第13話「No Pain, No Gain.」

 血で染まり、震える幼い少女を見ながら、アレスターは嘆いた。


「こんな時代だ、せめて一緒に逝かせてやるか……」


 アルベルトさえ、生きていれば……、

 こんな思いは、しなかっただろうに……。



 ドラキュラは、人間の血を飲まなければ、生きていけない訳ではない。

 しかし、それは異常な喉の渇きに耐えられればの話だ。

 DNAに刻まれた中毒症状は、喉を掻きむしりたくなるほどで、幾人もの挑戦者達は、脱落者となって帰ってきた。

 そんな中、ただ一人、二年も耐えた者が居た。


「アルベルト、本当に飲んでないのか?」


「あぁ、今は幾ら人間が多いとは言え、このままのペースで行けば、何れそれも尽きる。家畜のように増やせば良いと言う馬鹿も居るが、人間は唯一、自らの命を捨てられる生き物だ」


「だからって……永遠にアレを耐えるのか?」


「まさか、献血という手段もあるし、だがそれより、出来れば血を飲まなくても良い薬を作りたいんだ」


「そうか、早く出来ると良いな」


「ん? まさか、君も欲しいのか?」


「あぁ、イケナイか?」


「いいのか? 血は強さの成長に比例している。君の立場的には……」


「カイルが居るし、君だって居る、他にもいっぱい強い奴が居るんだ。俺に、王が回って来る事なんて無いよ」


「僕も変わってると言われるが、君も随分変わってるな」


 そう言って、笑い合ったあの頃が懐かしい。

 結局、アルベルトは薬を作る事無く、この世を去ってしまった。

 産まれる息子には、血の呪縛から解放してやりたい、そう言ってたのに……。



 満月の夜、本能のまま徘徊はいかいし、偶然見つけた人間の女の首に噛み付いた。


「済まんな。だが、約束する。今夜は、君一人だけにするよ」


 あと少しで、女の血を吸い尽くそうとした、その時。


「ハンナーッ!」


 突然、そう叫びながら、金属バットを握った男が襲い掛かって来た。

 反射的に動いてしまったアレスターは、本能が指示する流れのままに、その男の首に歯を立ててしまう。


「約束は、守れなかったか……」


 そう呟いて、アレスターは男の首をねた。


 血を飲むだけでは許されず、相手をゾンビにまでしてしまう。

 なんて罪深い、生物なんだ俺達は……。


 その首が転がった先には、震えてうずくまった少女が居た。


 この人間達の娘か?


 アレスターは、大きく溜息を吐き、少女へと歩み寄る。

 だが、アレスターよりも早く、その少女に飛び掛ったのは、その少女の母だった。

 ゾンビ化したハンナは、娘の両肩を掴み、その顔に喰らいつこうとする。

 咄嗟とっさに、ハンナの首を刎ねた。

 ハンナに残っていた僅かな血が、娘の顔を染める。


「助けた形になったが、こんな時代だ、せめて一緒に逝かせてやるか……」


 その時、数発の銃声が鳴り、その内の一発が、アレスターの肩をかすめた。


「まだ、君を守る者が居たようだね」


 アレスターは、そう言うとフワリと浮かんで、その場を去った。



「あの時の娘か……」


 震えながら銃を向けるクレアに、そう言った。


「お前さえ、お前さえ、現れなければ」


 レオンは、その間で必死にクレアへ訴える。


「ダメだ、クレアさん! 負の連鎖を続けてはイケナイ!」


 それは、長くなった争いを回避する為に、ホークアイが掲げていた言葉でもあった。


「代表の君がそれでは、最早、共存なんて夢のまた夢だな」


「アレスター! あおるようなことは言わないでくれ!」


 アレスターをたしなめると、レオンは、ゆっくり説得に入る。


「いいですか、クレアさん、アレスターは共存の為には必要な男です。もし、今、アレスターをれば、多くの血が流れる。ヴァンパイア側も、人間側も」


「解ってる、解ってるけど、出来ないの。心が許さないのよ!」


「そんな人間は、貴女だけじゃない! 貴女だって、言ってきた事じゃないですか!」


 最早、何も言い返せないクレアは、無言のまま撃鉄を起こした。


退いて、レオン」


 仕方ない……言いたくはなかったが……。


「アレスターの父、バルバドを殺したのは、鷹也さんです」


 クレアは、その場に泣き崩れた。


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[補足]

タイトルの『No Pain, No Gain.』の本来の意味は『苦労なくして利益はない』なのですが、

『この痛みに耐えなければ、目的は果たせない』というつもりで、使用しています。

こういう意味がある訳ではありませんので、間違って使用しないようにねw




「何か、僕に聞きたい事でもあるのか?」

「在り過ぎるね。その前に挨拶だろ? 久しぶりだな」

「ん? AIの僕とは、初対面の筈だが?」


次回「テセウスの船」

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