2人と1人
天音さんが一人暮らししている家は、都内一等地にあるおしゃれな平屋だ。
天音さんは狭めと言っていたけど、私みたいな庶民からしたら都内一等地の一軒家なんて夢のまた夢だ。
緊張に手に汗を握りながら、おそるおそるインターホンを押す。
すると直ぐにドタドタと足音がして、扉が開いた。
「な、なんでここに」
「天音さんにお話があってきました」
「……わかったわ。はいりなさい」
天音さんの家に入って、玄関で靴を脱ぎながら不安でうるさい鼓動を落ち着かせる。
私の想いなんて、もしかしたらうるさいとかめんどくさいで、片付けられてしまうかもしれない。
でも、それでも、天音さんに私の想いを伝えたい。
「……まあ、座りなさいよ」
天音さんの自室に案内された私は、カーペットの上に正座する。
「それで、なに……?」
「えっと、それは……」
こういうところで、もじもじしちゃうのが私の悪いところだ。
よし、よし言うぞ言うぞ……
気合を入れてぎゅっと拳を握りこんで、来る途中に散々考えこんできた言葉をいうために顔を上げる。
だけどそれは、どこか不安に揺れる天音さんの表情にすべて吹き飛んでしまった。
え、なにその顔……
「ど、どうしました!?ど、どこか痛いとかですか!?」
いつも不遜な表情で、無敵って感じの雰囲気の天音さんのそんな表情は今まで見たことない。
私が慌てふためいて、あわあわのあわになっていると天音さんの深いため息が聞こえてきた。
「こっちもいろいろ考えてたのが馬鹿らしくなってきたわ……」
天音さんが小さく呟いて、立ち上がる。
表情は完全にいつもの天音さんに戻っていて、思わず後ずさりしてしまった私の行く手を、ベッドの柔らかい感触が阻んだ。
私と足の間に、膝を入れ、ベッドに手をつき、逃げられないようにされてしまう。
「あ、あの、天音さん?」
「ねえ、
「いや、その……」
答えあぐねていると、とん、と天音さんの顔が近づいてきて、私の肩に乗せられる。
「私さ、嫌われることが多いの」
「それはまあ……知ってますけど……いっ!」
肩を抓られた。
おとなしく聞けってことらしい。
「私、知ってると思うけどめちゃくちゃなお金持ちなのよね。だから金目当てのバカ共が押し寄せてくるの。そういうやつらを全員千切っては投げてたら、いつの間にかこういう性格になってたのよ。だからまあ、嫌われるのは慣れてるの。だから、この性格を知っても馬鹿みたいに一緒にいてくれるのは七海が初めてだった」
「……なんか一言余計じゃありませんでした?」
「次は噛むわよ……はぁ。だからね、あなたが私を避けて七海もそうなのかって思ってしまって、ほんっとうに最悪の気分だった。悪夢は見るし、ちょっと肌も荒れてる感じがするし」
天音さんの言葉に、心が跳ねるような感覚に陥る。
天音さんのなかに、私はいないと思っていた。だけど、天音さんのなかに私は確かに存在していて、思ったよりも大きいらしい。
それだけで心が跳ねて、鼻歌を奏でながらスキップしたくなる。
「だから言って。あなたが私を避けてる理由。私は、あなたがいなくなると嫌なの」
天音さんは嘘をつかない。
自分では性格が悪いといっているけど、それは、その実直でただひたすらに正しい思考や歯に衣着せぬ物良いがこの現代日本の価値観では性格が悪いと表現されるだけだ。
そんな彼女に、一緒にいてほしいと言われてみてほしい。
……うれしい。ほんとうに。ほんとうにうれしい。
思わず、ニマニマを隠し切れなくなった私を、天音さんが気持ち悪いものを見る目で見てくる。
「いや、あの、すみません。うれしくて……私が避けてたのは、その許嫁さんのことで……」
「許嫁?ああ、あの人がどうかしたの?」
「その、一緒にいるときに名前出されるのが嫌で……その……」
頑張って言葉を整理しようと、頭を全力で回転させていると今度は天音さんがニマニマになっているのが見えた。
「しっと~?」
「しししし、嫉妬じゃ……嫉妬です……」
下手に誤魔化すにも私にはスキルが足りなさすぎる。
スキルツリーをどれだけ伸ばしても、天音さんには見破られてしまうだろう。
だから素直になるしかなかった。
私の答えに、ニマニマになりっぱなしの天音さんがスマホを取りだす。
そして指を動かして、誰かにメッセージを送っているようだった。
「じゃあ行くわよ」
スマホをしまった天音さんが、財布を持って立ち上がる。
「え、行くってどこに」
「決まってるじゃない。私に、許嫁がいるのが嫌なんでしょ?」
「いや、別に許嫁がいることがいやってわけじゃ……」
そう言いかけて、やっぱり天音さんの言葉を肯定する。
それがどういう意味になるかなんて深く考えずに。
「ちょうど、許嫁が日本に帰ってきてて実家に寄ってるって連絡がきてたのよね。そこでさっさと許嫁の解消してやるわ。それで満足でしょ?」
「え、えええええ!?べ、べつに私はそこまでしてほしいわけじゃ……」
私の言葉に、天音さんが不思議そうな顔を私を見る。
「でも、嫌なんでしょ?」
純粋な疑問の言葉に、思わずうなずいてしまう。
「じゃあ、行きましょう。大丈夫よきっと」
そういって、差し出された手を取ること以外、今の私にはできなかった。
◆◆◆
____デッッッッッッ!
天音さんと電車に乗り込んで向かったのは、天音さんのご実家だ。
アニメで出てくる金持ちの名家のようなお屋敷を前に、私は声も出せないでいた。
「今、帰ったわ」
天音さんが、大きな門の前でそう言うと門の隣にある潜り戸が開く。
開けたのはドラマとかで見る女中服のようなものに身を包んだ妙齢の女性だった。
「お帰りなさいませ。天音様。あら、そちらの方は」
「友達よ」
「友達!?」
「ちょっと、驚きすぎじゃないかしら?」
「す、すみません。すぐに大旦那様に」
「いいわ。ちょっとした用事を済ますだけだから。今日、あいつがきてるって聞いたけどどこにいるかわかる?」
「わかりますけど、どういう風の吹き回しですか?あんなに会いたがらなかったのに」
「いいのよ。気にしないで」
女性は小さくため息をついて、それ以上、何も聞かなかった。
にしてもああいう女中さん?がいる家ってまだあるんだ……
立派に整備された庭の池に立派な錦鯉が泳いでいるのを見ながら、案内してくれる女性の後を天音さんとついていく。
そしてとある部屋の前で、足が止まった。
女性が声をかけようとするのを天音さんが制して、乱雑にノックをした。
「入るわよ~」
「ちょ、ちょっと天音様……!」
天音さんの手によって開けられた扉の先には、スーツに身を包んだ一人の男性と執事服を着た女性がいた。
そんなこのお屋敷とはミスマッチな異色な二人に目を奪われていると、天音さんに手を引かれる。
「ああ、天音さんか。こんにちは。珍しいね、会いにきてくれるなんて」
「しょうがなくよ。本当なら会いたくなんかないんだから」
「あっはっは、嫌われたもんだ。おや、そこの子は?」
男性の視線がこちらへ向く。
男性の顔はとても整っていて、まだ20代後半ぐらいだと思う。
「せ、瀬川 七海です。よろしくお願いします」
全力でお辞儀をする。
相手もきっと、天音さんと同じようなお金持ちだ。
粗相があってはいけない。
「そうか。キミが七海さんか。天音さんから話は聞いてるよ」
「え?」
顔を上げて、隣を見ると、天音さんは「余計なことを」とバツが悪そうに顔を逸らした。
「そうか、それならなんとなく理由は分かったかな。ああ、そうだ。自己紹介がまだだったね」
男性が立ち上がる。
「僕は
そういって、雪村さんは底知れない笑みを浮かべた。
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遅れました。
次回更新は、金曜日か土曜日。
ついにそろった三兄妹。
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