第13話「選ばれし者」

 キリストの封印が解けてから、出来る限り、血を飲まないようにしていた。

 いつまでも血に縛られているようでは、我々(ヴァンパイア)に未来はないと考えたからだ。


 血を飲まずに、どれくらい耐えられるのか?

 血の代替品は、作れないものなのか?


 研究に研究を重ね、ようやく辿り着いていた。


 しかし今は、傷や疲労を回復する為……否、復讐の為に、飲まざるを得ない。

 何人分の血を喉に通したかさえ判らないほどに、人を殺めてしまった。

 たとえ、自分が勝利し、生き残ったとしても、再び人間と和平を築くことは出来ないだろう。


 否、そもそも、勝てるのか?

 カイルに――。



「鷹也、君の生きたいように生きろ」


 アルベルトは、息子へのメッセージを残こして、研究所を後にした。


 次に向かった先は、帰りを待つ義姉と息子のもと

 飛行すること6時間。

 その間も、補給と言う名の吸血を行いながら、辿り着いた。


「アル! 無事だったの? 良かった!」


 血塗ちまみれの自分を見ても怯えないどころか、優しく迎えてくれた義姉に感謝しながら、悲しい報告をした。


「すみません、お義姉さん。美咲を守ることが出来ませんでした。僕は……今から、美咲を殺した相手……兄と戦わなければなりません。ですから、鷹也のこと、よろしくお願いします」


 人間世界で生きて行かねばならないであろう息子に、人として生きれるクスリを残して、再び翼を大きく広げる。


「アル! 生きて帰って来なさい、鷹也の為に!」


 アルベルトは、ニッコリと微笑んで頷くと、再び、遠い空へと飛びった。


 力の差は、歴然れきぜんだ。

 不意をけるような相手でもない。

 今から罠を仕掛けるには、時間が足りなさ過ぎる。


 一分一秒過ぎる度に、警戒され僅かな勝率が下がってしまうのではないかと、気持ちだけが焦っていった。


 アルベルトがカイルの城に着いたのは、陽射しが強い昼過ぎだった。

 身内であることから、破壊しない限り、寝室の二つ手前の部屋まで、セキュリティは作動しない。

 だが、その先は起こすか、破壊して気づかれるかの二択しかなく、迷っている暇もなかった。

 アルベルトは、回復用に取っていた血を飲み干すと、意を決して、鋼鉄の門を押し開けた。


 一歩踏み入る前に、怒りを抑え冷静を心掛けていたつもりが、冷静でなかった事に気づかされる。

 広間の先に在る玉座には、カイルの姿が在った。


 何故、こんな単純な事に気づかなかったんだ!

 あれだけ人間世界を破壊し尽くしたんだ、カイルが関わった基地に向かったことは、妖気で明白じゃないか!

 寄り道をしたとはいえ、ほぼ真っ直ぐ此処へ来ている。

 間違いなく、僕が知っている事を想定している。


 そんなアルベルトに、先にカイルが声を掛けた。


「無事だったようだな」


 "無事"という単語が、アルベルトの導火線に火をける。


「な・に・が! 無事だったんだ?」


 アルベルトの瞳は、真紅へと変わり、妖気は最大限まで上昇する。


「済まない、妻を亡くしたんだったな……」


「貴様の所為せいでな!」


 言葉と同時に放たれた右拳が、カイルの左頬を狙う。

 しかし、カイルは玉座から立ち上がろうともせず、左手でその拳を払い除けた。 


「何故だ! 答えろカイル!」


「何をだ?」


「説明が必要か? 美咲が、僕のローブに悪戯をしてね。光に反応する溶液で、ある文字を書いたんだ。『あるべると』とな!」


 日本語を知らないジェームズやカイルには、それが単なる模様にしか見えなかった。


「人との混血では、優れたヴァンパイアは生まれん……これで、いいか?」


 アルベルトは、カイルの座る玉座を蹴り上げたが、カイルは宙を舞ってアルベルトの背後へ。

 カイルが降り立つ前に裏拳を振ったが、カイルは滑るように後方へ下がり、それを避けた。

 アルベルトは着ていたローブを投げ捨て、空間を切り裂くようなスピードで、カイルの周囲を交差する。


「遅かれ早かれ、人はヴァンパイアより先に死ぬ。人の女が良いのなら、他に幾らでも居るだろう?」


「ふざけるな!」


 客観的に見ればアルベルトが、わざと攻撃を外したように感じさせるほど、動いた気配なくカイルは避けて見せた。


「止めろアルベルト! 幾らお前でも私には勝てん! 忘れたのか? 格闘を教えたのが誰かを!」


「黙れーッ!」


 アルベルトは、左の手刀と見せかけギリギリでかわすカイルの髪を掴み、右手に隠し持っていた銀製のナイフでカイルの喉を狙ったが、カイルはアルベルトを蹴り上げ、僅かに頬を切り裂いただけに留まった。


「本気で殺したいようだな……仕方あるまい」


 力量を考えれば、カイルの敵ではなかった。

 アルベルトは、カイルの動き1つ捕らえること出来ないまま、カイルの足元に倒れることとなる。

 カイルは、左手でアルベルトの胸倉を掴み釣るし上げると。


「終わりだ、アルベルト!」


 カイルの右手が、アルベルト心臓を狙う。

 しかし、アルベルトは拳が当たる瞬間、少しずらして、右の胸を貫かせた。


「肉を切らせて骨を断つ、人の文化に興味のない貴様でも、聞いたことはあるだろう?」

 

 そう言うと、カイルを締め付けるように抱き、天井を突き破って光ある世界へ飛び出した。


「幾ら音速で飛べる貴様でも、成層圏を抜ければ、地上に戻る前に灰になる筈だ!」


「やめろ! ローブの無いお前も……」


「元より、生きて帰るつもりは無い!」


 怒り、恨み、悲しみ、アルベルトが放つ感情は力を生み、カイルの翼を開くこと許さなかった。


 二匹のコウモリは、山をそして雲をも越え、太陽へと近づいた。

 アルベルトは、カイルを離し、羽撃はばたくのを止め、星に引かれるままに落下していった。


「またをちかへり……君をし待たむ……」


 全身が焼かれていく苦痛を感じないような微笑みを浮かべながら、アルベルトは灰になり、妻の居る場所へと召された。


「私も……灰になるのか……」


 アルベルトが傘となって、カイルも遅れて灰になろうとしていた。


「ん!? アルベルト……神は、お前ではなく、私を選んだようだ」


 カイルは、笑わずには居られなかった。

 それは、一瞬にして太陽から光を奪い、地上を暗い世界へと変えていった。


 "皆既日蝕"


 それは、まさに「神に選ばれた」と呼べる現象だった。

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