7手罪 弱さ

「お前と指す理由は俺にはない…」

そう言い放つと、彼はすぐに席を

立ってしまった。


「お前になくても俺にある!」

咄嗟につかんだ彼の右腕が

かすかに震えているように思えた。


「随分と乱暴なやり方だな…

それで負けたら将棋をやめろって?

冗談じゃないね!

何の権利があって俺たちから

将棋を奪う?」


正論だ。

俺自身、好きでこんな事を

やっているわけじゃない。


「弱い将棋指しは必要ないからだ…」

誰かに言わされているように

おきまりの文句を吐き出した。


「お前たちの言う弱い将棋指しとは、

単純に棋力の話なのか…?」


「それ以外に何がある?」

あの頃の俺は、

そう信じて疑わなかった。


「だとしたら、お前は将棋を一歩も理解してねぇんだな…

そんな奴に負ける気はしないね」


「それなら俺と指せ!!」

俺の手を振りほどいた彼は

椅子に座り直し、静かに駒を並べ始めた。


俺が投了したのは、

わずか5分後の出来事だった。




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