第1話「クロノス」

 光が失われた暗闇の世界で、それはまるで直視できない閃光のような存在だった。

 再び、世界が光を取り戻した時、瞳に映った光景は、違う世界になっていた。


「何処だ、此処は……」


 移動させられた感覚が、全く感じられ無かった。

 これが……コイツの起こした御業みわざってヤツなのか?


 "コイツ"と呼ばれた者は、人の年齢にして五十代と言ったところ、黒い髪と黒い髭を携えた男だった。

 だが、その男に驚いたのは、鷹也だけではなかった。


「お、親父……なのか?」


 自分が知っいる父とは、明らかに違う。

 だが、神気じんの大きさからすれば間違いなく、否、大きさで言うならむしろ、以前の倍近く在って、別人と言うべきだった。

 何よりも、見た目が違っていた。


「どういうことだ……」


 その光景に、フェリオスは遥か昔の出来事を思い出す。

 それは、父の手から逃げようと、神界を飛び出した一人の使徒だった。


「フェリオス! お前は、否、全ての使徒が、親父に騙されているだ!」


 まるで神に祈らんばかりに両手を組み、命を奪わないで欲しいと懇願する惨めな腹違いの兄の姿を前に、フェリオスはさげすんだ眼差しを向ける。


「命乞いにしては、ツマラナイ話だな」


「本当だ! 本当なんだ!」


 涙まで浮かべやがって、見苦しい。


「ならば聞くが、何の為だ?」


「そ、それは……それは解らんが……俺は見たんだ!」


 フェリオスは、大きく溜息を吐いて、兄に今生の別れを告げる。


「最期に、言いたい事は無いか?」


「本当だ! 本当なんだフェリオス! お前も、いつか親父に……」


 その言葉を最期に、兄を灰に変えた。



 あれは……あの言葉は、本当だったのか?

 そう言えば……クライから、神気を奪った時?

 そうか、そうだったのか……。

 ヤツの言う通りだったか……。



「長かった。お前にとっては、30年も満たないであろうが、わしは、お前が現れるのに、一万年も待った」


「な、何を言っている?」


「気をつけろ、ドラキュラ……親父の、ヤツの名はクロノス、ヤツは時をつ……」


 そうフェリオスが言ったところで、クロノスは鷹也の目の前に!


 な、なに!


 構えるより先に、胸倉を掴んでいたフェリオスを奪われ、吹き飛ばされた。


 見えなかった……。

 移動しようとする動作さえも……。

 不味い!

 アイツの回復はさせん!


 鷹也は、クロノスへ無数の真空波を放つ。

 だが、全ての真空波は、クロノスに当たる事無く、まるで何も無かったように擦り抜けた。


 なんだ?

 避けたのか?


「親父、見ない内に、随分と若返ったじゃねーか」


 息子との会話に興味の無いクロノスは、フェリオスの胸に手を当てる。


「ん? アンチフィールドか、小賢こざかしい」


 そう言うと、フェリオスを空へ投げ捨て、右手をかざす。


「フェリオス、今までご苦労だったな」


 その言葉で最期を知ったフェリオスは、今まで敵だった者へ叫んだ。


「ドラキュラ聞け! コイツの出来ることは、お前も……」


 全てを伝える前に、フェリオスの肉体は破裂し、此の世を去った。


「余計なことを……」


「な、なんだ? 仲間じゃ……息子じゃないのか?」


「そうだ、だから何だ?」


「何なんだ、お前は!」


 鷹也との会話にも興味の無いクロノスは、右手を顎に付け首をかしげる。


「ん? 少し足らんな……出直すか」


「逃がすか!」


 鷹也は、瞬時にクロノスへ詰め寄り、斬り掛かる。

 縦に振られた剣は、当たったかに見えたが空を斬り、その斬り掛かった相手はというと、信じられないほど遥か上空に浮かんでいた。

 再び、鷹也が詰め寄ったのだが、クロノスは空気に融けるように消え去った。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


この地球ほしを導けるのは、

我々以外に、一体、誰が出来ようか?

ヴァンパイアの人間化ヒューマニズムは、

共存をうながすものではない!

人間化ヒューマニズムとは、

人の血を吸わなければ生きられない、

太陽の光を浴びることすら出来ない、

そんな劣悪遺伝子を持つ、

不完全な生物の修正行為である!


次回「月蝕の旗の下」

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