第10話「歪んだ歴史 -前篇-」

 一通り研究所の説明が終わったのは、此処に入ってから、2時間が経過しての事だった。

 説明といっても、扱い方を覚える訳ではなく、何が出来て、何が出来ないのかを把握する程度で、創るも、直すも、全てコンピュータがやってくれる。

 そう、アルベルトのAIは、此処の執事という訳だ。


「なぁ、その見た目、どうにかならないか?」


 父との思い出は全く無いものの、やはり、何だか話しにくい。

 自分に似ている点も手伝って、余計に違和を感じた。


「済まない。君がそれを望んでも、出来ないようにしているんだ。君を育てたかった、悔いがあるからね」


「じゃ、呼ぶまで、消えてもらうのは?」


「それなら出来るよ。もし、君が愛する人と此処で暮らすようになったら、やっぱり、嫌だろうからね」


「まぁ、今の所、その予定は無いけど……済まない、ちょっと疲れたから、寝る部屋を用意してくれないか」


「解った」


 そう応えると、ものの数秒で、目の前に寝室用の部屋を創り上げた。


「じゃ、俺は寝るから、呼ぶまで消えて……見えない所に居てくれ」 


 コンピュータと解ってはいても、消えてくれと言うことに躊躇ためらいを感じて言い直したのだが、アルベルトのAIは、ニッコリと微笑んで頷くと、スーッと消えて居なくなった。


「今日は、色々疲れた……」


 鷹也は、倒れるようにベッドに横になると、着替える事も忘れ、そのまま深い眠りに落ちた。


 一体、どれくらい眠ったんだろう?


 腕にしていた時計の針では、一周したのか、二周したのか、それとも、まだ2時間ほどしか経っていないのか判らず、カーテンを開けた外の景色も電気によるものなので、今が昼なのか夜なのかさえも判らない。

 AIを呼び出して聞けば済む話なのだが、もう少し、一人で考え事がしたかった。


 ここで、シューレットやクレアたちと暮らせたら……否、もう、あの頃に戻ることは出来ない。

 今でも、自分に怯えるクレアの姿が、頭から離れない。

 人の世界も、ヴァンパイアの世界も関わらない、そんな此の世界で、独りで生きて行く方が良いのかも知れない。 

 そう言えば、父さんは、俺に何を伝えたかったんだ?

 俺に何か有れば来るように……普通なら、母さんと此処で暮らすように伝えないだろうか?

 此処だったら、母さんも死ぬ事は無かっただろうに。


 鷹也の言う母とは、実母の姉である香織の事で、買出し中にゾンビ化した人間に襲われたのだ。

 そして香織は、人間としての意識が残っている内(その身がゾンビに変わる前)に、薬でその命のともしびを消したのだった。

 何か有ったらって言うのは、何なんだ?


「父さん! 出てきてくれ!」


「目が覚めたようだね。どうした? 鼓動が激しいようだが?」


「父さんは、俺に何を残したんだ?」


「あぁ、確かに君へのメッセージがある。それを聞かせるために、まず、僕の書斎へ案内しよう」


 寝室を出た瞬間、その部屋は崩れるように消えてなくなり、代わりに大きな屋敷が現れた。


「これが……書斎?」


 それは書斎と言うよりも、どう見ても立派な邸宅だった。


「どうした? 入らないのか?」


「あ、あぁ」


 書斎の中は、まるで壁が本で出来ているのかと錯覚するほどに本棚がならび、それは図書館と呼べるようなレベルだった。

 中央部分は、広くスペースが空けられており、その少し奥に長い机が置かれてあった。


 机の上には、PCモニタと、家族で写る写真立てが……。


「これが、母さんなのか?」


「そうだ、初めて見るのか?」


「あぁ……」


 母さん(香織)には、似てないな。

 でも、優しそうな人だ。


「今からメッセージを流す、モニタを見てくれ」


 すると、モニタにアルベルトが映り、話し始めた。


「この部屋に来たということは、ヴァンパイアとして目覚めてしまったんだね。実は、君にはどちらでも選択できるように、未完成品の薬を渡したんだ。このまま、何もしなければ、君は陽光の浴びれるヴァンパイアとして、生きていくことができる。しかし、それはヴァンパイアというより、ドラキュラとしては、能力の低い中途半端な存在だろう。今居る机の引き出しに、白と黒の薬がある。白い薬は、君から完全に吸血への欲求を取り除くものだが、ヴァンパイアとしての能力は完全に無くなり、寿命も60歳ほどだ。黒い薬は、君の眠っているヴァンパイアの能力を最大限に引き出すが、二度と陽光は浴びれなくなる。人として生きるも、ヴァンパイアとして生きるのも、君の自由だ」


 人として生きるか、ヴァンパイアとして生きるかを悩んでいた鷹也の心を更に迷わせた。

 しかし、アルベルトの次に発せられた言葉が、鷹也の迷いを吹き飛ばすこととなる。


「今から父さんは、闘いに行かなければならない。正直言って、勝つ自信はないが……許すことは出来ないんだ。もし、兄さん……カイルと言う名のヴァンパイアが、君の前に現れたら逃げろ! 君が陽光を浴びれることを知れば、君の体を解剖してでも、その力を得ようとするかもしれない! 解ったな! 父さんが死んでいて、カイルが生きていたなら、絶対に近づくな!」


 人の歴史には、こう記されていた。

 人とヴァンパイアが共存出来る為の平和条約が結ばれようとした時、人が放った過ち(核の炎)が会場を包み込み、それによって妻を失ったヴァンパイア王の逆鱗に触れ、5つの都市が壊滅した。

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