第1話「帰れる場所」

 空が白い……

 俺は……

 寝ているのか?

 それにしても……

 悪い夢だった……

 ん?

 違う!


 夢から現実世界に戻された兵士は、気を失った場所と違うことに気づいて、咄嗟とっさにそれを口にした。


「此処は、何処だ!」


「ようやく、目が覚めたか?」


 まだ目がかすんでよく見えないが、白いもやの向こう側に、一人の男が立っていた。

 男の年齢は、顔のしわや、携えている頭髪と顎鬚あごひげに白髪が多く混じっていたことから、推定で60歳ほど。

 しかし、その体付きは、推定年齢から掛け離れており、腕は太く、40歳ほどのたくましさを感じた。


「此処は?」


 再び、あるじだと思われる老父へ、同じ質問を繰り返した。


「此処は、ワシの家だ」


 聞かれたことだけに答えると、老父は持っていたコーヒーカップに口を付ける。


「アンタ、誰なんだ?」


随分ずいぶんなご挨拶あいさつだな。ワシは、お前を助けた人間なんだがな。化物にでも見えるのか?」


「そうか、俺はあの時、戦場で……す、すまない、助けてくれてありがとう」


 その言葉を聞いて、ようやく老人は自分の名を口にした。


「ワシの名は、シューレット。戦場跡に出向いて金品や武器なんぞを拾って暮らしている。拾っているなんて言うと聞こえは良いが、ようは泥棒だな。だが、それを使う人間が居ないのだから取っても構わんだろ? 生きた人間を拾ったのは初めてだがな」


 そう言って軽く微笑みながら、コーヒーを差し出した。


 俺は、二度目か……


 自分が化物である以上、人間である母親に拾われたのだろうと、心の中で皮肉った。


「お前さんは運が良い、戦場で気を失って、生き残るなんてな。さて、今度は、お前さんの名前を聞かせてもらおうか?」


「タカヤだ、助けてくれてありがとう」


「礼なんかいい、その代わりと言っちゃなんだが……ワシの仕事を手伝ってはもらえんか? こんな時代に生きて行くには、仲間は多い方が良いからな」


 最早、俺が帰れる場所は何処にも無い。

 軍へ戻ることも、同族とはいえ、化物と暮らす気にもなれなかった。

 断るどころか、逆にお願いしたいくらいだった。

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