第5話「声」


「教えてもらおうか、人でない者が何故なにゆえ、ヴァンパイアを狩る?」


 なんだコイツは……

 今までの相手とは、桁が違う!


 タカヤを動けなくする程に、その男の声には威圧があった。

 男は身に着けているローブのフードを上げ、ゆっくりとタカヤの方へ歩み寄ってくる。

 雲の隙間から月明かりがこぼれ、タカヤの顔を照らした時、男は驚いて歩みを止めた。


「ア、アル……アルベルト!」


 男は一瞬、戸惑い動けなくなっていたが、ふと或る事に気づく。


「そうか! アルベルトに、子が居たのか!」


「アルベルト?」


「アルベルトとは、お前の父の名であり……私の弟の名だ」


 タカヤは、男の言う事が理解できず、戸惑っていると、男は改めて問い掛けた。


「質問を戻そう、何故、同族(ヴァンパイア)を狩る?」


「俺は、人に育てられた。そして、人で在りたいとも思っている」


「人で在りたい……だと? お前は、太陽が見れるのか?」


「それがどうした!」


「それがどうしたか……」


 男は、その答えに鼻で笑う。


「何が可笑しい」


「己がヴァンパイアで在る事を忘れたか?」


 当たり前のようにしていた生活習慣が、否定すべき行いであった事を今になって思い知らされた。

 自身を"化物"として認知していたものの、まだ無意識ではあるが"人間"と認識しまっている部分があった事に気づかされた。


 困惑したタカヤの顔を見て、男は疑問の答えを出す。


「理解は出来たようだな。そして、それがアルベルトの子である"証拠"だとも言える。人間との共存を強く願っていたアルベルトは『陽光を浴びれる薬』と『吸血行為をなくす薬』を研究していた。まさか完成していたとはな……そろそろ、銃を降ろさないか? それとも、親族を撃つか?」


 タカヤは、無意識の内に銃を構えていた。

 いや、正確には構えさせられていたと言うべきかも知れない。


 親族と言われても、銃を降ろさないタカヤを見て、


「同族殺しとは言え、甥を殺す気はない。それに、お前は……今から我々の側に付くのだろうからな」


「馬鹿な、例え伯父だとしても、ヴァンパイア側に付く気は毛頭ない!」


「お前の父や母が、人間に騙され、殺されたと言ってもか?」


「人間に騙され? 殺された?」


「信じる信じないは、お前の自由だ。次の満月までに、決めるがいい。私と来るなら……この森で、また会おう。私の名はカイル。お前は?」


「タカヤ」


「では、タカヤ待っているぞ」


 そう言って、黒衣のヴァンパイア、カイルは飛び去っていった。


 向かい合っているだけで、生気を吸われるような感覚を味わったのは初めてだ。

 なんだ、あの妖気のデカさは……

 息苦しい……

 まだ、手の震えが止まらない。


 ――お前の父や母が、人間に騙され殺された。


 カイルの言葉が、耳から離れない。


「俺は……どうすればいい……教えてくれ……母さん……」


 そう母の眠る木に問い掛けてみたが、答えは返って来なかった。


    ・

    ・

    ・


 翌日。

 シューレットたちの待つ家に帰ったものの、体調は最悪だった。


「随分と顔色が悪いな、お前が体調を崩すなんて初めてだ。今日は、売りに行くだけだから、ワシ1人で十分だ。お前は、大人しく寝ていろ」


「すまんな、シュー」


 クレアが心配そうに、俺を眺めている。


「クレア、大丈夫だよ。少し眠れば快復するから」


 クレアは、小さなメモを差し出した。


『クマのヌイグルミありがとう。誕生日覚えててくれたのね』


「あぁ、気に入ったか?」


 そう聞くと、クレアは大きく頷いた。


「良かった……プレゼントなんてした事なかったから、正直、不安だったんだ」


 安心したせいか、いつの間にか、気を失うように眠っていた。


 妖気?

 不味い……

 起きて、クレアを守らないと……


 星空の中に、血のような紅い瞳をした獣が飛んでいた。


「生娘の旨そうな匂いがする。どこだぁ? 見ぃつけたぁ!」


 その獣は、ゆっくりとクレアの前に降り立った。


「クレアーッ! 逃げろーッ!」


 その声も空しく、クレアは捕まり、空へと連れ去られる。


「逃がすか!」


 タカヤは、蝙蝠こうもりのような翼を広げると、一直線にドラキュラを追い、背後からドラキュラの心臓をもぎ取り、握り潰した。

 タカヤは、ドラキュラからクレアを引き剥がし、震えるクレアに声を掛ける。


「クレア、大丈夫か?」


 その時、クレアの口から、言葉にならないような悲痛な叫びが、夜空を貫いた。

 その叫び声で、改めて自分が化物であったと理解したタカヤは、そっとクレアを地上へと降ろし、


「騙すつもりじゃなかったんだ……今まで、ありがとう」


 そう言い残して、夜空へと消えて行った。


 初めて聞いたクレアの声は、自分に対する恐怖の叫び声だった。

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