第2話「月蝕の旗の下」

 ウォレフという王を失ったイマジニア政府は、エクリプスを王として掲げた。

 それは、人間が恐れたヴァンパイア王カイル、そして、ヴァンパイアが恐れた魔人メイヲールまでも倒したエクリプスなら、他国に対する牽制だけでなく、世界を平和に導けると考えたからであった。

 

 しかし、肝心のエクリプスである鷹也はというと、死亡確認が取れないまま、行方知れず。

 だが、それを知るのはイマジニア政府関係者のみで、また、都合が良かった事に、鷹也はアルベルトに似ていた顔を隠す為、フードを深く被っていた事から、その顔を知られておらず、容易に影武者を置くことが出来た。

 圧倒的強者にも関わらず『暗殺を警戒している為、今後も顔は公表しない』という苦しい言い訳の中、即位となった。


 即位から数年は、ヴァンパイアの人間化も進み、また共存といった選択肢も残していた事から、次々と国を併合する形で、イマジニアは領土を広げて行く。

 当然の事ではあるが、人間化も共存も望まない者は、どちら側にも存在していて、ヴァンパイアに生まれた事を誇りに思う者、500年という長き寿命を失いたくない者、そして、親や兄弟を喰い殺され、共存する気になれない人間たちだ。


 それでも平和を保つ為、イマジニアは領土と共存共栄の考えを広げる努力を怠らず、その甲斐もあってエクリプスの即位から7年が過ぎた頃には、その領土は世界の6割を占めていた。


 しかし、8年目を迎えた時、一人の政治家の発言が、この世界に暗い影を落とす。


「ヴァンパイアのままで、共存共栄なんて有り得ない! いつ襲われるか判ったもんじゃないだろ? ヴァンパイアのDNAは、根絶やしにすべきだ! 別に殺す訳じゃないんだ、何処に問題がある」


 口には出さないものの、同じように考える人間も潜在的に多く居た為か、これを切っ掛けにして、人間化を強硬しようとする集団が生まれてしまう。


 皆既月蝕の中央に十字架を描いた旗を掲げる極右組織、トータルエクリプスの誕生である。


 元々は、人間化への広報隊だった。

 当初、人間化はエクスチェンジと呼ばれており『寿命の変わりに、血の要らない太陽を浴びれる生活と交換しませんか?」という、あくまで推奨であって、強制するものでは無かった。


 しかし、次第にトータルエクリプスが人員を増やして行くと『ヴァンパイアであること自体が罪である』かのような思想を持った組織へと変貌をげる。

 その行動の全が正義だと信じて疑わない、危険な狂信者を多く産み落とした。


 寿命が変わらない薬が出来たと嘘をいたり、紫外線銃を向け、無理やり薬を投与する事件も多発する。


 事態を重く受け止めた政府は、行き過ぎたトータルエクリプスを止めようと試みたのだが、既に手遅れで、政界はおろか財界までにも、トータルエクリプスの息が掛かっており、ついにトータルエクリプス総帥、ディンガーがイマジニア初の大統領となってしまう。

 それはエクリプス即位から、12年の経っての出来事だった。


 この地球ほしを導けるのは、

 我々以外に、一体、誰が出来ようか?

 ヴァンパイアの人間化ヒューマニズムは、

 共存をうながすものではない!

 人間化ヒューマニズムとは、

 人の血を吸わなければ生きられない、

 太陽の光を浴びることすら出来ない、

 そんな劣悪遺伝子を持つ、

 不完全な生物の修正行為である!


 大統領の就任演説が映るテレビを壊しかねないほど睨みつけ、バウアーは怒りをテーブルに叩きつけた。


「ディンガーめ、ヒューマニズムなどと……要は、人間中心主義なのだろ? よくもまぁ、古い言葉を持ち出してきやがって」


「おい、店の物に当たるな」


 隣で座っていたレオンが、バウアーを軽くたしなめた後、現状のイマジニアを冷静に分析し、今後の行く末を案じた。


「表立って"人間中心主義"とは言わんさ、神の下の平等なのだろうからな。だが厄介なのは、旧約聖書の創世記と結び付けてる点だ」


 ――人間は自然を支配することを神から許されている。


「最近では、解釈を変え、自然を世界などと言い換える輩も多い……」


「奴らのやってることは、最早、民族の浄化じゃないか!」


「だからと言って、エクリプスが偽者だと告発すれば、世界は再び混乱を招きかねない」


 酒が入ってるせいもあってか、バウアーは、つい禁句にしていた言葉まで吐き出してしまう。


「鷹也さんさえ、生きていれば……」


 その言葉に、同席の女性がバウアーを睨んだ。


「もう鷹也に頼るのは、諦めなさい。我々で、何とかこの世界を変えないといけないのよ」


「でも、クレアさん。未だに、鷹也さんの死体だけが、出て来て無いのですよ」


「12年よ、あれから12年も経ったのよ!」


「しかし……」


「ある科学者が言ってたわ。妖気が上がり過ぎて、その副産物として、あの熱現象が起こったんじゃないかってね。きっと鷹也のことだから、犠牲が出ないように海岸に行ったのよ」


「だとしたら、鷹也さんのローブは残る筈です。あれは水爆にも耐えられると……」


「海に流されたのよ! 子供にも解るような答えを言わせないで!」


 身内の人間に、そこまで言わせてしまい、最早、そこから何も言うことが出来なくなった。


「止めましょう、居ない人に期待するのは。私達で何とか……」


 クレアの話をさえぎって、数人の男達が扉を蹴破って入って来た。


「ホークアイのクレアだな?」


 そう声を掛けてきた男の銃口は、クレアに向いていた。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


この世界を守る為、監視する目が必要だと決意するクレアだった。


次回「鷹の目」

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