第3話「成り損ない」

 兄は、それが何かは解らないが、自分に無いものを弟に感じ取っていた。


「いずれ、歴史に名を残す、ヴァンパイア王に成るだろう」



 アルベルトが生まれて3ヶ月が過ぎた頃、正確に言えば家族ではあるが、この家で生活しない者が、その寝顔を眺めていた。


「親父の子の割り、足らなさ過ぎるな、成り損ないにも程が在る……親父の種も、限界が近いのか?」


 そう言って、グレイスはいやらしく笑う。


「弟に、何の用だ?」


 気配を消して、そこまで近づくとはな、ガキの癖になかなかやるな。


 自分の胸にも届かぬ背丈の子供に、一本取られたと関心しながら、ニヤニヤと笑って、それに応える。


「弟? 弟ねぇ~」


「何が、そんなに可笑しい?」


 グレイスは、真実を知っているだけに、可笑しくて仕方がなかった。

 なんせ、目の前に居る兄だと思っているこのガキは、ベッドで眠る弟と血が繋がっていないのだ。

 父はおろか、母さえも違う。

 アルベルトの母は、エミリア。

 そう、グリンウェルと同じ母なのだ。

 異母とはいえ、弟と認めているのに、本当は父さえも違う。

 この可笑しさを口にしたいが、この面白い状況をじっくりと楽しんでみたくなった。

 しかし、言いたい衝動に駆られ、


「まるで、カッコウだな」


 遠回しな表現を使い、再び笑う。

 だが、カイルはそれに付き合うことも、その厭らしい笑みに怒りを覚えることも無く、静かに妖気を上昇させ、同じ質問をする。


「弟に、何の用だ?」


 度胸もそうだが、妖気もなかなかじゃないか。

 もし、妖気と神気じんが同じモノなら、このガキこそ、親父おやじの子だと、勘違いしただろうな。


「否、もう用は無い。期待外れの成り損ないだったからな」


「成り損ない……だと?」


 カイルは、静かに構えを取る。

 それを見て、グレイスは噴き出し、細い目を見開いた。


「ガキ、俺とやる気か?」


 神に拳を向けるなど、万死に値するが、遊んでやるのも悪くない。


 カイルは、それに返答することはなく、拳で答えた。


 攻撃するために、一気に間合いを詰めたカイルの左頬をグレイスが左手の甲で打ち払う。

 部屋の端まで飛ばされたカイルは、体を反転させ、足で壁を蹴り、再び、グレイスに向かう。

 今度は、カイルの右頬を狙って、右腕を内から外へ振る。


 カイルは、遊ばれていることを理解していた。

 その上で、この手のタイプは、必ず、反対側の頬を狙う筈だと、感じ取っていた。


 幾ら速くとも、来るのが解っている攻撃はけられる。

 カイルは、グレイスの右腕を掻い潜ると、右手に妖気を集中させ、グレイスの心臓を狙う。

 だが、それよりも速く、グレイスは左手で、カイルの右手首を掴んだ。


「惜しかったなガキ!」


 そう言って、背面の壁へ投げ飛ばした。

 今度は、反転することさえ出来ず、壁を突き抜け、カイルの妖気が消える。


「チッ! やり過ぎたか……しまったなぁ、こんなことなら、言えばよかった」


 グレイスは頭を掻きながら、殺してしまうくらいなら、真実を明かして驚く顔を見ればよかったと後悔した。

 だがそれも束の間、突然巨大な妖気が足元に現れ、床を突き破って、カイルが現れる。

 瞬時に身をかわしたものの、カイルの手刀によって、左頬を斬られた。


「クソガキがぁ!」


 殴りに来た右拳をけ、次はのどを狙う。


「調子に乗るな! フリィィィーーーズ!」 


 その言葉によって、カイルは停止、否、氷結する。


「よくも俺の顔を傷つけてくれたな、今から粉々に、叩き割ってやる!」


 その時、グレイスの脳に声が響く。


 ――何をやっているグレイス!


「お、親父様おやじさま


 グレイスは、急に汗ばみ、現状を報告し始めた。


「ざ、残念ながら、成り損ないで御座いました」


 ――ワシは、何をやっているのかと聞いた筈だぞ、グレイス!


「も、申し訳ありません。見られましたので、片付けを少々……」


 ――ヴァンパイア一人片付けるのに、神気を使ったのか?


「申し訳ありません!」


 ――もうよい、帰って来い。


「はい、直ちに片付けて……」


 ――グレイス! ワシは帰って来いと言ったぞ!


「了解いたしました……命拾いしたな、クソガキ!」


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[補足]

 カッコウは、托卵たくらんといって、他の鳥の巣に自分の卵を置き世話をさせるのです。


次回 「Alea iacta est」

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