第14話「テセウスの船」

 レオンは、泣き崩れたクレアの肩を抱いて、執務室を後にした。


「エクリプスの本当の名は、タカヤと言うのか?」


 バウアーの表情は曇り、返答に苦しんだ先に、しぼり出した答えは「済まない、俺の一存では教えられない」だった。


「ん? 他にもだ、何かを隠していそうだな?」



 タカヤか……、

 そんな名のヴァンパイア、聞いた事がないな。

 それも、偽名なのか?

 否、待てよ、何処かで、聞いたような……、

 何処だ? 何処で聞いた?



 まともに歩く事さえ、ままならないクレアを支えながら、一番近くの寝室へ向かい、中へ入るとクレアをベッドに座らせた。


「今の精神状態で、貴女にホークアイのリーダーを任せる訳にも、メンバーとして置いておく訳にもいかない」


 クレアは、更に泣き崩れた。

 未だに、アレスターをめたい気持ちがぬぐえないのだ、そんな自分が共存を望む組織に居て良い筈が無い。

 それはクレアも理解はしていた、理解していたが、何も出来なかった自分が悲しかったのだ。


「世界を、世界を変えたいと言っておきながら、何も、何も出来なかった……」


「貴女が居なければ、ホークアイは出来ませんでしたよ。貴女が居なければ、亡命出来ずに命を失っていた者も居たでしょう。貴女だったから、俺もバウアーも付いて来たんです」


「ありがとう、レオン。貴方は、いつも優しいわね」


「後の事は、俺達に任せてください。アルベルトの研究所で、鷹也さんを待ちながら、平穏に暮らしてください」


 クレアは最早、それに従うしかないと思い、言われるがままにうなずいた。


「では、俺は戻ります。話が終わったら、研究所に送りますので、クレアさんは身支度を」


 そう言って、寝室を出た。

 再び、執務室へ戻ったレオンに、アレスターが問い掛ける。


「エクリプスの本当の名は、タカヤと言うのか?」


「そうだ」


 悩む事無く即答したレオンに、バウアーが心配する。


「おい、いいのか? クレアさんが了承したのか?」


「了承を貰った訳ではないが、口に出してしまった以上、最早手遅れだ。まぁ、俺が言った訳だなんだがな」


「あの場面では、仕方ないさ。お前は、最善の選択をしたと思うよ」


「ありがとう。それから、クレアさんなんだが……アルベルトの研究所に帰そうと思う」


 突然の報告に反応したのは、バウアーでは無く、アレスターの方だった。


「思い出した! アルベルトの子だ! そうだろ? レオン!」


「あぁ、その通りだ」


「おい、レオン、そこまで言ったら、ヴァンパイアって事まで……」


「構わんさ。ヴァンパイア界で、エクリプスがヴァンパイアなのは、周知の事実だ。隠す方が返って、信頼を無くす」


「まさか、生きていたとはな、てっきり、あの核攻撃の犠牲になったとばかり……なるほど、強い訳だ」


 ヴァンパイアと人間の和平調停の際に、母である美咲の腹の中に未だ居て、一緒に犠牲になったと思っていたのだ。


「アルベルトの研究所に帰すと言ったが、彼女はトータルエクリプスから狙われてるのだろ? いいのか?」


「あぁ、その件なら心配要らない。もうアルベルトが武器製作を受けることは無いだろう。それに研究所が、世界で一番安全なんだ」


「アルベルト? どういうことだ?」


 レオンは、これまでの経緯や研究所の事を話した。

 だが、アレスターは質問の答えよりも、別の方が気になる。


「アルベルトのAI?」


「あぁ、君も見たら、きっと驚くよ」


「そいつは、今でもクレアさんを観察してるんだよな?」


「恐らく、それが何か?」


 すると、アレスターはおもむろに、部屋に在った機器を触り始めた。


「チャンネルは、使用されていない周波数にして……勝手に向こうが合わせるだろうから、敢えて探す必要は無いな……」


 通信装置をいぢりながら、ブツブツと呟いたかと思っていたら、急に大声で叫んだ。


「アルベルト! 聞こえるか! どうせお前の事だ、クレアだけでなく、その周囲も監視してるんだろ?」


 すると急に、執務室の大型モニタの電源が入り、人影が映る。


「監視とは、言い方が酷いな。せめて見守ってると言って欲しいね」


 そう言って笑う、アルベルトのAI。


「何か、僕に聞きたい事でもあるのか?」


「在り過ぎるね。その前に挨拶だろ? 久しぶりだな」


「ん? AIの僕とは、初対面の筈だが?」


「アルベルトのAIなんだろ? アイツ(本物)が、自分の記憶を入れて無いとは考え難い。恐らく、俺の事も含め、全て入力されてる筈だ。となればだ、俺からすれば、アイツとお前は何ら変わらない」


「君は、そこまでAIの進化を信じるのか?」


「そんな偏屈な返しをしてる時点で、疑いようが無いね」


 はたから見ると、それはまるで問答のような、意地の悪い似た者同士の会話で、レオンもバウアーも唖然としてしまい、口を挟む隙を与えては貰えなかった。


「久しぶりだね、アレスター。王、回って来ちゃったね」


 そう言って笑うアルベルトに、アレスターは嫌味で返した。


「あぁ全く、君の息子の所為せいだ」


「あ、済まない。バルバドも、その中に……」


「親父の事は気にするな。もう500近かったんだ。老衰で死ぬより、本望だろうよ」


「本当に君は、相変わらず、変わってるな」


「お前さんに、言われたくないね」


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[補足]

タイトルが「テセウスの船」というのに、テセウスが出て来ないと思った人も居るのかな?

これはね、パラドックス(逆説)の例題の一つなんです。

『テセウスのパラドックス』と呼ばれていましてね、全て同じ部品を用意して、それと置き換えても、同じ船と言えるのか?

つまりは、アルベルトの記憶が全て残っているAIは、アルベルトそのものなのか?という問い掛けなのです。




「エクリプスが居ないとなれば、人間界は混乱し、イマジニアは崩壊するだろうな。ヴァンパイアの侵攻も始まる、と考えたのではないか?」

「その通りだ。そうなれば、大きな戦に発展してしまう。人間だけでなく、ヴァンパイアも大きな犠牲を払うことになります!」

「アレスター、君の事だ。もう判っているのではないか?」


次回「Quod Erat Demonstrandum」

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