第12話「歪んだ歴史 -後篇-」

「約束が違うじゃないか!」


 両手を震わせ銃を構えた士官は、叫ぶように訴えた。

 士官が怯えるのも無理は無い。

 目の前に立つヴァンパイアは、血塗ちまみれで、その歩んだ道には無数の死体が転がっており、この基地に生き残っているのは、責任者である自分ジェームズ・ラヴェット、唯一人だったのである。


「約束?」


「このエリアは狙わないって、そう言ったじゃないか!」


「何の事だ?」


 そう言って、アルベルトはローブのフードを上げ顔を出した。


「ち、違う! な、なんで、お前が生きて……」


 ジェームズは恐怖のあまり、震えがトリガーへ伝わり、思わず一発放ってしまう。

 パーンっと乾いた音と共に放たれた弾は、アルベルトを捕らえることなく、天井を穿った。

 アルベルトが歩み寄ると、ジェームズは腰を抜かし、崩れるようにその場へ倒れた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ジェームズは、恐怖の余り目をつぶり、銃声よりも大きな悲鳴をあげ、トリガーを引き続ける。

 照準が定まらないそれは、アチラコチラを破壊していくが、本来のターゲットを捕らえられないまま、弾は尽きてしまう。

 何度もカチカチと終了の合図を出す銃に気づいてはいるが、怖くて目が開けられない。

 アルベルトが、構えられた銃を薙ぎ払うように蹴ることで、ようやくその打ち止め音は鳴り止んだ。


「許してくれ、俺だってやりたくはなかったんだ」


 地面に頭を擦りつけ、懇願する様に呆れたアルベルトは、ジェームズの胸倉を掴んで、顔を引き寄せた。


「今更、命乞いか? そう言えば、約束がとか言ってたな……約束とは何だ?」


「や、やらなければ、こ、このエリアを……破壊するって言われたんだ!」


「誰が、そんな事を?」


「あ、アンタと……アンタと、同じローブを着たヤツだ!」


「本当に、このローブだったのか?」


 つい熱が入り、ジェームズを締め上げた。


「く、苦しい。ぜ、全部話すから、降ろしてくれ」


 アルベルトは、締め上げた左手を放し、掲げていたジェームズをその場へと落とした。


「痛て」


 ジェームズは、打った腰を手で摩りながら、横にあった机に手を掛け立ち上がる。


「もう一度聞く! 本当に、このローブだったのか?」


「あぁ、間違いない。その背中の模様は覚えている」


「そのヴァンパイアが来たのは、いつだ?」


「み、三日前だ」



 ――三日前。


「ハイグラント家の婆さんが、人間との和平に反対し出したそうだ。何かやる前に、釘を刺しておこうと思う。今から行って脅した方が効果的だろうから、お前のローブを貸してくれないか?」


「兄さん、それなら僕が……」


「お前は、和平交渉の準備で忙しいのだろ? それくらいは、俺にも手伝わせてくれ」


「じゃ、お願いするよ」


 アルベルトはローブを脱ぎ、カイルへ手渡した。


「これは、攻撃にも耐えられるように出来てるのか?」


「もちろん、それを着て攻撃されることも想定してるよ」


「どのくらいまでなら、耐えられるんだ?」


「紫外線だけでなく、熱や物理攻撃にも耐えられるようにしてるんだ。対戦車ライフルでも、破れることはないよ。でも、それは破れないだけで、威力を殺す訳じゃないから、そこは気をつけて。でも、耐熱には自信があるんだ。例え、水爆であったとしても、ローブが燃え尽きることはないよ。正確には、耐えられるというより、熱を反射してるんだけどね」


 そうか、あの時の確認……僕ではなく、美咲を狙ったのか!


「全部話したんだ、助けてくれ」


「いいだろう。何処へでも、去るがいい」


 ホッとため息を漏らして、立ち去ろうとするジェームズに、アルベルトが呼び止める。


「おい、最後に確認したい。ミサイルを放ったのはお前か?」


「そうだ」


 そう言って振り返った先に、質問した相手は居らず、この部屋から出ようと、向き直ったその瞬間。

 目の前に居たアルベルトに顔面を捕まれ、窓に向かって放り投げられる。

 ジェームズの体はガラスを破り、5階という高さに声すら出ず、怯えながら絶命した。

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