第23話「最嘉と南阿の風雲児」 前編(改訂版)

↓久鷹 雪白のイラストです↓

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 第二十三話「最嘉さいか南阿なんあの風雲児」 前編


 ――なるほど、だから付きまとっていたのか……


 命令を半ば放棄して覧津みつ城から勝手に那知なち城に来る。


 近代国家世界あちらがわでは俺と真琴まことが待ち合わせした屋上まで、何故かついてくる。


 ファミレス”ゲスト”の件に、今回の覧津みつ視察……



 それは南阿なんあの間者として、俺の監視、もしくは情報を手に入れるための行動。


 ――雪白かのじょの行動原理が謎?


 いやいや、ちゃんと一貫しているじゃないか。


 「……」


 ――俺の目もとんだ節穴だな……


 しかし……今更、自己弁護する訳では無いが、雪白ゆきしろという個性キャラが俺の判断を狂わせたのだろう。


 帯剣した四人の手練れに、こっちは丸腰で囲まれ、あまつさえ咽元に刃を突きつけられている。


 ――この状況は良くないな


 更に付け加えたくは無いが、その四人の内二人は”達人級”の戦士だろう。


 ――”純白の連なる刃ホーリーブレイド久鷹くたか 雪白ゆきしろと……


 俺は左斜め後ろにいる、スキンヘッドで愛想悪そうな男をチラリと視界に捉える。


 ――まぁ……此奴こいつも多分、化け物の類いだな


 「……はぁ」


 俺は身動きを取れない状態で溜息をいていた。


 「話は簡単じゃ、俺はこの後”天都原あまつはら”を攻めるき、そん時に貴様きさん臨海りんかいは南方から天都原あまつはらの補給経路を断て!」


 ――天都原あまつはらを攻める?南阿なんあが?


 伊馬狩いまそかり 春親はるちかと名乗った女の様な顔の男は横柄に要求とやらを提示する。


 「…………”蟹甲楼かいこうろう”を取り戻すつもりか?」


 そして俺は、奴の企みを推測した。


 「そうじゃ、じゃがそれはあくまでも足がかりに過ぎん……その後は、そのまま天都原あまつはら王領へ畳みかけるつもりよ!」


 ――おいおい……


 俺は正直呆れていた。


 この状況で?


 それは現在、刃を突きつけられ囲まれた俺と、先の日乃攻防戦いくさで惨敗した南阿なんあの両方に当てはまる言葉だろう。


 「頭は大丈夫か?あれだけ手痛くやられたのは、ほんの数週間前だろうに……」


 「貴様きさんには”日乃ひの”をくれてやる、どうじゃ?」


 そう言う意味で自然と口に出た俺の反論には耳を貸さず、脅しという名の交渉を続ける伊馬狩いまそかり 春親はるちか


 「…………日乃ひのは既に俺のものだと思うが?」


 そうだ、先の天都原あまつはら南阿なんあで争われた日乃ひの攻防戦で俺がドサクサで掠め取った。


 元々の持ち主である天都原あまつはらに返せと言われるのならまだしも、南阿なんあに言われる筋合いは全くない……というか返す気は更々無いけどな。


 「いいや、日乃ひのは俺の領地じゃ、先の戦で光友みつとものガキとそう言う約定を交わした」


 ――光友みつとも?……藤桐ふじきり 光友みつともか……なるほど、こう繋がってくるのか


 春親はるちかのその言葉で、俺は先の一連の戦いが単に国家同士の戦争だけで無く、天都原あまつはら国内の覇権争いという陰謀絡みだと知るに至る。


 ――天都原あまつはら王宮内の権力争いね……陽子はるこも大変だな


 とはいえ、やはりえげつない男だ、藤桐ふじきり 光友みつとも……


 今回は京極きょうごく 陽子はるこが上を行った様だが、やはり共々油断のならない相手だ。


 「どのみち貴様きさん天都原あまつはらとは敵対するしかないじゃろ?なら我が南阿なんあの軍門に降れ、そうすりゃ臨海りんかい日乃ひの貴様きさんにくれてやるき、悪い話じゃな……」


 「ことわる!」


 ――っ!?


 俺が日乃ひのを掠め取った事による臨海の天都原からの離反……

 それを織り込み済みに交渉しようと企んだのだろうが……


 俺と陽子はるこの間は正直その程度の事で壊れない。


 陽子はるこは平気で命懸けの戦いに俺を利用し、捨て駒とすることも厭わず、俺は彼女にせっせと尽くしながらも、平気で今回のような行動を取ることもある。


 恋慕?主従?信頼?……そもそも俺達二人の関係はもっと複雑で、言うなれば……


 言うなれば……


 って、俺自身にも全く解らない関係だ。


 ――陽子はるこはどう想っているのか……滅茶苦茶興味はあるけどなぁ……


 「……」


 とはいえ、俺の空気を読まない言葉で、一瞬にして周囲の空気が張り詰めるのがわかった。


 チャッ!


 左斜め後ろのスキンヘッドが静かに剣の柄に触れ、右斜め前の落ち着いた雰囲気の髭男は何事か思案しているように顎の辺りをさすっている。


 「……」


 ――そして背後の……雪白ゆきしろは……


 「貴様きさん、死ぬぜよ……」


 伊馬狩いまそかり 春親はるちかの切れ長の瞳に一瞬ギラリと殺意が宿る。


 「日乃ここでか?俺を殺してもお前達はどうする?たった三……四人でその後はどうする?とても南阿なんあに逃げ帰れるとは思えないが」


 脅しには脅しで対抗し、俺は考える……


 ――南阿なんあ伊馬狩いまそかり 春親はるちか


 支篤しとくの小国であった南阿なんあ支篤しとくという島を統一するまでの大国にまで築き上げた男。


 南阿なんあの君主になって三年で支篤しとくの西半分を押さえ、天南てな海峡を挟んだ本州、大国天都原あまつはらへの侵攻を開始した。


 以降、強固な要塞”蟹甲楼かいこうろう”を要して十一年間、大国天都原あまつはらと互角に渡り合いつつ、同時に支篤しとく東部を次々と押さえ、支篤しとく統一を成した南阿なんあの風雲児。


 俺が子供の頃、噂に聞いた”あかつき”に覇を唱える傑物の一人だ……


 「……」


 ――その英雄おとこが今……俺の目の前にいるのか……


 「……」


 「……」


 相変わらず咽元に刃を突きつけられた俺と、水瓶の上に立て膝で座る春親はるちか


 二人は無言で睨み合う。


 「……有馬ありま


 一頻り俺と睨み合った後、春親はるちかは髭の方の家臣を呼んだ。


 風格ある髭の男……有馬ありま?は頷いた後で、如何いかにも思案しながらと言った風を装い口を開く。


 「……そうですな、ですが、我が方もこの日乃ひの領内の堂上どのうえ城に二千、那知なち城に千、そしてこの覧津みつ城には二千の兵が駐留して居るようですが?それらを一斉に発起させれば中々に踏ん張れるかと……」


 ――ちっ、痛いところを……


 俺は日乃ひのを手に入れるため、雪白ゆきしろ白閃隊びゃくせんたいを借り受けた。


 そしてこの髭が言うとおり、現在、各城にはそれだけの兵が駐留している。


 元々の日乃ひのの兵力とあれから補った臨海りんかい兵を合わせれば、勝利は揺るがないだろうが……


 相手はあの白閃隊びゃくせんたい此方こちらも相応の被害を覚悟する必要があるだろう。


 ――グイッ!


 「……っ」


 更に俺の咽元で光る刃……

 

 伊馬狩いまそかり 春親はるちかの刃は血を吸う準備はいつでも出来ているということだ。


 俺はそんな状況を再認識させられ、そして……改めて答える。


 「南阿なんあとの共闘は断る!春親おまえ足下そっかに立つつもりも無いな」


 ――っ!!


 再び周囲の空気がざわめいていた。


 「貴様きさんは、なかなか骨のある男の様じゃ……個人的には気に入ったが……」


 春親はるちかの長剣を握る手に力が籠もる。


 「そうか?だが、どうせ気に入られるなら”男女おとこおんな”でなくて本当の女の方が良かったな」


 ――っ!!


 ――!?


 瞬間!明らかに今までと違う雰囲気……例えるならばっ!!


 ――その場の空気に亀裂が入った!?


 さっきまでのざわめく感じじゃ無い!明らかな殺意!


 シュバッ!


 突き出される刃っ!


 ――俺は……


 ガギィーーーーンッ!!


 「くっ!」


 ――俺は……


 「…………っ!」


 ――どうやら生きているようだ……


 「……なにをしとるがじゃ……えぇ!にんぎょぉぉぉう!!」


 俺の首を突く寸前で弾かれた春親はるちかの長剣。


 春親ヤツの長剣は、今度はそれを防いだ人物……俺を庇った?……


 白金プラチナの髪の美少女に振り上げられていた!


 ――しゅおぉぉぉぉんっっ!!


 竿のようにしなる長剣!


 「……」


 しかし標的ターゲット雪白ゆきしろは全く抵抗の動作を見せない!


 剣先は弧を描き、少女の白い首筋に……


 ――くっ!まずいっ!


 「春親はるちか様!」


 ビシュッ!


 「……」


 「……」


 ――危機……一髪だ……寸前のところで刃は制止する


 先ほどまでの俺のように、咽元に鞭のような竿のような、奇妙な長剣の切っ先をあてがわれて突っ立った美少女。


 「…………」


 雪白かのじょは俺を救った短刀をだらりと下げたまま、無抵抗で白い咽を晒して立ち尽くす。


 「やれやれ……殺しては元も子もないでしょう……春親はるちか様」


 風格ある髭の男は、ややわざとらしく冷や汗を拭う仕草をしながら主君に話しかける。


 「……」


 一応、部下の進言を受け入れたようだが、伊馬狩いまそかり 春親はるちかの中性的な顔は仏頂面だった。


 「さあ、臨海りんかい領主……鈴原殿も意固地にならずに、ここはお互い過去は忘れて利を追求しようではないですか……どうですかな?」


 「……」


 春親はるちかの家臣の取り成しに、俺は一度、雪白ゆきしろを見てからゆっくり頷いた。


 ――ついさっき死にかけたというのに、なんだその無表情……本当に人形のつもりか?


 そんな事を考えながら、俺は助けて貰ったにも拘わらず彼女に少し苛立っていた。


 「南阿なんあの”蟹甲楼かいこうろう”攻めは手伝ってやってもいい……だがその条件は金品だ、それなりの額を事前に支払って貰う」


 俺は改めて仕切り直し、ぶっきらぼうにそう条件を提示した。


 「だ、そうですが、春親はるちか様?」


 そして風格のある髭は、こちらも相も変わらず仏頂面な主人にお伺いをたてる。


 「……」


 ――有馬ありまとかいったっけ?他人事とは言え、この髭男もこんな主君で大変だな……


 「春親はるちか様、鈴原殿の条件、どうですかな?」


 とはいえ、それほど困った様子でも無い所を見ると、こういう事は馴れっこなのか?


 「……あくまで、俺の下にはつかんつもりかよ?」


 「真っ平ごめんだな」


 不機嫌な”男女”に俺は即答する。


 「…………わかった……今回は退いちゃる……今回だけぜ……」


 俺はその言葉を聞こえないふりをして、白い首筋に長剣の切っ先を突きつけられた白金プラチナの美少女を見た。


 「そろそろ開放してやったらどうだ?結果的には、ゆきし……”純白の連なる刃ホーリーブレイド”のおかげで話はまとまったようなものだろ?」


 その途端、俺の言葉に春親はるちかいびつな笑みを浮かべた。


 ――なんだ?


 グイッ!


 「お、おいっ!」


 いやらしい笑みを浮かべた男により、一寸、突き出される刃!


 「……」


 雪白ゆきしろの咽は圧迫され!今にも突き刺そうかという切っ先を前に……


 「……」


 ……それでも彼女は……無表情で……更に僅かに顎を上げるのみだった。


 ――だから……なんだよ!それは……


 俺の心はやはり……苛立つ……


 「貴様きさん?……まさかこの女に入れあげちゅうか?」


 「っ!?」


 俺の反応を観察していたのだろうか?

 春親はるちかは少しだけ意外そうな顔をした後、さっきとは違う種類の嫌な笑みを浮かべる。


 「ふふん、やめちょけ……この女はこの通り”只の人形”じゃ……面白みの無い”つるぎの人形”」


 「つるぎの人形?……」


 南阿なんあの領主により発せられる意味不明の言葉……


 その間も、雪白ゆきしろはやはり無表情で剣先に張り付けられている。


 「そうじゃ、”つるぎの人形”……”剣の工房こうぼう”の商品……」


 ――?


 ――何を言っているんだ、この春親おとこは……”剣の工房こうぼう”?商品?


 「この女はのう、見栄えは確かに超一級品じゃが中身は何も無い、げに仕様も無い人形ぜよ……」


 そう続けて、春親はるちかは既に雪白ゆきしろへ目一杯の剣先を更に数ミリねじ込んだ。


 「伊馬狩いまそかりっ!」


 静止させようとする俺の声には自然と怒気が含まれる!


 「……」


 ――だが、雪白ゆきしろは動じない、さながら春親ヤツの言うように魂の無い人形の如く……


 あごを上げ、白金プラチナの銀河はやや上方をみつめて感情乏しく煌めき、無防備に晒された白い咽から一筋の朱が流麗な鎖骨の根元へと流れ落ちていた。


 「貴様っ!無防備な女相手になにをっ!?」


 ――雪白ゆきしろは敵方の将軍だ……しかし……


 「なんじゃおんし?まさか惚れちゅうか?この人形に?くははっ!」


 「……」


 真剣な怒りを茶化す、伊馬狩いまそかり 春親はるちかという男を俺は無言で睨んでいた。


 「まぁあれじゃ、その気持ちも解らんでも無い、俺もこの女を何度かしとねに呼び出そうとした事があるき……」


 「っ!?」


 ――俺の心臓はドクリと跳ねる!


 「と……いってもなぁ、まぁ全く来やしやがらん……戦場ほかでは従順な人形じゃき、なんちゅうか訳のわからん女よ」


 俺の反応を愉しむように話す春親はるちか、趣味の悪い男だ。


 「見た目がこれじゃからな、俺とてそういう風に血迷ったことは何度もあるき……じゃが止めといた方が無難じゃ、臨海りんかい領主よ。この女はほんにつまらん”人形”じゃ、この分ならしとねに来たとしてもただ綺麗なだけの抱き枕……」


 「俺の行動をお前に言われる筋合いは無い!」


 俺は奴の、それ以上の言葉は赦さなかった。


 これ以上雪白ゆきしろに対するそういった発言は……吐き気がする!


 「はっ!そりゃそうじゃ……じゃが俺の国の”持ち物”でもある……じゃから……」


 「雪白ゆきしろは物じゃない!ましてやお前の物なんてことは絶対無い!俺には雪白こいつを誘って袖にされ続けたバカの……”男女おとこおんな”の醜い逆恨みにしか聞こえないぞ、春親はるちか!」


 ――!


 俺の発言と同時にピシリと空気が張り付く感覚。


 ――まただ、空気が?


 「鈴原どのっ!それは……」


 落ち着いた髭の男、有馬ありまの顔色がサッと変わり……


 「ぬぅ……」


 スキンヘッドの無骨な男が低く唸って刀の柄に手を添えた。


 シュオォォーーン!


 そして、春親はるちかの長剣が雪白ゆきしろの白い首筋から離れたかと思うと、有無を言わさず唸りを上げて……


 ――チャキッ


 意外にも春親やつの手元にある鞘に収まった。


 「……ふぅ」


 一部始終を見届けて、胸をなで下ろす有馬ありまという男。

 刀の柄から手を離す、スキンヘッド……此方こちら織浦おりうらだったか?


 「……」


 そして、俺は臨戦体勢のまま、堅く握った拳には汗が滲んでいた。


 「臨海りんかい領主よ……”男女それ”は二度と口にするな、命の保証は出来んき」


 静かな口調で伊馬狩いまそかり 春親はるちかは警告する。


 ――恐ろしいほどの殺気だった


 その”男女ことば”は、余程癇に障るらしい。


 どこか余裕のあった奴の家臣達でさえ、緊張気味に様子を窺っているのがわかる。


 「承知したか?臨海りんかい領……」


 ――だが俺は


 「なら金輪際、雪白ゆきしろを人形と呼ぶな……」


 「……」


 春親はるちかの警告を途中で遮ったのだ。


 「……”男女おとこおんな”の南阿なんあ領主よ!」


 ――っ!


 ピクリと春親はるちかのこめかみが引き攣るのがハッキリと確認できる。


 ――俺も大人げない……いや、命知らずだな


 俺はそんなことを考えていた。


 第二十三話「最嘉さいか南阿なんあの風雲児」 前編 END

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