第23話「生命」

 ウォレフは、一定の距離を保ちながら、長く伸ばした爪で、突いては離れ、突いては離れを繰り返していた。


 愚かだな、アルベルトの子を殺しておいて、逃げの一手か。

 どうせお前の事だ、隠れているレイリアに、人間の救出を頼んでいるのだろ?

 殺したびに、せめて人間だけでも救いたいか?

 甘いな。

 私なら、レイリアに助けさせると見せかけて、私に人間を殺させ、3人で対峙たいじしていたよ。

 アルベルトの子が死んだ今、二人掛りで来ようと負ける気はせんが……まぁ、良いだろう。

 好きなだけ、人間から離れるがいい。

 それは、同時にレイリアからも離れ、一歩下がる度に、お前は死期へと近づく。


 クレアの十字架に、ようやく辿り着いたレイリアが見え、ウォレフはグリンウェルに突進する。


「やっと、死ぬ気になったかー!」


 ウォレフの爪は、やりのような連撃で、グリンウェルを追いつめる。

 その一つ一つをさばいてみせたが、ウォレフに巧く導かれ、足元に転がるガーランドの死体で、つまづく。

 倒れそうになるグリンウェルに向けて、ウォレフは渾身の右を放った。

 グリンウェルは、倒れながらも薙ぎ払うように手刀を振って、その爪を三分の一まで刈り取って、難を逃れたかのように見えたが、ウォレフは気にもめず、殴る勢いそのままに、肩から体当たりに行く。

 しかし、この流れの何もかもが、グリンウェルの罠だった。

 突進してきたウォレフの肩に足を掛け乗ると、その勢いを利用し、羽根を広げて後方へ飛ぶ。


「しまった! レイリア逃げろ!」


「遅い!」


 クレアをかかえ、逃げようとしていたレイリアの両翼をもぎ取り、さらに逃げれないように、手刀で右足を切断して、その足を遠くへ放り投げた。


「これで再生するまで、5日は掛かるな」


「グリン、てめぇーとことん腐りやがって!」


 そう叫んで飛び掛ったウォレフを回し蹴り一発で、吹き飛ばした。


「遊びは終わりだ、そろそろ死んでもらおうか」


 ウォレフは、自分が如何に考えが甘かったか、思い知らされた。


 くそったれーっ!

 倒すことも、逃げることも、逃がすことさえも出来んとは!


 薄ら笑いながら、自分へと歩んでくるグリンウェルに対して、構えることしか出来ない。

 そんな時、激しい銃声が鳴って、その数発がグリンウェルの体を捕らえる。

 致命傷には至ってないが、ウォレフにはそれで十分だった。

 グリンウェルに突進しながら、何処に居るか判らない相手に叫んだ!


「シューレットか! クレアを連れて逃げろ! 城を出た先に、音速ヘリがある!」


 倒せないまでも、意地でも時間は稼ぐ!


「ウォォォォォォォォーーッ!!」 


 掴むようなタックルで、自分諸共もろとも、城壁を突き破って、外へ出た。

 ウォレフは、ヴァンパイアとして生まれて初めて、太陽が無い時間帯であることを恨んだ。


 一方クレアは、鷹也の身体からだを揺すり、何度も何度もその名を叫んだ。


「帰って来て鷹也! お願い! やっと逢えたばかりなのに! お願いだから、まだ逝かないで!」


 今度は揺らしても起きない、鷹也へ、自分の手首を切って、口に当てる。


「無駄だ、ドラキュラの再生は心臓があってこそだ。串刺しされた心臓に再生能力は無い。お前だけでも逃げろ」


 だが、レイリアの言葉も届かない様子で、今度は自分の血を吸って、口で流し込んだ。

 そこへ、シューレットが走り寄る。


「すまんな、孫を助けてもらったが、君は助けられそうにない」


「構わない、アタシは兄の仇が討ちたい……置いて行ってくれ」


「クレア、逃げるんだ! 鷹也だって、それを望んでいる!」


 シューレットは、クレアの腕を掴み、強引にでも連れて行こうとするが、クレアはそれを振り払う。


「いや!だって家族なのよ! 置いていける訳ないじゃない!」


 その時、城外から壁を突き破って、ウォレフが飛ばされ、柱に当たって地面に落ちた。

 それを見たシューレットは、間髪かんはつを入れず、そのいた壁めがけ、手榴弾を放り投げた。

 大きな爆発音と共に、壁が崩れ落ちて、煙が舞う。

 

「そんな物で狩れると思ったか、人間!」


 シューレットは、その声がした方角へ、更に続けて少し大きめの手榴弾を連続で3つを放り投げた。

 それぞれが放物線を描き、少し高い位置で破裂すると、中から、銀製の針が雨のようにグリンウェルへと降り注ぐ。

 貫通とまではいかないものの、刺さった一本一本がグリンウェルの身体からだを焼いて、軽い火傷を負わせた。


 この間に、クレアを連れて逃げようと振り返ったが、一瞬で回り込まれ、間をふさがれる。


「お前にとっても、大切な娘のようだな。この火傷やけどの礼に、娘を先に逝かせてやろう」


 その死へ導く対象者は、一心不乱いっしんふらん亡骸なきがらへ、自分の血を飲ませていた。


不憫ふびんだな。一緒に逝かせて……」


 微かな妖気を感じとって、言葉に詰まる。


 今、一瞬だったが……横に居るレイリアと間違えたか?


 この一瞬、意識がれたことで、シューレットの銀製ナイフが脇腹に刺さる。

 シューレットは、そのままナイフを残して、クレアの方へ転がった。

 

「いちいち、かんさわじじいだな! そんなに死にたいなら、先に逝かせてやる!」


 首を刈りに行った手刀は、人間を相手にするには余りにも鋭く、速かった。

 だが、それよりも速く鋭き刃が、その腕を斬り落とす。

 グリンウェルは、斬り落とされた腕を素早く拾うと、大きく後方に飛んで間合いを開けた。


「何故だ、何故、生きている!」


 その答えは、考えていた相手とは違う方向から、発せられた。


「俺が、親友の息子を殺す訳ねぇーだろ」


 きしむような痛みを感じながら身を起こしている相手に、答えの変わらない疑問を投げかけた。


「心肺は、停止していた筈だ」


「あぁ、その通りだ。だが、心臓は貫いてねーんだよ。爪にな、塗っていたのさ、心肺を停止させる薬をな」


 それは、再生機能を持ったドラキュラが相手でなければ成立しない方法だった。


「さぁ、どうするグリン?」


「まともに動けない貴様に、言われたくはないな」


 そう言って、斬り落とされた腕を付け、元に戻した。


 血を飲んだ今のお前なら、超えられる筈だ!

 グリンウェルを!

 そして、カイルさえも!

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