第3話 「最嘉と虜囚生活」 前編(改訂版)

↓久鷹 雪白のイラストです↓

https://kakuyomu.jp/users/hirosukehoo/news/1177354054892613273


 第三話 「最嘉さいかと虜囚生活」 前編


 「らないわ……鈴原 最嘉さいか?」


 捕虜の天幕を訪れた敵の女将軍は、開口一番に失礼な事をのたまった。


 「…………?」


 そして、腰までありそうな輝くプラチナブロンドをひとつの三つ編みにまとめて肩から垂らし、同色の大きめの瞳で俺を見下ろしている。


 ーーこれが……”南阿なんあ”の……


 島国”あかつき”は四つの大島からなる列島だ。


 そのうち中央に存在する最も面積の大きい島”本州”、その中央南部を治める”あかつき”で最も歴史のある大国”天都原あまつはら”と、その領土に侵攻した、西に浮かぶ島”支篤しとく”を統一した”南阿なんあ”国の戦いが今回の戦であった。


 「………………」


 俺は両手を背中で拘束されたまま、地面に膝をついた状態でその少女を見上げていた。


 白磁のような肌理の細かい白い肌。

 白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。


 整った輪郭にはそれに応じる以上の美しい目鼻パーツが配置されている。


 白金プラチナの軽装鎧を身にまとった少女は紛れもない美少女だった。


 ーー俺って結構、恵まれた容姿の女が周りにいるほうだと思うけど……これほどの美少女は……さすがに……


 ーーいやっ!?いたっ!!


 俺は目の前の美少女を吟味しながら心中で自問自答していた。


 ーーなるほど…… 京極きょうごく 陽子はるこだ!


 思い当たる人物が俺の頭に浮かぶ。


 俺が治める領国、臨海りんかいを含む小国群をまとめる大国、天都原あまつはら

 その王弟おうてい令嬢で、天都原あまつはらの総参謀長閣下であらせられる京極きょうごく 陽子はるこ姫。


 ーー雰囲気はずいぶんと違うが……少女にして奇跡的なまでの美貌は同列かもしれない


 それに……


 特筆するべきはその双眸。


 目の前のプラチナブロンドの美少女の瞳は、輝く銀河を再現したような白金プラチナの瞳……

 それは幾万の星の大河の双瞳ひとみ


 対して俺の知る 京極きょうごく 陽子はるこ双瞳ひとみは、底の無い常闇にいざなう”奈落”の双瞳ひとみ


 付け加えるなら、黒っぽい衣装を好む陽子はるこに対して、目の前の少女は髪といい瞳といい、肌の色から鎧の色まで……白金プラチナ……つまり輝く純白だ!


 天都原あまつはらの”無垢なる深淵ダークビューティー”と南阿なんあの”純白の連なる刃ホーリーブレイド”……


 ーーなんて対照的な二人なんだ!


 シャラン!


 ーーっ!?


 「鈴原……さ……なんとか?」


 純白の少女はその整った白金プラチナの眉を僅かにひそめて、膝立ちの俺の喉元に白刃はくじんを突きつけていた。


 「…………ぅ」


 煌めく白金プラチナの瞳に睨まれる俺……


 両手を拘束され、無防備な喉に触れるか触れないかの位置で刃が鈍く光っている。

 どうやら俺はあまりにも不躾に彼女を物色してしまっていたらしい。


 「……ぅ……く…………し、らないほどの雑魚にどうして会いに来たんだ?」


 俺は自身の中で一度気持ちを切り替え、そのままの状態で視線だけを彼女の銀河に向けて尋ねる。


 ちょっとだけ嫌みを加味した自虐的な内容で。


 「……ん、と……今回の天都原あまつはら軍別働隊?小国群連合軍?んと……」


 当の美少女はというと、そんな嫌みには興味が無いのか、それとも全く気づかないのか、完全に無視スルーした上で律儀に俺の質問に答えようとしていた。


 「……いや、呼び方なんてどっちでもいい」


 なんだか拍子抜けした俺。


 純白の美少女はコクリと軽く頷くと、愛剣を鞘に収めてから続きを口にする。


 「……そのナントカ軍の将軍クラス、”圧殺王あっさつおう”や”紅夜叉くれないやしゃ”の武勇はってるから」


 ーーなるほど、住吉すみよし弥代やしろの”武勇こと”はってるって事か……で、俺の事はらないと

 ーーってか弥代やしろ、お前は住吉すみよしの異名を恥ずかしいと言ってたが、お前も大概だぞ……


 俺はそんな事を考えながら目前の純白少女を睨んだ。


 「俺の事はらないんだろ?じゃあそっちに聞いたらどうだ?」


 「……」


 「……?」


 確かに眩しいほど綺麗な少女ではあるが、どことなく感情の薄い人形のような顔。


 そして、その彼女の白金プラチナの瞳は、戸惑いがちに俺を見つめていた。


 「……鈴原自体は勿論ってる、臨海りんかいの領主だから……でも、武人としてはらない……なのに?……えと……」


 ーー武人としてはらない……


 ーーほほぅ、なるほど、彼女の言わんとするところは……


 つまり”鈴原 最嘉おれ”は武人としてはたいした噂も聞かない雑魚って事だ。


 「えと、なのに今回の戦、小国群連合軍を率いているのが”日限ひぎりの圧殺王”でも無く”宮郷みやごうの紅夜叉”でも無い……”臨海りんかい”の只の鈴原が率いているのが理解できない」


 「……失礼な質問だな」


 ーーあと、”只の”は余計だ!


 続ける純白少女に、俺は素直な感想を述べた。


 とはいっても表面上は特に不快な顔も言い方もしていないつもりだ。


 彼女の戸惑いはきっと理解できない事への居心地の悪さだろう。


 言い換えれば、大した興味も持たない雑魚の武人であるはずの俺の事が、それゆえに気に掛かる……興味が無い故の興味……いや、ややこしいな。


 だが居心地の悪さの直接的な理由は簡単だ。


 小国群の各代表同士、同じ立場で、武勇の誉れ高い二人を差し置いて俺のような無名の雑魚が何故?という事だ。


 現在いまの俺が殆ど無名なのは……十五歳の時に戦場の表舞台から名を消したのには理由がある。


 というか戦場には常に身を置いていたのだけど……な。


 「…………」


 目前の純白少女は相変わらず感情の乏しい瞳で俺を見つめているが、一見動じないその銀河の奥に、実は微かな揺らぎがあることを俺はっていた。


 ーー今、気づいたんじゃない……実はっていたんだ


 「……鈴原 さ……なんとか?、なぜ貴方あなたは投降したの?なぜ残りの二人は貴方あなたに従ったの?」


 「…………」


 ーー若干失礼だが、尤もな質問だ


 血気盛んでられる”圧殺王”こと熊谷くまがや 住吉すみよしや”紅夜叉”宮郷みやざと 弥代やしろが、投降なんていう受け入れがたい方針を受け入れる……


 それを無名の俺が指示したとなれば疑問も当然だろう。


 「鈴原……さい……き?」


 ーーひとの名を”やり直し”みたいに呼ぶなっ!


 「鈴原 最嘉さいかだ、”純白の連なる刃ホーリーブレイド”……俺の名前は覚えておいた方が良いぞ」


 俺はいい加減覚えて欲しいとばかりに大見得を切ってみる。


 「…………」


 縛られたままのくせにヤケに余裕で偉そう……そんな俺を目の前にして、彼女の疑問と居心地の悪さは最高潮だろう。


 ーーそうだ、この辺が頃合いだ


 追い打ちとばかりに、俺はニヤリと決め顔で笑って見せた。


 「……そう……なの?」


 戸惑いがちに尋ねる純白の美少女。


 「ああ、そうだ!お前も戦場に身を置く者なら後々それが役に立つ!」


 「じゃあ覚えておく……」


 「……」


 敵のお嬢様は意外と素直だった。


 「お、おぅ、た、頼んだぞ……」


 「うん」


 そして、そう答えた純白しろい美少女は、心持ちスッキリした表情だった。


 ーーな、中々に可愛い顔をするじゃないか……


 美少女の可愛らしい表情でなんだか満たされた俺は、満足してうなずい……


 「でも貴方あなたは明日処刑だけど」


 ……うなずけるわけがあるかぁぁっっ!!


第三話 「最嘉さいかと虜囚生活」 前編 END

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