第21話「最嘉と緑茶とサイダー」 前編(改訂版)

↓京極 陽子&久鷹 雪白のカットです↓

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第二十一話「最嘉さいかと緑茶とサイダー」 前編


 「そうだ、七峰しちほうの方は引き続き任せた、何かあったらいちに連絡を……ああ、そうだな、じゃあ」


 ――プッ


 俺は通話を切るとスマートフォンをテーブルの上に置く。


 「神反かんぞりさんですか?」


 俺の正面に座った、清楚で可愛らしいながら大人っぽさも感じさせる黒髪のショートカット少女が話しかけてくる。


 俺は頷くと、目の前に置かれたホットコーヒーを一口飲んだ。


 「雪白ゆきしろは……まだドリンクバーか?」


 今度は俺の問いかけに、ショートカットの少女は眉をひそめ溜息をく。


 「あのひと、どれだけ飲むんですか……ほんとに」


 呆れ気味の少女の名は鈴原 真琴まこと、俺の腹心の部下だ。


 少し前に同じ事に呆れた経緯のある俺は苦笑いを返しつつも、もう一度手に持ったコーヒーカップに口をつける。


 ――ここはファミリーレストラン”ゲスト”


 近代国家世界こっちで俺がよく使う場所で、俺が最高責任者を務める財閥企業”SUZUHARA”が経営している関連企業でもある。


 「陽之亮ようのすけ七峰しちほうの諜報活動を仕切らせているのは周知していると思うが、今回は臨海りんかい防衛戦で特に働いて貰ったからな……ちょっとねぎらいがてら詳細な報告を聞いていた」


 「神反かんぞりさんに……」


 俺が話題に出した工作部隊責任者の名に、真琴まことにもなにか思い当たる節があるようだ。


 「では、臨海りんかいから急に天都原てき軍が撤退したのは、やはり最嘉さいかさまの策だったのですね……神反かんぞりさんと言うことは、七峰しちほうに何か細工を?」


 ――ほぅ……真琴まことは相変わらず飲み込みが早くて助かるな


 俺は頷いて、簡単に説明することにした。


 「七峰しちほうには以前から諜報、工作要因として神反かんぞり 陽之亮ようのすけを潜入させていたが、将来の天都原あまつはら対策のため、ちょっと細工を施していた……とはいってもまだまだ準備不足で今回の様な不測の事態には対応が出来るか不安だったんだが」


 「でも間に合った?」


 「……いや、違うな」


 「?」


 「役に立つには立ったが、陽之亮ようのすけの報告だと事が上手く運びすぎたと……つまり何者かの介入でなんとか上手くいったと言うことらしい」


 「……」


 俺は説明しながら考える。


 神反かんぞり 陽之亮ようのすけは優れた人材で性格は軽薄で人を食ったような男だが、その実は中々に誠実で信頼できる。


 今回も目的を達したのだから全て自身の手柄にしておけば良いものを、こうやって第三者の存在を報告してくる辺りは、馬鹿正直というわけで無く、客観的に周りを分析できる、神反かんぞり 陽之亮ようのすけという男の資質だろう。


 「今回の戦の首謀者は、藤桐ふじきり 光友みつともだ」


 天都原あまつはらの皇太子である藤桐ふじきり 光友みつともの通常任務は北伐軍の統率で、北伐軍はその名の通り天都原あまつはら国北部に展開する駐留軍だ。


 天都原あまつはら北部に国境を接する宗教国家”七峰しちほう”。


 北伐軍は、その”七峰しちほう”の自国侵攻を防ぐために配置された部隊であり、七峰しちほうから国境を守るのが奴の役目だ。


 「俺は、七峰しちほうの実質上の実権を握っている壬橋みはし氏のひとりに陽之亮ようのすけを近づけていた……何かあった時に北から天都原あまつはらを牽制できるようにな」


 「では、今回の天都原あまつはら軍の撤退は……七峰しちほう天都原あまつはら侵攻なのですか?」


 ――本当に真琴まことは頭の回転が速くて助かる


 「そうだ、といっても、ちょっと壬橋みはしを焚きつけて、ちょっかい出した程度だけどな……」


 「最嘉さいかさまは流石です……流石、わが主君です」


 真琴まことの俺に向けられる綺羅々キラキラした瞳。

 俺は時折それに照れ臭くなるときがある。


 「いや、といっても、言った通りまだまだ準備不足だった。人心の掌握に長けた陽之亮ようのすけとはいえ、いまだ壬橋みはしに取り入るには時間を要していた」


 「では、それを手助けしたのは?」


 ――そう、ここでくだんの”何者か”の存在が出てくる


 「さあな……だが、憶測だが同じ様な考えを持って間者を仕込んでいた者がいて、同じような策を練っていて、同じような次期に同じような事を発起させようとしたが、同じように準備不足で……なら臨海りんかいの陣営を利用することで相互的に補って今回の策を成した人物がいる……ということだろう」


 俺の見解を一通り聞いた後、真琴まことの表情は少しこわっていた。


 「………………京極きょうごく 陽子はるこ……ですか」


 俺は頷く。


 「だろうな」


 「……」


 真琴まことの表情は浮かない。

 いや、と言うよりもむしろ不快さを表に出している。


 「そんな顔するなって、結果的に今回は助かったわけだからな……」


 「だからですっ!間接的にでも、あの女の助力で自分の命が長らえたなんて」


 真琴まことはちょっと複雑な心境だろう。


 真琴まこと京極きょうごく 陽子はるこをここまで嫌う理由……


 それは結局、俺に起因する。


 俺とはるとの間柄、そして”この足”……


 「そう言うなよ、俺はどういった経緯でも真琴おまえが生きていてくれて嬉しい」


 「……さ、最嘉さいかさま」


 途端に仏頂面だった頬を赤らめてうつむ真琴まこと


 ――まぁ陽子はるこから話を逸らす俺の確信犯的発言ではあるのだが……本心でもある


 「……」


 そして、そんな満たされたような真琴まことの顔を見ていると、なんとなく……

 俺の中で引っかかっていた事が頭をもたげてくる。


 「おまえ……死ぬ気だっただろう?」


 「……!」


 ――いや、今更その事に触れるつもりは無かったんだ


 もう済んだことだし、俺をおもっての事でもある。


 なにより真琴まことは無事だった……

 それだけで良しとして、今更蒸し返してお互い気まずい思いをすることは無いと。


 そう考えていたはずだったのに……


 「お前、昔言ったよな?無能なあるじに仕えて無駄死にするなんてまっぴらで、たとえそれが有能なあるじだってご免だって……そうじゃなかったのか?」


 「……」


 真琴まことは黙ったままだ。


 申し訳なさそうにうつむいたまま……


 「朝に道を聞かば……か、こうだな」


 「っ!」


 何故その事を?と言うような表情で真琴まことが顔を上げる。


 「……」


 俺はポケットから出した一枚の紙を、ぴらぴらとひらめかせながらテーブルに置いた。


 「それは……え?……え」


 「律儀だな真琴まこと。死んでいた場合、誰かにことづてでも頼んでいたのだろうが、ちゃんとこっちの世界で下書きしていた、それがあだになったな」


 「……ぅっ」


 「あ、俺に届けた奴を恨むなよ、お前が学校で落としたのを偶然俺が預かったってだけで、悪いとしたら勝手に中身を見た俺だ」


 真琴まことは恨めしそうに俺を上目遣いに見ている。


 「最嘉さいかさまは……内容を……全部?」


 問いかけに俺は頷く。


 「っ!」


 そして真琴まことは真っ赤になって再びうつむいてしまった。


 「で……だ、こうの言葉通り”真理”は得たのか?」


 俺は多少の罪悪感を感じつつも、追求する。


 「わ、私は真理なんて……私は最嘉さいかさまに仕えることが出来るのが何よりの幸せ、最嘉saikaさまさえ!最嘉saikaさまの大業のいしずえになれるのならっ!」


 ――あしたに道を聞かば、ゆうべに死すとも可なり……


 これは、ざっくり言うならば……


 朝にこの世の真理を得たならば、その夜に命を落としても本望というような言葉だが……そもそも、死んでも良いというよりも、逆説的にそれだけ真理を得ると言うことは難しいという……


 「……」


 いや、目の前で項垂うなだれる真琴かのじょを見れば、それこそそんな解釈はどうでも良いか……


 ――ふぅ……


 俺は心の中で溜息を一つく。


 「磯の上にふる馬酔木あせび手折たおらめど、見すべき君がありと言わなくに…… 」


 「……?」


 唐突な言葉に、真琴まことが再び顔を上げてそれを発した張本人を見る。


 「何を手に入れても……一緒に分かち合える相手がいないと意味が無いってことだ」


 「……」


 俺はぶっきらぼうに意訳するが……

 さすがに面と向かってこれは照れるものがある。


 だからだろう、俺は視線をらしがちに、ぶっきらぼうに言った。


 「……」


 「……」


 「え、と……真琴まこと?」


 「さ、最嘉さいかさまは、無能でも有能な主人でもないですから……その素敵な主人……で」


 「う……」


 この恥ずかしさは……さっきの比じゃ無い。


 真琴まことのこう言った発言には馴れていたつもりだが……

 今回は発端が俺だけに……な?


 「……」


 「……」


 というか、はたから見たらバカップル?


 いやいや、決して違うぞっ!

 俺はそういう人間達とは一線を画する……


 「……すみません、私、調子にのって……素敵な主人なんて……」


 俺が黙り込んだためか、真琴まことはすっかり悄気返しょげかえって、反省モードになっていた。


 「いやそれくらい、べつにかまわな……」


 「あっ!」


 ――なんだ?


 直ぐにフォローしようとした俺の言葉を遮る真琴まこと

 なんだか彼女の大きめの瞳がキラキラと輝いている気がしないでも無いが……


 「えっと、最嘉さいかさま!……あの、ですね……」


 ――うっ……もしかして?真琴まことのこの顔って……スイッチ入った?


 「なんだか”素敵な主人”って言い方、結婚しているみたいですよね!ね、ね?新婚?新妻みたいな!あっ、すみません!また調子に乗って私ったら……そのつい、っていうか結婚って最嘉さいかさまと私が?身の程知らずですよね……でもでも、私も鈴原だし……ってすごい運命かもですよね!……同じ名字だから既に結婚しているような……っていうか、いっそ、しちゃいます?けっこん……な、なんて」


 「……」


 ――おちつけ……落ち着け真琴まこと……


 支離滅裂すぎるぞ……

 ってか、親戚なんだから姓が一緒なのは珍しくない!


 結局のところ、真琴まことは相変わらずだった。


 「そ、それで最嘉さいかさま……」


 ――ルルルルルッ!ルルルルルッ!


 「!」


 そんな真琴まことの暴走を阻むように鳴り響いたのは彼女のスマートフォンが発する呼び出し音。


 「そう言えば……九郎江くろうえでの事後処理を、真琴まこといちとで話すよう言っていたんだったな……」


 俺はその電話の相手に察しがつき、これは”渡りに船”とばかりに説明的な言葉を口にしていた。


 「……」


 ――ルルルルルルッ!ルルルルルルッ!


 「早く……出た方が良いぞ真琴まこといちも忙しいだろうからな」


 俺は固まった真琴まことに促す。


 「…………ちっ」


 ――って、舌打ちかよっ!?


 真琴まことが上品で無い態度を取ったのは自身のスマートフォンに対して……つまり宗光むねみつ いちに向けてだ。


 ――なんか真琴まことって、いちにはもの凄く理不尽な態度のような気がするのは……俺だけか?


 ――ルルルルルルッ!


 「最嘉さいかさま……お話の途中で申し訳ありません……では、私は戦後処理を朴念仁じゃまもの……いちと内容を詰めますので……これで」


 ――朴念仁じゃまもの!?……本音がチラホラ垣間見えているぞ……真琴おまえ


 「ああ、わかった。そもそも俺がお前達に頼んだ事だしな、行ってこい」


 俺は色々ツッコミどころをこらえつつ、彼女を見送った。


 ――ルルルルルッ!


 「では……その……次は戦国世界あちら側で……」


 「おう」


 ――ルルルルルルルッ!


 「……」


 「……」


 ――ルルルルルルルルッ!ルルルルルッ!


 「真琴まこと?」


 「は、はい……では……」


 ――

 ―

 ーカランカラン


 そうして真琴まことは、なんだかもの凄く後ろ髪を引かれるような態度でファミレス”ゲスト”を後にしたのだった。


 「早く出てやれよ……真琴まこと……ていうかいちも……いや、もう今更だ……言うまい」


 独りつぶやいた俺は、若干冷めたコーヒーを口に……


 「仲が良いね、さいかとあの……まこと?」


 「……」


 俺は冷めたコーヒーに口を付ける寸前で、背後から聞こえた声にゆっくりと目をつぶった。


 「いつから聞いていたんだ?雪白ゆきしろ……」


 第二十一話「最嘉さいかと緑茶とサイダー」 前編 END

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