵は陣に置いてきた」


 面倒臭いが……この男の健闘賞ってところだ、俺は答えてやる。


 「な、なんと!如何いかに相手が降伏したと言え、それは……」


 用意された馬に跨がりながらも驚きの声を上げる男。


 「問題ない」


 「ですか?……確かに荷内にだい 志朗しろうは全面降伏し戦闘の意思はないと思われますが……」


 「川辺かわなべ 太郎次郎たろうじろう!」


 俺は、今は馬上にあって併走する男の名を呼んだ。


 「はっ!」


 ようやく息が整ったのか、良い返事を返すボサボサ頭。


 「一応言っておくが、これは罠だ」


 「はっ!……はぁぁぁ!?」


 そして、返事のため開いた口をそのままに間抜け顔で俺を見る。


 「いち真琴まこと、我らはこれより”虎穴”に入る!」


 「はっ!」


 「はい、我が君っ!」


 思わず馬の足を止めたボサボサ頭の男を残し、我が臨海りんかい軍は”赤目あかめ”第一の要所、枝瀬えだせ城へと足を踏み入れるのだった。



 ――変わって


 ここはその枝瀬えだせ城内、謁見の間。


 主座に座した白髪頭の髪を後ろで束ねた初老の男は……

 前で膝をつき報告をする兵士に頷いていた。


 「そうか、臨海りんかい王、鈴原 最嘉さいかは城内に入ったか……で手勢は百ほど」


 その言葉に、並んだ武将の一人が首をかしげる。


 「志朗しろう様、これはどういうことでしょうか?如何いかに我らが降伏したといえ、あまりにも無防備……対天都原あまつはら南阿なんあ戦の立ち回り方、そこから伝え聞く噂を考慮しましても、それほど迂闊な男だとも思えませぬが」


 部下の言に荷内にだい 志朗しろうは眉間にしわを寄せ、少し考える。


 「現在、眼下の瀬田せた丘陵に陣取る臨海りんかい軍の総兵力は三千ほど……あくまで臨海りんかい軍の目的は我が赤目あかめ領全土の制圧でしょう。枝瀬えだせ山の山頂に位置するこの城に入城するよりは次の遠征を考えて本隊は待機させているのでは?」


 前の武将の言葉を受け、口を紡ぐ主に代わって、別の武将が自分なりの見解を述べた。


 「……むぅ」


 「…………」


 謁見の間に会した武将達はそれぞれ頭を捻るが……


 敵将、鈴原 最嘉さいかの思惑を射貫いた様な答えは出ない。

 

 「この際……」


 ――っ!?


 暫しの沈黙の後、初老の城主、荷内にだい 志朗しろうが口を開き、武将達は一様に主の方を見る。


 「この際……だ、臨海りんかい軍のやり方など問題ではない。この城に臨海りんかい兵が少ないのは好機であるし、残る兵力の所在も瀬田せた丘陵に集う約三千と把握してある、伏兵やしゃくな策が無い以上は、この枝瀬えだせ城にその間抜けな姿を見せた奴らを葬るのみ」


 「た、確かに……」


 「殿のおっしゃるとおりですな」


 「嶌麻しまあさ戸羽口とばぐちで敗北したのは想定外ですが、その時も正攻法でしゃくな策は弄していないと聞きます、鈴原 最嘉さいかの”希にみる知恵者”という噂は尾ひれが付いたものかと……」


 枝瀬えだせ城主、荷内にだい 志朗しろうは思う。


 元々、仏徒である自分が那伽なが根来ねごでら 数酒坊かずさのぼうが調略に乗って腐敗したあかを見限ろうとしたのが始まり……


 だが、そんなわしの思惑も、数酒坊かずさのぼう……いや、鈴原 最嘉さいかの策も全ては我が赤目あかめ随一の智将、鵜貝うがい 孫六まごろくたなごころの上。


 鈴原 最嘉さいかとは恐らく才気在る若者であろうが、の老獪の恐ろしさを知らん。


 そう言う意味では、赤目あかめに深入りしなかった父親の前臨海りんかい王、鈴原 たいの方が賢明であった……


 つまり若さとは、恐れを知らぬだけで無く、己の測りも知らん。


 ――裏切りを裏切る卑怯者であるわしが言えたモノでは無いが……


 鈴原 最嘉さいか……敵ながらこんな所で若き才能を摘むのは惜しいが、儂も背に腹は代えられんのだ!


 「そうだ!小物が一度のマグレで分不相応の評価を得ることは戦場ではよくあること、それにそもそも備えが万全なら策など入り込む余地は無いっ!」


 白髪頭の荷内にだい 志朗しろうはそう言って立ち上がると、報告に跪いたままの伝令兵に告げた。


 「先ずは捕虜になっている千賀せんが 千手せんじゅ望月もちづき 不動丸ふどうまるの身柄を受け取れ、そして臨海りんかい王と少数の人間だけ謁見の間に案内せよ、此方こちらも儂と側近数人で会うと伝えてな」


 伝令兵は頷くとその場を後にした。


 「これで袋の鼠ですな……臨海軍やつらは」


 「ふふん、そうだな、しかしここまで来て謁見の間ここに少数で来ることを拒むこともあり得る」


 勝利を確信したニヤけ面の武将達を荷内にだい 志朗しろうは主座前から見渡す。


 「既に臨海軍やつらは迂闊にもこの城に入った、それが命取りだ……臣従を示すため城内にはまとまった兵力は置いていないが、それでも百程度の臨海りんかい軍に後れを取ることは無いし、もしそうなってもそれ自体が既に鵜貝うがい殿の術中である」


 ――っ!?


 城主、荷内にだい 志朗しろうから出たその名に武将達がざわめく。


 荷内にだい 志朗しろうはそれを眺め、複雑な心情に口元を歪めながらも宣言する。


 「赤目あかめにもとびきりの知恵者は存在する……数多の戦場を経験した老獪なる知恵者、鵜貝うがい 孫六まごろくにその手の勝負を挑んだのが運の尽きだ、臨海りんかい王よ!」


 「まさしく!裏の裏とは忍びの国、我らあかの真骨頂!その点に置いて他に後れを取ることがあろうかっ!」


 「赤目あかめ四十八家、御三家にして赤目あかめ随一の知恵者、鵜貝うがい様に臨海りんかい王の首級をっ!」


 二人の武将がいきり立って叫ぶのを合図に場は爆発し、荷内にだい 志朗しろうの意図通りに戦意は既に十二分に行き渡っていた。


 ――おぉぉぉっ!!


 ――わぁぁぁっ!!


 「…………」


 自身が準備した”沸き立つ場内”で、白髪の男は複雑な笑みを張り付かせたまま……そっと視線を落とす。


 「…………信仰を裏切り、約定を裏切る……卑怯に卑怯を重ねるわしは……身の程知らずの臨海りんかい王よりも遙かに愚かにして卑劣…………それこそ鵜貝うがい殿の策の歯車に過ぎんな……」


 ――おぉぉぉっ!!


 ――わぁぁぁっ!!



 だが――


 枝瀬えだせ城主である初老の男の、その言葉を拾う者は……この場にはもう誰もいなかった。


 第三話「虎穴」END 

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